上 下
156 / 266
第二部

2ー42  明朗な王様

しおりを挟む
まおダラ the   2nd
第42話 明朗な王さま


ーードォン、ドォン!

大きな太鼓の音がふたつ。
それが鳴り止んでから、扉の向こうで間延びしたような声が上がる。


「セロ王弟殿下、レジスタリア王女シルヴィア様、ご来城ぉ~」


そして、謁見の間と通路を隔てている扉が、ゆっくりと開かれていった。
この先にはグランの王様がいる。
遠くにある玉座に座っている人がそうなのだろう。


「ずいぶんと簡略化されたものだ。謁見までに半日はかかると踏んでいたがなぁ」
「へぇー。簡略化って、何か事件でもあったんスかね?」
「それ、お父さんのせいかな。すっごい怒ったんだよね?」
「そうらしい。その結果随所変更したようだが……あれこれ思考したらしい。ご登城をやめた思えば……」


ククッとセロさんが苦笑した。
どういった意味を込めたのかは、私にはわからなかった。

扉が開ききると、セロさんを前にして私とテレジアは進んでいった。
そのまま赤いカーペットを歩き、玉座の前まで。
そしてセロさんがひざまづいたのを見て、私たちもそれに倣った。


「第八王子セロ、ただいま参上いたしました」
「セロ、止さないか。他国の目の無い中で形式ばった挨拶をするでない」
「後ろに居られるのはレジスタリア王のご息女ですが? さらにはプリニシアの……」
「では尚更であろう、魔王殿の娘御であればな。さぁ、膝をつくのも止めてくれ。またあのお方に叱られてしまう」


グランの王様が快活に笑った。
どうやら気楽に接して良いらしい。
慣れない堅苦しさから解放されるのは、素直に嬉しかった。


「兄上、あなたは国王陛下なのですから。もっと威厳を持たれませ」
「慣れぬな。私は部屋に籠って魔道具の研究に没頭しているのが、調度良いという人間なのだ」
「腹をくくるべきでしょう。王座に就いてもう10年にも及ぶのですから」
「私はその器でないぞ。セロに譲りたいくらいだ」
「滅多なことを! 国が乱れますぞ!」
「冗談だ、真に受けるな」


弾けたように王様が笑った。
ざっくばらんで、陽気な人なんだなぁ。
ちなみに王様はセロのお兄さんらしいけど、そこまで若くはない。
兄と言うより叔父と言った方がピンとくるくらいだ。


「やれやれ。随分とご機嫌が宜しいようで」
「わかるか? 魔道具の研究が順調でな。すこぶる気分が良いわ」
「ほう。また何か発明されたので?」
「そうだ。これは世界を変えてしまうかもしれんな。詳細は完成してから教えてやろう」
「……では我らは仲間はずれ、と」
「拗ねるな。そなたは発表の折りに、家臣どもと揃って驚けば良いのだ」
「人の驚く顔が見たいと。そのような振る舞いは相変わらずですな」
「当たり前だ。生来の気質などそうそう変わらんよ」


ニヤリ、とその顔が歪んだ。
イタズラを企んでいる顔……の濃度を色濃くした感じ。
ちょっとだけ邪悪な感じがしないでもない。
大人がそんな表情をすると、自然と弱い『悪意』みたいなものが出てしまうのかもしれない。


「さて、シルヴィア王女殿。聞くところによると、人買い連中を追っているとか?」
「ええ。正確には『人買いも』かな。困ってる色々な人たちのことを助けたいの」
「そうか。それは殊勝なことだ。人助けを率先してやるなど、考えはしても実践する者は少ない」
「グランはどう? 何か困ってそうな人とか、亜人とか」
「特に報告はあがっておらんな。プリニシア程ではないが、我が国も亜人融和策を取っておる。いわゆる亜人差別や弾圧は無いはずだ」


前までの自分だったら『人買い集団を探している』と即答していたと思う。
でも、今は違った。

ーー巨悪を叩け、未来が変わる。

その言葉が影響しているんだと思う。
まだ確信は無いけど、誘拐騒動だけを追いかけてもダメな気がしていた。


「不法行為を働く者が居れば教えてくれぬか? さすれば、屈強なる王国兵をすぐに向かわせるであろう」
「ありがとう。その時間が許されるなら報せるわね」
「くれぐれも無茶をせぬように。そなたに危険が及べば、我が国は灰塵と化すであろうからな」


私はその言葉に答えなかった。
通報をするだけじゃ、人から信頼は得られないからだ。
そして、極力自分の力で解決したい。
そんな想いが返事をさせなかったのだ。

グランの王様との会談は終わると、私たちは街へと向かった。
セロさんとはここでお別れ。
彼は宿に泊まらずに、その日のうちに帰るらしい。

ーー愛する妻と子が、私を待っている。

凄く凛々しい顔で、そんな言葉を置いていった。
そんな真っ直ぐな愛情が羨ましく思う。

なので私、テレジア、ケビンの3人で宿を借りた。
コロちゃんは城壁の外の森に待たせてある。
あの子だけ仲間はずれになってしまうのが、ちょっと可哀想に思う。
ヤポーネだったら街中にも入れるのになぁ。
窓から外を眺めていると、ベッドに寝転がったテレジアがポツリと言った。


「グランの王様……ヤバイッスね」
「ヤバイって、何が?」
「アタシって人の嘘に敏感なんスよ。姉ちゃんの一件以来、そういうのが気になっちゃって」
「それって、あの王様が嘘をついてたって言いたいの?」
「いやぁ、嘘というか何というか……。あの人、頻繁に笑ってましたよね?」
「まぁ、明るい人だったね。声をあげて笑ってたしさ」
「あの人の目、全然笑って無かったッスよ。それどころか、こっちの事をつぶさに観察してたッス」


ちょっとだけ胸が騒いだ。
その言葉に心当たりがない、訳じゃないから。


「何だっけ、ショセー術でしょ? 王様なんだから、色々あるんじゃない?」
「まぁそうかもしんないッスけど。気楽にしろって言われた後でしたから……」
「気にしすぎだって。あんまり疑っても可哀想だよ?」
「まぁ、そッスね。今のは忘れてください!」


ーーボフン。
テレジアは寝転がった姿勢で半身を起こして、再び枕に顔を埋めた。
そして……。


「ンガァァアアーーッ」
「えぇ? テレジア?」
「ンゴォォオオーーッ」
「……まさか、もう寝ちゃったの?」


さっきまで話してたのに。
ほんの一呼吸枕に顔を埋めただけなのに。
もう熟睡してしまった。
もしかすると、彼女は疲れているのかもしれない。
やる事も無い訳だし、ここはゆっくりと寝させてあげよう……。


「んごおおおーー!」
「ケビン、真似しなくっていいの」
「んがぁぁあーー!」
「シィーッ! 静かになさい!」


テレジアのイビキに合わせて、ケビンまで騒ぎ始めた。
ベッドで手足をバタつかせながら、大声を叫び始めたのだ。
私が注意すると、さらに動きが激しくなって埃が辺りに舞った。
叱られて喜ぶってどうなの?


「ほら、静かにしてったら! テレジアが起きちゃう……」
「ンゴゴゴゴォーッ!」
「……様子は無いわね」


思い出した。
テレジアの趣味は寝ることで、滅多なことでは目を覚まさないのだ。
大事な仕事の日も寝過ごすほどの剛の者たった。

それは良いのだけど、もう少し大人しく寝てほしい。
少なくとも、宿屋みたいな密閉空間においては。






しおりを挟む

処理中です...