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第四章 ~恐怖~

4-5.いざ大図書館へ

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 急いで大図書館へ向かう修達。勢いよく扉を開けた瞬間、女性の悲鳴が聞こえた。

 「ひゃあああああ!!」

 修とサフィアも思わず驚く。受付の近くで、司書らしき女性が丸まっていたのだ。

 「なんですか! なんなんですか!! あなたたち!! あたなたちなんですかな!!」

 体と声を震わせながら、女性は言う。呪われているとはいえ、怯え過ぎだと思ってしまう。

 「客だよ。探したい本があってさ」

 コルオが簡潔に伝える。司書は震えていたが、コルオはそれ以上言わなかった。

 「この中から探すのか……」

 館内を見渡し、思わず弱音を吐く修。数千、数万冊もあるであろう書物の数々。コルオは深い溜め息を吐くと、首を左右に振った。

 「私、他の手がかり探してくる。住人の保存場所とかも知っとかないとだし」

 本を読むどころか触れるのすら嫌だったコルオは、もっともな理由を告げて出ていった。

 手始めに近くにあった本を手にとって見るが、情報が多く、判別にもそれなりの時間がかかる。

 「本は種類別に分けられてる。まずは種類を絞ろうよ」

 メオルブに吸われた命を元に戻す方法。そこに近づくために種類を絞っていく。

 「命……人の体? いや、もっと根源的な」

 サフィアは人を、修はメオルブに焦点をあてて探していく。

 「化け物の能力? 仮面の歴史を辿っていけば……」

  種類を絞ろうが、それでも数が多く、読むのにも時間がかかる。結局それらしい本を見つけられぬまま、夕方になっていた。

 「見つからない……」

 びっしりと刻まれたナディル文字から目を離し、目を擦る修。なんとなくは読めるが、日本語でない分時間がかかる。

 「次はどんな種類を……探……」

 歯切れの悪い返事に顔を向けると、サフィアはうとうとしていた。

 修達と出会った未明の時間帯……恐らくそれよりも前からフーディを追っていて、疲れてしまったのだろう。

 ふと、修の耳に笑い声……ではなく大声が飛び込んでくる。

 「へ、へへへへへ閉館です……早く出ていってください! あ、おおごおおご大声出してごめんなさい! 図書館では静かにしないと!」

 放っておいた図書館の女性だった。司書としての責任があるのか、逃げずに修達を見張っていたのだ。

 「うえぇ!!」 司書の声でサフィアが飛び起きる。そして連鎖爆発のように、また司書が驚いて大声を出す。

 「ごめんなさい! 許してください!」

 目を隠しうずくまる姿は、誰に向けて言っているのかもわからない。悲哀の時に散々見たとは言え、人の泣き顔を見るのは慣れない。

 修が解呪の札を手に取る。最後の一枚……これを手放せば、俺が恐怖に飲まれる。そうなれば終わりだ。ロイクとの約束は果たせず、怯えたまま斬り捨てられる。

 どうするか? 考えるまでもなかった。

 修が司書の前にかがみ込む。彼女はひっとだけ短い声を上げると、指の隙間から修を見た。

 「これを肌見放さず持っていてください。時期に元に戻ります」

 司書の震えは止まらなかったが、大声を出すこともなく、しっかりと札を受け取った。

 大声で目が覚めた修は、寝ずに本を読み漁ったが、結局何の成果も得られず、一日目を終えた。



 翌朝

 「あの……」 「寝ていません!」

 いつの間にか寝てしまっていた修は、自分を呼ぶ声を聞いて慌てて飛び起きた。

 「朝……? 朝!」

 窓から差し込んだ光や、青い空を見て気づく修。

 「昨日はありがとうございました。おかげで戻れました」

 声を掛けたのは、司書の女性だった。彼女が取り出した解呪の札は黒ずんでおり、効力を失っていた。

 「それは……良かった」

 二日目になってしまった落胆と、寝起きの状態が混ざり、微妙な返事をする修。

 「私は『ミカルサ・ノイ』 この大図書館の司書を努めています。ミサと呼んでください」

 ボサボサだった黒髪と恐怖に満ちていた顔は鳴りを潜め、丸い目と長い黒髪、落ち着いた雰囲気の司書が自己紹介をする。修はそれを聞き、眠気が吹き飛んだ。

 「シショってなに?」二人の声を聞いて起きたサフィアが、寝ぼけ眼をこする。

 「図書館にとっても詳しい人ですよ」

 「実は俺達……」

 祈るような気持ちを込めて、修は事情を話した。

 「あの化け物からイーガを取り戻す方法、ですか……」

 ミサはしばらく考え込むと、こう口にした。

