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最終章 ~勇者~
L-2.エルブのしたこと
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言葉に詰まる修。ノグドは神と戦い……世界に牙を剥いて、目の前のこいつに倒された。そのノグドが、元は人間?
飲み込みきれないまま、更にハウラの言葉が耳に届く。
「ま、神にもてあそばれた人間ってこった。俺達とよく似てるよな」
諸悪の根源のように言われていた存在は、エルブという神によって歪められた者。修がエルブに抱いた印象は「勝手な神」だった。
そんな奴が居て、この世界を愛するカレン様が、黙っているはずはない。
「激戦の末、多くの仲間を失いながらも、ノグドはエルブに勝利した。左腕を落とされたエルブは撤退。以降過干渉をやめ、ただ世界を見守ることにした。もう数百年前の話しだ」
気の遠くなるような昔の話しだが、少し引っかかった。曖昧だからこそ引き立つ、左腕を落とされたという具体的な表現。
「実はな、人間用の源創記ってのは一部削ったり、改変されてんだ。人間にとって都合の悪い部分を隠してな。んで、ダム―側に伝わってるのには全部載ってる。ノグドがエルブによって生み出されたことも、そのノグドが元人間だったってことも、ちゃーんとな」
「何故削る必要があった?」
「そりゃおめぇ、人間側の源世記を書いたのが「エルブ教の奴」だったからだよ。崇めるべき神が「実は悪魔を作った黒幕で、しかも無様に負けました」なんて書くかよ」
どこか呆れたように言うハウラは、更にこう続けた。
「つっても居なくなったのは事実だからな。ノグドの同士討ちの部分を利用して、最後の一匹まで減らして力尽きましたってことにしたらしいぜ」
エルブを退けたノグド達は、退屈で同士討ちを始めてしまった。それに嫌気が差した一部が集落に移動し、穏やかに生きてきた。その末裔が、レン達ダムー。
「その話しが、お前の能力と……カレン様を操ったこととどう関係がある?」
「俺の能力は、相手に直接触れることでより強くなる。だから、切り落とされたっていう左腕を探した」
質問の答えになっていないような言葉を返し、ハウラは続ける。
「斬り落とされてかなりの時間が経ち、どっかの山の一部になってて不安だったが、そこは腐りきっていようが神なんだろうな。無事に操れたよ。すげぇ時間かかったけどな」
……ハウラの最終目標は「カレン」だが、見つけたのは「エルブ」の腕だ。
「半年くらい毎日左腕に触れ、能力を送り続けた。変化が出始めてからは早かったなぁ。一文字二文字程度の言い間違いから、言葉や態度、体への変化とどんどん悪化していって……」
――最期はお前の目の前で消えた。
ハウラが話しているのはあくまでエルブ。しかし、関係ない話しをしていたわけではなかった。ハウラは最初からずっと、一柱の神のことを話している。
「お前は……誰の話しをしている?」
改めてしっかりと問いかける修。知らないからではなく、繋がりかけているからこそ出た質問だった。
「敗北や過干渉への戒めとして、そいつは名前と姿を変え、大人しく世界を見守ることを決めた。分かるか?」
答えに気付く修。カレンが消えた時に残った左腕。それを冷たく感じたのは、気が動転していたからではなく、義手だったからだ。
本物の腕はレフトア山に眠っていて、ハウラはそれを回収し、能力で操った。この世界で腕を失ったのはエルブ。しかし、おかしなことを口走り、消え去ったのはカレン。つまり――
「エルブってのは「カレン・デティスン」の前の名だ。あいつは自分の都合で人間を化け物に変え、無様に負けた最低の神だ」
目を見開いた修に合せるように、ハウラはそう口にした。
「嘘だ」ほぼ反射的な否定は、感情だけで吐いたもの。だからこそ理由も根拠もあげられず、言葉を続けられなかった。
「その程度で揺らぐなよ。ひどいのはまだあるぜ」
修の動揺などまるで気にせず、ハウラは調子を崩さずに続ける。
「カレンはノグドの同族殺しも大人しく見守っていた。だが最後の一人になり、人類に牙を向いた瞬間、あいつは約束の穴を突いた」
「約束の穴?」修が復唱する。
「あいつは異世界から人間を呼び寄せ、力を授けてこの世界に解き放った。破るも歪めるも自由なゴミみたいな約束を守ろうとする自分の代わりに、ノグドを倒してもらうために」
