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第十四話  大賢者と決戦

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両手足、胸や腹を眺めるが、全てが別人であった。
肌は若々しく、身体中が筋肉で引き締まっている。
さらには腹に空けられた穴すら塞がっている。
みすぼらしいのはボロボロとなった服くらいなものだ。


「おしおし、どうやらオレからのプレゼントは気に入って貰えたようだな」
「やはり貴様の差し金であったか」


魔王の側に寄り添って立つファウストを見た。
女は軽く会釈をしただけてある。


「なぜ、ワシを若返らせた。貴様にとって利など無かろう」
「利なら……ある!」


魔王は腰を落とし、両手に魔力を溜め始めた。
ファウストがその場を退き、ワシと2人きりになる。


「その力で戦え、抗え、ぶつけろ! 魂が震える、世界が瞠目するような、唯一無二の殺しあいを!」
「この戦闘狂いが。酔狂にもほどがあるわ」
「お前だって満更じゃなさそうだが?」
「……フン。礼は言わぬぞ」


懐より聖水晶を取りだし、ひとつずつ両手に握る。
これさえあれば詠唱も不要。
存分に聖属性の魔法が放つことが出来る。


「行くぞクラスト。どっちが強ぇか白黒つけるぞ」
「参るぞ。これにて因縁も終わりとする」
「世界最強はこのオレだッ!」
「戯言はワシを殺してからにせよ!」


黒き魔力を身に纏い、魔王が獰猛に笑う。
白き魔力を纏ったワシは、果たしてどうであろか。
笑っていた……かもしれん。


「黒龍よ、全てを飲み込めェ!」
「ジャッジメント!」


互いの中間にて、真正面からぶつかる光と闇。
白く輝く玉を飲み込もうと、黒い龍が牙を剥く。
初撃は互角。
あとは魔力にて押し合いとなる。


「アッハッハァ、たまんねぇな! 本気で闘える贅沢ってのはよぉ!」
「グヌヌ。力を取り戻しても、このザマか」


文字通りの拮抗状態が続く。
行き場を失った力が雷属性となり、小雷がしきりに生まれ、周囲を焦がす。

だが厳密に言うと、こちらが多分に不利だ。
無尽蔵と等しき魔力を持つ魔王と、あくまで人間であるワシとでは、持久戦は極めて厳しい。
ましてや、いつまで寿命が保つかわからんのである。


「顔色が悪いなクラスト! もうへばったのかよ!?」
「ぬぅぅ。この、化け物め……」
「人間にしちゃあバカ強ェが、オレには一歩及ばなかったな! このまま押しきってやるぜ」
「では、もう1つの、力を受けてみるか?」
「何だと!」
「ワシの50年を食らえ!」


最後の水晶を投げ上げた。
それは魔力の激突地点へと飛び、介入。
そして聖闇一対の魔法を吸収し、粉々に爆ぜた。

今のは属性を無力化する封印石だ。
これほどの莫大な魔力で、さらに真逆の属性がぶつかる最中に投入したらどうなるか。
それはワシにも分からん。
このような大規模な実験など不可能である。

結果は暴風であった。
属性を抜き取られた魔法は、風に乗って世界へと戻ろうとするらしい。
土壇場でまた一つ学べた。

荒れ狂う暴風は室内のあらゆる物を壁に押し付けた。
ワシや魔王はもちろん、仲間や騎士の亡骸、床に転がる諸々が、である。


「何だ、今のは! 新種の魔法か!?」
「魔法ではないが、命の代償そのものだ」
「命だと……!?」
「これで終わりだ。魔王よ!」


ワシの方が一手早く動くことが出来た。
仕掛けた側の利点である。
暴風で転がってきた封印石を手に取り、再び聖魔法を唱えた。
封印が途中で解除されたため、6つの聖水晶全てに十分な力が残されていたのである。
この攻撃に全ての力を籠めた。


「ホーリィアロウ!」


光で象(かたど)られた弓で、目映い矢を放った。
魔王の胸目掛けて一直線に向かう。


「ハッ。こんなもん避けちまえば……」
「逃がしゃしないよ。アンタにはキッチリ死んでもらわなきゃね」
「パン子さんのぉ、カタキィィ!」
「テメエら! 生きてやがったのか!?」


両足に取りついたのは、リディアとフロウであった。
まだ命があったとは想定外だが僥倖(ぎょうこう)である。
一瞬の時であるが、回避に手間取った。
それが致命的な遅れとなる。


ーーズシャアッ!


