時の破壊者

辻澤桐子

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第一章 ダヂオの魔女狩り

第1夜 予感(虫の知らせ)

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1夜


予感

(虫の知らせ)




阿鼻叫喚の見知らぬ広い建物の中で、とてもリアルで朧気な夢を少年は見た。

自分の視点なのに自分ではない……。


ハッと目を覚ました。


恐怖しか残らない。

真っ赤なうねりを上げた姿が広い建物を焼き尽くす。

泣き叫ぶ幼い子供たち。

その兄と思われる自分の、兄弟達に伸ばされた届くことのない手……。

気が付くと全身汗だくだった。

自分だよな……と自分の手を見つめる。



と、コンコン、と急ぎめに扉を叩く音がした。

親愛なる牧師様が朝を告げている。

少年は急に現実に引き戻された。



「起きなさい、朝ですよ」

「あ!ハイ、今行きます!!」



本当ならばもっと早く起きなければいけなかった!

悪夢に魘されて寝坊してしまったようだ。

なんてこと。

しかしあの夢は……一体何だったのだろう?

身支度をする手がまだ小刻みに震えている。



「遅くなりました!」



台所に急ぎ行くと、少し遅れて同じ修行僧のラムソスも、

いかにも急いでますと言った感じにバタバタと音を立てて起きてきた。



「おはよう。ラムも寝坊?」

「ってことはザムも?あは!おはよ。 うん……なんか変な夢見ちゃって」


ザムとは、金髪碧眼の少年、修行僧のザムザのことだ。白い肌の12才の少年だ。


「えっ!?ラムも!!?」

「えっ」

「僕も変な夢見て……聞いてよ!

 大きな建物が……大火事で……子供達が……僕の手が……でも僕じゃなくて……!!」



起きたてで、しかも夢に魘されたとあって、ザムザの説明は途切れ途切れのよくわからない文になっていた。

しかしながら、彼にはそれが一瞬で理解できた。



「……!ザムも!?嘘っ……!」

と驚くラムソスにザムザはハッとした。

「!  ってことは……」

「僕もソレですごい魘されて……………運命共同体?」



可愛く首を傾げて上目遣いで彼を見るも、ザムザはさっきの夢に相当参っているらしく、

彼のその気に気づかずにストレートに解釈されてしまったらしい。



「! かも!? だとしたら僕らって……!」



まぁ朝だし何より相当興奮してるし仕方ないよな、とラムソスは少し肩を落とすが、考えれば考えるほど、先ほど見た夢はちょっとどころかかなりおかしい。

妙な気を察して、ラムソスはすぐに元の調子に戻した。



「変な夢だったんだよね……虫の知らせかなぁ?」

「なんか……ヤな感じするよね……何より“火”だし・・・」



2人は沈黙した。

この村では魔女狩りが流行っている。



そして次に狙われているのは……この教会、

“清”レオナ教会の教えを基盤に自身の正義を貫き通す、彼らの師である「牧師様」だ。



「ほら、早く水汲みに行きなさい」



沈黙を破ったのは、問題の張本人・「牧師様」だ。

2人はハッとして我に返った。



「朝ごはん食べたくないんですか?」

「そ、そんなこと!! ……行ってきます!」



ザムザには分からなかった。

何故こんな無駄なことをするのか。

何故、次が我が師なのだろうか、と。

確かに師はちょっと頼りなく見えるかも知れないが……。



「ねぇ……何で牧師様なの?……・僕は……、いい人だと思う……。

 あの人について行こうって、そう思ったのに……」

とザムザ。やはり浮かない顔をしている。

「……清教の人間の裏切りが最近激しいらしいよ」

表情を変えずラムソス。

「えっ?それ……つまり……」

「違うよ。牧師様じゃない。買収、される奴が多いみたいだねって話。こないだ隣行って来た時耳にしたんだ」

「え……つまり……牧師様は買収を拒んだ……?」

「そう。それも1回や2回じゃないと見た」

「……なびきそうにないもんね、牧師様」

「ね」

「うん……。でも……命の危険に晒されてまで……」

「……譲れない何かがあるんだよ、きっと」

「えっ………」



何だか引っかかる言い方なのでもっと詳しく聞いてみたかったが、

彼の強ばった顔を視界に捉えると、ザムザは言葉を飲み込んだ。

同じ歳で同じ身長の、異国の匂いが漂うこの隣に座る少年を、

ザムザは、ラムソスが自分より一回りも二回りも、世の中の色んなことを知ってそうな気がしてならなかった。




彼は今よりももっと幼い頃、この村にふらりと辿り着いた。

広い砂漠を、たった一人で。

家族はいない。

でも、詳しくは知らない。




そんな少年が、不意に隣に座る兄弟子を見た。(とは言っても同い年だしそんな感覚もないのだが)

