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第一章 ~見栄~
1-2.話にならない
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「……なんだここ」
まるで会話にならず、ベンチに座り込む修。
質問にはまともに答えず、ずれた自慢話ばかりしてくる。しかもその大半は、本当かどうかも怪しい。
これでは聞き込みしても無駄……そう思っていると、近くの中央広場に人だかりができていることに気付いた。
気になった修は広場へ向かった。人が集まっていたのは、その中心で四人と一人の男が言い合っていたためだ。
「おやおや、血気盛んな方だ。こんな昼間に斬り合おうというのか」
口を開いたのは、四人組の内の一人。背中には真新しい剣を差している。
「やめておきなさい。広場とそのシンボルのガント樹があなたの血で汚れてしまいますし、無駄な殺生はしたくない」
一人目に続くように、二人目の剣士が止める。
言い争いというには、妙な感じだった。四人組の方は武器に手をかけてこそいるが、相手に近づいていく気配はない。
「お前らは見栄か自慢ばかりだな。たまには剣を抜いて斬りかかってきたらどうだ。できればの話だが」
対立していた男は、にらみながら剣を抜こうとしている。四人組とは違って前のめりで、本気だと感じる。
男の名は『ロイク・ジュリィ』各地を旅して回っている剣士だ。腰に長剣、背中に大剣を差した特徴的な格好は、修や住民の目を引いた。
「言ったでしょ、往来が汚れると。それに、あなたにこの剣はもったいない」
ロイクの挑発に乗ること無く、三人目の剣士が言う。鎧や剣の装飾こそ立派だが、カタカタ震えていた。
「お前はどうだ?」
「あいにく愛剣を持っていなくてね。空をも裂く名剣なら家にあるのだが……」
四人目にもなると、もう武器すら持っていなかった。
四人とも言葉そのものは頼もしいが、誰もロイクと目を合わせようとせず、声も震えていた。
「怯えてる?」 外野の誰かが口にする。男たちは否定したかったが、ロイクが一歩踏み出した瞬間、三歩ほど下がった。
「……ならば取りに行く時間をやろう。お前たちも準備を済ませておけ。明日の朝、ここでやろう」
ロイクが去っていく。修はその背中を見て、今までの住民とは違うと気付いた。唯一、言葉に重みを感じからだ。
「今の人は……」思わず出てしまった独り言。耳に入った住民が口を開く。
「なに、私に比べれば大した使い手じゃ――」修は最後まで聞くことなく、広場から離れた。
その後も何度か聞き込みをしたが、質問そっちのけで自分の凄さを語る人間ばかり。
この町に住む人間の特徴なのか? そう片付けてしまえば楽だが、引っかかる点もある。ロイクと四人組のやり取りだ。
あの四人は、恐らくロイクが本気だと気付いていたはずだ。足や声が震えていたのがその証拠。
あそこまで詰め寄られていたのに、それでも自慢を続けられるか? それがきっかけとなって斬られてしまっては、元も子もない。
本当に言葉通りに強いなら、御託を並べず斬り捨ててしまえばいい。それをせず、一々言葉を重ねるから、嘘に感じてしまう。
「ちょっとそこの君、止まって」
考えながら歩いていると、騎士に足止めされた。顔以外はほとんど見えない、灰色の鎧。動く度にカチャカチャと音が聞こえてきそうだった。
「離れて、近づかないで」
そう言った彼の後ろには、布を被せられた何かがあり、ここから運び出されるところだった。
ただならない雰囲気に、ざわついている住民。それと赤い地面。それらの状況から察する修。騎士が運んでいたのは恐らく……
嫌なことに気づいてしまったと思う修の耳に、信じられない言葉が飛び込んでくる。
「けっ、賊にやられたか。私なら返り討ちにしたのによ。指一本でな」
そう口にしたのは、ひ弱そうな女性。隣に居たやせ細った男性は、こう答えた。
「俺なら死体も残さん。こんな散らかすようなヘマはしない」
二人のやり取りに嫌悪感を覚える修。その気持ちは顔にも現れ、険しい表情を生み出していた。
……人の死を前にしても、自慢しかしないのか?
