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第七章 ~欺瞞~

7-8.大切なもの

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 拘束が解け、膝をつく修達。メタリィはなるべく範囲を絞ったが、そこは最上級魔法。敵以外の物も多く破壊した。

 近くの民家や床、外壁。そして……

 「私は引けん……引けばあの子が……」

 メタリィ自身。無数の火球は体の大半を蒸発させ、これまで以上の捨て身の攻撃は、ゴーダンとサフィアに深手を与えた。

 「そうか……」修が立ち上がる。自身しか守れなかったが、なんとかリオン・サーガで火球を防いでいた。

 「この人は……町に呪いをかけることによって、カダムを守っていたんだ。本当のことを言えなくすることで、暴言から。能力で住民を脅すことで、暴力から守っていた」

 メオルブらしからぬ強い思いと覚悟の正体は、カダムへの思いだった。

 「そんなことしたって……あなたも見たはずだ。極限状態になった住民が何をしたのかを」

 ゴーダンが口にする。言葉を偽ろうとも、心は消えない。過度の抑圧は、最悪な形で解放されるところだったのだ。

 「人の定めた掟に従い、孫の迫害を見過ごすことが正しいのなら、私は正しさも許しもいらん」

 「孫?」サフィアが思わず復唱する。

 「メタリィは猫の名だ。私の本当の名は『ジャン・バナン』カダム・バナンの祖父だ」

 思わず棒を手放しそうになる修。信じられない……とは思わなかった。これまでのカダムへの態度や、呪いへの執着を考えれば、その方が納得がいく。

 「何の因果か。私は猫に生まれ変わった。そして仮面を被ったことで人と同程度の知恵がやどり、生前の記憶が蘇ったのだ」

 より有り得ない理屈を展開されてもなお、それを否定する者はいなかった。経緯はどうあれ、今ここにこうして存在しているのだ。

 メタリィことジャン・バナン。自分の孫にすら平気で呪いをかける、仮面の力に魅了された化け物。そう思う者は誰一人居なかった。

 修達が対峙していたのは、家族を守るために全てを懸ける、ただの孫思いのおじいちゃんだったのだ。

 「駄目だよ! おじいちゃんが悪いことをしてるなんて知ったら、あの子は絶対悲しむよ!」

 「幼いあの子を守る方法は、これしかない」

 メタリィは半分以下になった体を操り、剣を生成する。その闘志は微塵も折れていない。折れかけているのはむしろ……

 ……どうしてだ。どうして、こんな人がメオルブなんだ。

 考え込む修の腹部に、剣が刺さる。しかし、痛みは感じず……

 「修!」ゴーダンの声も聞こえなかった。

 「なんで……こんな人が……」

 誰かを守るために仮面を使う。これまで会ったことのない、まともな理由を持ったメオルブ。修の心に迷いが生まれる。

 これまでのように、ただの悪人ならば、私利私欲で能力を使う相手ならば、戦えた。

 この人を倒せば、カダムが迫害される。あの子を助けるには、呪いから目を逸らさなければならない。

 数も質も関係ない。片方を救うならば、もう片方を見捨てなければならない。その事実が、修の動きや感覚を鈍らせる。

 カレン様……俺は……

 座ったままのサフィアがディア・エルフィを放つ。メタリィはそれを食らいながらも、修を斬りつけた。血の滴る紫の剣に、ようやく目を向ける修。

 この人は敵だ。メオルブだ。仮面を奪わなければいけない……でなければ多くの人が苦しみ、いずれは世界が滅ぶ。

 「世話の、焼ける……」

 ゴーダンが立ち上がる。同時に、サフィアもクアブスタを放つ。剣が砕かれ、メタリィが苦悶の声をあげる。欠けた剣の中に、一瞬だけ赤い玉が見えた。

 「その赤いの……本体と見た」

 「そうだ。これを砕けば、貴様達の勝ちだ」

 ふらつくゴーダンを殴り飛ばすメタリィ。その拳を、火柱が焼く。劣化した体は、エリスアークに耐えられず、溶け出した。

 「この程度がなんだ。あの子の痛みに比べれば……こんなものぉ!!」

