上 下
76 / 266
第5章 覇者時代

第75話  選ぶ事の難しさ

しおりを挟む
ここはグランニア城内。
私は今、父に呼ばれて謁見の間へと向かっている。
父であると同時に、偉大なるグランニア帝国の皇帝でもあるその人に。
最近では父子らしい会話などほとんどなく、皇帝と武将の間柄そのものだ。
それが逆に、信頼の表れだと感じている。
父親の庇護がなくとも、大任を果たす力があると思ってくれている事を。

衛兵が呼ぶ私の名前をを耳にしながら、拝謁した。


「将軍よ、よくぞ戻った。」
「ご機嫌麗しゅう、陛下。ご用件は例の研究についてでしょうか。」
「まさしく。ついに完成し実装が始まったと聞いておるが、どうなっておる?」
「はっ、ご存知通り魔獣兵が完成し、現在量産体制に入っております。近日中には3000もの魔獣兵が集まります。」
「ふむ、それだけの兵力であれば?」
「例の森など、容易く掌握できましょう。」


魔獣兵とは、特殊な鉱石を埋め込んだ人間の成れの果てだ。
その鉱石には専用の術式が組み込まれている。
今まで制御がうまくできず、兵として使い物にならなかったのだが、ついに最適解を見つける事ができた。
あとは人間兵に鉱石を埋め込んでいくだけなので、ものの数日で作業は終わるだろう。


「兵が強くともプリニシアの前例もある。無策に挑んでは痛い目にあおう。」
「そのご懸念についても、こちらには秘策がございます。魔王軍の致命的な弱点を突きます。」
「ほう、あれだけの強個体を抱えておる魔王軍に弱点とな?」
「確かに魔王本人はもちろん、配下も油断のならぬもの揃いですが、広大なレジスタリア地方を守るには少なすぎます。また、人族軍の主力とも言えるレジスタリアの兵たちは弱兵のうえ小勢、物の数ではありません。」
「ふむ、ふむ。わかる、わかるぞ将軍。」
「ゆえに我々は多方面に、同時侵攻作戦を執ります。軍事機密となりますので、詳細についてはご容赦を。」
「もったいぶるのう。まぁよい、此度の答えは将軍の報告を持って知る事としよう。準備が整い次第侵攻せよ。」
「ハッ、吉報をお待ち下さい!」


クックック、果たして魔王は全てを守りきれるか?
全てを守れないと知った時、どんな顔をする?
守るものべきもの、切り捨てるものを選べるか?
あらゆるものに順位を付けて、整然と動けるか?
この戦いでじっくり観察させていただこう、魔王の力量というものを。


_______________________________________________



「アルフ、早く決めてください。」
「その通りだ、いつまでもダンマリでは困る。」
「そうよ、早く選んで頂戴。答えを聞くまでもないけど。」


今、オレはひとつの決断を迫られている。
途方もなく、クソどうでもいい事について。
その名も「第2回 誰の胸が一番好みか選手権」である。
回答を拒んで逃げようとしたが、瞬く間に部屋の隅に追い詰められてしまった。
今なら当初のミレイアの気持ちがちょっとだけ理解できそう。


話は少しだけ前に遡る。
ゴルディナの旅行から帰ってきて、家の中で旅の疲れを癒していた時の事だ。
アシュリーが自慢げに「いやぁー胸が大きいと疲れ方も違いますからね、特に肩とかねーヤバイんですよ。こればっかりは巨乳になってみないとわかんないですよねー。にぇええーー?」と、謎の煽りを始めた。
ほっときゃいいのに、それに異を唱えたのがアホ2人。
やれ、形や柔らかさの方が大事だとか、アルフはどちらかというと貧乳属性だとか。
人の横で勝手に騒ぎ出した、アホ3人が。


そして議論が白熱していく中で、事態の不味さに気付いた時にはもう手遅れ。
コーナーにきっちり押し込められてしまった。
胸を張った姿勢でゆっくりと歩み寄ってくる痴女が3体。
これは力づくで解決しても許されるんじゃないか?


