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第1章 平民時代

第5話  ほんわかとした戦闘

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「はい、君たちねー、とっとと家に帰ってねー」
相変わらずやる気の火がつかない魔王様。
ものすごく平坦な口調で皆を脱走させた。
逃げる少女の一団を先導すらせず、マイペースに後ろを歩く僕たち。

階段の辺りは「お家に帰れる!」「押すな、危ないだろ!」「もう悪いヤツいないの?」なんて声でちょっと賑やかになっている。
まだ敵がいるかもしれないんだから、静かにした方がいいとは思う。
だけど魔王様もエレナさんも何も言わないので、僕も口をつぐんだ。

そんな中、魔王様の興味は違うところへ向いている。
詰め所のテーブルの上を物色するなり、豆をむんずと掴んだ。
こんな場面にも関わらず、お腹でも空いたんだろうか。
その感性はちょっと理解できない。

渋滞している階段をノロノロと昇り、いくつかの部屋を抜けると、ようやく出口だ。
あまりのスピード解決に脱力してしまう。


「ありがとう。魔王様、エレナさん。おかげで助かったよ」
「気を抜くな。まだ終わってないぞ」
「えっ?」


エレナさんの言う通りだ。
街でも3本指に入る犯罪集団がそこまで甘いはずがないんだ。
外を見ると、建物の入り口をグルリと囲むようにして30人くらいの男達が道を塞いでいた。
行く手を阻まれてしまい、誰一人逃げることができない。


「なめたマネしやがって。この街で俺様に、ウィラド商会に楯突いて生きていられると思ってんのか!」


集団の真ん中で身なりと恰幅の良い男が怒声をあげた。
相手は武装した荒れくれ者30人ほど、こっちは丸腰の子供達と魔王軍2人。
いくら強いといっても、この状況は厳しいと感じた。

そこでチラリと2人に目線を送ったけど、動じた気配は一切なかった。
それはもう、なんというか不自然なくらいに。
その余裕は話し言葉にも存分に現れていた。


「あー、お前がここの頭か?」
「アァ? 見てわかんねえか? このウィラド様を知らねえ……」
「うん、うっさい黙れ死ね。殺すのも面倒だからそこら辺で自害しろ」


面倒くさそうにシッシッと手で払う。
いや本当に魔王様はブレないな。


「てめえらコイツをブチ殺せ! 女の方は殺すんじゃねえぞ!」


溜め込んでた怒りが限界値を超えて、爆発させたウィラド。
その言葉を合図にして、一斉に男達は武器を構えて押し寄せてきた。
殺意の暴風とも言える強烈な悪意が少女達に迫る。
彼女達はおびただしい数の刃物に怯え、途端にパニックになりかける。


「はーい、嬢ちゃんたち。動かないでー怪我するぞー」


途轍もなく場違いな声色で注意を促す魔王様。
ああ、この期に及んでもそんなテンションだなんて。
魔王様とエレナさんはのんびりと、寝起きかと思うくらいゆっくりとみんなの前に進んだ。
そしてまた例の如く、手を下に降ろしてから上にあげる動きを始めた。
そうするとやっぱり、目の前の男たちが5人ほど吹っ飛んだ。

ーーあれは……もしかして、豆?

そう、後ろから手の中が見えてしまった。
さきほど地下でむんずと掴んでいた豆を投げていたのだ。
そんなもので凶悪な男たちを、苦もなく吹き飛ばしている。
さっきまでは「ずいぶんと地味に戦う魔王様だなぁ」と思っていたら、扱っていたのは武器ですらなかった。

あまりのデタラメな強さに、男たちの足が止まる。
誰もがこの異様な出来事を受け入れられなかったんだろう。
規格外の強さに恐れを抱いて、探るような表情になっている。
そんな変化があってもお構い無しに豆を投げ続ける魔王様。


「アルフ、また魔力を使いすぎているな。その投げ方では無駄が多いぞ」
「なに言ってんだ、人数が多い時は範囲攻撃に決まってんだろ、これでいいんだよ」
「じゃあこの投げ方はどうだ? これなら弱い力でも効果があるぞ」
「いやお前、精度ガタ落ちじゃん。頭にすら当たってねーだろうが」


そんな作業中の雑談のような会話を重ねつつ、豆を投擲する二人。
最初の腕を上げ下げする動きにはじまり、ボール投げの動きだったり、横一文字に腕を払ったりと、急にバリエーションが増えだした。
あれこれ議論をしつつ、投げるフォームもその都度変えて、そして着実に敵を減らしていった。

今の動きは猫が飼い主に抱かれて蕩けた時の動きだ。
あんな姿勢でも投げられるんだなぁ、しかもきっちり倒してるし。

僕はもうこの光景に慣れてしまったけど、ミレイアや他の少女たちはこれが初見だ。
浮世離れした戦闘に誰もが困惑している。
堪ったもんじゃないのはウィラドだろう。
こんな冗談半分に自分の部下を殺され、長年育んできた組織が壊滅しかかっているのだから。
悪逆の限りを尽くした奴らだけど、こんな幕の引き方には哀れに思った。


「ヒ……ヒィイ! 待ってくれ、殺さないでくれぇ!」


男たちの半数が死んだ頃にはもはや戦意なんかなく、我先にと逃げ出した。
もちろんあの投擲から逃げられた男は一人もおらず、全員が頭に小さな穴を空けて絶命した。
最後の一人に残されたウィラド。
さっきまでの気勢は全くなく、すっかり怯えきってしまった。


「降伏するってのか? ちょっと読ませてもらうからな」
「な、何をされるつもりか?!」

あの家で僕にしたように、おもむろにウィラドの前に手を掲げた魔王様。
きっと心を読む作業に入ったんだろう。


「えーっと、今だけの命乞い。コイツはバカそうだから騙せる。領主に頼んで軍を派遣させる。次会ったら皆殺し、か。お前が死ね」


心の言葉を読み上げた後にちょっと多めの豆を投げて、ウィラドに確実な死を与えた。


「よーし、帰るぞー。グレンと……ミレイアだったか? とりあえず家に来い。他のやつは元の場所に帰んな。」


最後の最後までなんともやる気のない声だ。
きっと達成感のかけらもないのだろう。
もしかすると邪魔な虫を払うとか、足もとの雑草を引っこ抜いたくらいの気分なのかもしれない。

圧倒的な力を持つとは聞いてたけど、そんなレベルですらない。
あまりに異次元な世界を見せつけられた、そんな救出劇だった。
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