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第12話  智将 あるいは恥将

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『みなさーん、準備は済みましたかー? 予選をこれより執り行いまーす! ルールは簡単。1人になるまで生き残れ、以上!』
「ルーキーども、びびって漏らすんじゃねぇぞ!」
「半裸のにいちゃん、ハンデとは男じゃねぇか。オレはお前を応援するぜ!」

ドワッハッハ!

会場は予選とは思えないほど盛り上がっていた。
観客の心を掴んでしまったらしい僕は、何かとネタにされてしまっている。
実力が伴った人気ならいいけど、これじゃピエロもいいところだよ。

「あいつ、調子に乗ってんな……」
「見てると段々腹が立ってくるぞ。なんだよヘラヘラしやがって」
「いっそのこと殺っちまうか? 事故に見せかけて」
「御前試合だぞ。さすがに殺しは……」


他の出場者のみなさん、何やら物騒なことを話してらっしゃる。
使用するのは訓練用の模擬剣なんだよ?
これで人を殺すってよっぽどの事だよ?


『決勝に上がれるのはたったの1人! この8名の若い戦士のうち、誰が生き残るのかー! 出場者は開始位置へ進んでくださーい!』


進行の声に答えるように野太い歓声が巻き起こった。
僕たち選手はというと円形の競技スペースの外周部分に、8等分するように等間隔で並んだ。
開始位置に立つと尚更緊張する。
もうじき始まるんだろうなぁ、怖いなぁ。


『では予選、はじめ!』
「うおおーー! 殺してやるぞー!」
「忌むべきものよ、ここで死ね!」

「ええええーー! なにそれ?!」


開始と同時に全員が僕目掛けて突進してくる。
ここでも例の『憎悪』が牙を剥くなんて、これは想定外すぎた。
てっきり相手を見つけて1対1になるものだとばかり思ってたのに。
とにかく逃げなきゃ!


「うわっはっは! 何やってんだよ、さっそく皆んなで弱いものイジメか?」
「おぉい、生真面目さんよ。逃げるだけじゃ勝てねえぞー!」
「ねぇ。これはちょっと可哀想なんじゃない?」
「確かにちょっと卑怯だが、割と見かける光景だぞ。序盤は目立つヤツが叩かれやすいんだ」


観客席からはヤジ紛いの歓声が飛び交っていた。
いくらなんでも1人で全員なんて相手にできないよ。
でも逃げようにも、隠れる場所なんか一切ない。
しかも全方位からやってくるもんだから、あっという間に中央へ追い詰められてしまった。
全員で僕を囲むようにして円陣を組んでいる。
ジリジリと歩み寄り、とうとう太刀の届く距離までに迫った。


「こいつだけは殺す。なにがあってもだ」
「こめかみだ、そこを狙えば事故を装って殺せる」
「そうか、ではオレがやろう」
「何を言うか。私にやらせたまえ」
「ふざけんじゃねえ、オレだ!」


よくわからないけど、ケンカが始まったみたいだ。
これをキッカケに逃げられれば……助かるかな?


「では皆で一斉に殺るのはどうだ? 左から右への『こめかみを狙った一閃』としよう。そうすればスムーズに事を成せる」
「いいぞ。とっととやるか」
「フン! みみっちい真似しやがって」


ダメだった!
これは絶対助からないパターンだ!
儚(はかな)い願いは叶う事なく、全員が等間隔に立って円を作り、右半身を僕の方に少し向けて武器を構え始めた。
本当にみんなで攻撃するの?
そんな事されたら間違いなく死んじゃうよ!

仲間どころか、たしなめる者のいない私刑(リンチ)場。
刑の執行者たちが十分な気合を右手に込めている。
手加減してくれる気なんかこれっぽっちもない。
誰かの靴(くつ)が砂利をなでる音。
客の歓声なんかより、ずっと耳に響いた。


「では、やるか」
「神聖な勝負を汚した罪、命にて償え」
「オレたちを恨むんじゃねえぞ、ふざけた格好でやってきたテメェが悪いんだぞ」


辺りの空気が一気に凍りついた。
来る、とうとう攻撃が来る!
あまりの殺意に身を強張らせかけた、その時だ。


「リーダー! 伏せろ!」
「え、伏せろ? 伏せる!!」


強烈な意思が込められた言葉が飛んできた。
それを聞いて、反射的にしゃがんでしまう。
運良く避けることができたようで、僕の体は無事だった。
脂汗がドワッと溢れ出す。
でもまだ助かった訳じゃないんだ、2撃目が来る!

……と思っていたんだけど、奇跡が起きた。
全員がバタリとその場に倒れこんだのだ。
あるものは気絶し、あるものは盛大に鼻血を出し、アゴに大きなアザ、片目を覆って転がる者もいる。
文字通り2本足で立っているのは僕1人だ。

ひょっとして、自滅?
右に向かっての横一閃と言っていたから、僕が避けた事で対象物が無くなり、想定以上に振り抜いた結果……こうなったのかなぁ。
全員が反時計回りに、隣の人を意図せず攻撃したって事になるよね。


『なんということでしょう! 目立ちたがりのネタキャラかと思われた彼ですが、一度も剣を振るう事なく全員を一網打尽(いちもうだじん)にしてしまいましたー!』
「すげぇーー! 兄ちゃんやるじゃねえか!」
「いいぞー! お前面白えぞー!」


会場は大いに湧き上がっている。
楽しんでくれるのはいいけどさ、僕は殺されかけたんだからね?
この気持ちを少しは汲んでよね。


「なんという知略! 目を疑わんばかりの鮮やかさ! この大会に寄り添い続けた私でさえ、初めて見る光景に驚きを隠せません! 文句なしに決勝進出です!」
「がんばれよー、応援してるからなー」
「決勝くらいはちゃんと服着てこいよー?」

ドワッハッハ!

よくわからない内に勝者が僕になり、そして決勝に駒を進める事になってしまった。
偶然の結果のせいだろうか全く嬉しくない。
むしろもう帰りたいよ……。
深く考えもせずに出場したことを、心の奥深くから後悔した。
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