「ほらほら、大きいは正義でしょう?大は小を兼ねますよね?ね?」
「美というものは調和を基準にしている。より整ったものほど人間は有り難がるものだ。そうだろう?」
「なんていうか、包容力?安心して身を任せられる相手のものじゃないと、どんだけ大きかろうが形がよかろうが・・・嫌でしょう?」


こいつらヤバイ、正気の目をしてない。
手もワキワキ動いてておっかない。
助けてーグレン兄様ぁー!
魔王を、魔王を助けに呼んできてー!!


「さぁさぁ、順位を付けてください。そろそろこの曖昧な関係もやめにしましょう?」
「そうだぞアルフ。3人もの女をダラダラと無意味に側女にしておくなんて、さすがにどうかと思うぞ。」
「チッ・・・わかった、順位だな。じゃあ1位はアシュ」
「ちゃんと理由も教えてね。ただ名前並べるだけじゃ認めないから。」


クソが!
さすがはリタ、抜け目ない。
一番評価点が低そうなアシュリーを1位に据えれば、レースをもっと団子の状態に持っていけたのに。
理由をつけろ?
ねーよそんなもん!
オール0だよバカヤロー!
オレは嘘をつくか、家族同然の仲間たちを蹴散らすかの2つの間で揺れていたのだが、天はオレを見放していなかった。


  ゴンゴンッ
  すまない、魔王殿は御在宅だろうか?


来客きたぞオラァァアア!


「お、誰かきたな。お客様は待たせちゃいけないからね、しょうがないね。」
「えーーまた逃げるんですか?」


ブーイング3種のよくばりセットを無視して客を迎えた。
この辺りでは見かけないヤポーネの装いの女と、後ろに控えている鎧の男。
確かゲツメイと鎧の神と言ったか。


「おう、思いがけないヤツが来たな。何かあったのか?」
「視察で近くまで来たのでな、魔王殿の元へ訪いをと。取り込み中じゃったかな?」
「そんな事はない、超絶ヒマだった。さぁ中へ。」
「では、お言葉に甘えて・・・。」


お客様が来るとさすがに3人は態度を改めた。
リタはお茶の用意。
エレナは辺りを整頓し、アシュリーは机の上を布巾で拭いている。
5秒前の惨劇なんか初めから無かったように。


「レジスタリアの領民方が前以上にヤポーネに足を運んでくれての、嬉しい限りじゃ。」
「それは何よりだ、あそこはキレイな島だからな。」
「そう言ってもらえるのは土着の神としてはこれ以上ない誉れじゃ。」
「客人もまたいつでも来てくだされ。一同揃って歓迎いたしますぞ。」


出されたお茶を美味しそうに味わう2人の神。
味覚はオレ達と変わらないのだろうか、などとボンヤリ考えた。


「して、此度は例の失態のお詫びもあって来たのじゃが。」
「詫び?別に必要ないぞ。前回も花の神とか珍しいもんに会わせてくれたじゃないか。」
「まぁそういう訳にもいかぬ故、どうぞご笑納を。こちらは【奥方様】にじゃ。」


あ、この野郎。
お詫びとか言いいながら、我が家の泣き所をフルスイングで打ち抜きやがって。
やっぱり【奥方】の言葉に反応する3人。
お前ら怖いから目を光らすんじゃない、物理的に。


「いやぁすいませんね、こんな上等な布をいただいちゃってー。気が引けますけど私は奥方ですから、有り難くもらっちゃいますね?」
「たまには鎧を脱ぎ捨てて平服も良いだろう。ゲツメイ殿、良いきっかけを作っていただき感謝する。」
「あらあら2人とも、お客様の前でそんな冗談はやめてね。変な誤解をされたらアルフが困るでしょ?」


ああ、やっぱり女の戦いが再燃した。
まぁ順位を付けろ、なんて話に比べたら随分とマシだが。
ゲツメイはこのやり取りに目をパチクリとさせ、鎧の神は苦笑いを押し殺している。
鎧の方はこうなる事がわかってたんだよな?

オレはデコピンの素振りをしながら睨みつけた。
目が合って肩を竦めた鎧は、ほんの少しだけ縮んで見えた。
しおりを挟む

処理中です...