修と目が合った二人が、逃げるようにその場を離れていく。
自慢しかしない人間に呆れかけていた修だったが、今恐怖に変わった。
誰かの死を見ても、哀れみや危機感を抱かない。ただ、強い言葉を吐き出すだけ。
「現場はここか」
追加でやってきた騎士に、別の住民が話しかける。やはり屈強とは程遠い、細い体をしている。
「おやおや騎士様。お早いおつきですね。ところで騎士は足りていますか? 私が特別に力を貸してあげても――」
「調査の邪魔だ! どけ!」
騎士は軽く押しただけなのだが、細い男性は尻もちをついた。
「気の短いお方だ。私のような紳士には程遠い」
捨て台詞を吐いて去っていく男性。拒絶されても、誰も聞いていなくとも、自分を持ち上げる言葉を吐き続ける。この町の殆どが、そんな人間だ。
現状まともなことを言っているのは、ロイクと騎士のみ……どっちも受け答えはまともだった。
もしかしたら会話ができるかもしれないと思った修は、騎士に声をかけた。
「あの、さっき運ばれたひ――」
「これ以上くだらん自慢話で絡んでくるなら容赦しないぞ! 一緒に捕まりたいか!!」
淡い希望は怒号によって粉砕された。この騎士もここに来るまで、散々住民に絡まれ、関係ない自慢話を聞かされてきたのだ。第一声を聞いただけで、反射的に怒号を返してくるほどに。
「すいません。俺はこの町に来たばかりで……」
「こっちは忙しいんだよ! 聞いても答えないくせに絡んでくるな! 次絡んできたら引っ捕らえるぞ!!」
頭に血が昇っていた騎士は、修のまともな受け答えには気付けなかった。
これ以上は無理と思った修は、黙ってその場を離れた。会話にならない人間にあてられ、まともな人が怒って話すことができない。嫌な連鎖だ。
「悪くない酒だけど、私のには敵わんね。香りも味も違うし」
「それはカジモートだろう? そんな下劣な酒もどきではなく、もっと上質な酒をおすすめするよ」
「酒の極みに達した私がそんなものを口にするわけがないだろう」
別の場所に移動すると、ほんのり顔の赤い二人が酒を飲んでいるのが見えた。酒の極みという意味不明な言葉には触れず、男は自慢で返していた。
「結局……手がかりはゼロか」
騎士と別れた後、修は町中を歩き回った。聞き込みの方は、もう諦めていた。
何も掴めなかったという事実に、何の意味もない自慢話に、騎士の怒号。そして慣れない場所の散策が重なり、修は疲れてしまった。
近くに宿屋を見つけ、リオン・サーガから代金を取り出した修は、部屋を借りることにした。店主の自慢話を聞くことにはなったが、無事寝床は確保できた。
「どう探せってんだよ……」
欠片も情報が見つからない不満を吐き出しながら、修は眠りについた。
まるで会話にならず、ベンチに座り込む修。
質問にはまともに答えず、ずれた自慢話ばかりしてくる。しかもその大半は、本当かどうかも怪しい。
これでは聞き込みしても無駄……そう思っていると、近くの中央広場に人だかりができていることに気付いた。
気になった修は広場へ向かった。人が集まっていたのは、その中心で四人と一人の男が言い合っていたためだ。
「おやおや、血気盛んな方だ。こんな昼間に斬り合おうというのか」
口を開いたのは、四人組の内の一人。背中には真新しい剣を差している。
「やめておきなさい。広場とそのシンボルのガント樹があなたの血で汚れてしまいますし、無駄な殺生はしたくない」
一人目に続くように、二人目の剣士が止める。
言い争いというには、妙な感じだった。四人組の方は武器に手をかけてこそいるが、相手に近づいていく気配はない。
「お前らは見栄か自慢ばかりだな。たまには剣を抜いて斬りかかってきたらどうだ。できればの話だが」
対立していた男は、にらみながら剣を抜こうとしている。四人組とは違って前のめりで、本気だと感じる。
男の名は『ロイク・ジュリィ』各地を旅して回っている剣士だ。腰に長剣、背中に大剣を差した特徴的な格好は、修や住民の目を引いた。
「言ったでしょ、往来が汚れると。それに、あなたにこの剣はもったいない」
ロイクの挑発に乗ること無く、三人目の剣士が言う。鎧や剣の装飾こそ立派だが、カタカタ震えていた。
「お前はどうだ?」
「あいにく愛剣を持っていなくてね。空をも裂く名剣なら家にあるのだが……」
四人目にもなると、もう武器すら持っていなかった。
四人とも言葉そのものは頼もしいが、誰もロイクと目を合わせようとせず、声も震えていた。
「怯えてる?」 外野の誰かが口にする。男たちは否定したかったが、ロイクが一歩踏み出した瞬間、三歩ほど下がった。
「……ならば取りに行く時間をやろう。お前たちも準備を済ませておけ。明日の朝、ここでやろう」