「また負けるのが恥ずかしかっただけかも知れねぇけどなぁ」と言って笑うハウラ。
異世界から人間を呼び寄せ、この世界に解き放った。この部分を聞いた修は、不意に自分のことを言われたのかと勘違いした。
「見守るって約束は誰にしたわけでもない、自分に誓っただけだ。だからこそ、そんなマネができた」
言葉の端々から感じる、カレンへの悪意。神を崇める人間もいれば、嫌う人間も当然居る。しかし、ハウラは微妙に違う。まるで本人に会ったことがあるような嫌い方だ。
「ヒーローみたいな身体能力、勇者のような聖なる剣に、強い魔法」
ハウラが右手を掲げた瞬間、どこからともなく神々しい剣が現れた。そして左手に黒球を浮かばせる。
「カレンに呼び出された男は、絵に描いたような異世界に心を踊らせながら、仲間と出会い、敵を倒し……英雄と呼ばれるようになった。魔王と呼ばれたノグドはそれなりに強かったが、勝てない相手じゃなかった」
歴史の話から神へ。神の話しからある男の話へと変わっていく。
「男は旅の途中で出会った女性に触れ、この世界を好きになっていった。そして、古い名前を捨て、この世界で生きることを決めた」
人から聞いた話では出せない具体性。ハウラは「経験談」を話していた。
ザウリムを操っていたのは神でも悪魔でも――この世界の人間でもなかった。
「男の名は『ハウラ・ナート』この世界に転移し、ノグドを倒した勇者だ」
最初に会った時に感じた、妙な雰囲気。身近さを感じる言葉遣いや、変わった能力。それら全てに覚えた違和感の正体が、ようやくわかった。
ハウラと名乗る男は――修と同じ世界から来た人間だったのだ。
「お前もカレン様に呼ばれたのか?」
妙に納得が行った修は転移の部分を疑うことなく、質問をぶつけた。
「自分の不始末をなんとかしてくれって言われてな。馬鹿な奴だよほんと」
「そんなお前が、なんでカレン様を消した。なんで世界を壊そうとしてるんだ」
カレンの隠していた汚点を知っても、修は大して揺るがなかった。そんな態度が鼻についたハウラは僅かに眉を曲げ、答えた。
「気に入らねぇからだよ。俺より弱く、何もできないくせに口出ししてくる奴も、俺をここに呼び込んだあいつも、あいつが作ったこの世界も、全部」
神から膨大な力を授かった男は、一人で何でもできる……できてしまう存在だった。魔王を倒して勇者となった男は、やがて人々から英雄と呼ばれ、持て囃された。
男は自分が救ったこの世界を気に入り、仲間から伴侶となった女性と同じ時を過ごした。幸せだった。
――少なくとも本人は。
しかし、異世界の住人であることと、英雄と持て囃され、自分の力に酔ってしまったハウラは、やがて全てを見下すようになった。大切な存在へ向けていた愛情も、人ではなく、飼い犬に向けるような、どこか上下関係のあるものへと変わっていった。
かつての仲間から恋人、妻となり、最終的には格下と評された女性は、ハウラの元から離れていった。
最愛の人に逃げられたハウラは更に精神を病み、伴侶からこの世界の人間達。自分をここに呼び込んだ元凶、そして世界全てへと恨みを広げていった。
「そんな理由で……」
――くだらない。世界を犠牲にするには、あまりにも小さく、独りよがりで……
修の理解を、怒りを置き去りにするハウラの言葉。それを飲み込みきれないまま、次の声が聞こえてくる。
「理解なんざいらねぇよ。お前だって所詮はよその人間だ。こんな世界どうなったっていいだろ」
「そう……見えるか?」
「偽物の世界で熱くなるなよ。どっちにしろ、お前もこの世界も死ぬんだからよ」
エルブの真実に驚き、くだらなすぎる動機に少しだけ戸惑った。だが、こいつはカレン様を消し、カレン様が愛した世界を壊そうとしている……
「やらせるかよ」
旅の終着点で待っていたのは、あまりにも小さな理由で、大きなことをしようとする人間だった。
「話しは終わりだ」
ハウラが黒球……英雄術を放つ。修はそれをまともに受けながら、リオン・サーガを開く。
「諦観、嫉妬、憎悪、破滅」
同じ世界の人間が、あまりにもくだらない理由で世界を壊そうとしている。その事実が、修の闘志を燃やさせる。
「悪情紡ぐ仮面の力を贄に、我が全霊を解き放つ」
こいつだけは止める……止めなければならない。俺の全てを使ってでも、必ず。
溢れそうになる怒りと思いを抑えながら、修はライカを発動した。
「……ほう」
姿の変わった修を見て、僅かに笑みを浮かべるハウラ。
「世界を壊したいなら、先に俺を倒していけ!」
