時の破壊者

辻澤桐子

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第二章 盗賊団「ヒール」

第6夜 花

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ジャン=ベレッタは朝を迎えると、隣で眠る仲間に気づかれることなくハンモックを抜け出し、洗面所へと向かった。


が、運がいいのか悪いのか、同じ住処の仲間・アザム=リベリナウと遭遇した。


どうせだからと2人連れ立って洗面所へ向かう途中、『あるもの』が目に飛び込んできた。






「おいアザム、あれ見てみろよ」


「あ?」






まるで狩人のような風貌をした少年・ジャンは、そう言って丁度居合わせた仲間に、


茂みにある『あるもの』を見るように指示した。






「…………なんだあれは」






そう言って目を細めた視線の先には、まるで犬神家のように逆さまになって茂みに『刺さっていて』パンツ丸見えの脚が見えた。






「……パンツだな!」


「パンツなのは分かるが…」


「超ウケんだけどこのカッコ!何?どこの隊のやつよ!」






そう言って少年は躊躇もせずに、面白半分にその脚を引きずり出した。


重さはさほど重くもなくだが軽いというわけでもなく、現れたのは顔が黒く染まったでんびの広い少女だった。






「うわあ!!!!」






その黒々とした顔に驚き、少年は思わずその脚を投げて落とし、戦闘体勢を取ってしまった。


彼らはまだ少年ながら盗賊だった。






「ななな、なんだこいつ!?!?」


「………顔が炭だらけだな」






驚きを大げさに露にするジャンと相反するように、アザムは冷静にそう言い放った。






「す、炭!?!?な……なるほど、炭か。なんだ…………脅かすなよ!!!!」






そう言って少年はべしっと軽い蹴りを少女に入れた。


その反応はすぐ返ってきて、顔中炭だらけのその少女は、うう~ん、と起きかけの声をあげた。






「わわ、起きるぜ起きるぜ、どうすんべ!」


「……いちいちうるせーな…先制しかけりゃいいだろ」






そう言ってアザムは傍らの井戸を顎で指した。






「そ、そうだな!うっし、いっちょ〝洗礼〟でもしますか!」






そう言ってジャンは鼻歌まじりに井戸まで行くと、桶いっぱいに水を入れて持ってくると思いっきり少女の顔めがけて水をぶちまけた。


かなり酷い扱いだ。






「う、うう~ん…………?」






水をかけるとまた起きそうな声をあげて、顔の炭もちょっと取れたようである。






「おい起きろよ!」






そう言ってジャンは痛くないように軽く脚で少女を蹴ると、漸く少女は目を覚ました。






「…………?ここは…?」






濡れた顔と髪やら服を小さい手のひらで拭いながら、少女は辺りをぼーっと見回した。


そして傍らにというか、見下ろしている少年2人を見て大げさに吃驚してしまった。






「うわっ!!!!」






それにジャンは異を唱えた。






「おいおいおい、命の恩人にそれはないんじゃないベイビー?」


「べ…ベイビー?あの…あなた達は…ここは…?あたし何でびしょ濡れで…」


「お前がどこの誰だか知らんが……ここは泣く子も黙る盗賊団〝ヒール〟の総本山の入り口だぜ」






それを聞くと、少女は愕然と…………しなかった。


言葉がどうやら分からないらしい。






「あ…あの、何て言ったんですか?その…」






一方盗賊2人は少女の言葉が分かるらしく






「何だぁこいつ?言葉が分かんねーみてーだぜ」






と言い放った。






「この言葉は松平和マツノヒラワだよな…何で分かんねーんだ?どこのもんだこいつ…マジで」


「え…え…?本当に何言ってるのこの人た…はっ!ここ外国!?


 イングリッシュプリーズ!!!英語なら少しは分かるわよ!!」


「…イングリッシュ?英語?何言ってんだマジで…」


「バーナッシュ語に似てるな…何だバーナッシュ人か。


 こんなとこで何やってんだ?そーいやどうやってここまで…」






とお互い平行線を辿るような会話がしばし続いた。


だがこの場をそのままにするわけにはいかない。


何故なら、ここは盗賊団のアジトだからだ。


右も左も分からない少女1人がこんなところにいたら何をされるか分かったものではない。


2人はしょうがない、とばかりに顔を洗うのを後回しにして、この少女の処遇を先決にすることにした。






「どうする相棒?」


「誰が相棒だ、お前の相棒はまだおねんねしてるだろう。ただの腐れ縁だ」


「堅いこと言うなって!な?」


「うるせえ」




「あ、あの…本当にここはどこで…あなた方は…」




「おら、お姫様がピーピー言い出したぜ!早いとこ片付けよう」


「同感だ。姫と言うわりには随分な顔をしているが…まあいいさ。お前の相棒起こして来いよ、さっさとな」


「そうか、2人より3人の方が断然効率がいいもんなぁ!」


「さっさとだと言ったが?」




ギロ、っとアザムはジャンを睨んだ。




「へ…へ~~~~い…………」






そう言ってくるりと背を向け入り口より大きな建物の中に入っていくジャンを見送ると、少女はジッとアザムを見つめてみた。






(言葉は全然分からないんだけど…何か目つき悪い人だなあ…。でも悪い感じはしない…これって…)






