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第33話  僕は手遅れ

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向き合っては倒される。
槍を向けては吹き飛ばされる。
何一つ進展は見られないまま、ただ殴られるだけの毎日だった。
トレーニングとの名目だが、実質僕が転がるだけの時間となっている。


「なんの為の素振りだった? 実戦で活かせなければ練習になんの意味もない」
「いてて……」


何をやっても避けられるし、反撃を食らう。
今も顔に強烈な一撃をもらって、膝を着いているところだ。
それから何度も立ち上がり、向き合い、殴り倒され続けた。

そんな事を繰り返しているうちに、不思議な感覚に囚われ始めた。
意識がボンヤリ薄らいでいく。
僕を繋ぎ止める糸のようなものが切れた、そんな気分だ。

意識は深い、深い世界へと落ちていく。
そして周りの景色、生き物の気配がスッと消えた。


「やりすぎたか。少し休んでいろ」


そんな声が聞こえてくる。
一体なんの話なのか、よくわからない。
だから声には答えず、静かに槍を構えた。


「ふむ……今度はモノが違うな。少しは楽しめるか」


手のひらと槍の柄。
境界が曖昧になり、握っている感覚すら忘れてしまう。
まるで一体化したような気分だ。


エルザはこれまでとは違い、腰を落として身構えた。
本気にさせたのかもしれない。

彼女は本格的な攻勢に出る前に、細かく腕や視線を動かしている。
たぶんフェイントだろうけど、不思議と狙いが透けて見えた。
と言うより、次の動きが予測できた。

エルザの次の動きを予測して、最短の距離を突く。
まるで相手の肩を手で叩くような、さり気無い気持ちで。


「グァッ!?」


ささやかな手応え。
エルザが肩を押さえてうずくまる。
その手元がみるみると赤く染まっていく。
血が吹き出しているらしい。

その時、僕の体に衝撃が走った。
胸の奥が酷く熱くなる。
赤く燃えた鉄でも当てられたような痛みで、僕は膝を折って倒れてしまう。


「エルザさん! レインさん!」


悲痛な叫び声。
きっとオリヴィエだ。
僕はその顔を見上げる余裕すらない。
そして、かろうじて残っていた意識が、突然途絶えた。



再び気がつくと、ベッドに寝かせられていた。
ここは恐らく拠点の中だろう。
オリヴィエが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
少し離れた所にエルザの姿も見える。


「レインさん、大丈夫ですか?!」
「うん……、特に痛みとかは無いよ。それよりエルザさんは平気?」
「こっちは気にするな。オリヴィエのおかげで、腕もくっついた」


くっついた?
ということは、一度は取れたってこと?!
大切な仲間に、さらに言えば女性にそんな事をしてしまっただなんて!


「ごごごめんなさい! そんな事をするつもりは!」
「よせ。武器については私が許可したのだから、何も気にすることはない」
「……あとでグスタフにも謝りなきゃ」
「あれの事は更に気にしなくていい。それよりも調子はどうだ?」
「うん。大きな怪我とか無いみたいだよ」
「そうではない。ステータスを見てみろ」
「ステータス?」


言われるがままに画面を開いた。
そこに映し出されたのは……。


レベル:^し^@?なまら■!


「えぇーッ?! 変な文字になってる!」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「なんでこんな事に! なまらって何なの?!」
「自分で言うのもなんだが、私は規格外の怪物だ。そんな私を戦闘不能にしたのだから、莫大な経験値が入るのは当然だ」
「ということは、ものすごーくレベルアップしたの?」
「体が熱くならなかったか? 急激に強くなると起こる現象だぞ」


言われてみれば、ものすごい痛みがあったような。
あまりにも熱すぎて我慢できないくらいの。
ここまでの話に矛盾はないし、エルザの話は真実なんだろう。


「見た目も変わったようですね。役職にも変化があったのでは?」
「……うん。見てみるね」


これだけレベルが上がったなら、役職も変わってしまっただろう。
確認する瞬間はもはや恐怖でしかない。
かつては変態が払拭されることに期待をしたけど、そんな淡い希望は持つべきじゃないんだ。

画面をゆっくり下の方へ動かしていく。
ちなみに各数値もおかしくなっていた。
あちこちに『なまら』って文字が見えるけど、これは意味のある言葉なの?


「えっと、役職は……」
「どうですか?」


役職:『変態の神さま うーん、やったネ☆』


僕は何もやってない!
これ完全にからかってるよね?
称賛してるようで馬鹿にしてるよね?
そんな神様になんか成りたくはないよね?
少なくとも僕はそうさ!


「変わったけど……皆に知って欲しくないなぁ」
「そうですか。では無理に聞こうとはしません」
「うん、ありかとうね」
「それにしても……お前は役職が変わると見た目も変わると聞いてはいたが、まさか真実だったとは」
「そうだ! 見た目はどう変わってるの?」
「毛布が邪魔で良く見えませんね。一度立ち上がってみて貰えますか?」


僕は言われた通りにベッドの前に立った。
2人が何かに満足したようにうなずく。
その反応はどう受け止めればいいの?


「ご立派だな」
「ご立派ですね」
「立派ってなにが?!」
「今まではギリ陰部の状態でしたね?」
「そうだったね。それがどんな状態なのかは知らないけど」
「今は一糸すらまとっていません。清々しいほどに」
「ええええーーー?!」


僕はとうとう一線を越えてしまった。
いくつかの段階をすっとばして全裸になったようだ。
さすが変態の神さまは伊達じゃないって、うるさいよ!


「じゃあ僕は丸裸に見えてるの?!」
「ううん、なんと言いますか。裸は裸なんですけど、下半身の肝心な所が凄く光っててですね」
「光?」
「はい。だから調度股間の部分だけは見えません。良かったですね」
「それは幸いだけど、決して良くはないからね?!」


僕は完全に忘れていたのだ。
自分に限っては強くなるほどに、とんでもない外見になってしまう事を。
そして、もう手遅れなんだ。


「どうしよう。これじゃ外を歩けないよ」
「大丈夫だろう。むしろ好感を持たれるんじゃないか?」
「そうですよ。お年寄りには拝まれるかしれませんよ?」
「そんな事ある訳ないじゃない」


そんな事あった。
試しにウェステンドに顔を出してみたのだが、皆が親しげに話しかけてきた。
『ご立派だ』と口を揃えつつ。
お年寄りなんかは両手を合わせて拝んだりしてた。

もう理解不能。
僕の中の常識が壊れてしまいそうだ。
何はともあれ、僕を見て『ご立派』と言うのだけは止めていただきたい。
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