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第3章 人族時代

第43話  支配者の道楽

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ハァア?!


オレはそんな顔をしてただろう、声に出てたかもしれない。
最低限以下とはいえ、仲間に治療費を取られそうになってるんだからな。


「だからー、治療一回につき銅5枚。出すの?出さないの?」
「い、いや、仮にも仲間なんでしょ?金をとるとか」
「僕は別に慈善家じゃないんですよー。それに5枚って別にふっかけたりしてない、普通の金額じゃないですかー。」


金額の多寡じゃない、傷付いた仲間(とは思いたくないが)を前にそんなことを言える神経がわからなかった。
治してもらうにも金はない、かと言ってケガを放置もできないが。


「今、手持ちがなくて・・・。つうか知ってるでしょう?!」
「ま、そうですよね。じゃあ後払いでもいいですよー。」
「あ、後払い?」
「勇者さんには1日に銀貨2枚支給されるんですよー。そっから払ってもらえればー。」

そういえば給金が出るとか言ってたような。
銅貨10枚で銀貨1枚だから、1日4回回復してもらえる計算になる。
それが多いのか少ないのかわからないが、背に腹は変えられない。


「それでいいですから、お願いします・・・。」
「はーい、まいどあり?。」


ひどく愛想の良い返事がカンに触る。
それでも傷が治ったわけだから、一安心はできた。
騎士の方はその間何してたかというと、オレにずっと水晶玉か何かを向けていた。
それは何なんだよ?


「あの、それは何なんですか?」
「この水晶ですかな?これはまぁ、勇者殿の活動の記録みたいなものですな。この水晶で写すことで、陛下や城の貴族方が見ることができるのです。」
「え、そんなものがあるんですか?」
「極めて貴重なため知られていませんが、実際ここにありますな。」


ちなみにこのサイズのものでも、王都の一等地に豪邸が立つくらい高価らしい。
絶対に触るなと釘をさされたが、誰がそんなおっかないもの触るかって。


「さて、無駄話で時間を無駄にしましたな。次に行きますぞ。」
「え、次ってどういうことですか?!」


それからというもの、弱めの相手を見つけてはオレにけしかけてきた。
一応戦闘訓練という名目みたいだが、特に指導や評価をしてくれるわけじゃない。
ただただオレが無様に戦い、戦闘があるたび深い傷を負い、そして安くない金が消えていった。
運が良かったのは、1日の給金が消える4回目にして、ようやくこの馬鹿げた「訓練」が終わったことか。


「さて、日が暮れる前に夕飯にでもしましょうぞ。」
「そうですねー、僕お腹空いちゃいましたよ。」
「今日は骨つき肉や瓶詰め野菜もありますからな、それなりに贅沢ができますな。」
「お、いいねえ。干し肉だけかと思いましたよー。」


魔術師は回復しかしてねえのにな!
鎧のやつはなんもしてないがな!
それなのに一丁前に腹減ったといか言うんだな!


オレは袋から食事が取り出されるのを見ていたが、妙な違和感があった。
いや、はっきり言うとオレの分だけない。
マジでなんなんだよ、嫌がらせまでついてくんのか?


「あの、オレの分の食事は?」
「おお、食事ですな。では銀貨1枚いただきますぞ。」
「え、金取るの?!」
「当たり前でしょう、パン一つだってお金がかかる。そんな事もわからないくらい子供なのですかな?」
「でも、治療でオレのお金はもう・・・。」
「では我慢すればよろしい。それかその辺りの草でも食べなされ。自分の食い扶持も稼げないなど嘆かわしい。」


腑に落ちないながらも、なんとなく一理あるような気がして、オレは空腹の身体に鞭打って周りを探してみた。
疲れ果てて腹に力の入らないオレは、何も見つけられなかった。
運良く近くを流れる小川を見つけられたから、水は飲めたけど、食べ物まではさすがに無理だった。


二人の元に戻ると、豪華な食事どころか酒まで飲んで上機嫌だった。
オレはその態度が、どうしようもなく、気に入らなくて、許せなくて。


「ふざっけんなこの野郎!何様だてめえらは!」
「急にどうされた勇者殿?」
「何怒ってんですかー勇者さん。」
「これで怒らないヤツがいるか?!頭にこないヤツがいるってのか!そん」


