時の破壊者

辻澤桐子

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第一章 ダヂオの魔女狩り

第4夜 動揺

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あの魔女の老婆は自分のことを炎の使い手だと言った。


炎使い…?


ピンとこなかった。


何故なら自分は竹刀を扱うことは出来るが、今まで一度たりとも〝炎使い〟になんてなったことなかったから。


ましてついさっきまで〝呪い〟の炎によって使いこなすどころか逆に苦しめられていたというのに。


「ファヤウ」なんて呼ばれるのにも段々嫌気が差してきた。




私の名前は「岡本 紗生」なのに………。






「私は〝ファヤウ〟じゃない…、岡本 紗生だよ…」


「何か言った?サキ」






紗生の言にエナが相槌を打った。


紗生は脳裏で呟いた筈が、いつの間にか口に出していたらしい。






「あれ、聞こえた?」


「うん、ぼんやりと」


「…あたしは〝岡本 紗生〟であって、〝ファヤウ〟じゃないって言ったの」






紗生は明らかに不満があります、という顔で呟いた。






「紗生の苗字、〝オカモト〟って言うんだね。いいな、人間には苗字があって」


「妖精には苗字はないの?」


「うん、名前だけ。寝れないの?スミレはもう寝ちゃったよ」


「うん…何だか明日が怖くて…あたしなんかに出来るかどうか…」


「あたし達も出来るだけのことはするから大丈夫だよ。それに、サキ剣使えるんでしょ?」


「使えるけど…剣、ていうか竹刀…とか木刀だけど…」






段々と自信の薄くなっていく紗生の言を、エナの声が遮った。






「強いの?」


「うーん…どうだろ。一応道場の門下生の中では一番なんだけど…」


「一番!凄いじゃん!じゃー大丈夫だよ」


「そうかな、えへへ…。何かエナと話してたら大丈夫って気がしてきたよ、ありがと」


「まーね、流石あたしってとこかなぁ!」


「あはは」


「明日頑張ってね。それが終わったら友達にも会えるんだから」


「そうだね…、エナ達も明日お願いね」


「分かってるって」






そう言い終わると2人は目を閉じた。


紗生の胸中にはまだわだかまりが残っていたが。






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何かにつつかれた感覚を頬に覚え、重い瞼をうっすらと開けると、そこには杖を持ったベルデが憮然とした態度で見下ろしていた。


