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第六章 ~怠惰~

6-8.素顔

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 ザウリム達が去った後で、座り込む修とゴーダン。緊張の糸が一気に切れたのだ。

 「レーデル」

 水の中級魔法を唱え、修の治療を始めるサフィア。そんな二人を見ながら、ゴーダンは面倒をかけたと謝った。

 「ずっと様子がおかしかったよね。仮面のせい?」

 「半分はね。ある程度理性もあったんだけど、完全に自由とまではいかなかった」

 どこか協力的でありながらも正体を明かさず、言葉や行動、戦い方がどこか矛盾していたのも、それが原因だった。

 「どうしてメオルブになったんだ?」

 「君をサフィアに任せた後、コルオちゃんを追いかけてここに来たんだけど、罠にはめられてね。急に体が痺れたと思ったら、仮面を被らされてこの町に居た」

 「仮面を被せたのって……コルオじゃない方?」

 サフィアの問を聞き、恥ずかしそうに顔を逸らした。

 「迂闊だったよ。いずれお礼したいものだ」

 「だったら、一緒に来ないか?」

 動けるようになった修が起き上がる。そして落ちていた兜を拾い、ゴーダンに渡した。

「仮面集めに付き合ってもらうことになるが、必ずクリマやザウリムのところまで連れて行く」

 初めて出会った時よりも、ずっとたくましくなった。その成長の速さを眩しく感じたゴーダンは、少しだけ青い目を細めた。

 「願ってもない誘いだ」

 ゴーダンは兜を受け取ると二人を見て微笑んだ。

 「次に会った時に取るって約束したけど、こんな形になるとはね」

 ゴーダンは兜を着けることなく話しを続けた。素顔で話すこと。これが彼女にとっての誠意であり、信頼の証であった。

 「町の様子を確認したら、すぐにでも出発しよう。見回りは私がやるから、君達は休んでて」

 ゴーダンはそれだけ言うと、町の方へと歩いていった。どこか気分良く見えるのは、素顔だからだろうか。



 「いい顔をしているじゃないか」

 住民町と湖を繋ぐ、短くも細い道。そこを歩くゴーダンに声を掛けたのは、片腕を押さえたロイクだった。

 「治るの早くない?」

 まぁなと返すが、ロイクは木の幹に寄りかかったまま動こうとはしない。会話こそできるようになったが、まだ気だるさは消えていないのだ。

 「また、それやったんだ」

 ロイクが歩いてきたであろう道には、血液が垂れていた。抜き身の長剣には血が滴っている。

 「強い痛みを感じれば、一時的に呪いから逃がれられる。もう少し早く気づいていれば、俺一人で片付けられた」

 「湖に向かったのは、血で誘導して、誰もいない場所であの二人と戦わせるため?」

 「馬鹿を言うな。俺の手で倒すためだ」

 ロイクは本気だったが、呪いには勝てなかったらしく、湖の前で止血し、最後の力を振り絞って離れたのだ。

 「あの二人。いや、メオルブ達の裏にザウリム先輩が居るって知ってたの?」

 「あぁ。あいつから直接聞いた」

 「団長殺しで結託した二人が、今度は互いを食い合っているわけか。つくづく、騎士に向いてない二人だ」

 ゴーダンらしくない棘のある言い方だったが、ロイクは特に気にしなかった。

 「ともかく、先輩にも迷惑をかけたね」

 「借りを返したいなら、せいぜい仮面を集めるんだな」

 ふらふらと立ち上がるロイク。自身で作った血溜まりを踏みつけ、歩き出す。

 「もう行くんですか?」

 「三つ目の情報を仕入れてな。行くなら早い方がいい」

 引きずるように歩くロイクは、振り向くことなくこう言った。

 「しっかりやれよ。ゴーダン」

 「名前、覚えてたんじゃないですか」と言いたくなる気持ちをぐっと押さえ、剣の柄を強く握る。

 「……はい」

 思い出すのは在りし日の記憶。ゴーダンやロイクが所属していた『ケノンス騎士団』は、年に一度武術大会を開いていた。

 優勝した者に与えられるのは、名誉と黒身の剣。そこに、金の文字で名前と古代語を刻むことで、自分だけの剣になる。ゴーダンは大会に出場し、見事に優勝してみせた。

 だが、問題が起こった。

 「優勝を認めないってどういうことですか!」

 ゴーダンが声を荒げる。騎士……審査員達は彼女を見ることなく、面倒そうな顔をしていた。

 「私が顔を隠しているからですか!」

 他に兜をしている者も、騎士団の門を叩いた女性も居る。

 「それとも……」ゴーダンは最も心当たりがあり、一番当てはまって欲しくない質問をぶつけた。

 「私が……私が罪人の子だからですか……!」

 わかっているじゃないか。三人居る審査員。その二人の内、誰が言ったかは分からない。ただ、ゴーダンはその言葉に何も言い返せなかった。

 まただ。また、私以外が私の評価を歪めた。いつも通りのことだと開き直りたかった。しかし、込み上げる悔しさはどうにもできなかった。

 「こいつ自身は何かしたのか?」

 三人目の審査員……いや、一人の騎士・・・・・が言う。黒の髪に狼のような鋭い目。当時の評価は「目つきは悪いが腕は立つ」だった。

 審査員達は、また言葉を発さなかった。黙って目を逸らす。そうやって逃げていた。

 「血筋や親で何もかもを決めつけるな。こいつは騎士に相応しい力を持っている」

 ゴーダンが憧れていた騎士はそう言った。なおも黙りこくる審査員達。弁明もしない、詫びもしない。

 「それを圧力で消すと言うのなら、俺も力を尽くそう」

 王下三剣に力で攻められて、拒める者はいない。もごもごと話す審査員など気にせず、騎士は剣を取り、ゴーダンに渡した。

 「ロイクさん……」憧れの存在がゴーダンを見下ろす。

 「これはお前の剣だ。自信を持て」

 白黒だった世界に色がついたような、不思議な気分だった。生まれや親とか余計なものを通さず、私自身を見てくれた。

 思い出の剣を抜くゴーダン。あの一件があったから、自分は自分で居られた。

 「初恋だったんだろうなぁ、多分」

 ロイクがいなくなった方に目を向けたゴーダンは、早足で住民達の元へ向かった。
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