兄弟子の視線を捉えると、さっきまでのピンと張り詰めた表情がみるみると和らいでゆく。

そしてふっと安心したように微笑を浮かべる。



「今朝の夢……なんか変だった。……胸騒ぎがするよ。出来るだけ牧師様の傍を離れないようにしよ。

 あと……、いざとゆー時の為に……備えないとね」



うん、と少年は頷いた。

彼は頼りになるけれど、でもコレで彼もいなくなったらどうしよう……?

ましてや自分の道標である牧師様まで……。

彼の隣で安心しつつも、ザムザはやはり川へと足を急がせた。


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「……おや?」



2人の弟子が水汲みに行っている間、裏に積んである薪を取ってこようと牧師が裏に回ると、

薪が全てなくなっているどころか、火に焼かれた跡が壁と地面にくっきりと残っている。


牧師はゾッとした。



(まさか……聖教の……)



“清教徒”である彼を捕らえようとしている連中は、“清”レオナ教とは逆に位置する“聖教”だ。


゛清教”とは、古い古い昔、世界で最も大きかった国を統べた『レオナ』……つまり女の“獅子王”を表し、高い戦闘能力と知性で世の名声を勝ち取った“レオナ”女王を“神”と崇拝し、

その心を汲んで常に精進を怠らず、女王レオナの復活を願い、

故に他の宗教信者との抗争を出来るだけ避け、精進に勤める宗教である。


逆に゛聖教”とは、『清貧』の清教とは相反し、煌びやかな宗教である。

『聖クライステレッセ教』と言って、先ず建物からして違いが出ている。

煌びやかな装飾、服装、そして思想。

その思想とは、聖教とはもともと死を以って真実を貫いた聖人“クライステレッセ”の思想に何とか近づこうとした、

というものである。

だからと言ってクライステレッセに近づけているかというと、そうでもない。

先ずクライステレッセは豪華を好まなかったし、

美しさは好きだが醜いものは何とかして美しくしようと心がけていた。

何が言いたいかというと、聖教は元々の“道”から外れているのだ。

だが今の時代、世界は“本物”に近い清教よりも、“偽者”の聖教を崇拝し、基準とした。


それは何故か?


何故なら、世の人々は着飾る事や外見の美しさを大切と思ったからだ。

だから着飾りたいし組織に入っていたい人々は聖教を好み、

自分達が正しくそして何よりも偉いと思いたいが為に清教を攻撃し始めた。

魔女狩りという、最悪の形を取って。



それはひとまず置いておいて、今は牧師だ。


牧師は怯えながらも、恐る恐るその周辺の草むらを調べてみた。

……何かの気配がする。



「……誰かいるんですか?」



その声に反応するように草,むらの奥でガサっと音がした。

牧師の全身がビクッと強ばる。

……しかし返事はない。

再びガサガサ葉が揺れる音がする。

何かが妙だ。



(……罠だろうか?)



そう思った瞬間、彼の目はあるモノを捉えた。

……人だ。

それも、全身真っ黒に焦げているのに原型を留めている!

どうやら女性のようだ。



(処刑場から逃げてきたのか?それにしても何故姿を……まさか……本物の……!!)



魔女なのか?

そう思ったが傷つき倒れている姿は、ただの人。

……助けなくては、そう思った。


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ザムザ達の住むダヂオ村の郊外、隣町へと繋がる森の入り口の薄暗い洞窟の中で、

