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第三部

3ー8  脱ロラン

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まおダラ the    3rd
第8話  脱ロラン



結局3日ほどかけて隅々まで探索したが、何も収穫はなかった。
ガラクタと哀愁が見つかるばかり。
幸いオレたちを追跡するヤツは現れてないが、一攫千金の方は絶望的だ。
つまり、目的の半分は潰(つい)えたってことになる。


「あーぁ。宝石の一個でも見つかればなぁ」
「夢見すぎ。地に足を着けるべき」
「もっと人里離れた場所に出向かなきゃダメかー」
「でもロランに来たのは正解だった。あの子を助けられた」


そりゃもっともだと思う。
オレらが偶然やってきたからシンディは命を落とさずに済んだ。
到着が半日でも遅れていたらと思うとゾッとする。

そのお嬢ちゃんはというと相変わらずガラス玉に夢中だ。
角度を変えて覗き込んだり、ロウソクの炎に照らしてみたり。
さらには床に転がしたりスカートの上を滑らせてたり。
よくもまぁ飽きないもんだと思う。
プレゼントした側からすると嬉しいがな。


「シンディの保護者も現れる気配がないな。困ったもんだ」
「何が困る?」
「あの子の今後についてだよ。このままじゃオレたちが面倒みなきゃマズイだろうが」
「別に問題ない。そもそもライルは凄く嬉しそう」


そんなハズがあるかよ、嬉しいけど。
親がいるなら帰してやりてぇよ、嫌だけど。
今後も世話を焼き続けるなんて、もう本当に万々歳だ!
永遠永劫に見守ってやるぞオゥ!


「体重い。ちょっと体を動かしてくる」
「そうか。気を付けろよな」
「その間に、あの子の生い立ちとか聞いておいて」
「はいはい。任されましたよっと」


エリシアが扉に悲鳴を叫ばせつつ外へ出ていった。
相変わらずギィヤァアと酷い音がするもんだ。
オレはシンディに質問をしなきゃ……と考えていたその時。

ーーコツン。

足になにかが当たった感覚がある。
遊んでた拍子に、ガラス玉が転がってきたみたいだ。
シンディの方をみると少し気まずそうにしている。
手渡しで返そうと思ったが、ふと思い止まった。

ーー普通に返したって、面白くねぇな。

少しだけ考えた後、その場に膝をついた。
ガラス玉は床を転してシンディもとに返してやる。
それから同じ姿勢のまま、両手首を合わせて指を開いた。
手でカゴをかたどった形になる。

小指を床につけつつ、カゴの口をシンディの方へ向けた。
そこまでセッティングして、シンディに一声。


「もう一回転がしてくれ」
「もっかい? いまみたいに?」
「うんうん。ここに目掛けてな」


どうやら意図を察してくれたらしく、再び玉が転がってくる。
危なげなくカゴの中に到着。
それから転がして玉を返すと、シンディはニッコリ微笑んだ。
その愛らしさが両目に突き刺さる。

コロコロ、パシッ。
コロコロ、ニコッ。
コロコロ、パシッ。
コロコロ、ニコォッ。

シンディは早くもこの遊びに夢中になっていた。
だが熱をあげているのはオレも同じ。
遊びそのものではなく、その眩(まばゆ)い笑顔に。

あれは何度見ても足りない。
まるで中毒者にでもなった気分だ。
あらゆる悪感情を浄化し、消し去ってしまう程に清らかだ。
ニコリと微笑まれる度に『生きてて良かった』とさえ思う。

それからも遊びは続き、アレコレと変化が加わっていく。
何かやらなきゃいけない事があった気もするが、気のせいだろう。
そもそもオレはシンディの世話で忙しいんだからな。
余計な事をする余裕は無い。


「……ただいま」


耳元で突然エリシアの声がした。
驚いて飛び退くと、半目の女がそこに居やがる。
いつの間にか相棒は帰宅。
どうやらドアの軋みに気づかないほどに、遊びに熱中してしまったらしい。


「ライル。話は聞けた?」
「ちょっと待ってろ。今良いところなんだよ」


オレは慌てて元の位置に戻った。
シンディが両手で握り拳を作って、前に突き出している。
どっちかの手にガラス玉が隠されていて、それを当てる遊びだ。
隠す役はシンディ、当てる役はオレ。
何度繰り返したかわからんが、これをしばらく続けている。


「ピッカピカはどっちだー?」
「うーん、さっきは右だったからな……左!」
「こっちはねー、ないの」
「あぁー! また外したぁーん。右だったか!」
「えへへ。あのね、こっちにもないの」


なんと言うことだ。
どちらにもガラス玉は無く、可愛らしい手のひらが見えるだけだ。
物を消すだなんて魔法みたいじゃないか!


