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第九章 ~憎悪~

9-7.積み上げてきたもの

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 棒が手を離れて転がっていく。修はその腕をなんとか伸ばし、憎悪の仮面に触れた。

 その直後、ライカの反動が全身を駆け巡る。

 痛みや疲労も含め、一切の感覚が消える。前回は首から下が一切動かせなかったが、今回は少しだけ動かせる。二回目で慣れたからだろうと、修は思った。

 「お疲れ、大変だったね」

 うつ伏せになっていた修を抱え、仰向けにするゴーダン。そして仮面をしっかり握らせた。

 「大丈夫か?」と修が言うと、君よりは平気と返された

 「痛くないの?」「あぁ」

 大きな傷を見つけ、回復魔法レーデルをかけるサフィア。左腿から右肩にかけての傷も、言われなければ気付かないほどに、何も感じなかった。

 ゴーダンが辺りを見回し、気配を探る。戦いが終わり、全員が疲弊しているこの瞬間。仮面をまとめて回収するにはうってつけだ。

 「ザウリム達は退いたか」

 剣から手を離し、息を吐く。今襲われたらひとたまりもない。危機が去って安心したゴーダンは、その場に座り込んだ。

 修も震える手でリオン・サーガを出し、邪気の吸引を始めた。



 「ねぇ修……さっき言ってたのって」

 治療が終わったところで、サフィアが口を開いた。それにゴーダンが続く。

 「この世界に来た時、だっけ?」

 ロイクと戦う時に漏らした本音。二人はそこに引っかかっていた。隠すつもりも言うつもりもなかったが……

 「俺は……」

 体を起こした修は、ゆっくりと自分のことを話した。自分が別の世界からこと。カレンという神様に呼ばれ、力を授かり、ここに来たことを。そして、そのカレンがどうなったのかを。

 「だから俺はロウの野望を止めるため、仮面を集めていた」

 「そうだったんだ……」

 いつか話してくれた大事な人は、まさかの神様だった。

 「どおりで知識も言葉もずれてるなって思ったよ。海の向こうどころか、もっと遠いところからやってきたわけか」

 「ということは、修って神の遣い?」サフィアが言うと、ゴーダンは「全然似合わないね」と笑った。

 「驚かないのか?」

 「むしろ、そっちの方が辻褄が合う」ロイクが体を起こす。

 「伸縮に頼り切っていた棒術と、威力の安定しない魔法。どこか未熟な動きも、授かって間もない力ならば納得が行く」

 ナディルの仲間達は、すんなりと信じた。少しだけ「異世界の人間だ」と糾弾されるかと危惧したが、それもなし。拍子抜けだとさえ思ってしまった。

 過ごした時間や紡いだ縁、積み上げた信頼が、嘘のような話しを受け入れさせた。

 「どこから来たか、程度のことでお前の評価は変わらん」

 修の表情を見て何か感じたのか、見透かしたかのように言うロイク。

 「そう……か」

 困惑の混じった返事をすると、ゴーダンがこう言った。

 「生まれや育ちなんてどうでもいい。君は君だ」

 「大切な人のために頑張るって、素敵な理由だと思う」

 「そうか……」噛みしめるように、似たような返事を重ねた修。

 些細なことだと思っていたはずなのに、言葉に詰まるほど心が震える。自分を受け入れてもらえることが、ここまで嬉しいことだとは思わなかった。

 かつて「立派な理由がない」というだけで蔑まれた少女は、好きな人のために戦う少年に励まされた。

 かつて「罪人の子」というだけで全てを判断されていた騎士は、生まれや育ちで判断しない少年に会った。

 二人に変化のきっかけを与えた少年は、その二人の暖かさに触れ、決意を固めた。

 「これはお前が持っていろ。俺に勝った・・・・・褒美だ」

 ロイクが取り出したのは二つのエモ・コーブル。

 一つは、血色の悪い青い顔に、伏し目の少年のような顔。への字に曲げられた口の仮面。司る精神は『諦観』糧となる感情は『希望』諦めず、それを掲げて突き進もうとする意思。

 もう一つは、目の部分しかなかった怠惰の仮面とは逆に、目だけがなく、鼻と食いしばったような歯が特徴の、赤の仮面。司る精神は『嫉妬』糧となる感情は『敬意』人の長所や才を認めようとする意思。

 「おじさんも仮面持ってたんだね」

 「当然だ」
 
 「あ、そうだ。先輩これ」

 回収していたウェンガルを地面に刺すゴーダン。ロイクは立ち上がると、それを背中に差した。

 「ザウリムが待っている。行くぞ」

 「お待ちを」四人の前に、クリマが現れた。彼女は「まずはご苦労」とねぎらい、こう続ける。

 「疲労や怪我など、その他心身に関する異常を持ち込むことは許しません。今日はここでお休みを」

 「罠を仕掛けるのに一日かかるってこと?」

 「仮面の呪いを乗り越え、集めし者との決着は、ザウリムの望み。半端な状態で挑むことは許しません。でなければ、ここまでした意味がない」

 ゴーダンの邪推など歯牙にもかけず、淡々と話すクリマ。

 「それでも進むと言ったら?」「ここであなた達を撃ちます」

 口調は変わらず、目つきだけを鋭くさせる。クリマは本気だった。手負いとは言え、四人が相手では分が悪い。本気で抵抗されたら勝てないことは、彼女も充分理解していた。

 にらみ合いになるかと思いきや、ロイクが口を開いた。

 「部屋はあるのか?」

 「ダミアンが使っていた建物があります。良いベッドと食事もね。そういうのにこだわる人だったんで」

 ダミアン・・・・という名前に少しだけ引っかかるロイク。どこかで聞いたことがあると思いながら、更に続けた。

 「休むぞ。仮面はこちらにある。今更どうこうできるはずもない」

 結局ダミアンを思い出せなかったロイクは背を向けた。

 案をあっさり飲む姿を見て、「いいの?」と聞くサフィア。

 「万が一嘘ならば、こいつをザウリムへの土産にするだけだ」

 戦う意思もしっかりと示しながら、ロイクは去っていった。

 「万全で挑めってのは、ザウリムの指示?」

 今度質問をしたのはゴーダン。「もちろん」クリマが短く肯定する。

 「なら、詳しいことは本人から聞くよ」

 「それは無理かと」

 クリマは、自分がザウリムには近づかせないから無理だと言った。

 「無理じゃないさ」

 ゴーダンは、クリマを倒してザウリムに会いに行くから無理じゃないと返した。

 少しだけにらみ合った後、部屋へと入っていくゴーダン。その背中を見て、クリマがこう言う。

 「二人共、素直なものですね。どちらも一度陥れた記憶があるのですが」

 「言葉を信じてもらった」とは考えず「侮られている」と感じ取ったクリマは、思わず皮肉を口にした。

 「では、失礼」とだけ付け加え、クリマもその場を去っていった。

 暗くなった空に目をやる。世界を隔て、様々な場所を歩き、色々な敵と戦い、立派な仲間に会えた。

 消えゆく神様から託された「依頼」は、修にとって果たしたい「約束」となった。

 それが今、少しだけ形を変えた。叶えたい「願い」になったのだ。

 ロウの野望を止め、世界に済む大勢の人を守るとは言わない。ただ、俺をナディルに導いてくれた人が大事にしているもの。隣を歩く仲間が済む場所を守りたい。

 「修?」サフィアに呼ばれ、目を向ける。

 「俺達も休もう」空を一瞥し、修達も部屋へと入った。

 残る仮面はあと一つ。旅の終わりは近い。
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