目覚め一番の近すぎるグロテスクな顔にギョッとして一気に目が覚める。






「これ!いつまで寝とるんじゃ。そろそろ始めるぞ。顔を洗ってさっさと飯を食え」


「ばばぁー…早ぇよ、まだ夜明けじゃねーかー…」






外には顔を出したばかりの太陽が輝いている。


夜が明けたばかりのせいか、うっすらと寒い。






「おはようございます…早いんですね」


「当たり前じゃ、魔女は自然の法則に従って行動するからの」


「婆さんいつも起きんの8時頃じゃん…とりあえずみんなおはよー…」


「おはよ…」






いつも起きるの8時なんじゃないか。


人の事を言えた義理ではない。






「う、うるさい!今日は特別忙しいんじゃ!さっさと起きんか!!」






寝不足でもの凄く不機嫌だったが、今日は人の生死がかかっていることをするということで


仕方なく眠い目をこすってベッドから這い出した。


他の2人はというと、エナは結構寝起きはいい方のようだが、スミレの機嫌がもの凄く悪い。


しかも目覚まし代わりが魔女の婆さんときたものだから、あまりの機嫌の悪さにの傍の壁を蹴飛ばしている。


相当寝起きが悪い。




顔を洗って食事も済むと、早速ベルデは床に魔方陣を描き始めた。


例によって紗生を完成した魔方陣に入れると、今度は絨毯の向こうから黒い粉の入ったバケツ、マッチ、液体の入ったビン、


布の袋を3つ、それと大きな数珠のようなものとナイフを持ってきた。






「いかにもって感じですね。何をするんですか?」


「ヒッヒッ、ドーピングじゃよ」






魔女らしい怪しい笑い声とともに、ベルデは禍々しい言葉を言い放った。






「ドッ!?」




突然の禍々しい言葉に紗生は驚きを隠せなかった。




「ちょっとした副作用があるがの。事は急を要するからな」


「困りますよそんなこと…」


「仕方ないじゃろ、備えあれば憂いなしじゃ。それに大した副作用でもないしな」


「本当なんでしょうね?信じますよ?」


「まぁ嘘だと思って。ホレ」


「嘘だと困るんですけど…」






ドーピングという響きに抵抗があったが、人の生死がかかっているのだから、と諦めて数珠を首にかける。


ベルデがバケツの中身と布の袋の中身を陣の中に撒き呪文を唱えると、またしても陣は光を帯び始めた。


綺麗だな…と見惚れているとベルデは不意に詠唱をやめ、マッチに火をつけ陣に撒いた黒い粉目がけて投げ捨てた。


一瞬で燃え渡る炎。


黒い粉の正体は、火薬だ。






「キャァァァァァァ!!!」


「何してんだババァァァァァァァァァ!!!」




突然のベルデの驚くべき行動にスミレは憤慨し絶叫した。




「大丈夫じゃ、黙って見とれ。ファヤウ!動くなよ」






炎に包まれているというのに大丈夫なわけないじゃないか、と心の中で叫びながらも、必死で紗生は落ち着きを取り戻そうとした。


そうすると今度は瓶の中の液体をぶっかけられる。


いい加減キレてしまいたかった。






「お…お婆さん、何を……ッ!」






言葉を言い終わるか終わらない間に炎は液体に引火して勢いを増す。


液体は油だった。






「いい加減にして下さい!!殺すつもりですか!?」


「黙れというに!いいから見とれ!!」






そう叫ぶとベルデは先ほどのナイフを手に持つと何を血迷ったのか紗生の鳩尾目がけて勢い良く刺してしまった。






「……………!!!」


「てめェババア何してんだこの野郎ォォォ!!!」


「黙れ!モンキチョウの分際で!大丈夫だからそのまま眺めとれ。いいもんが見れるからな」


「テメェと違って死体見る趣味はねんだよ!いいからさっさと--------あ」






スミレの目線の先には紗生の鳩尾に深々と刺さったナイフがあった。


あんなに深々と刺さった傷なのに、血が一滴も出ていない。


それどころか、ナイフが先ほどの魔方陣同様妖しい光を帯びている。






「な…んだこれ…」




一同は驚きを隠せなかった。




「だから言ったじゃろ、大丈夫じゃと。もうすぐ体が楽になるはずだ」


「本当だ…痛くない…。それにこの火も全然熱くない…。これって…」




驚きの現象に紗生は自分の体をまじまじと見つめた。




「お前の筋肉を元に戻しているんじゃよ。正確に言えば、似たものを作って補っておるだけじゃから一週間もすれば元に戻るがの」


「あたしの筋肉を…?ああ、だからあたしに助けに行けと…」


「どうじゃ?楽になってきたじゃろ?」


「はい、昨日まで寝たきりだったなんて嘘みたい…これなら…!」




「紛らわしいんだよクソババアがァァァァァァァ!!!」






例によって例のごとくスミレの改心の一撃がベルデの頭にクリーンヒットする。






「ぶほッ…何すんじゃこのクソガキ!」


「サキが死んだと思って焦ったじゃねぇかァァァァァ!てめーが悪ぃんだよ全然説明入れねーから!お前なんか死ね!」


「うるさい!めんどくさかったんじゃもん!後から驚かそうとしたんじゃもん!ついでに騙される方が悪いんじゃよォ!」


「きィやァァァァァァっ!もんとかマジきめぇっつーの!ちょっ…エナっ!鳥肌立ったあたし!見てコレ…っ」


「いいから黙れよ2人とも…そして今回のは婆さんが悪いよな、明らかに。スミレじゃなくても蹴り入れるっつの」


「ま、まあまあ、結果オーライってことでさ。それで、あたしは何すればいいんですか…?」






そんなやり取りをしていくうちに魔方陣はシュウシュウと音を立ててチョークの粉ごと消え去った。






「奴らが順調ならその内ここに顔を出すじゃろ。順調ならお前の出番はない。


 ここに逃げ込めば奥の魔方陣でこいつらの村に逃がすことが出来るんでな」




と、ベルデは妖精の方に目配せした。






「なんだ、じゃああたし出番ないんじゃ…」


「いや、万が一を考えてじゃな。ここに来なかった場合のことも含んでおかなければならんだろ」


「万が…一…?ってそれって…」


「そうじゃ、ここに来なかった場合のことじゃ」


「そんなこと、あるわけないじゃない。だって、狙われてるんだよ?どこかに逃げたい筈でしょ?」






予想外の反応に紗生の言葉が途切れ途切れに発せられる。






「そうだな、どこかに逃げたい筈だな。じゃがな、初対面のこいつらの話を普通信じるか?」


「それは…っ、だって現にあたしだって…」


「寝て起きたばかりのお前と、意識がハッキリした状態のあいつらと判断が同じだと思ったら大間違いじゃな。ましてやワシは本物の魔女だ。あいつらは今一番魔女という言葉に敏感だ。もしかしたら…」