「あのね、うんとね、ピッカピカはオシリのしたにあるの!」
「かぁーーッ! そんな所にあったぁーん! 全ッ然気づかなかったぁー!」
「えへへ、びっくりした?」
「めっちゃくちゃ驚いたよーほんとびっくりしたぞー?!」
「えへ、えへへへ」
「アハハハ」


アハハハウフフフ。
アーッハッハッ!
もう堪らんです、めちゃんこ可愛いです、はい。
この笑顔のためなら何だってやれそうな気がする。
竜の鱗を噛み砕いたり、狐人の胸毛をむしりとったり、妖しいキノコ一気食いしたりさ。

それで微笑んでくれるならやりましょう!
仮に命を落としても、何度だって生まれ変わって……。


「シンディ。あなたの事が知りたい。聞いてもいい?」
「わかったの。なにをこたえるの?」
「私が質問する。それについて答えて」
「うん。いいよ」


至福の真っ最中に水を差しやがってエリシアこの野郎。
親子のスキンシップを邪魔すんじゃないよ。
いや、親じゃないけどさ。
さらにシンディも嫌な顔せずに答えてるけどさ。

寂しがるオレを放置して質問は続く。
最初のうちは『早く終わんねぇかなクソが』とか思ってたが、話が深まるうちにそっちへ気が逸れていった。
この子の生い立ちが中々に重たかったからだ。


「ありがとう。色々わかった。辛かったね」
「つらくないの。いまはたのしいの」
「そう。良かった。何かあったら、私たちに言って」
「ありがとう、おねえちゃん!」


断片的な情報を繋ぎ合わせると、こんな感じだ。

シンディはプリニシアかグランの、人里離れた洞窟で暮らしていた。
年老いた祖父との二人暮らし。
当初は平和だったらしいが、それも長くは続かない。
老衰か病死で祖父が亡くなったからだ。

常日頃言い聞かせられた言葉があって、この子は忠実に守った。
「西の方。陽が沈む方に神様が住んでいる。ワシが死んでしまったら、そこへ行きなさい。きっとお前を助けてくれる」というものだった。

やがて祖父が動かなくなると、シンディはひとり洞窟を発った。
人間の目を逃れ、魔獣から身を隠しつつ、なんとかロランまでやってきた。
だが、辛(から)くもたどり着いたこの場所も地獄そのもの。
神様どころか水や食料すらない世界。
森の方へ戻ろうと思ったが、体力の限界が迫っていて、それもままならない。

そのうち体力が尽き、今に至るという事だ。
祖父とやらも酷な言いつけを残したもんだ。
西側の惨状を知らなかったんだろうか。


「さてと、湿っぽい話はお終い。腹も減ったし晩飯にするか」
「食べよう、食べよう。献立は?」
「今晩はなんと、干し肉でっす!」
「……やったぁ」
「我慢しろ。ものが食えるだけマシなんだぞ」


オレとエリシアが並んで座り、干し肉を噛(かじ)る。
臭み抜きの仕方を知らずに作ったから、鼻がねじ曲がるほどに臭い。
だから味なんてわからん。
些細な味わいは獣臭に駆逐されてしまうからだ。

いつもの気が滅入りそうな晩餐。
それでも今夜ばかりは、状況が少しだけ違う。


「シンディ。こんなもんしか無くて悪いな」
「ううん。ごはんがあるの。だからへいきなの」


昨日までは、食事時のシンディは少し離れた場所で食べていた。
気を許して無かった証だ。
それが今日は目の前に居る。
2人と独りなんて形から、3人で輪を作れるようになった。
その変化が心を明るく暖めた。

そして3人並んでの就寝。
明日は何して遊ぼうか、外に連れ出しても良いかもしれない。
そんな取り留めも無い事を考えつつ、眠りに落ちた。


ーーゴホッ ゴホ!

咳の音がする。
それで眠りの世界から呼び戻された。

ーーゴホッ ゴホッゴホ!

左手の方から聞こえてくる。
息遣いも幼い。
これはシンディのようだ。


「どうした。咳が止まらないのか?」
「ゴホッゴホ! ゥゥウ……」
「お、おい。大丈夫か!?」
「ウゥ……あぅぅ……」


慌ててシンディに触れた手が違和感を伝えてきた。
熱い。
頬が異常な程に熱を持っている。


「ライル。これはダメ。灰の毒」
「咳に高熱……間違い無さそうだ」
「手遅れになる前に、治療師に見せないと」
「そうだよな。街へ行くとなると……」


ここから南に行ってレジスタリア。
北東にコロナ、真東にプリニシアがある。
手持ちの金と移動距離から考えると、選択肢は限られる。


「よし、南だ。一度レジスタリアに戻ろう」
「確かに一番近い街。でも灰の中を歩き続けなくちゃいけない」
「それでも2日も歩けば着くだろ。他の街は3日以上かかるからな」
「わかった。出立はいつ?」
「ゴホッ! ケホケホ」
「準備が出来次第、すぐにだ」


追手も金も、今となってはどうでも良い。
ただシンディが救えれば。

それだけを考えてロランを後にした。
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