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第二部

2ー53 大義名分

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まおダラ the  2nd
第53話 大義名分


豊穣の森とプリニシアの境界線に、私たちは布陣した。
レジスタリア、豊穣の森、ロランの全てを守ろうとしたら、ここを守るのが一番良いらしい。


「それにしても……すごい数ね」
「国家間の戦争ッスからねぇ。ここまで大規模な戦場はアタシも初めてッスわ」


味方の後ろから自軍、そして敵軍を眺めた。
実際に目の当たりにすると、数の多さに圧倒されそうになる。
前もって聞いていた通り、相手の方が兵力が上みたいだ。

でもこっちには姉さんたちが居るし、私も死ぬ気になって頑張る。
だから負ける気はしなかった。
今にも飛び出してしまいそうになる心を抑えられるかどうか。
そっちの方がよっぽど気掛かりだった。


「おや、敵さんが陣形を変えたッスね」
「ねぇテレジア。戦いってすぐに始まるものなの?」
「いやいや、定石としてはにらみ合い、情報戦からッス。いきなり突撃を仕掛けるなんて阿呆か大天才だけッスよ」


そうなんだ。
だとしたら、私は阿呆かもしれない。
その属性が確定しないように、ひとまず落ち着くことにしよう。


「お。動きが止まったッスね。今のはなんか意味があったのかな?」
「見て。あれは何?」
「ううん? アタシにはわかんないッス」


ーードン。ドン。ドン。
グラン軍から大きな音が鳴らされた。
一定のリズムで、整然と。
どうやら槍の柄を地面に叩きつけて、音を出してるらしい。

ーードン。ドン。ドン。
力強く、どこか威圧的な響き。
それに怒声までが加わる。


「醜き獣人よ、邪悪なる亜人よ、レジスタリアを解放せよ!」
「レジスタリアを解放せよ!」
「無力なる人族たちよ。我らに賛同せよ! 今こそ我らが軍門に降れ!」
「我らに賛同せよ! 今こそ我らが軍門に降れ!」


……威嚇みたいなものかな。
それにしては言葉が気になるけど。
解放しろってどういう事?


「人族解放。それが敵方の大義名分なのですな。」
「クライスおじさん。説明をお願いできる?」
「やつらは再び人族による支配を望んでいるのですよ。もちろん多種族を虐げた形で。その浅ましい願望を格好つければ、先程のような言葉となります」
「かつてのように、あらゆる富を手中にーって腹ッスか。発想が腐ってるッスねぇ」
「人族による支配だなんて。そうしたら……お父さんの努力が全部無駄になるじゃない!」
「まさしく。ですので、我々と相容れることはありません。ここから退くことは許されないのです」


なぜ私たちが悪として扱われなきゃいけないんだろう。
みんなで幸せになること、笑顔になる事の何がダメなんだろう。

ーードン。ドン。ドン。

煽り立てるような音が耳に煩い。
力の限り叫んで、否定して、敵陣を駆け回りたくなる。
『あなたたちの方こそ間違えてる』と、大きな声で。

叫びたい。
あんな声に負けないくらいに。
私の口が開きかけた、その時。

ーードシンッ!

地面が揺れた。
目の前に現れた巨体が、私たちを庇うように立ちふさがる。
狼特有のその硬い毛は猛々しく逆立っていた。


「コロちゃんパパ……」
「亡き主を愚弄する事は許さぬ! 子犬どもよ、威嚇とはこうやるのだ!」


ーーグォオオオオンッ!


体を揺さぶられるような咆哮が草原に響き渡った。
衝撃を真っ向から食らったグラン兵が、前衛から膝を折っていく。
そして将棋倒し。
それは水の波紋のように伝わり、陣形を乱していった。


「フンッ。腰抜けが」


コロちゃんパパは鼻を鳴らしつつ、こちらへ帰ってきた。
私の心がほんの少しだけ軽くなる。


「ありがとうね、コロちゃんパパ。私の代わりに怒ってくれて」
「お安いご用に。今後も我が一族の命、如何様にもお使いくだされ。ですが、ひとつだけ宜しいか?」
「うん。私に出来ることなら何でも言って」
「我が呼び名。ぜひとも再検討していただきたい」
「わかったわ、パパコロちゃん」
「ヌゥ……お聞き届けくださりはしたが……したのだが……」


グラン側はこれに懲りたのか、口で攻めてくる事はやめた。
その代わり少人数だけ動かしたり、左右に全軍を動かしてみたり、探るような動きが頻繁に続けられた。

それから何度かの小競り合いが起きて、夕暮れを迎えた。
互いにゆっくりと拠点へと戻っていく。
どうやらこれで今日の戦は終わったらしい。

拠点には簡単な寝所が作られている。
割り当てられたスペースで、私は一足先に横になっていた。

ーー本日はもうお休みください。何かあればお声かけしますので。

なんて言われたけど、寝付けそうにない。
誰かの走る音。
厳しい声で飛び交う指示。
時おり混ざる笑い声。
気持ちの昂(たかぶ)りもあって、深く眠ることは出来なかった。

ウトウトしては目覚めて、そしてまた浅い眠りに誘われる。
そんな時間を過ごしていると、不思議な事が起きた。


ーーサァーッ。


入り口に垂らされた布が擦れる音がした。
外の騒がしさも収まっているから、今は深夜なんだと思う。
夜の虫の鳴き声があるだけで、みんなの作業音は聞こえない。
そして、入室した人の足音も。


「誰、テレジア? リタ姉さん?」


問いかけようとして気づいた。
声が出せない。
さらに言うと指一本動かせない。
まずい……これは敵の攻撃かもしれない。
いつぞやの麻痺毒を、再び浴びてしまったのかもしれない。

ともかく状況が知りたい。
敵の刺客だったら絶体絶命だ。
ようやく薄く開いた目で気配の方を見た。
狭い視界でようやく確認ができたのだけど……。

ーー何、これ?

今まで見たことの無い何かが居た。
白っぽくボヤッと輝く縦長の塊。
大きさはちょうど大人の一人分くらい。
『それ』はこちら側にゆっくりと近づき、そして……。

ーーフワリ。

頭に暖かい風が吹いた。
吹いたというより、撫でるような、そよ風に近い。
何故か懐かしい気持ちに包まれた。

ーー何だっけな、これ。

答えを探しているうちに、意識は遠退いていき、気がつくと朝になっていた。
外は既に明るく、周りの動きも活気づいている。
体を起こして手足やら、身体中をひとしきり調べたけど、異変は起きていない。


「あれは……何?」


自分の頭に手をやってみる。
昨日までと変わらない、慣れ親しんだ感触があるだけだった。


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