「そっ…そんな、じゃああの子達は何処に逃げるっていうの…」




紗生は不意に震えだしオロオロし始めた。




「備えもなしにあの森を抜けようとするじゃろうな」


「その時一緒に、森に入ればいいの…?」


「いや………」






ベルデは一呼吸置くと、こう口を開いた。






「その場合間違いなくあいつらは捕まり、処刑されるじゃろ」


「………!!!そ…そんなッ…!!!」




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「師匠、起きて下さい。師匠ッ」






ゆさゆさと揺すられやっと眠りから覚めたと思うと、目の前にいきなり弟子2人の顔があった。


驚いて牧師は跳ね起きる。






「わっ!」


「わっ!じゃありませんよ師匠!大変です、もう日が随分と昇っているんですよ!!」






なんてことだ。


昨日あんなに早くに起きようと言ったのに、起きてみたらこんなに日が高くなっているなんて。


一体何時なのかと台所に行って時計を確かめると、そこには10時と記されていた。






「なっ…なんということでしょう…ッ」


「ごめんなさい牧師様、僕達がもっと早く起きていれば…」


「僕らもさっき起きたばっかりで…」


「そんな、お互い様じゃないですか…それよりどうしましょう…」






3人は暫し沈黙するしかなかった。






「とにかく、もう荷物は整っているんですよね?先ずは顔を洗って食事をとって、急いで着替えましょう」






そうと決まると3人は急いで洗面所へと急いだ。


暫くして準備が整うと、3人は用意した荷物を礼拝堂へと運んだ。


運んだはいいが、これから先が一向に見えてこない。






「さて…、準備をしたはいいですが…どうしましょう…」


「こんな時間にこんな大きな荷物を運んだら絶対怪しまれますよね…」


「その前にこの時間に広場を通ること自体危ないですよ…」






3人はまたしても沈黙した。


村を出るには、西へ行くにも南へ行くにも村の中心である広場を通るしかないのだ。






「どっ…どうしよう…このまま聖教の人達がここに来たら…ッ」






恐怖のあまりザムザの目には涙が浮かんでいる。






「ザムザ君落ち着いて下さい。何かいい方法がある筈ですよ」


「いい…方法…ですか?」


「ええ!今日の今日まで聖教の使いは来なかったんです。今日来るとは限らないでしょう」


「では…今日は発たないと…?」


「いえ、今日発ちます」


「無理ですよ!こんな真昼間に…」


「いえ、今すぐにではありません。夜に発つんですよ」


「夜ッッ!!」






弟子2人は顔を見合わせた。






「それこそ無茶な話ですよ!あの森は盗賊の住処になってるんですよ!?夜に行くなんてそんな…!!」


「こうなっては仕方ありませんよ、どの道私達が進む道は茨の道…。行くしかないんですよ」


「そ、そんな…」


「では夜に出発ということでいいですね?」


「………は、はい…………」






2人は沈黙した。


進言した本人である、牧師も。


なんてことだろう、こんな些細なことで今後の生き死にが決まってしまうなんて…。


弟子2人が落胆していると、牧師がおもむろに扉を開けて外に出ようとしている。






「どっ、何処に行かれるんですか?」


「ん?何処って、水を汲みに行くんだよ。今日は私の当番だからね」


「何もこんな日に行かなくても…」


「いつも行ってるのに今日行かないとなると怪しまれるでしょう」


「そうですけど…。くれぐれも気をつけて下さいね」


「ありがとう、ラムソス。じゃあ行ってくるよ」


「待って下さい、僕も行きます!」






ザムザが付き添い役を立候補した。






「ザムザも行くの!?」