矢は正確に魔王の左胸を貫いた。
大型獣のような咆哮をあげ、倒れる。


「クソッ、熱ィ! 再生が、再生が始まらねぇ!」
「やはり、読み通りか。魔王城から動かなかったのは、聖属性を恐れたが故か」


前回の戦の折りに微かな疑問が湧いた。
連敗を続ける魔族たちは、なぜ魔王に出陣を
頼まなかったのかと。
初めは余裕の現れだと思っていた。
だが、これまでの戦いぶりから、別の予想が生まれたのである。

その解がこれだ。
闇属性以外は扱いが困難である城に引き込むこと。
それが魔王の必勝法なのであった。
得意な攻撃は繰り出せるし、弱点は防げる。
それが当人の不死性が加わる事で無敵となる。

不死の魔物すら浄化させる聖魔法を除けば。


魔王の体は崩壊が止まらない。
矢を中心に生気を失い、全身が乾いた泥細工のように崩れていく。
今まさに死のうとしている主の元へ、ファウストは歩み寄った。


「生きたなぁ。オレは負けたが、全力で生ききってやったぞ」
「魔王様……嬉しそうですね」
「存分に暴れたし、決着もつけられた。最後の小細工もクラストらしくて、腹が立つが一興ってヤツだ」
「貴方様を失うのは、身を切るよりも辛いです」
「したたかに生きろよ、ファウスト。人間の目から逃れ、どうにかして生き延びてくれ。他の連中もだ」
「……はい。ご下命を、承りました」
「全員に伝えろ。弔いとか考えるな。それぞれが、思う様、生きろ。生きて、生き抜いて、それから……」


そこで声は途切れた。
ファウストが顔を覗きこむ。


「命令の途中でお眠りとは。不十分ではございませんか」


震える声で口づけが交わされる。
その時ですら魔王の体は崩れ、塵となった。

その姿は他人事ではない。
ワシの体も限界を迎えているのだ。
手足の先が砂のようになり、末端から床に崩れていく。
死は目前に迫っていた。


「そこのお主、トロイオスと言ったな。ワシの体を、仲間の元へ」
「は、はいッ!」


腰を抜かした騎士団長へと声をかけた。
転がるようにして駆けつけたトロイオスが、ワシを丁重に運ぶ。
彼の頬は涙で大いに濡れていた。


「大賢者様、私は自分が恥ずかしい! 必ずや勝つと豪語し、大軍を率いた身でありながら、最後は腑抜けとなる有り様。私は死をもって恥をそそぎたい!」
「生きよ。そなたにはまだ役目が残されておる」
「役目……でございますか?」
「魔王の恐ろしさを次代へと語り継ぐのだ。王はもはや亡いが、強き魔族も健在であろう。侮ることなく、追い詰めることなく、上手くやれ。さすれば、泰平の世が続くであろう」
「承知しました。上手くやるとは、具体的にはどのようにでしょうか?」
「考えよ。己が知恵を捻りだし、日々休まずに考えるのだ。その努力こそが、正しき未来へと紡ぐ力となる」
「……生涯の教えと致します」


トロイオスが静かにワシを降ろしたが、それでも体は砕けていく。
あちこちが灰塵となってボロリと崩れ、床に散らばったのだ。
もはや胸より上が辛うじて残るのみ。

すぐ側にはリディアとフロウの横顔がある。
仲間の死に際を看取るのも仲間。
懐かしい顔ぶれは既に旅立った後であるが、この光景を見つつ死にたいと思うのは、我儘であろうか。


「生きたな。存分に。お主らもそうであったかは、聞きそびれた」


答えはない。
耳には誰かの嗚咽が聞こえるばかり。
それすらも遠退いていく。
そして、世界から光が消えた。



ーーーーーーーー
ーーーー


「クラストさん。起きてください。出発ですよ」
「起きろクラスト! この野郎!」


ーーゴスン!

頭の衝撃とともに目が覚めた。
視界には、2つの意味で星が映る。
時の頃は払暁らしく、うっすら東の空が白むが、同時に空には星が輝いていた。


「イタタ……何をする、まだ夜中ではないか!」
「今日は武器素材を手にいれるため、特殊な魔族と闘うんですよ。だから夜中に動こうって決めたんですが、覚えていませんか?」
「素材……ふむ、記憶にない。誰の武器か?」
「アタシだよ。メチャクチャに切れる剣の為さね」
「なんだ、リディアの目的か。ならば私は関係ない。寝かせて貰うぞ」


再び横になるが、それは許されなかった。
リディアの口から恐ろしい呪言が唱えられたのだ。


「魔族ッ子とは魔族の女性を指す言葉である。字面だけで判別するとおぞましいが、彼女たちは人間には無い美を備えている。水のように滑らかな肌をもつ者、瞳が合うだけで滾らせる者、自由自在に体型を変える……」
「うむ、待たせたな。仲間の為であれば徹夜のひとつくらい安いものである!」
「ありがたいねぇ、仲間想いでアタシは泣きそうだよ」
「よくもまぁ、白々しい!」


ワシの睨む目など気にも留めず、リディアは歩きだした。
その後をフロウ、そしてワシが続く。


「リディアさん。素材集めに成功したら、おっぱい揉みしだいて良いですか?」
「やれるもんならやってみな。手首から先切り落としてやるよ」
「フロウ、その女は諦めよ。お主には脈が無かろう」
「あぁ、別にリディアさんは好きじゃないです。この世に揉んでないおっぱいがあるなんて、気持ちが悪いだけですよ」
「気持ちが悪いのはその発想だ。すぐに改めるが良い」
「アンタたちさぁ、お散歩じゃないんだよ? ちったぁ気を引き締めな!」


山間(やまあい)から朝日が漏れる。
眩しくて目を細めるが、目的地は向こう側にあるらしい。
寝起きには辛いが進む。
とっとと些事は終わらせ、二度寝に励むとしよう。

リディア、フロウと共に未知なる世界へ挑む。
その体は目映い光に包まれていくのだった。


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