オレは怒りをぶつけ終わる前に、強烈な力で地面に引き倒された。
背中を思いっきり強打して、息がうまく吸えない。
騎士の野郎だ。
騎士の野郎がオレの首を掴んで引き倒したんだ。


それで・・・これもオレが忘れられない言葉の一つだ。


「満足に戦えもしないクソザコの農奴風情が、騎士たるものに暴言を吐くとは。」
「ガ・・・ガハッ・・・。」
「人が下手に出れば調子に乗りおって。殺されたいか!」
「なん・・・だよ。オレが勇者じないって知ってんじゃ」
「フン、貴様が勇者などで無い事は知っておる。我らはもちろん、王宮の方々も全てな。」


オレはその瞬間頭が真っ白になった。
王宮の人間も知ってる?
じゃあオレはなぜここにいる?
なぜこんな目にあっている?


「これはな、ショウなんだ。ショウ・イベントなんだ。わかるだろう?」
「わかんねえよ、全っ然!」
「これでわからんとは、無能もここまで来ると立派だな。そう思わんか?」
「クシシ、わかるわけないじゃーん。こいつすげー鈍臭いもんー。」
「ヤレヤレ、一から説明しないと理解できないなど、もはや哀れだな。」


本当に何の話をしてんだ。
オレが勇者だから無理矢理旅に出されたんだ。
ただの農民だってわかってるならもう用はないだろう?


「お前のような無価値の人間が、泣いて、叫んで、なけなしの金で命をつなぎ、餓えと渇きに襲われ、生きようと必死でもがき苦しむ。そんな姿を陛下方にご覧になっていただく。」
「それが、なんだって言うんだよ。」
「わからんか?滑稽だろう。愉快だろう。お前のような浅ましい人間が無駄に足掻く姿は。死ぬこと以外に結末は無いというのに。そうまでして生きようとする愚かさを、意地汚さを水晶越しに見て愉しまれるのだ。」
「ちょっと待てよ、死ぬしかないってなんなんだよ!」
「お前が生き残る術はもはやない。魔獣共と戦闘中に死ぬか、餓えや病で死ぬか、獣人どもに殺されるか。お前が死ぬことによってこの旅は完結する。それは日頃暇を持て余されている陛下にとって、至上の娯楽となるのだ。」
「そんな理由のために、そんな下らない理由でオレは・・・!」
「獣人の討伐?精強なる騎士団をもってしても成らんのに、貴様如きに出来るとでも思っていたか?これは失敗する前提である。」


目の前が暗くなり、膝を折りそうになる。
討伐なんか無理でも、どこかのタイミングで切り上げられるかもしれないと考えていた。
こんな馬鹿げた旅が終わり、村に帰れる日が来ると漠然と考えていた。
だがどうやらそんなつもりはコイツらには全くないようだ。
つまり、オレを死ぬまで散々にいたぶって、その姿を笑い者にしようって話。
ただの暇つぶしのために死ねってのか?
そんな事、受け入れられる訳がないだろ。


「あ、逃げたりしないほうがいいよー。そうなると大きな街から小さな村まで、君の手配書が出回る事になるよー。グランニアに居られなくなるよー。」


それは村の農地しか食う当てのないオレにとっては、死刑宣告のようなものだった。
コーエン村に帰れないとなると、食っていく算段がたたない。
オレはあまりにも深い絶望を味わい、空腹な身体を抱えたまま、服についた泥を払う事もなく、手頃な木の根元に横たわった。


もう、何も考えたくない。


そうやって眠ろうとしていると、向こうから愉快だと言わんばかりの声が聞こえてきた。


「あれを見ろ、まさに哀れな姿!人の皮を被った負け犬そのものではないか!水晶で保存しておくのだ。」
「アハハハ、あんなわかりやすく沈むなんて、面白い人だねー。もちろんバッチリ撮ってるよー。」


なにがそんなに面白いのか、全く理解できない。
あんな声で笑っているんだから、本当に楽しいのだろうが。


オレは何一つとして希望を見出せないまま、眠りに落ちた。
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