黒づくめの老婆が怪しげに光る水晶玉に手をかざし、

出目金のようなギョロ目を見開きながら傍らに遊ぶ妖精に話しかけた。



正真正銘、本当の魔女だ。



「……ほう……」

「ばばぁ、どーしたの?」



水晶玉に映る光景に緊張する魔女に相反し、妖精は口の悪さを露呈した。



「……ババァ……。スミレ、お前もう少し言葉をどうにか出来ないのか」

「うっせんだよババァ!誰のお陰で色んな情報が入っと思ってんだよ?いーから、何!」



と、魔女に注意されるもでかい態度を更にでかくし、むしろ妖精はふんぞり返った。

スミレと呼ばれたこの妖精は、可愛らしい容姿とはかけ離れて恐ろしく口が悪い。



「……ふん、まぁええ。  ……ダヂオにいるよ」

「……えっ! 異界の魔女っ……!」

「正確には魔女ではないが……随分と満身創痍じゃないか。」

「怪我してんの!?」



と、スミレは先ほどの悪態とは打って変わって老婆の話に身を乗り出す。



「あれだけの炎を浴びて無事な方がおかしいんだよ」

「可哀相~。迎えに行ってもいい?」

「……あたし以外にゃぁ優しいんだね。まぁ別に構わんが……これも“レオナ様”のご意思なのか……」

「勿体ぶってねーでさっさと言えよ、このクサヤ!」

「! 何を言う!!」



瞬間、スミレとは別の光が現れた。

スミレの親友の妖精、エナが仲裁に現れた。



「こら、スミレ!またアンタはそんな言い方して!いくらなんでも酷すぎるだろうが!!」

「そうじゃそうじゃ!クサヤは臭い割に美味いんじゃぞ!!!」



と魔女は歯を剥きだして反抗(?)する。



「……え、いやそっちじゃなくて……」

と妖精。

「ふーんだ!てめーなんか臭いも凄けりゃ味も喰えたもんじゃねんだよ!!」

「この減らず口がぁ~!!」

「あぁ~もうこの2人は……。 ちょっと婆さん、さっきの続きは?」

「ハッ!そうじゃ!!聞け、くそガキ! ……あの少女が落ちたのは、清レオナ教会じゃ」



と、魔女はさっきの調子を取り戻す。



「えっ!次の標的!?」

「そうじゃ。 あそこには例の2人の少年がいる。 ……やはり……レオナ様は何かしでかすつもりやも知れん……」



と、またしても“レオナ様”の名を出すと、魔女とエナは黙りこくった。



「何それ電波?お願いだから雑誌●ーに投稿すんのだけはやめてよね。」

「~~~こんのくそガキー!!!!」

「も~……とりあえず婆さん怒らすのやめてよね!怒りすぎて本当にとち狂ったらどーすんのよ!」

「………エナ………」


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ーーーーー清レオナ教会



牧師はその異様な姿をまじまじと見つめた。

確かに全身黒焦げているのに衣服も肌も髪の毛すらも焼けてはいない。

ベッドに移してはみたが、焦げカスは確かに落ちるのに、湯を含んだタオルで拭いても焦げは落ちない。



…………ただならぬ感じがする。



「ただ今帰りましたー!」

「朝餉にしましょう!」



弟子の元気の良い声に、恐怖にとり憑かれていた牧師は大袈裟と言える程ビクッと跳ね上がる。

とりあえず落ち着こうとあたふたすると、



「牧師様ー、どこですかー?」

「お師匠ー?」



という声と共に、2人の可愛らしい弟子が勢い良くドアを開けて、牧師はまたまた跳ね上がった。



「ひゃぁ!」

「あ、いた!牧師様ー!」

「水を汲んで来ましたよ!早く朝餉にしま----……どなたです?」



2人の目は、ベッドの上の盛り上がりを捉えた。

形からして女性のようだが、黒焦げた頭部に目が捉えられた瞬間、2人はそれ以上言葉が出てこなかった。

しかしその手に握られた桶は、床に落ちることなくしっかりと握られていた。

2人の芯の強さが垣間見られる。



沈黙に耐えかね、牧師は口を開いた。



「ああっ……、あの、さっき裏に行ったら茂みの方から現れて……倒れてきたんだ!」



次第に声が落ち着いてくる。



「……今は、気絶しているよ」



その言葉が発せられた瞬間、2人はほっと胸を撫で下ろし、ゆっくりと桶を床に置いた。

それでもやはり、動揺は治まってははくれない。

2人は自然と手を握り合う。



「牧師様、目を覚まさないなら、やはり朝餉にしましょう!介抱はその後にでも……」

「!そうですね!そうしましょう。2人とも、桶をお願いしますよ」



ザムザの言にそう答えると、牧師は拭いたタオルを湯で洗い、女性の額に乗せた。



「今日も晴れそうですね」



そう言いながら部屋をあとにした牧師の後ろで、女は静かに目を開けた。





続く

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