 なおも再生してみせるメタリィ。気力で動くその姿は痛々しかった。

 執念で跳ね上がった速度に対応できず、殴り飛ばされるゴーダン。サフィアも魔法で応戦しようとしたが、同じ様に殴り飛ばされた。

「ゴーダン! サフィア!」

 仲間が攻撃されたのを見て、ほぼ脊髄反射で攻撃する修。しかし棒は当たらず、腹部を殴られた。

 勝てると思っていた相手との戦いは、いつの間にか逆転していた。

 深く息を吐きながら、メタリィは言う。

 「お前達は、カダムの話し相手になってくれた。お腹を空かせたあの子にパンをくれた。そんな者と戦いたくはない。ここのことは忘れて、どこかへ行ってくれ」

 殺すつもりだった相手への、最後の忠告。本当は、孫の恩人を手に掛けたくはない。だからこそ、逃げる選択肢を与えた。

 「引きたく……ない」

 修は立ち上がる。しかし吐いた言葉には力がなく、武器を構える様子もなかった。メタリィは数瞬の間をおいて気持ちを切り替えると、剣に姿を変えた。

 「ならば、ここで……ここで死ねっ!」

 ――振り下ろされた剣は、修に届かなかった。

 「ゴー……ダン?」自分を庇った者の名前を呼ぶ。

 「今度は……本当に助けたよ。演技じゃない」

 ゴーダンは笑みを浮かべながら、修の肩に手を置く。

 鎧にぶつかったメタリィも反動が大きかったらしく、地面に落ちて砕けた。

 「大人しくやられるつもりか? 引けない理由なら、君にだってあるはずだ」

 「引けない……理由」と力なく復唱する修。

 「この人は家族を守るおじいさんで、孫にすら呪いをかける極悪人で、君が集めるべき仮面の持ち主だ」

 どれも間違ってはいない。全て、メタリィの持つ一面だ。

 「他のメオルブにも、私にも、君にも……誰にでも譲れないものはある。譲れないから戦うんだ」

 より強く肩を掴むゴーダン。

 「ここで君が負けたら、託した人や、付いてきた人はどうなる?」

 「俺が戦えば……あの人の大切なものを奪ってしまう」

 ここに来て相手を気遣う修。メタリィはそれを聞き「甘い」と胸中で吐き捨てた。

 「承知の上で戦っているんだ。あの人も。そしてあの人も、君の大切なものを奪うつもりで戦っている」

 メタリィの破片が集まっていく。

 「君に願いを託した人の思い。ここに来るまでについた傷や紡いだ縁。それらをあの人に踏みにじられていいのか?」

 修の頭にカレンやサフィア、ゴーダン。出会ってた人や助けてきた人の顔が浮かんでくる。

 修は答える代わりに、棒を強く握った。

 「戦うんだ。大切なものを懸けた者同士の戦いに、逃げや妥協は許されない。決着をつけるんだ」

 「わかった」

 戦う。奪うのではなく、奪われないために。

 「強い思いは、体の痛みすら凌駕する。虫の息だとは思わないように」

 背中をポンと叩かれ、メタリィと向き合う修。

 「そろそろいいか?」

 再生を終えていたメタリィ。修を甘いと断じたメオルブは、話しが終わるまで待っていた。

 修が棒を構えると同時に、メタリィも姿を変える。

 巨大な剣と棒がぶつかり合う。衝撃で棒を手放す修と、粉々になるメタリィ。

 「この欺瞞で覆われた町は! あの子を守る檻だ! 誰にも壊させはしない!」

 残骸を集め、無数の針を形成するメタリィ。防ぐ術のない修の体に、紫の針が刺さる。

 「俺だって……俺だって」

 ――大切なのは、できるって信じること。

 修の手に光が灯る。ゴーダンとの戦いで見せた、リオン・サーガを使わない青の光弾。

 「譲れねぇ!」

 両手大の球を放り投げるように、光弾を放つ修。無我夢中の一撃は、メタリィへ激突し、その体を砕いた。

 拘束や針が泥となって地面に落ち、核がむき出しになるメタリィ。

 「おぉおおお!!」

 修はもう一度光弾を撃とうとするが、光は収束せず、光弾にならない。修は考えるより早く駆け出しーー光る右手を突き出した。

 「まだだ。まだ私は……」

 赤い核は修の手に触れ――砕け散った。
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