【第三部スタート】魔王様はダラダラしたい

おもちさん

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第2章 領主時代

第30話  大国の意地

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悲惨としか言いようのない自分の陣営を、グラハムは苦々しく眺めていた。
まだ戦闘らしい戦闘も起きていないのにも関わらず、兵は大きく目減りしていた。
行軍速度はみるみる遅くなり、行軍してから3日目にも関わらず、目標地点までようやく半分を過ぎた程度だ。
通常の倍近く行軍に時間がかかっている。
士気はみるみる下がり底を打ち、早くも逃亡兵さえ出かねない。
一度もぶつかり合いをしていないのに、すでに敗残の軍のような有様だった。


あの兵どもに一体何があったのか。
戦死ならまだよい。
忽然とこの世から消えてしまうのだ。
屍体どころか愛剣の一つも見つけられない事実に、皆怯えきっていた。


昼の間は敵が少数で散発的に攻めてくる。
応戦すると森に逃げていき、追撃させるとそのまま帰ってこない。
また夜は夜で、迂闊に眠れない。
何せ隣で寝ていた者が、朝になったら消えていたりする。
明日は我が身と恐れてしまい、眠ることができなくなってしまうのだ。


魔法の干渉を疑って、夜の間だけ魔道兵に防御を命じた。
特に将校や士官クラス以上のものに対して厳重に。
その甲斐あってか、指揮官が夜中に消える事態は防げた。
だが、兵卒に対してまでは手が回らない。
数千の人間に対して、毎晩防御魔法をかけ続けるなど不可能だった。
もし仮にできたとしても、この後待っている肝心の戦闘の場面で、魔力の枯渇で魔道兵が使い物にならなくなる。
今はまだ移動しているだけなのだ。
こんなところで、貴重な戦力を潰してしまうわけにはいかなかった。


「ぜ、前方の森に敵!およそ20!」
「弓を散々に射かけて追い払え!」


ギリギリと歯ぎしりをしてしまう。
本来20人程度の敵など、物見程度の戦力だ。
その程度の敵ですら殲滅できず、追い返すのが精一杯だ。
大陸で三大国家に名を連ねる、プリニシア王国の威厳は見る影もない。

一旦引き上げるべきか・・・。

そんな思いが頭をよぎってすぐに打ち消した。
大軍を発した親征にも関わらず、一戦もせずに引き上げるなどいい笑い物だ。
軍を立て直す以外に、選択肢などない。
弱気になった心を戒めるように、スッと背筋を伸ばした。



__________________________________________________



「魔王様、ただいま戻りました!」
「はいーお疲れさん。怪我した奴はいないか?いたらすぐにリタに言えよー。」


戦場から少し離れた森の中だ。
ドヤドヤと20人近くの獣人兵が戻ってきた。
戦時とは思えない、みんな晴れやかな顔をしている。
よっぽどあいつらには恨みがあったらしい。


今プリニシアの連中に仕掛けている「壮大な嫌がらせ」だが、始める前に例の獣人の町に寄ってみた。
ちょっとピンときたもんがあってな。

これからプリニシア相手に勝ち戦やりに行くが、参加する奴いるか?

町にいた連中にそんな話をしたところ、反応がめちゃくちゃ早かった。


あるものは店を閉め、
あるものは子供を知人に預け、
またあるものは食事中だったのか、口の周りに食べカスを付けながら、
そんな20名が、目をやる気に満ちあふれさせて集結した。


彼らの役目は主に扇動や罠への誘導、それ以外は嫌がらせのような攻撃だ。
今のところ大きな怪我を負うこともなく、しっかりと戦果を挙げている。


「しかし、こんだけ嬉々として戦うなんて、お前らはよっぽど恨んでんのか?」
「魔王様この界隈に、いやこの国に暮らす獣人で、プリニシアを憎んでいない奴なんかいやしませんよ。」
「悪い噂は散々聞いているが、そんなにもか?」
「そりゃもう・・・。大切な人を殺された者、故郷を焼かれて追われた者。この森に逃げてきた獣人は皆何かしら不幸を抱えてますよ。」


話によると、町や村は見つかり次第襲撃されるらしい。
もちろんそこの住民は、家族離散してでも逃げられれば運が良い方で、殺されるか奴隷にされるかのどちらからしい。
奴隷の身分に落とされると解放される事は決してなく、文字通り死ぬまでの労働が待っている。
本当になんつうか、無茶苦茶やるよな。
行動原理に国の宗教が関わっているって聞いた事がある。
我らが神は人族を愛し、人族のみに祝福を与える、人のような姿をした獣は神を冒涜する獣だーとかいって。
随分血なまぐさい神もいるもんだなと思う。


「まぁともかくお疲れさん。しばらく休んでていいから、向こうで飯でも食っててくれ。」
「わかりました、そうさせてもらいます。」
「くれぐれも火は起こすなよ、位置がバレるからな。」


さて、敵さんはすでに3000を切っているようだな。
すなわち、広大とはいえ森の一角には2000人ものおじさんがスヤァしている。
見つからないように魔法で擬態させているからいいけど、見えてたらシュールな絵面だったろうな。


「アシュリー、リタ、奴らの様子は?」
「もう怯えた子犬のようですよ。足プルプルさせてキョロキョロして、それでも貴様は王国軍人か!って叱りたくなるくらいですよ。」
「んーーー、幻術だけで追い返すには、もう一息って感じね。決定的な何かが一つでも起これば・・・。」
「わかった。そろそろ仕上げだな。」


オレはそこでアイツを呼びつけた。
できれば呼びたくなかったアイツ、うん本当に。
ちょっと呼んだらすぐに現れた。
なに、暇なの?暇だからこんな早く来たの?


嬉しそうに尻尾を振り、その異様な巨体を周りの邪魔にならないように、必死に身体を折りたたんでいるコイツ。


オレは例の巨ワンコの、グレートウルフ・ロードを呼び出したのだ。
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