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第28話  むせる白湯

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家は思っていた以上に早く出来た。
凝った内装や構造にしなければ、難しい事ではないらしい。
中の作りは簡素なものだったけど、寝泊まりする分には十分だろう。
僕たちは出来立ての家の中で思い思いに腰を下ろし、そして向き合った。


「では、今後の予定について話し合いをしますか」
「そうだね。当面の生業とレベルアップについて相談しようか」


まずは現状の確認のため、各人のレベルについて報告だ。
僕とオリヴィエはレベル16で、ミリィは23だった。
やはりというか、ミリィの方が僕らよりずっと上だ。
魔法で一気に倒せるから、レベル上げそのものは楽なのだとか。


「それでグスタフさんはどうなの? 僕たちずっと一緒にいるけど、知らないままだったよね?」
「言われてみればそうですね。ステータス画面も見せて貰えてませんし」
「ひょっとして、すんげぇ弱かったり? レベル一桁台とか?」
「これまでの事を考えると、それは無いと思うけど……」


グスタフはバツが悪そうだ。
ただレベルを言うだけなのに、何を躊躇してるんだろう?
彼はまるで犯罪者が自白する時のように、大きく息をついてから言った。


「もう隠しきれんか。オレのレベルは38だ」
「えッ! 38?!」
「ちなみに役職である『守護者』も上級職のものだ」


嘘ではないらしく、ステータスにはレベル38と表示されていた。
どうりで戦闘中に余裕が感じられるわけだ。
グスタフは真剣ではあったけど、必死ではなかったもんね。


「でもさ、どうして僕らに黙ってたの?」
「ダントツに強いヤツがメンバーに居て、頼らずにいられるか? あらゆる局面でオレ任せになるだろう。そんな事ではリーダーたちがいつまでたっても強くなれん」
「うーん。言われてみれば」
「戦いにて重要なのはステータスじゃない。場数なんだ。どんなに腕力が強い男でも、首を飛ばされたら死ぬんだからな」


そこまで考えていてくれたとは知らなかった。
つくづくこの人には叶わないなぁ。


「だからミリィ。今度からは魔法で一掃はやめてくれ。レベルだけ上がっても実戦経験が伴わなければ意味がない」
「まぁそういう話ならね。じゃあ今後はレインくんの性欲処理担当になるわ」
「そこは『魔法援護』とか言うべきでしょ?!」


ミリィは油断ならない。
なぜなら本当にやりかねないからだ。
冗談だけで済ませるオリヴィエとはまた違う。
実際僕の返しにはニヤリと笑うだけだった。
それはさておき、次の話題に。


「さて、生業についてだけど。これからは冒険者ギルドの仕事を請け負ってみない?」


僕の提案に対して、反応は悪くなかった。
多少の危険はつきまとうけども、お金は稼げるしレベルアップにも繋がる。
まさに一石二鳥の手段だからだ。
少しだけ間を置いて、グスタフが発言した。


「選択肢として悪くはないが、中央大陸に絡む依頼は受けられないからな?」
「どうしてよ。船で移動すればいいじゃないの」
「僕たちはね、中央大陸じゃお尋ね者なんだよ」
「オウッフゥ」


ミリィが僕をキラキラした目で見つめてくる。
その反応は全く意味がわからない。
自分で言うのもおかしいけど、この子はダメ男が好きなんだろうか?
『ここでも予想を裏切ってくれるのね!』なんて言ってるけど、何がそんなに嬉しいんだか。


「だからさ、家が出来たそばから悪いけども、依頼を探しに大きな街へ行かない?」
「それなら前に行った漁師町なんか良いだろう。仕事も豊富だし、武具の新調もできるぞ」
「それは良いですね。私は杖がそろそろ限界です。あと際どい下着が欲しいです」
「アタシは武器の類いはいいかなぁ。ギリアウトな下着は欲しいけど」


そんなものをリスト入りさせないでよね。
僕らは裕福じゃないし、仮にお金が潤沢でも買わないからね?
いや、試着だけでもとか言ってないで。
買いませんし寄りません、オッケー?