 「人と化け物、両方の視点から探っても分からなかったのなら、それ以上の存在ならどうでしょう?」

 サフィアが「それ以上の存在?」と復唱する。

 「神様です。すべての祖であり、この世界と万物の種を生み出したと言われている『エルブ』様です」

 ハッとした表情を見せるサフィアと、少し考え込む修。

 考えてみれば、神様は一柱とは限らない。カレン以外の神様も居るのだろうと思い、修はミサの話しを聞いた。

 「大切なのは、イーガをあいつから奪い返すこと。それができる道具や方法さえ分かればいいんです。そんなことができそうな存在と言えば、やっぱり神様です」

 大雑把なのか的確なのかわからない修は「たしかに……」とだけ返した。

 神様関連はあっちですとミサが言うと、サフィアは急いで本棚へと駆けていった。修も後を追い、本を探し始めた。

 「ほやっほ。 順調?」

 修が本を閉じたところに、コルオが戻ってきた。

 「……それなりに」

 修の疲れたような返しに、読書は苦手なんだってばと口にするコルオ。

 「それよりも分かったよ。死体の保管場所。フーディの家……かどうかはわからないけど、そこの地下室に、何十人もの人が氷漬けにしてあった」

 「そうか……」嫌な顔をする修に、コルオが重ねる。

 「並の攻撃じゃびくともしないけど、裏を返せば、完璧に保存されてるってこと。上手くやれれば、全員助けられるよ」

 その言葉を聞き安心する修。肉体が無事なのはわかった。後はその方法を――

 「これだぁ!!!」

 サフィアが本を持ちながら、二人に駆け寄ってくる。しかし足元の本に躓き、転倒してしまった。転がって本の山に突っ込んだサフィアは、片腕だけを出し、本を見せる。

 見つけてきたのは『神の力と武具』という本。表紙には無数の武具と、一柱の神らしき者が描かれていた。

 しかし剣や槍、杖や手甲など、思いつく限りの装備を詰め込んだのだろう。その弊害で、神の顔が微妙に隠れてしまっていた。

 「名前の通りエルブ様が振るった奇跡や力、使った武具などが記載されています。図鑑というよりは手記に近く、著者の主観的な文章が多いのが特徴ですね」

 表紙を見て思い出したのか、ミサが内容を簡単に説明する。

 「私が読んでもいいですか?」言いながらミサが本に触れる。サフィアは肯定する代わりに、本を放した。流石に読書慣れしているのか、目的の項目はすぐに見つかった。

 内容はこうだ。

 ――汚れのない湖の上に立つエルブは神の気に触れた壺を、天に掲げた。

 壺は天から月の光と、湖から伸びた陽の光を同時に浴びると、中から聖水が湧き出し、全身を覆った。

 どこにでもあるような……あるいは安っぽいとさえ感じた壺は聖水を浴び、エルブが持つに相応しい、神々しい壺へと形を変えた。

 私はその温かい銀色の光を放つ器に目を奪われた。だが、それ故に近くに居た魔物の存在に気づけなかった。

 魔物が無慈悲に私を喰らおうとした瞬間、エルブは壺を魔物に向けた。

 魔物の動きが止まり、体からエーフィルが飛び出す。

 光は壺へと飲み込まれ、魔物は静かになった。如何様に音を立てても、指の一つ動かさない魔物は、息も瞬きもしなかった。

 死んでいたのだ。あの壺は魔物を一切傷つけることなく、命だけを吸い取った。

 魅入られるような輝きと見た目を持ちながらも、何よりも残酷な壺を、私は『エルブの命瓶』と名付けた――



 「エルブの命瓶(みょうがめ)か……」

 最後の最後に出てきた道具名を、改めて口にする修。
 
 「……危険じゃない? 標的だけを都合よく吸い取れるとも限らないし」

 「でも、一緒に居た旅人は無事だった」

 本から脱出していたサフィアが、コルオに言葉を返す。

 「なので、ある程度の調整はできると思います」

 そもそも創作ではないか。必要以上に誇張されていないか。気になる疑問は多くあった。

 「わかった。手伝うよ」

 だが、これ以上言うのは無粋だと思ったコルオは、言葉を飲み込んで手伝うことにした。やって駄目なら、それも仕方ない。

 「本の内容から察するに、必要なのは壺と……綺麗な水ですね。空いてる壺は二つありますので、自由に使ってください」

 「水は私が取ってくるよ。歩き回ってた時に良い場所があったんだ。二人はしばらくゆっくりしてて」

 「歩く方が好きなの?」

 本よりも歩き回る方が疲れると思ったサフィアが、図書館を行ったり来たりしているコルオに聞く。

 「読書よりもずっとね」と答えたコルオは、もう一度図書館を出ていった。
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