ロイクが去っていく。修はその背中を見て、今までの住民とは違うと気付いた。唯一、言葉に重みを感じからだ。
「今の人は……」思わず出てしまった独り言。耳に入った住民が口を開く。
「なに、私に比べれば大した使い手じゃ――」修は最後まで聞くことなく、広場から離れた。
その後も何度か聞き込みをしたが、質問そっちのけで自分の凄さを語る人間ばかり。
この町に住む人間の特徴なのか? そう片付けてしまえば楽だが、引っかかる点もある。ロイクと四人組のやり取りだ。
あの四人は、恐らくロイクが本気だと気付いていたはずだ。足や声が震えていたのがその証拠。
あそこまで詰め寄られていたのに、それでも自慢を続けられるか? それがきっかけとなって斬られてしまっては、元も子もない。
本当に言葉通りに強いなら、御託を並べず斬り捨ててしまえばいい。それをせず、一々言葉を重ねるから、嘘に感じてしまう。
「ちょっとそこの君、止まって」
考えながら歩いていると、騎士に足止めされた。顔以外はほとんど見えない、灰色の鎧。動く度にカチャカチャと音が聞こえてきそうだった。
「離れて、近づかないで」
そう言った彼の後ろには、布を被せられた何かがあり、ここから運び出されるところだった。
ただならない雰囲気に、ざわついている住民。それと赤い地面。それらの状況から察する修。騎士が運んでいたのは恐らく……
嫌なことに気づいてしまったと思う修の耳に、信じられない言葉が飛び込んでくる。
「けっ、賊にやられたか。私なら返り討ちにしたのによ。指一本でな」
そう口にしたのは、ひ弱そうな女性。隣に居たやせ細った男性は、こう答えた。
「俺なら死体も残さん。こんな散らかすようなヘマはしない」
二人のやり取りに嫌悪感を覚える修。その気持ちは顔にも現れ、険しい表情を生み出していた。
……人の死を前にしても、自慢しかしないのか?
修と目が合った二人が、逃げるようにその場を離れていく。
自慢しかしない人間に呆れかけていた修だったが、今恐怖に変わった。
誰かの死を見ても、哀れみや危機感を抱かない。ただ、強い言葉を吐き出すだけ。
「現場はここか」
追加でやってきた騎士に、別の住民が話しかける。やはり屈強とは程遠い、細い体をしている。
「おやおや騎士様。お早いおつきですね。ところで騎士は足りていますか? 私が特別に力を貸してあげても――」
「調査の邪魔だ! どけ!」
騎士は軽く押しただけなのだが、細い男性は尻もちをついた。
「気の短いお方だ。私のような紳士には程遠い」
捨て台詞を吐いて去っていく男性。拒絶されても、誰も聞いていなくとも、自分を持ち上げる言葉を吐き続ける。この町の殆どが、そんな人間だ。
現状まともなことを言っているのは、ロイクと騎士のみ……どっちも受け答えはまともだった。
もしかしたら会話ができるかもしれないと思った修は、騎士に声をかけた。
「あの、さっき運ばれたひ――」
「これ以上くだらん自慢話で絡んでくるなら容赦しないぞ! 一緒に捕まりたいか!!」
淡い希望は怒号によって粉砕された。この騎士もここに来るまで、散々住民に絡まれ、関係ない自慢話を聞かされてきたのだ。第一声を聞いただけで、反射的に怒号を返してくるほどに。
「すいません。俺はこの町に来たばかりで……」
「こっちは忙しいんだよ! 聞いても答えないくせに絡んでくるな! 次絡んできたら引っ捕らえるぞ!!」
頭に血が昇っていた騎士は、修のまともな受け答えには気付けなかった。
これ以上は無理と思った修は、黙ってその場を離れた。会話にならない人間にあてられ、まともな人が怒って話すことができない。嫌な連鎖だ。
「悪くない酒だけど、私のには敵わんね。香りも味も違うし」
「それはカジモートだろう? そんな下劣な酒もどきではなく、もっと上質な酒をおすすめするよ」
「酒の極みに達した私がそんなものを口にするわけがないだろう」
別の場所に移動すると、ほんのり顔の赤い二人が酒を飲んでいるのが見えた。酒の極みという意味不明な言葉には触れず、男は自慢で返していた。
「結局……手がかりはゼロか」
騎士と別れた後、修は町中を歩き回った。聞き込みの方は、もう諦めていた。
何も掴めなかったという事実に、何の意味もない自慢話に、騎士の怒号。そして慣れない場所の散策が重なり、修は疲れてしまった。
近くに宿屋を見つけ、リオン・サーガから代金を取り出した修は、部屋を借りることにした。店主の自慢話を聞くことにはなったが、無事寝床は確保できた。
「どう探せってんだよ……」
欠片も情報が見つからない不満を吐き出しながら、修は眠りについた。
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