「うん、牧師様だけじゃやっぱり心配だよ…僕も行くよ」


「じゃあ僕も…!」


「3人じゃ怪しまれてしまいますよ。ありがとうザムザ、それじゃあ一緒に行きましょうか」


「はい」


「もう!…気をつけてね、僕は留守番してるよ」






桶を手にすると、2人は仲良く肩を並べて川へと歩いて行った。


ラムソスは2人を見送ると、おもむろに巡礼用のマントを羽織った。


そして2人が出て行った扉とは逆の扉を開け、西へと進路をとり歩き出した。




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とんとん、という小気味良い音が玄関の扉から聞こえてきた。


客だ。






「来たかッ!」






テーブルの端に座って脚をぶらつかせていたスミレが勢い良く反応して飛び降りた。


飛び降りたかと思うと、床に落ちる間際に羽を羽ばたかせ一直線に扉のすぐ横の窓へと飛んでいく。






「やっぱり!弟子だ!!」






その言葉に急いで紗生は窓へと駆け寄りラムソスの姿を確認すると、すぐさま扉を開けた。






「いらっしゃい!」


「こ…、こんにちは…。来ちゃいました…」






おずおずとバツが悪そうに口ごもらせるラムソス。






「来ちゃいましたじゃないよ、待ってたんだよ?よく来たね。まあ中に入んなよ」






とエナ。






「あの、実は僕1人だけで…」


「え?牧師ともう1人は一緒じゃないの?」


「はい…」


「何でまた…」






そう言われると、ラムソスは扉を閉め事の詳細を入り口に突っ立ったまま説明した。






「そうか、お前ら今朝発つつもりだったのか」


「はい…すみません」


「で、あたしらに会いもせず行こうとしたのに?寝坊しちゃって逃げるタイミング失ったから助け求めに来たってか?ナメてんの?」






スミレが喧嘩腰にラムソスに詰め寄る。






「すいません…その、お婆さんが魔女だって分かったら…怖くて…。でもどうしていいか分かんなくて…」


「うん、そっか。でもよく来たと思うよ。あたしが言うのもなんだけどさ、今お婆さん外に出てるから来るまで座って待ってなよ」




と紗生はラムソスを椅子に座らせようとした。






「そうだよ、ここまで来るのにも骨が折れたろ?こんな真昼間に。よくやったよ。スミレも抑えて」




とエナ。




「けっ」






そこにタイムリーにベルデが外から桶に水を汲んで入ってきた。






「む…お前…」


「婆さん、お帰り。例の弟子、来てるよ。婆さんを待ってたんだよ。早くそれ置いてこっち来なよ」




とエナ。




「は、はじめまして…」






そう言われたのにもかかわらず、ベルデはその場を動こうとしない。


その顔には何やら不穏な空気が流れていた。






「あの…お婆さん…?どうしたの…」


「お前、1人か」






いつになく真剣な顔でベルデはラムソスに問いかけた。






「え、あ…はい」


「他の2人は」


「婆さん、どうしたの?」


「お前は黙っとれ」


「あの…さっき2人で川に水を汲みに…」






その言葉を聞くと、ベルデの大きなシワだらけの目はこれでもかというくらい見開き、グロテスクな顔が一層グロテスクに見えた。






「ババア…?」


「やはりあいつらはお前の師匠と友達だったか…?」




その言に一同の心に不安が押し寄せてくる。




「え?何のこと…?」


「今ワシも同様にほれ、水を汲んできたんじゃがの。川で2人組みの親子みたいなやつらと居合わせての。と言っても遠くから見えただけなんじゃが、水を汲んでる途中で村の奴らに話しかけられててな、そうこうしてるうちにそいつらの手を払って逃げて行ったのをたまたま見ての」