それから僕たちは家を出て、数日後には漁師町ナダウに着いた。
初めて訪れたときに比べて、格段に街の空気が明るい。
それが堪らないほど嬉しかった。


「ちょっと教会に寄っていかない? あと花屋にも」
「いいですね。そうしましょう」


ミリィだけがピンと来てないようだけど、他の2人はすぐ理解してくれた。
真っ白いユリの花束を購入し、真っ直ぐ教会へと向かった。


「ひきょうだぞ! コクローダンめ!」


教会の庭に子供が何人かいるみたいだ。
そのうちの1人はリリィだろう。
高い塀が邪魔をして、他の子供たちまでは確認が出来ない。
何か、ごっこ遊びのような事をしてるらしい。


「ふん。おいつめたつもりか。このマホウをくらえ! バリバリバリィーッ!」
「なんてこと! レインさんしっかり!」
「うぅ。いまので、からだが……」


何だろう、凄く入りづらい。
この空気に割って入っていく度胸は欠片もない。
なにせ『向こうの僕』は魔法攻撃でピンチらしいし。


「レインさん、あきらめないで! みんなのことをたすけてあげて!」

今のはオリヴィエ役だよね。
こんな台詞あったっけ?

「そうだ、ボクはまけちゃだめなんだ! くらえ、サイキョーけん! ズゴゴコゴーッ」

ちょっと待って、今の何?!
僕はそんな大それた技使えないよ?

それからは無事『コクローダン』は倒されたらしい、めでたしめでたし。
さて……これでやっと中に入れるよ。


「やぁリリィ、元気だった?」
「お久しぶりです、リリィちゃん」
「あーッ! オリビエおねぇちゃんだー! はだかのおにぃちゃんたちもー!」


さっきの遊びのときに僕の名前を言ってたよね?
知ってるなら『裸の……』呼ばわりは止めて欲しいなぁ。

リリィに花束を手渡すと、凄く喜んでくれた。
その笑顔を見ていると、細かいことが気にならなくなるから不思議だと思った。


「ねぇリリィ。マークスさんは居るかな?」
「うん、中でごほんをよんでるよ。ちょっとまっててねー!」


リリィはパタパタと走り去っていった。
しばらくして、困り顔になりながら手を引っ張られているマークスがやってきた。


「皆さま方、ようこそいらっしゃいました。お時間があるようでしたら、中へいかがですか?」
「こんにちはマークスさん。じゃあ少しだけ」


通された部屋は、前に来た時と同じ客間だった。
でも今回は重苦しい空気はなく、室内が明るく感じられた。
マークスの表情も柔らかくて、いつぞやのような疲れは見えない。


「あれから街は大きく変わりました。特に環境の変化に敏感な子供たちは、まるで別人のようです」
「そのようですね。あの子たちも元気一杯でしたから」
「あなた方はすっかり子供たちのヒーローですよ。名前を耳にしない日はないほどです」
「そんな凄いことやったつもりはないんだけどなぁ……」


外からは遊びが続けられているらしい。
大声ではしゃぐ声が聞こえてくる。


「して、今回はどのような御用向きで?」
「冒険者ギルドに登録しようかと。できれば仕事も始めたいです」
「そういう事でしたら、私が紹介状をご用意いたしましょう。煩わしい手続きが減るかもしれません」
「本当ですか? 助かります!」
「お安いご用です。少々お待ちください」


マークスがその場で一筆したためてくれた。
凄く綺麗な字で。
悪筆な僕からすると、ちょっと羨ましい。


「こちらをどうぞ。あなたたちに限っては不要かもしれませんが」
「そうなんですか?」
「ええ、もちろん」


マークスが窓の方に視線を送った。
その先には子供たちがいる。
マークスは、僕たちの評判が良いからと言いたいんだろうか。
これまでじゃ考えられなかった好感に、つい口許が緩んでしまう。

僕もマークスに倣って窓の方を見た。
相変わらず楽しそうな声が聞こえてくる。


「オリビエ、アクはさったぞ! けっこんしよう!」
「うれしい! ずっとはなさないでくださいね?」
「あかちゃんは、5人くらいほしいかな!」
「5人といわず10人でも、たくさんつくりましょう」


ゴフッ!
つい出された白湯がむせてしまった。
オリヴィエは僕に猫のような目線を向けている。
無言のまま、ただ目線だけを。

僕たちの名前を使うのはいいけど、せめて内容を考えてほしい。
台本担当の子がいるなら、その子に少し釘を刺しておかなくちゃ。
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