上 下
105 / 266
第5章 覇者時代

第104話  慢心の代償

しおりを挟む
災難ってのはいつだって盲点を突いてくる。
気が回ってる部分には対策をしてたりするが、虚を突かれるもんだから被害が甚大になりやすい。
大敵を降してお祭り騒ぎをして、オレたちは気が抜けていたんだろう。
ヤツの侵入を安々と許してしまった。


明け方の事だ。
昨日の騒ぎで疲れていたのか、誰もが熟睡していた頃。
突如地響きとともに、強力な魔力を持った者たちが家の前に現れた。
大小20は居るだろうその集団は、リーダー格はもちろん、他の手下らしきものも油断できない力を持っていた。
これだけの集団の侵入を許すとは、我ながら間抜けだったと思う。
そして考え無しに飛び出してしまった事も。


慌てて入り口に向かうと、リタ、エレナ、アシュリーの全員が揃っていた。
ひとまず武器を手に外に出る。
そこには多数の白い狐、そして群の中央には巨大な狐が見えた。
そのリーダー格の狐は白い体に真っ赤な模様が描かれていた。
まるで火焔のような、実際に燃えているかのような躍動感のある模様だった。


「偉大なる我が大狐族の娘よ、探したぞ。まさかこのような所をほっつき歩いていたとはな」
「……長老様」
「誇り高き種族であるそなたが、雑多な獣や汚れた人族などと交わっていようとは。本来であれば厳罰ものである」


雑多な獣だと?
てめぇ、死にたいらしいな。
臨戦態勢に入ろうとしたが、制止の手が延びてきた。
アシュリーだった。
その手は押しとどめるというよりは、懇願の気持ちが込められている。


「アルフ、ダメです。大狐の王です。下手な事をしたら殺されちゃいますよ」
「なんだその王ってのは?」
「詳細は一切不明なんですが、この世界が出来た時に産み落とされたと言われる伝説の狐です。私たちの敵う相手じゃありません」
「その通りよ、アルフ。あなたでも恐らく……。お願いだから大人しくしていて」


リタが数歩前に出て跪いた。
許しを請うためか、祈りでもするかのように。
その狐の王とやらは驚くでもなく、当然といった面持ちで受け入れている。


「長老様に遠路ご足労いただき、心苦しい限りです。ましてや掟に従わず、しきたりを破ってしまった私などの為に」
「本来であれば首を刎ねておるが、そなたの群を抜く魔力が惜しい。今すぐ戻るというのであれば不問といたす」
「お言葉ですが、もうしばらくお待ちいただけませんでしょうか」
「ならん、図に乗るでない!」


狐の王がそう叫ぶと、地面が大きく揺れた。
吠え声だけでこの威力……確かに尋常な相手じゃない。
アシュリーの怯え方にも納得がいった。


「気高き魂が汚れるぞ。下等生物などと群おって。もはや一刻の猶予もならぬわ!」
「長老様、なにとぞ、なにとぞご再考を!」
「くどいわ! 未練があるというのであれば、今すぐ断ち切ってくれよう!」


マズイ!
狐の口には膨大な魔力が集められている。
何かとんでもない攻撃を仕掛けようとしているのは確実だ。
オレは両手を突き出して射線上に立った。
今出せる全力の魔力防壁。
これで防げないはずはない。


「貴様が魔王を名乗るガキか。その程度の力で愚かな、身の程をわきまえい!」
「グハッ?!」


オレはいとも簡単に弾き飛ばされ、近くの岩に激突した。
なんだあの火球は……。
着弾したかと思うと炸裂し、抵抗する事もできないまま吹っ飛ばされた。
こいつは、強い。
強敵、いやオレよりもずっと上位の力を持った存在だ。


「クソッ 化け物め!」
「やめろエレナ!」


お前の、いや、オレたちが敵う相手じゃない。
下手に逆らわずに、お前たちは逃げるべきなんだ。
エレナの迷いのない一閃が狐の王に打ち込まれた。
だが、それは相手の首には届かずに、爪の先によって阻まれた。


「ほう、ニンゲンにしては良い太刀筋。度胸もある。だがそれだけよ」
「うわぁーッ!」


小石のように吹き飛ばされたエレナは地面に着地し、2度、3度と転がって止まった。
たった一撃でエレナもやられてしまった。
やはりコイツは規格外の存在だ。
このままじゃ全滅しかない。


「森の小娘よ。そなたはどうする? この者たち程に愚かではあるまい」
「私は、私は怖いですよ。でもここまでされて、みんなにこれだけの事をしたあなたを、許す訳にはいきません!」
「よせ、アシュリー! 子供たちを連れて逃げるんだ!」
「豊穣の森よ、招かざる客を駆逐しなさい!」


アシュリーがそう叫ぶと、地面から巨大な木の根が何本も飛び出した。
人間の体よりも太い根の先は鋭く尖り、四方八方から狐の王に襲い掛かった。
生まれ育った地での魔人による攻撃だ。
少なくとも手傷くらいは負わせたか。


「そ、そんな。ダメージが全然無いだなんて……」
「ふん、まだまだ幼い。工夫も足りない。練りこみが足りんわ!」
「キャァァアー!」


アシュリーもオレたちと同じ道をたどった。
攻撃など何もなかったかのように、同じように立っている狐の王。
その両目は、オレたちを見下すように睥睨(へいげい)していた。

もう立っているのはリタだけだ。
この危機にどう立ち向かえばいい?
こんな化け物とどう戦えばいいんだ?
あまりにも絶望的じゃないか!


「おやめください長老様! もはやこれまで、すぐに皆の元へ戻ります」
「はじめから申しておれば良いものを。では行くぞ」
「リタ、待つんだ!」
「ごめんなさい、こんな最期で。シルヴィアたちによろしくね」
「リタァーッ!!」


オレたちは事もなげに負けた。
そしてリタを庇ってやれなかった。
狐どもは光に包まれたかと思うと、瞬く間に消えていく。
背中の小さくなったリタを連れて。

大陸の覇者。
与えられた称号が自分を嘲り笑う声がする。
聞こえるはずのないそれが、いつまでも耳に突き刺さった。
しおりを挟む

処理中です...