「!!!!」






ラムソスの体に衝撃が走った。


それはまさに雷に撃たれたような衝撃だった。


あまりのショックに言葉が出てこず、わなわなと全身が小刻みに震えている。






「そ、そんな…ッそんな…ッ」




じわりと両の目に浮かぶ彼の涙に痛みを覚え、紗生はベルデに詰め寄った。






「そ、それは確かにあの2人なんですか!?」


「分からん。だがどうも様子がおかしかったのは確かじゃ」


「それが本当にあの2人だったんなら大変なことだよ!どどど…どうすんのさ!!」


「どうすんの?あたしとエナの2人だけじゃあ1人しか運べないよぉっ」


「ラムソス。お前ここまでどうやって来た!?」


「えっ…、は、はいっ…ッ、怪しまれないように普通に広場を通って来ましたが…」


「何ということだ………ッ」






ベルデは大げさなほどに手で顔を覆いその場にゆっくりと崩れ落ちた。






「ど…どうしたのさ?婆さん」




とエナ。




「………もう直ここにも奴らが来るじゃろう」


「えっ!!!」




一同は驚愕した。




「こいつは今来たばかりなのか?」


「うん、今来たばかりだよ」




とエナ。






「そうか…それなら少しは時間があるだろうが…すまんがワシは力を貸してやることは出来ん」


「えっ!?!?!?」


「んだよ!どういうことだよババア!!」


「いいかスミレ、ワシの魔術は確かに人を惑わすことも可能じゃ。だがな、術を施行するにはそれなりの時間というものが必要なんじゃよ」


「そうだけど…でも、このままほっとくのかよ!?助けるとか言って…ッ」




とスミレ。




「ああなってしまってはもうワシにはどうしようもない…すまんの弟子…」


「そ…そんな…っ」






ラムソスはその場に崩れ落ちた。






「………いいよ、お婆ちゃんは逃げて」


「…サキ?」


「弟子君、顔を上げて。弟子君達にはあたしが寝てる間に世話になったよね。短い間だったけど、その恩に報いたいの」


「お、お姉さん………ッ」






上げた顔からはボロボロと大粒の涙が流れていた。






「泣かないで、きっとなんとかなる…お婆ちゃん、あたしの筋肉を元に戻してあたしの特技を知ってるってことは、勿論剣もあるんでしょうね?」


「おお、あるとも。スミレ、あるとこへ案内しな」


「そっか、サキがいるもんね!こっちだよサキ!弟子良かったな、これで助かるぞ」


「は、はい!」


「助かるかどうかは保障出来ないけど…ううん、絶対助けてみせるよ」


「ここだよサキ、この絨毯の奥!」


「これね…」






絨毯の奥の物置の中に、埃をかぶった剣がちらりと顔を出していた。


紗生はそれを手に取ると、ずしりと重さを感じつつもすんなりと鞘から刃を抜いてみせた。






「本物の…剣…ッ」






その刃を確認すると、紗生は身震いを覚えた。






「サキ…?大丈夫?使える?」


「う…うん、大丈夫。使って…使ってみせる…っ」






どうしたことか、何やら紗生の顔色が優れない。


だがそんな表情を見せたのは一瞬で、すぐに元の調子に戻した。


いや、さっきよりももっと覇気が強くなっている。






「サキ、何か…頼もしい」


「ふふ、ありがと。さあ、みんなは奥の魔方陣で逃げて。あたしは2人を助けに行く…はっ、そういえば助けた後はどうすればいいの?」


「ワシらがここからいなくなればお前らはもうここに逃げても無駄だ。森へ行け。お前ならきっと逃げられるだろう」


「森ね…、分かった…。怖いけど、それしか道はないのよね…また会おうね、お婆ちゃん、弟子君」


「またな」


「待って下さい!僕も行きます!」






さっきまで絶望的な色を浮かべていたラムソスが食ってかかった。






「!?何言ってるの?」


「僕も行きます!2人を置いて僕だけ逃げるなんて、そんなの出来ない!」


「馬鹿を言うんじゃないぞ小僧っこが!お前に何が出来るというんじゃ!ただの足手まといじゃ、お前はワシと一緒に来るんじゃ!!」




とベルデ。