そんなことをぼんやり考えながらアザムのことをぽや~っと見ていると、例の相棒を連れてジャンが建物内から出てきた。


連れてこられた相棒は眠い目をこすりこすり少女を見つめたが、どうにも怖いとしか思えない風貌とオーラを醸し出していた。






「んだあ?…随分と頭のでけえ譲ちゃんだな…」




と、ジャンの相棒の少年。


それにジャンが答える。






「よう、さっきこいつをそこで見つけてよ、どうすっかなって今アザムとな」




「え?え?」




よく分かっていないという感じの炭のついた少女。






「とりあえず俺らのアジトは使えねーからルドさんとこにでも連れて行くか?」


「それはいいアイディアだ!……と言いたいところだが、それは駄目だ。通路を通らねえといけねえ、没だ」


「駄目か…」


「なら分からないようにすればいいんじゃねえか?大体俺らに歯向かう奴がいんのかよこの時間に」




後から来たジャンの相棒の少年の一言に、全員納得した。


彼らは盗賊団に付け加え、そこの各幹部だったのだ。


こんな早朝に動く輩はそうそういないし、それはなかなかの妙案であった。






「変装・だな」






この一言で少女はあっという間に顔のよく分からない、ボディラインもよく分からない格好にさせられた。


まさに計算どおりである。






「よっしゃ!じゃあ他の奴らが来る前に…………」






そう言ったか言わないかのところで、上から声がした。






「何やってんの?そんなとこで」






どうやら計画通りにはいかなそうである。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




突然の声の来訪にその場にいた全員がそちらに釘付けになると、少年はスタッと木の上から着地した。


大人でも躊躇する高さのそこから落ちてきたのは、少女と同い年くらいの風貌をした少年だった。


ダンテ=シュバイカー、彼もまたこの盗賊団の一味である。






「ねえね、何やってんの?俺も混ぜてよ」


「ダンテかよ、脅かすなっつんだよ!」


「………相変わらず早いな。別にダンテなら問題ないんじゃないか?」




アザムの言で結局この作戦に参加するのは少女も入れて計5人になった。


早速さっき言っていたことを話すと、なるほどとダンテも了承してようやっとヒールの建物内部に入ることになった。


建物と言っても、程よい洞窟があったのでそこを利用した建て方をした妙な形の建物で、内部は薄暗くなっている。


寝床にする以外は中でトランプ遊びをしたりするくらいで別段広いわけでもなく、団員が各個人の寝床と団長のちょっと広い寝床、応接室があるくらいである。


ちなみにトイレは外にある。




暗い通路を歩いていくと、う~~~んとかガーガーなどと言ったいびきが聞こえてくる。


起きている少数の輩はこちらをじーっと興味深そうに見ている。


が、どうやら襲ってくる気配はなさそうだ。


たまに馬鹿な輩が幹部である彼らに喧嘩をふっかけたりするのだ。




どうやら変装でうまくいったらしく、案外すんなりと内部に少女を運びこめた。






「どうなるかと思ったけど、案外大丈夫だったね」




とダンテ。






「……ああ、数の暴力になるからな」




とアザム。




「数の暴力?」




とダンテが返す。




「ぎゃはは、違ぇねぇ!」




とジャン。




「数の暴力ってのはだなあ、多勢に無勢のことを言って、1人に対して3人とか4人とか、つまりリンチになるってことだ」


「リンチか…それじゃあ近づけねぇな。俺も一応役にたったんだな」


「ま、そーいうこと!あれ?ちょっとお前…大丈夫?震えてね?」






ジャンがそう言った視線の先には、例の少女。


震えている。


当然と言えば当然だろう。


通じはするがこちらは分からない言語を喋られるし、怪しげなところに連れていかれるし、その小さな肩はぶるぶると震えていた。






「おいおい大丈夫かよー…」




とジャン。




「どうした?」




とジャンの相棒の少年。




「何か震えてて…怖いんじゃね?まあ言葉もわかんねーしこんなとこにいるしなー…」






とジャンが理解を示した。






「そっか、怖いか。でももう大丈夫だぜでんびの嬢ちゃん、俺らがいれば何も起きねえからよぉ」






そう言ってジャンの相棒のフェイン=ミドラッドが少女の肩に手をおいてあやす。


が、雰囲気も顔も怖いらしく今度は涙目になってしまった。






「うっ!」


「ぎゃはは!フェイちゃん!泣かせちゃ駄目よぉ~~~!!!!」


「う、うっせー!」






そう言ってからかわれてるのを見ると、少女は少し安心した。






(何だ、何か仲良さそう…涙ためるとか、失礼なことしちゃった)