魔王を倒し、勇者と呼ばれた者。
仮面を集め、人々を救ってきた勇者。
同じ異世界に呼ばれた二人が、今激突する。
飲み込みきれないまま、更にハウラの言葉が耳に届く。
「ま、神にもてあそばれた人間ってこった。俺達とよく似てるよな」
諸悪の根源のように言われていた存在は、エルブという神によって歪められた者。修がエルブに抱いた印象は「勝手な神」だった。
そんな奴が居て、この世界を愛するカレン様が、黙っているはずはない。
「激戦の末、多くの仲間を失いながらも、ノグドはエルブに勝利した。左腕を落とされたエルブは撤退。以降過干渉をやめ、ただ世界を見守ることにした。もう数百年前の話しだ」
気の遠くなるような昔の話しだが、少し引っかかった。曖昧だからこそ引き立つ、左腕を落とされたという具体的な表現。
「実はな、人間用の源創記ってのは一部削ったり、改変されてんだ。人間にとって都合の悪い部分を隠してな。んで、ダム―側に伝わってるのには全部載ってる。ノグドがエルブによって生み出されたことも、そのノグドが元人間だったってことも、ちゃーんとな」
「何故削る必要があった?」
「そりゃおめぇ、人間側の源世記を書いたのが「エルブ教の奴」だったからだよ。崇めるべき神が「実は悪魔を作った黒幕で、しかも無様に負けました」なんて書くかよ」
どこか呆れたように言うハウラは、更にこう続けた。
「つっても居なくなったのは事実だからな。ノグドの同士討ちの部分を利用して、最後の一匹まで減らして力尽きましたってことにしたらしいぜ」
エルブを退けたノグド達は、退屈で同士討ちを始めてしまった。それに嫌気が差した一部が集落に移動し、穏やかに生きてきた。その末裔が、レン達ダムー。
「その話しが、お前の能力と……カレン様を操ったこととどう関係がある?」
「俺の能力は、相手に直接触れることでより強くなる。だから、切り落とされたっていう左腕を探した」
質問の答えになっていないような言葉を返し、ハウラは続ける。
「斬り落とされてかなりの時間が経ち、どっかの山の一部になってて不安だったが、そこは腐りきっていようが神なんだろうな。無事に操れたよ。すげぇ時間かかったけどな」
……ハウラの最終目標は「カレン」だが、見つけたのは「エルブ」の腕だ。
「半年くらい毎日左腕に触れ、能力を送り続けた。変化が出始めてからは早かったなぁ。一文字二文字程度の言い間違いから、言葉や態度、体への変化とどんどん悪化していって……」
――最期はお前の目の前で消えた。
ハウラが話しているのはあくまでエルブ。しかし、関係ない話しをしていたわけではなかった。ハウラは最初からずっと、一柱の神のことを話している。
「お前は……誰の話しをしている?」
改めてしっかりと問いかける修。知らないからではなく、繋がりかけているからこそ出た質問だった。
「敗北や過干渉への戒めとして、そいつは名前と姿を変え、大人しく世界を見守ることを決めた。分かるか?」
答えに気付く修。カレンが消えた時に残った左腕。それを冷たく感じたのは、気が動転していたからではなく、義手だったからだ。
本物の腕はレフトア山に眠っていて、ハウラはそれを回収し、能力で操った。この世界で腕を失ったのはエルブ。しかし、おかしなことを口走り、消え去ったのはカレン。つまり――
「エルブってのは「カレン・デティスン」の前の名だ。あいつは自分の都合で人間を化け物に変え、無様に負けた最低の神だ」
目を見開いた修に合せるように、ハウラはそう口にした。
「嘘だ」ほぼ反射的な否定は、感情だけで吐いたもの。だからこそ理由も根拠もあげられず、言葉を続けられなかった。
「その程度で揺らぐなよ。ひどいのはまだあるぜ」
修の動揺などまるで気にせず、ハウラは調子を崩さずに続ける。
「カレンはノグドの同族殺しも大人しく見守っていた。だが最後の一人になり、人類に牙を向いた瞬間、あいつは約束の穴を突いた」
「約束の穴?」修が復唱する。
「あいつは異世界から人間を呼び寄せ、力を授けてこの世界に解き放った。破るも歪めるも自由なゴミみたいな約束を守ろうとする自分の代わりに、ノグドを倒してもらうために」
「また負けるのが恥ずかしかっただけかも知れねぇけどなぁ」と言って笑うハウラ。
異世界から人間を呼び寄せ、この世界に解き放った。この部分を聞いた修は、不意に自分のことを言われたのかと勘違いした。
「見守るって約束は誰にしたわけでもない、自分に誓っただけだ。だからこそ、そんなマネができた」