「嫌です!!僕だって…戦える!!」


「弟子?婆さんの言う通りだよ?お前がいたんじゃ助けるもんも助けらんないよ。一緒に来るんだ」


「嫌です!僕も行く!1人生き残るくらいなら死んだ方がマシだ!!!」






そう叫ぶ幼いサファイアブルーの瞳には、頑なな炎が燃えている。


説得したとしてもきっと手を振り払いあの2人の元に行くだろう…そうベルデは思った。






「…ふん、知らんからの。ワシは忠告したからな。何が起ころうとワシのせいではないぞ」


「ええ、これは僕自身の問題であってお婆さんの問題ではない…。お姉さん、足手まといには絶対なりません。お供します」




そういうラムソスの目には一片の曇りもなかった。




「………君を見てると、あたしの弟達を思い出すよ…よく似てる。気をつけてね。絶対に無理はしちゃだめだからね」


「はい、お姉さんも…」




紗生とラムソスはお互いを心配し合った。




「それじゃあワシは一足先にこいつらの村に逃げるぞ。弟子、お前にはこれをやろう」






そう言って戸棚の引き出しからベルデが取り出したのは、装飾の施された短剣だった。






「綺麗な剣…」


「お前にはでかい剣は無理じゃろうしな。いざという時はそれを振り回せ。少しは役に立つじゃろ。そしてこれもだ」






そう言うとベルデはスミレを手で掴み捕らえると、彼の頭に〝妖精の粉〟をふりかけた。


振り回されたスミレは、勿論わめきちらしている。






「な、なんですかコレ?キラキラして綺麗…」


「見ての通り〝妖精の粉〟じゃな。お前を火から守ってくれる…」


「火から!?あ…ありがとうございます!!恩に着ます…!」


「ふん…恩は後で必ず返せよ?」


「勿論ですよ…!」


「ふん、それじゃあな。お前ら、死ぬんじゃないぞ。スミレとエナも2人を助け出したら急いで村に戻ること。こいつらと一緒に逃げてはいかんぞ。いいな」




そう言うとベルデは急いで右端の絨毯の奥へと消えていった。


恐らくあの奥に魔方陣があるのだろう。


その場の全員に緊張が走った。






「いよいよだね」


「サキ、あたし達は援護しか出来ない。けど出来るだけのことはするし、あんたは絶対に死なせたりしないからね。大丈夫だよ」


「分かってる。スミレも弟子君も、準備はいい?」


「はい、い…いつでもっ」


「待った!ちょっとサキ、そこの窓少し開けてくれる?外に誰かいないかちょっと様子見てくるよ。すぐ戻る」




とスミレ。




「いいけど…大丈夫なの?捕まったりしないでね?」


「だーいじょうぶだって。あんたら以外にあたしらの姿は見えねーんだからさ!」


「そうだったね…うん、お願いします」






そう言われるとスミレは紗生に開けてもらったわずかな窓の隙間から外へと飛び出した。


低い位置から見たところ、特に変わった様子はない。


ならば、高い位置からはどうか。






「大変だお前ら!向こうから武器持った奴らがこっちくるぞ!」


「えっ!?」


「武器って?エモノは何か分かるか?」




とエナ。




「何か畑耕すやつ!」


「鍬とかスコップだな。…うん、こっちは人数が少ないとはいえ剣があるんだ。大丈夫…だよな」


「不安になるような言い方はやめてよ。大丈夫だよ、絶対に全員無事で突破してみせる」




と紗生。


「ええ、こんなところで捕まるわけには行きません」




とラムソス。




「それじゃあいい?3・2・1で外に出るからね。一斉にだよ?いくよ」


「うん」




一同は一瞬で自身を奮い立たせた。




「3………2………1!!!」






掛け声と同時に妖精の2人は窓の隙間から、人間の2人は扉を勢いよく開け外に出た。


東の道の向こうからは黒い塊が。


人数は3、4人…。


魔女は火が怖いとでも思っているのだろうか、かすかに松明のようなものも見える。


4人は覚悟を決めると、ゆっくりと農具を持った村人へと歩み寄って行った。
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