そんなことを思いながらからかわれているフェインを見ていると、ふと肩をとんとんと叩かれた。


振り向くとダンテがそこにい、人差し指で頬をむにゅっとされるという典型的な罠にひっかかってしまった。






「ねえお前、名前なんてーの?俺ダンテ!よろしく、入団すんの?」






突然のことに少女はとまどいながらも、とりあえず分かりもしないが自己紹介してみることにしたようだ。






「え…え?自己紹介したんだよね、今?」


「そーだよ」


「あっと、あたし花畠 華留美。よろしく…ね?あなたは?」


「だーからダンテだっつーの!!!!」


「だ、ダンテ…君?よろしく…」


「おーいみんなぁ、一応名前分かったぞー!カルミだ、カルミん!!!!」






カルミと言おうとしたのが最後うまくいかなくてカルミんになってしまったのが、逆にそっちの方を受け入れられたらしく






「カルミん、カルミんか。よろしくなカルミん!」






とジャンとフェインに受け入れられた。


アザムは反応を見せないが、彼にも受け入れられたらしい。




そんなことをしているうちに、一行は一番奥へと無事辿り着くことが出来た。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




着いた途端目に飛び込んできたのは、明々と燈された明かりや、岩の割れ目から落ちてきた陽光にうつしだされた色とりどりの美しい布の数々だった。


それに隠れる、貴族が使うような形の整ったソファ。


華留美は一目でその安息の場が気に入った。






「わぁああ、ここ、凄いっ!!!!」




「っだろ~~~?ここはなんたって世界中に名を轟かす大盗賊団ヒールを統べる、ルド・ヒール=ラナーバ様の部屋なんだからよ~~~!!!!」






華留美の反応に、ジャンはいたくご機嫌だ。


どうやらジャンはその団長とやらをいたく気に入っているらしい。


幹部ともなれば、自分の上司が褒められれば嬉しいものなのだろうか?


もっとも、褒められたのはその上司の使用しているくつろぎの場なのだが。






「ジャン、そいつに通じてないぞ」






と、悦に入ったジャンを傍らのフェインが止める。






「はっ!あ、そうか。…めんどくせぇな!」






とジャンが言い放つ。


えっ、えっ、と、またしてもオロオロと状況を読めずにいる華留美。


だがとりあえず、この場にいて良いとは理解出来たらしい。






「………座っていいの?」






笑みを湛えた口元がそう紡ぎ出した。


え、と一同彼女が理解出来たことに一瞬戸惑うが、何のことはない、ただ目で見て思ったことを口に出しただけだと悟ると、「ああ」とだけ相槌を打ち、一同その場しのぎの洒落のつもりで各々の手で彼女を仰々しくソファへと導いたが、それがどうやら彼女の〝乙女回路〟を刺激したらしく、たたっとソファに駆け寄りもふっと座ると、それと同時に足を軽くばたつかせながら、その屈託の無い満面の笑みを彼らに存分に見せつけた。


