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第三章 ~不信~

3-1.辛口

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 曇天の空の下、微風が吹き抜ける。王都『ケノンス・コーエン』を離れた修達は、一番近くにある町『ザブラン・マウテ』を目指して足を進めていた。

 そんな中腹を空かせた二人は巨木を見つけ、その近くで休憩していた。

 「よっ、と。ワイジーバ・ランスってこれで合ってる?」

 コルオが片足を抱え、もう片足で立って見せる。体の柔らかさに自信のあるコルオが、その柔軟性を見せるために、修の言われた姿勢を取っていたのだ。

 「すげぇ。本当に柔らかいんだな」

 食事を止めていた修が、素直に驚く。

 「柔らかいだけじゃないよ、っと」

 元の体勢に戻ったコルオは足をしならせ、回し蹴りを放った。

 置いてあった瓶が真っ二つに割れ「どう?」とコルオが言う。見ると、靴の先から刃が飛び出していた。

 「おぉ」柔軟が関係あるのかと少しだけ疑問に思ったが、その切れ味は本物だった。

 「柔軟の秘訣は?」 「それ」

 修の質問に対し、指を指して答えるコルオ。修の眉毛が少し動く。

 柔軟性やY字バランスなどで話題を逸らしていたが、結局それ・・に行き着いてしまった。

 修の膝に載っているのは、真っ赤な干し肉。食料は他にもある。苦い思い出もある辛口な干し肉。本来、これをわざわざ食べる必要はない。

 しかし、出されたものを無下にするのも悪い。

 そもそもコルオがこれを出してきたのは、「今日は私がご飯を用意するよ」という、純粋な厚意がきっかけだ。

 「辛いものを食べること」

 秘訣を言って、コルオは自分の干し肉を口に運んだ。観念した修も一緒に口に運ぶ。

 「ん~~~んうぅううう」

 「ん~~~たまんなぁい」

 苦痛と恍惚。二人の反応はほぼ真逆で、同じ物を食べたとは思えなかった。

 辛味をかき消すように水を流し込む修と、朝のコーヒーの様に優雅に水を飲むコルオ。修は少しだけ、カレンの料理が恋しくなった。

 「おあぁああああ!!」

 不意に聞こえてくる叫び。目を向けると、誰かが異形の怪物……魔物に追いかけられていた。

 「アレが居るってことは、この近くにメオルブも居る。助けてみない?」

 うなずく修を見て、コルオは「急に無口になったね」と付け足す。

 「ははふへはへへなひんは(辛くて喋れないんだ)」

 「え?なんて?」

 「ほうなるからははっへいはんだ(そうなるから黙っていたんだ)」と返した修は、魔物の方へと駆けていった。

 追いかけられていたのは太めの女性だった。魔物の方は真っ黒な小人のような形をしていて、目が前後に一つずつついている。

 「なんなのあんた! 私を助けに来たのか!? いいやそんなはずはない! 人間我が身が大事! 関係ないやつは放っておけば良いんだ!」

 修とコルオを見るなり出てきたのは、遠回しな「助けるな」 私を助けに来たのか?という質問も、相手の言葉を待たず自分で答えていた。

 目が合っただけでここまでの言われよう。最早声を掛けなくとも、会話になる気がしなかった。

 「我が身が大事か。否定しないけどね」と魔物に回し蹴りを振る舞うコルオ。

 口の中が大変なことになっている修は無言で棒を振るい、魔物を倒していく。

 五匹の魔物をあっさり片付けたところで、女性がほっと安堵の息を漏らす。

 「……お礼は言わない。どうせ見返り目当てに決まっている。無償の善意など信用できんよ! 私はもう帰る! 着いてこないで!」

 去っていく女性。その足が向かう先には、小さな村が見えた。

 「ありゃとっくにやられてるね。今度の仮面は何だと思う? 諦観? 欺瞞? それとも卑屈?」

 着いてこないでと言い放った女性を気にせず、修達も村へと向かう。

 「怒り?」

 「あー……いい線いってそう」
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