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第19話  黒狼団

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街の中央が騒がしくなっていた。
人だかりが出来ていて、その中心からは攻撃的な声も聞こえてくる。
5人ほどの性質の悪そうな男が居るのが、人垣の隙間から見てとれた。


「誰がこんな真似しやがったぁ?! 黒狼団に逆らうマヌケがまだ居るってぇのか!」


大剣を見せびらかすようにして肩に担いだ男。
やたら大声を出しているのはそいつだった。
もしかして連中のボスなんだろうか?
様子を遠くから窺っていると、耳元でグスタフが囁いた。


「後ろに居る杖の男に注意しろ。あれは呪術師だ」
「呪術師?」
「戦闘能力は大したことないが、やっかいな精神攻撃を隠し持っているかもしれない」
「わかった、気を付けるよ」


グスタフからの警告だった。
場数を踏んでるだけあって、一目見ただけで分かる事があるみたいだ。
杖の男はというと、怒鳴り声があがるたびにニタニタと笑っていた。
まるで周りの反応を面白がっているかのように。


「そこのお前、誰がやったか見てねえのか?」


前列に居た街の人が声をかけられたようだ。
姿は見えなくても、狼狽えているのがよくわかる。
少し間をおいてから彼は答えた。


「オレは何も見てねぇよ」
「見てません、だろうがぁッ!」
「グハッ!」


質問に答えた男は蹴り飛ばされたらしい。
まともに食らったせいか、そのまま家の壁に叩き付けられてしまった。
返答次第でこの仕打ちだなんて……黒狼団は想像以上の外道だった。


「そこの女ァ。オメエはどうなんだよ?」
「ヒ、ヒィィッ」
「ひぃ、じゃねぇよ。知ってんのか知らねぇのか!」
「しし知りません知りませんッ!」


僕は堪らず前に出ようとしたが、グスタフの大きな手が遮った。
軽率な行動を戒めるかのように。

そうしている間にも、街の人々の窮地は続く。


「どいつもこいつも知らねえ知らねえ……。ナメてんのかよ!」


背負っていた大剣を振りかざし、切っ先は中天へと向けられた。
そのまま降り下ろしたら大惨事となるだろう。


「人の2、3人でも死ねばぁやる気になんだろ、なぁ?!」
「やめろッ!」


僕はもう我慢ならなかった。
この騒動は自分が蒔いた種でもある。
これ以上無関係な人たちが虐げられる姿を、黙って眺めているわけにはいかない。
グスタフが掌を顔に当てているが、今度ばかりは許してほしいと思う。

僕の前を塞いでいた人垣は徐々に割れ、黒狼団のもとへ道が作られた。
僕たちは何ら恥じ入ることはしていない。
相手の顔を見据えながらゆっくり歩いていった。


「頭ァ、こいつらです! あの異様な見た目は間違えようがありやせん!」


そう叫んだのは、僕たちが裏路地でやっつけた男だ。
報告を受けているのは杖の男だ。
どうやら大剣の男はリーダーではないらしい。


「偽善者気取りの出しゃばりが。ちょっと戦い慣れしてるからって調子に乗りやがって」


大剣の男が獰猛(どうもう)に笑う。
それに続いて取り巻きの3人も下品な笑いをあげた。
その間にグスタフが耳打ちをしてきた。


「大剣の男はオレがやる。残りの3人はザコだが、やれるか?」
「わかった。やってみるよ」
「よし。先手を取るぞ!」
「危ないからみんな離れて!」


その声が開戦の合図となり、僕たちは駆け始めた。
グスタフは分厚い長剣を抜き放ち、僕は短槍を低めに構える。
連中はというと、人数差に安心しているのか余裕の表情だ。
油断しきっている今がチャンスだった。


「オリヴィエさん!」
「いきます! クイック!」


僕は魔法を受けて、10歩の距離を一気に詰めた。
3人の男は目で追うことすら出来ていない。
着地と同時に1人に対して槍を叩きつけた。
肩が粉々に砕ける手応えが返ってくる。

驚いた表情の右隣の男の顔を、槍の柄で振り抜いた。
受け身を取ることすら出来ずに吹っ飛んでいく。
あの様子では戦闘不能に陥った事だろう。

瞬く間に一対一の形になる。
大剣の男の方もグスタフと切り結んでおり、こちらの数的不利は最早ほとんどない。


「このガキ! いい加減に……」
「遅い!」


残された左隣の男が上段から剣を降り下ろそうとする。
僕はその隙を突いて、鳩尾に強烈な一撃をお見舞いした。
槍の柄が深々と突き刺さり、男は苦悶の表情のまま気絶した。
しばらく目を覚ますことは無いだろう。


「力任せに大剣を振るうだけか! 口先だけの素人が!」
「グハァッ!?」


グスタフの方も片がついたみたいだ。
こめかみに強烈な蹴りを食らった男は、泡を吹きながら地面に崩れ落ちた。
これで残るは杖の男1人となった。


「さぁ、観念するんだ。あとはお前しかいないぞ!」


僕は投降を促したけども、背筋には悪寒が走っている。
形勢は逆転したにも関わらず、だ。
そもそも呪術とやらで参戦しなかった事も不可解だし、不気味な静けさを保っている。
もしかすると秘策があるのかもしれない。


「あーぁ。こいつら使い物にならなくしちゃってさ。どうしてくれるんだよ」


お気に入りの皿でも割られたかのような言い方だった。
その表情や仕草には追い詰められた気配が無い。


「またイチから仲間集めしないとダメかな。まったく、めんどくさいな」
「そんな事を2度と出来ないように……」
「その前にこの落とし前を着けてもらわなきゃ、なぁッ?!」


男の杖が妖しく光り、目がギロリと見開かれた。
僕はつい相手の目に釘付けとなってしまう。


「マズイ! あいつの目を見るな!」


グスタフの声が聞こえたが、もはや手遅れだった。
僕は両手、両足と力が抜けていき、まともに立っている事すら出来なくなってしまった。


「観念しろだって? バカな事を。僕の勝利はやりあう前から決まってたんだよ」


体にまとわりつくような笑い声が聞こえてくる。
僕はすっかり体の自由を失い、相手の表情を見ることすら叶わなかった。
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