その笑顔は、瞬く間に殺伐としたその薄暗い盗賊団のアジトに、安心感という名の“花”をもたらした。


その場に居合わせた全員の心に温かい灯がともり、


殺気で強張ったその顔には、自然と笑みが浮かんでいた。






「ふわふわしてる…まるでお姫様になったみたい!!!!えへへ」




「…はっ、顔に炭がついたお姫様か…悪くねぇ」






アザムが呟いた。






「どーせならさー、お姫様ならお姫様らしい格好さしてみたらー?」






ダンテも口を挟む。






「それだ!!!!!」






とジャン。


その顔には、興味MAXといった感じの満面の笑みが浮かんでいた。


まるで新しい玩具を与えられた子供のような笑顔だ。






「………ジャンが楽しそうだ」






とフェインがジャンを見つつ呟く。






「なんつーか、流石…だよね…あの少女趣味」






ダンテの言葉に一同が躊躇もなく頷いた。


ジャンは人を、特にああいう女の子女の子している子供で遊ぶのが好きだ。


まるでお人形遊びをするみたいに扱うので、人にいじられるのが嫌いなやつにはたまったものではない。


が、幸い華留美はいじられるのが好きなので逆に好都合だった。




ジャンは早速着せ替えをしたいと言い出すと、部下のくの一を起こして、


今まで盗んだ女ものの服を持ってこさせた。


そしてその中から色は地味めだが形の可愛らしいものを選び、早速着替えさせることにした。






「え…なあに?これに着替えるの?」






そう華留美が尋ねると、ジャンはイエスと答えた。


ようやっと会話が成り立ったと華留美は喜ぶと、早速それに着替えはじめた。


着替えてみるとそれは、モンゴルの遊牧の民が着そうな服装で、どことなくアザムの服装にも似ていた。






「えっと…可愛い…かな?」






その問いに一同可愛いと言ってくれたのに(感覚で理解している)アザム1人だけは強面のままこちらをじーっと見ている。


趣味に合わなかったのか…そう思うと少し悲しかったが、みんなが優しくしてくれるのでその素振りを見せないようにした。


彼はどうしたら笑ってくれるんだろう、と思いながら。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「さあ、次はこいつだ!あ、それは今日着てまわるやつな」




「え、えーと……?」






そんな風にはしゃいでる2人を冷めた目で見ていたダンテは、ふと何かを思い立ち席を外そうとした。


が、それをアザムが止める。






「何だ、どうした?」




「別に……何だっていーじゃん。ここまで護衛すればそれでいーんでしょ?俺、ちょっと野暮用あるから」




「……そうか。じゃあ俺も外させてもらおうかな…あいつらにはフェインがついていればいいだろ」






自分の名前が聞こえた瞬間、フェインはピクッと反応してそちらに振り向いた。






「なんだ?俺に押し付けるつもりかてめえら」




「後はお願いね」




「後は頼んだ」






そう言って2人は揃って、来た道を帰って行った。






「ダンテは兎も角、アザムの野郎が気に入らねえ」






そうボソっと呟くと、フェインはまたはしゃぐ2人を見守った。








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「ねえアザム」




「あん?」




「ルドさんはまだ戻らないのかな」






浮かない顔でダンテが呟く。


だがそれをあまり気にも止めない様子で冷然とアザムが返す。






「さあな……でもまだ出かけてから一ヶ月くらいしか経ってないだろう」




「そうだけど……」




「心配なのか?」




「……そりゃあ心配だよ!だって、一ヶ月もヒールをほっぽって……アザムは何があるか知ってるの?」






何の話をしているのだろうか。


2人はどうも込んだ話をしている。


どうやら盗賊団ヒールは思わぬ事態に陥っているらしい。






「……知らないわけじゃねえが、それが団長の思惑だったらどうする?」




「そんな筈は……」




「ジョーも姿を見せやがらねえな……」




「うん……」






2人はジョーと言う名が話題に上がると、途端に緊張の面持ちに変わった。






「……団長の留守を守るのは幹部の仕事だからな」




「そうだよ!何とかしてよ、アザム!!!!」






その言に、アザムはしょうがないという様子で答えた。






「……ジョーの件だけだぞ。ただしお前も協力しろ」




「え……わ、分かったよ……」




「よし。じゃあ俺は食い物調達してくるからよ…」






そう言うとアザムはさっと木の上に飛び乗り姿を消した。






「…はぁ、ルドさん…」






恋焦がれる乙女のようにダンテはそう呟くと、さっきのやり取りを脳裏に思い出していた。






(…ちょっと珍しいからってちやほやされちゃってさ…)






ダンテの顔はしかめっ面に変わっていた。


ちやほやされる華留美が気に入らないのだ。






(ジャンもジャンだよ…何だよあの変な趣味。てきとーに言っただけなのに本気にしてさ…馬鹿みたい。ガキっぽいよ…着せ替えなんて!)






そう思いを馳せるとダンテは急に走り出した。






はっ…はっ…はっ…はっ…






息を切らせて獣道を全速で走った。


何かを振り切るように走り続けると、いつもの狩場である野っ原に行きついた。


急ぎ足を止め草むらに身を低くし構えると、狙い通りそこには小動物が数匹蠢いていた。




兎だ。




呼吸を整えいつも持ち歩いている弓矢を構え矢をきりきりと引きつけると、ビュッと矢を射た。


途端、きいっ!と小さく声がしたかと思うとその場に一匹の兎が見事矢に倒れていた。


ダンテは息を整えつつ近づくと耳を持ち上げもと来た道を歩き出した。


まだ日は昇ったばかり。


疲れて眠っている奴らなんてごまんといる。


堂々と総本山の入り口で食えると判断したダンテは、もと来た道をまた走り出した。
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