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第3章 人族時代

第41話  すべてのはじまり

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オレは今とんでもないところにいる。
昨日までの自分だったらきっと信じないだろうな。
グラリニア帝国の皇帝の前にいるなんて。
半ば強引に連れ去られ、あれよあれよという間に謁見の間に連れてこられた。
オレはというと、明らかに場違いな格好で、汚れて擦りきれた服を着ていた。
回りをみやると、輝かしい剣に鎧に、絹や宝石によるきらびやかな服に、一面曇りのない大理石という、視界の中にオレと近しいものは何一つなかった。


そこには皇帝以外にも強そうな護衛の騎士やら、偉そうなおっさんやら並んでいるが、全員がオレよりも遥かに強い存在だ。
社会的にか、物理的にかの違いはあれど。
そんなヤツらが一斉にオレのことを見ているのだから、並みの神経じゃ立ってることもできないだろうな。


「直答を許す、勇者よよくぞ参られた。名をなんと申す?」
「え、ゆう・・・?えっと、アルフレッドです。コーエン村の。」
「アルフレッドか、善き名じゃ。伝説の勇者の血を引くものに相応しい。」
「え、いや、オレ・・・私はただの農夫ですよ。勇者って言われても何のことでしょう・・・か?」


実際にオレは何の変鉄もない村人だった。
偉くも強くもなんともない。
剣も魔法も技能だって使えない。
それどころか戦闘経験すらない。
本当に根っからの農夫で、今日も畑に出ようとしてたら、いきなりここに連れてこられたんだ。


そのオレに向かって勇者って、なんの冗談だよ?


「ハッハッハ、『今回の』勇者殿は良いな。ユーモアを理解しておる。」


周りも揃って笑い出す。
いや、アハハじゃなくてさ、人違いならもう帰してほしいんだけど。


「さて勇者よ。そなたへの任務は、国境付近に居座る亜人どもの駆逐、討伐じゃ。」
「あ、あの」
「供のものを二人つけよう、騎士と魔術師一人ずつ。」
「すいません、話を」
「供のものより、当座の武器を受けとるがよい。それと多くはないが、勇者殿には国より給金も支払われる。」
「話をきいて」
「それでは行って参れ、戦果を期待している。」
「話を聞いてください!」

「勇者殿、ご出陣ー。」
「オレはただの村人なんですよー!」


屈強な男達に両脇を抱えられて追い出された。
オレの叫び声は、さながら死刑を宣告された罪人のようだったろう。
まぁ結果的には死刑と変わらんな、違いと言えばオレになんの罪も無いところか。


王都の門外まで連れていかれ、二人の人間に引き合わされた。
妙にゴツくて声のでかい騎士の男と、あらかさまなローブと杖の魔術師の男二人だ。
二人の名前は・・・忘れちまった。
他に忘れられないことが多すぎたせいかな。


「おう勇者殿!これより討伐の旅に出掛けましょう!」
「勇者さんー、回復と補助魔法ならまかせてねー。」


そんな会話から旅が始まってしまった。
こいつら二人に何度「勇者なんかじゃない」と説明しても、全く聞きゃあしない。
悪い夢でも冗談でもなく、これは現実なんだと改めて思い知った。


そして、地獄の日々は始まった。
まだ体力がある今のうちに逃げ出さなかったことを、オレは心から後悔することになる。
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