【第三部スタート】魔王様はダラダラしたい

おもちさん

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第三部

3ー36 正義のヒーロー

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まおダラ the 3rd
第36話 正義のヒーロー


『蒼夜の帷』軍とともに南東へと向かう。
率いるは精鋭200。
対する連合軍は5000と、比較するのもバカバカしいほどの戦力差だ。
正直言って、侵攻を食い止めてるだけでも奇跡だと言える。


「ファングよぉ。お前らはよっぽど強いのか?」
「そうでもない。自然を上手く使っているだけだ。雪は崩れれば武器となり、このようにすれば身を隠す守りとなる」
「ふぅん。こうやって姿をくらましつつ、ゲリラ戦でもやってんのか」
「深く攻め込まれた頃は雪崩や岩で道を塞いで糧道(りょうどう)を断ち、不意打ちを仕掛けたりもした。その時には指揮官を殺した事もある。ヤツらも今は懲りたのか、雪の外をうろつくようになった」


オレたち全員が頭から純白の布を被っていた。
確かにこの姿なら、近寄りでもしない限りバレることは無さそうだ。
だがこの擬態も、ある程度の地点までしか頼る事は出来ない。


「敵の夜営地はまだなのか?」
「もうしばらくかかる。ところで、そなたは本当にその格好で良いのか?」
「好き好んでやってる訳じゃねぇ。でもやらざるを得ないんだよ」
「ファングさん。横から余計な事言わないで。これはライルの裏の顔だから」
「ふざけんな。公式採用した覚えはない」


渦中のオレの姿はというと。
頭には革袋。
上半身裸のパンツ一丁。
だけど靴はしっかりと装備。

かつて演じた変装の再来だ。
これがエリシアの言う『妙案』なんだが、採用するんじゃなかったと後悔しきり。
だがオレは凡策すら浮かばなかったのだから、自分の無力さを呪うしかなかった。

この姿にはエリシアは大満足の大興奮。
布被りながら鼻をフンフンと鳴らし続ける。


「あぁ最高、何度見ても良いものは良い。正義のヒーローパンツマン、いつでもあなたの側にパンツマン」
「そう思ってんのはお前だけだ。オレの中で大切なもんがポロポロと消えていってるぞ」
「ブヒャヒャヒャ! 良い格好じゃねぇか。テメェみてぇなゲス野郎にはお似合いだよなぁ?」
「テメェ虎この野郎……」


何が気にくわないって、ティグレイが異様に上機嫌な事だ。
楽しいんだか嬉しいんだか知らんが、延々笑い続けている。
これには温厚でお馴染みの魔王さんも我慢の限界。
だから虎の背に跨がってやった。


「力有り余ってんな。このまま敵陣まで走れ」
「あぁ? ふざけんなよ。どうしてそんな事しなきゃ……」
「断るなら頭を叩き潰す。冗談抜きで」
「クソッ。八つ当たりじゃねぇかよ!」
「なんとでも言え。ここで死ぬか、敵陣で死ぬか選ばせてやる」
「……本当に死んだら恨むからな!」


四つん這いの虎が駆けていく。
雪上とは思えないほどに軽快だ。

ちなみにこの仕打ちは八つ当たりではない。
シチューにカツを求めるってやつだ、たぶん。
言葉の意味はなんか、死にかけると眠っていた闇の力が目覚めるとかそんな感じ。


「オラおせぇぞ。チンタラ走ってると首へし折るぞ」
「さっきの場所か敵中で死ねるんじゃなかったのかよ!?」
「揚げ足とりかよ。小賢しいヤツだ。簡単に言えば、お前はオレの気分次第で死ぬ」
「理不尽だろが!」


奴隷とハートウォーミングな会話を楽しんでいると、辺りの景色が様変わりする。
木々の背が高くなり、雪の深さが浅くなり、そして草原が広がった。

丘の上から前方を見下ろすと、大きな夜営地が見えた。
グランとプリニシア軍が駐屯している。


「ふぅん。さすがに多いな」
「わかったろ。ここに突撃なんてバカのやることだ。せめて他の連中を待ってだな」
「うーん、突撃」
「はぁ!?」
「突撃。しなきゃ殺す」
「クソ野郎がッ!」


虎の尻をひっぱたくと、吹っ切れた様に走り出した。
視界がみるみる敵地で一杯になる。
見張りの兵の顔も識別出来るくらいには近づいた。
何人かがこちらを指差して叫ぶ。


「て、敵か? 敵襲だよな!?」
「背に乗っているのは何者だ、どうして下着姿なんだ!」


突然現れて驚いているな。
たぶん複数個の意味でさ。

さて、もちろんオレは名乗ったり、身元がバレる事は許されない。
口調やら声質なんかで見破られるかもしれない。
だから、突入するなり、こんな風にせざるを得なくなる。


「フゴーー、フゴーーッ!」
「ぎゃあっ」
「ぐぇぇ!」

「フゴォォーー!」
「何だこの変態は、ぐはぁっ」
「応援を、ぐへぇっ!」


喋れない系のキャラで通そう。
その方が不気味に映るだろうし。

それからしばらくの間、謎の男として暴れまわった。
当然のように『変態』だとか言われるが、その度に胸がチクリと痛む。

傷心を抱えたままで100近い敵を倒すと、さすがに相手も応戦の形を整え始めた。


「敵襲! 敵襲だーーッ!」
「鐘鳴らせ、急げよ!」


ジャンジャーンと鐘が鳴る。
その音が鳴るなり、前後左右から隊列を組んだ部隊が集結した。
馬に股がった指揮官の姿もチラホラ見える。


「この亜人風情が! 我らをプリニシア軍と知っての……」
「フゴーーッ」
「ぎゃあーっ!」
「中隊長! 中隊長がやられた!」


問答無用キャラに口上垂れるとか、アホなんですかね。
そんなモノをのんびり聞いてやる程魔王さんは優しくない。
戦場で甘えは厳禁だからな、これを機に学べ。


「隊列だ。隊列を組んで迎撃を」
「フゴァァアーーッ」
「うわぁぁ!」
「ぎゃぁあーーッ!」


もちろん、整列も待ってやらない。
振るう棒に触れるものすべてを宙に飛ばし、或いは地面に叩き潰していく。
そうなると敵方も逃げようとするヤツと、隊列を組もうとするヤツで大混乱になった。

その隙を逃す訳もなく。
フゴフゴ言いつつオレが薙ぎ払い、虎が黒鉄以外の兵を切り裂いていく。
たった2名の前に、敵軍は指揮系統を大きく乱した。
そして。


「逃げろ! こんな変態相手に戦えるか!」
「引き上げろ! 領内までひた駆けるんだ!」


そんな捨てぜりふと共に敵が去っていく。
いくつもの『変態』という言葉を残して。
そうなると、胸に広がるのは高揚感でも達成感でもない。
虚しさだけだ。


「なぁ虎よ。戦いってのは、哀しいな」
「あぁ? 知るかよ。一方的な戦いだったのに浸ってんじゃねぇよ」


不粋な返答が返ってくる。
その反抗的な態度を正すため、虎のアゴヒゲをリボン結びにしてやった。



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