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第4章 列強時代

第64話  森の最深部で

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穴だ。
森の岩場にひっそりと隠れるように、ポッカリと空いていた。
人一人が通れるくらいの穴に、周囲の魔力がグングン吸い込まれている。
確かにこれは珍しい現象だろう、オレは耳にしたことすらなかった。


「なんていうか、これはあからさまな異常ね。」
「とにかく中を調べるぞ。エレナ、先頭を頼む。」
「承知した。」


灯りを用意して中を進んだ。
まるで巨大なミミズでも通ったかのような、歪んだ円柱の道だった。
高低差が激しく進むのに難儀したが、通行できないほどじゃない。

しばらく進むと、広い空洞に出くわした。
家が数軒収まりそうな広さで、地下空間では珍しい方だろう。
何かあるかもしれないと警戒したが、敵や罠などは一切なかった。
そんな拍子抜けの展開が続くと、さすがに二人は不安になったようだ。


「むう。本当にここであってるのだろうか。」
「そうねぇ、ここまで何も起こらないとなると考えちゃうわね。」
「いや、今まさに起きてる最中だろ。」
「え、なにが?」
「何も起きてない ってことが。」
「アルフ、場をわきまえてくれ。」
「そうよ、さすがにその冗談はどうかと思うわ。」
「ちがう!冗談ちがう!」


オレはさっきの空洞や辺りを指差して懸命に自己弁護した。
TPOをわきまえない痛い上司と思われたくない一心で。


「ここまでで魔獣に会ったか?小動物は?虫は?!」
「・・・あ。」
「ここに至るまで一回も命あるものに出くわしてないんだ、こんなの異常だろ?」
「言われてみれば、その通りだ。」
「弱い生き物が死んでしまうのか、危険を感じて寄り付かないのか・・・。」
「何にせよロクでもない事態が起きてんだ。行くぞ。」 


吸い寄せられていく魔力の流れを追うように、奥へ奥へと歩いていく。
まるで誰かに誘き寄せられているような気がしなくもないが、他に心当たりはない。
最深部でトラブル解決、それか悪い奴をぶっ殺す、それで完了!
そんなシンプルな解決法を考えていた。


「! 止まれ。」
「なんだ?あの牛みたいな化け物は。」
「あれは牛鬼族、ミノタウロスとも言うわね。世界でも片手の数しかいない、希少種よ。」
「強いのか?」
「見ての通りね。」


通路の先には、今までで一番大きな空間が広がっていた。
その場所のど真ん中に立ちふさがる巨大な影。
牛が二足歩行になって、その巨体を維持するために手足が発達した異常な筋肉。
重量感溢れる斧と、武骨で重厚な鎧。
どう見ても貧弱には見えない。
並みの人間なら一撃も耐えられないだろう。


「まず私がいく。何合かやりあうから、それでヤツの戦力を計算してくれ。」
「あ、待て!」


エレナがそう言って飛び出した。
あのバカ、焦りすぎだ。
まずは遠距離で魔法の差し合いをすべきだろうが、いきなり飛び込みやがって!
目の前に躍り出たエレナは、直ぐ様死角から抜き打ちを放つ。
流れるような澱み無い動作だったが、斧の柄で防がれてしまった。


「なっ、コイツは!」
「グォオオオー!」


エレナは重く響く雄叫びと共に吹っ飛ばされた。
ダメージは無いようで、キレイに着地しながら戻ってきた。


「バカ野郎、死ぬ気か!」
「説教は後だアルフ。こいつは危険だ、魔力障壁で守られている。」
「そんな・・・ただの牛鬼でさえ強力なのに魔力の壁まであるなんて。」
「リタ、精神魔法はどうだ?」
「自我が弱い相手には効き目が薄いの、ましてや障壁まであるとなると・・・。」


クソッ、こっちは急いでんのにやっかいな。
コイツを倒せば異変は治まるのか?


「アルフ、向こう側に通路を見つけた。まだ奥があるようだが門番を置くくらいだ。最深部はすぐそこだろう。」
「わかった、こいつはオレが抑える。二人は奥の元凶を叩いてくれ。」
「そんな、危険よ。」
「あんな化け物と向かい合って無事でいられるのはオレくらいだ。なら一人の方がやりやすい。」
「・・・そう、無理はしないで?」
「そっちもな、手に負えなそうなら逃げてこい。」


言い終えてからオレは駆け出した。
手加減はしない、全力の拳をくらえ!


「死ねやオラァア!」


ミノタウロスは殴られた衝撃で壁まで吹っ飛んだ。
確かにダメージは通ってないだろう。
何か固いものに遮られた感覚がある。
オレの全力が効かないなんて、ちっとばかしショックだな。
二人が奥の通路を駆け去っていく。
とりあえず目の前の目的は完了だ。


「グォォオオオー!!」
「うるっせ!人んちの庭で大声出すな!」


怒り狂ったミノタウロスが大斧を振り回した。
オレはロングソードを抜き、魔力を宿らせて防御の姿勢になる。
遠心力を伴った重い一撃を剣でいなしてから避けた。
分かっていたことだけど、威力が相当重いな。

エンチャントや身体強化で凌いじゃいるが、そのせいで魔力がガッツリ削られていく。
特に攻撃を受けたときがマズイ。
武器が悲鳴をあげる度にまた魔力を消費してしまう。
こるなると垂れ流しみたいなもんで、それほど時間をかけずに枯渇状態になるだろう。
そうなってしまえば後は殺されるのを待つしかない。


攻撃も防御も隙の無い怪物を前に、オレは久々に気を引き締めた。
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