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第十章 ~破滅~

10-3.雷鳴の語り手

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 振り下ろされた黒い剣は、空を切る。さっきまでそこに居たのは間違いない。

 「有名な騎士様も、所詮はこの程度ですか。早く重い剣も、当たらなければ意味がない」

 遠くに居るクリマが、衣服についた砂を払う。その体の周りには、電流のようなものが纏わりついていた。

 「『メタハイド』……雷の力を借りて、素早く移動する上級魔法。ここまで面倒だとは」

 笑みを浮かべるクリマの指から、一本の細く光る線が飛び出し、ゴーダンの体に触れる。僅かな痛みと、細い線に似合わぬ大きい音がゴーダンを襲う。

 雷属性の基礎魔法ビレンサ。またの名を、最速の基礎魔法。

 無いに等しい痛みなど気にせず、ゴーダンは近づき剣を振り下ろす。しかし、クリマはまた素早く離れた。

 普通に追いつくのは不可能か。そう思うゴーダンに、また雷撃が襲う。

 ビレンサは早い分、威力も低い。せいぜい針に刺された程度の痛みしかない。

 「何故弱い魔法ばかり……そうお考えですね?」

 斜め後ろからクリマの声が聞こえてくる。あまりにも早く、微妙に対処が遅れる角度に立ってくる。

 「教える気はありませんが、正解かどうかくらいは言ってあげます」

 ゴーダンが剣を薙ごうとした瞬間。クリマはある魔法を唱えた。

 「アクリア」

 まばゆい光りにたまらず目を閉じるゴーダン。思わず「面倒な」と口走り、剣を振り回す。手応えがないのは、既に離れている証。それに気付き、攻撃を止めた。

 一人でも戦える属性は? そう聞けば、ほとんどの人間は雷と答える。搦手も多く、素早く移動できる上級魔法を持つ属性は、一人で戦うのに都合が良いのだ。

 ゆっくりと目を開けるゴーダン。その瞬間、背中を押された。

 攻撃ではなく、ただ杖で押しただけ。

 不意な衝撃に数歩踏み出すゴーダン。直後にパキッという、薄い氷を踏んだような音が聞こえてくる。その瞬間、足元から紫色の光が溢れ出した。

 「まさか……!」

 熱と痺れが全身を覆う。たまらずのけぞると、更にもう一度、同じ音がした。

 二度目の紫電が襲う。ゴーダンは苦痛の声を上げながらも、今度は動かぬようしっかりと踏みとどまった。

 「『ムストラング』踏むと弾ける雷の球を設置する上級魔法です。いっぱい仕込んでおきましたので、存分に動き回ってください」

 「……冗談で足を止めようって? たくさん仕込む時間なんてなかったはず」

 右を向くゴーダン。「そう思うなら一歩踏み出してみては」と返されたが、動こうとしなかった。

 「安い挑発だ」

 欠けていた鎧の一部を取り、床に投げる。案の定、雷の球が破裂した。

 「少なくとも、私の周囲には仕掛けていると見た。問題はその時間だが……ビレンサか」

 「早くて威力がないと言われがちですが、ビレンサの魅力は威力ではない。食らった時に聞こえる激しい音・・・・です」

 謎に気付くゴーダン。クリマは距離を保ったまま横に動き、こう綴った。

 「私の詠唱、聞こえなかったでしょう?・・・・・・・・・・ ただの基礎魔法であれば、最上級を覚えれば無言で撃てます。しかし、上級や最上級は別。詠唱は必要です」

 「なるほど……ビレンサで耳を塞ぎ、アクリアで視界を防いで罠を張ったわけだ」

 御名答と杖を向けるクリマ。

 「しかし、ムストラングを二回食らって平然としている以上、無駄に上級魔法を撃ったのは失敗でしたかねぇ」

 上級で倒せないとくれば、次に何を使うかは予想がつく。

 「撃たせると思う? 詠唱を始めれば、私は全力で止める。最上級の詠唱中は、細かく逃げ回ることはできないはずだ」

 わざと欠点を指摘するのは、一種の挑発。クリマは素早く、捉えるのは難しい。寧ろ長い詠唱をしてもらった方が、攻撃しやすい。

 危険だが見返りも大きい。この部屋の広さなら、例え端同士に居たって、追いついて斬りって見せる。

 「魔法使いへの理解もそれなりにあるようだ。素晴らしい」

 皮肉を交えるクリマの体から、光りが消える。メタハイドの効果が切れたのだ。

 「雷速の加護……」

 メタハイドをかけ直そうとするクリマを、剣撃で止めるゴーダン。

 「見た目に変化が出るのが、メタハイドの欠点だ。効果が切れた以上、簡単には使わせない」

 「金をつ……」

 黙らせるように斬りつけるゴーダン。しかし傷は浅く、クリマは倒れない。

 「いくら機嫌よく剣を振ろうがね!」

 アクリアを唱えるクリマ。周囲にまばゆい光が放たれる。

 「ぐっ!」短い声を上げたのは、クリマだった。ゴーダンは光を気にせず前進し、クリマの腕をわずかに斬りつけた。

 「目眩ましをしようが、そこから動かないんじゃ意味はない」

 手元は狂ったけどと言いながら、目を開けるゴーダン。

 「魔法使いは、近づかれたら終わりだ」

 「もちろん知っています。だからこそ、近づかせないことが大切」

 背後の壁によりかかりながら、クリマは言う。

 「そんな教科書通りの考えが、私に通じると?」

 クリマは杖を両手で握ると、ゴーダンに殴りかかった。

 ゴーダンは迎え撃とうとしたが、クリマの奥にある何かを見つけてしまう。それは壁に刻まれた、二つの紋章。

 「デネット!」

 雷魔法デネット。特定の箇所に魔力を込めた紋章を配置し、そこから磁力を発生させる中級魔法。

 剣や鎧が引っ張られ、攻撃をしくじるゴーダン。杖で殴るふりをして、その横を駆け抜けたクリマは、更に魔法を唱えた。

 「紡ぎ合え『デネット・メギア』」

 より強い磁力を生み出す上級魔法を放つクリマ。ゴーダンの剣と鎧が磁力によって引っ張られ、壁に打ち付けられる。

 「いつの間に……こんな……」

 「いっぱい仕掛けておいたって言ったでしょ?」

 十分に距離を取ったところで、杖を構えるクリマ。彼女の言った仕掛けは、「多くのムストラング」ではなく「それを含む、様々な魔法」という意味だった。

 「こ……この……」

 念入りに仕掛けた、中級と上級魔法の重ねがけ。その拘束力は凄まじく、ゴーダンは壁から離れられない。

 「では、見事妨害して見せてください」

 杖で床をトントンと叩いたクリマは、呼吸を整えた。

 「幾重いくえにも交わりて生まれるは極光きょっこう波動はどう

 足元に金色の魔法陣が生成され、クリマの体を通り抜け、上空へと浮かぶ。

 「汝よ、我が魔の極みを受けよ」

 魔法陣が移動し、金色に光るクリマの前で回転する。次にピリ……ピリと音が聞こえ、数が増えていく。一本一本の光の線の正体は、基礎魔法ビレンサ。

 放たれるのは、無数のビレンサの集合体――

 「――ガーベナ・ビレンサ」

 無数の線はやがて大きな一つの雷光となり、魔法陣から放たれた。

 荒々しく伸びる雷が、轟音とともにゴーダンの全身を飲み込む。ゴーダンの苦痛の声は、バチバチという轟音に呑まれて消えていく。

 「では、これにて」

 光が止む。最上級魔法をまともに受けたゴーダンは、力なく床に倒れた。
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