言葉の端々から感じる、カレンへの悪意。神を崇める人間もいれば、嫌う人間も当然居る。しかし、ハウラは微妙に違う。まるで本人に会ったことがあるような嫌い方だ。
「ヒーローみたいな身体能力、勇者のような聖なる剣に、強い魔法」
ハウラが右手を掲げた瞬間、どこからともなく神々しい剣が現れた。そして左手に黒球を浮かばせる。
「カレンに呼び出された男は、絵に描いたような異世界に心を踊らせながら、仲間と出会い、敵を倒し……英雄と呼ばれるようになった。魔王と呼ばれたノグドはそれなりに強かったが、勝てない相手じゃなかった」
歴史の話から神へ。神の話しからある男の話へと変わっていく。
「男は旅の途中で出会った女性に触れ、この世界を好きになっていった。そして、古い名前を捨て、この世界で生きることを決めた」
人から聞いた話では出せない具体性。ハウラは「経験談」を話していた。
ザウリムを操っていたのは神でも悪魔でも――この世界の人間でもなかった。
「男の名は『ハウラ・ナート』この世界に転移し、ノグドを倒した勇者だ」
最初に会った時に感じた、妙な雰囲気。身近さを感じる言葉遣いや、変わった能力。それら全てに覚えた違和感の正体が、ようやくわかった。
ハウラと名乗る男は――修と同じ世界から来た人間だったのだ。
「お前もカレン様に呼ばれたのか?」
妙に納得が行った修は転移の部分を疑うことなく、質問をぶつけた。
「自分の不始末をなんとかしてくれって言われてな。馬鹿な奴だよほんと」
「そんなお前が、なんでカレン様を消した。なんで世界を壊そうとしてるんだ」
カレンの隠していた汚点を知っても、修は大して揺るがなかった。そんな態度が鼻についたハウラは僅かに眉を曲げ、答えた。
「気に入らねぇからだよ。俺より弱く、何もできないくせに口出ししてくる奴も、俺をここに呼び込んだあいつも、あいつが作ったこの世界も、全部」
神から膨大な力を授かった男は、一人で何でもできる……できてしまう存在だった。魔王を倒して勇者となった男は、やがて人々から英雄と呼ばれ、持て囃された。
男は自分が救ったこの世界を気に入り、仲間から伴侶となった女性と同じ時を過ごした。幸せだった。
――少なくとも本人は。
しかし、異世界の住人であることと、英雄と持て囃され、自分の力に酔ってしまったハウラは、やがて全てを見下すようになった。大切な存在へ向けていた愛情も、人ではなく、飼い犬に向けるような、どこか上下関係のあるものへと変わっていった。
かつての仲間から恋人、妻となり、最終的には格下と評された女性は、ハウラの元から離れていった。
最愛の人に逃げられたハウラは更に精神を病み、伴侶からこの世界の人間達。自分をここに呼び込んだ元凶、そして世界全てへと恨みを広げていった。
「そんな理由で……」
――くだらない。世界を犠牲にするには、あまりにも小さく、独りよがりで……
修の理解を、怒りを置き去りにするハウラの言葉。それを飲み込みきれないまま、次の声が聞こえてくる。
「理解なんざいらねぇよ。お前だって所詮はよその人間だ。こんな世界どうなったっていいだろ」
「そう……見えるか?」
「偽物の世界で熱くなるなよ。どっちにしろ、お前もこの世界も死ぬんだからよ」
エルブの真実に驚き、くだらなすぎる動機に少しだけ戸惑った。だが、こいつはカレン様を消し、カレン様が愛した世界を壊そうとしている……
「やらせるかよ」
旅の終着点で待っていたのは、あまりにも小さな理由で、大きなことをしようとする人間だった。
「話しは終わりだ」
ハウラが黒球……英雄術を放つ。修はそれをまともに受けながら、リオン・サーガを開く。
「諦観、嫉妬、憎悪、破滅」
同じ世界の人間が、あまりにもくだらない理由で世界を壊そうとしている。その事実が、修の闘志を燃やさせる。
「悪情紡ぐ仮面の力を贄に、我が全霊を解き放つ」
こいつだけは止める……止めなければならない。俺の全てを使ってでも、必ず。
溢れそうになる怒りと思いを抑えながら、修はライカを発動した。
「……ほう」
姿の変わった修を見て、僅かに笑みを浮かべるハウラ。
「世界を壊したいなら、先に俺を倒していけ!」
魔王を倒し、勇者と呼ばれた者。
仮面を集め、人々を救ってきた勇者。
同じ異世界に呼ばれた二人が、今激突する。
応援ありがとうございます!
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