出向先は恋の温泉地

ラムライ

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第29話:課長と出張-4(七月)

「どう?鈴木君の背広は?」

「…やはり駄目ですね、汗臭くなってます…」

「私のも…流石に一日でクリーニングは無理ね。何とかしないと…」

ビジネスホテルの僕の部屋で荷物整理したところ、佐々木課長が確認しに来た。商談の服装をどうするか…。

「…!鈴木君?貴方リクルートスーツ持ってたの?」

困り果てた時、課長は部屋の片隅にあるリクルートスーツを見つけて驚いた。仕事着は制服しか支給してなかったからだ。

「はい。これ、高橋さんからお下がりで譲ってもらいました。体格は同じだし、営業で使うかもしれないからって」

「…よし。鈴木君、悪いけど明日の商談で貴方のスーツとヒールを使わせて」

「え?!僕のをですか?」

課長の体格は僕や高橋さんより若干小さめで着てみると確かに余裕はあったが、見事フィットしていた。

「どう?悪くないでしょ?、足は靴の中で少し泳いちゃってるけど、何とかいけそうよ」

「ピッタリですね!しかし課長、僕の服はどうすればいいのですか?」

「大丈夫、私に考えがあるわ」

課長はそう言うと、スマホの地図アプリで呉服店を見つけた。

「浴衣のレンタルよ!これを利用するしかないわ!」





出張二日目の昼過ぎ、地元協会の応接室で部長と数社の代表らが待っていた。部長は課長と同じ年齢層の男性だった。

「本日はお招き頂き、誠にありがとうございます。宜しくお願いします」

課長の後に続き、僕はレディース用の下駄をカランコロンと響かせながら会議室へ入室した。

「こちらこそ、遠い所からありがとうございます。宜しくお願いします。…しかし、そちらの方は?随分と可愛い服装で…」

「ご紹介が遅れました。イベント企画課の鈴木です。今回の灯籠祭りの立役者の一人でして、『灯籠踊り』の演出面でより祭りの雰囲気を感じていただきたく、本日はこの姿で同席させていただきました。」

浴衣は紫陽花と思わせる水玉模様だが、よく見ると雨粒が花火のように表現していた。髪の毛はウィッグを使うと纏めるのが大変なので、地毛を耳かけしていつものカチューシャで留めた。

「いやはや、非常にユニークな試みですが、とてもお綺麗です!たまにはいいですね!」

こうして商談が始まった。緊張の面持ちをした出席者が数名いたが、僕の浴衣姿で和やかな雰囲気となった。

「今回の灯籠踊りでは、伝統的な要素に加えて、お客様にも参加いただけるワークショップを企画しております。例えば、当日ホテルで浴衣レンタルを行い、簡単な踊りのレクチャーを受けていただき、共に祭りを作り上げる体験を提供することで、より深い思い出として持ち帰っていただけるかと…」

「…つきましては、灯籠の制作費用はこれくらいで…」

灯籠、呉服、イベント機材、郷土料理等それぞれの企業から見積書を提示される。

「なるほど。大変素晴らしいご提案です。ただ、弊社のホテルでの年間イベント予算を鑑みますと、もう少し工夫が必要かもしれません。もし、皆様がこれまでにご協力された他のイベントで、費用対効果が高かった事例などございましたら、ご教示いただけますでしょうか?」

商談中、課長はひたすら数社と同時並行で執り行った。僕は必要そうなメモ書き、画像などをその都度提示したりとサポートに徹した。

「…そして、プロモーションについては…」
(僕と高橋あやかと小林由佳が制作中のプロモーションビデオのイメージ画像をタブレットで提示)

「なるほど。鈴木さん達が今進めている映像も、非常に効果的だと考えております。」

「この『お客様参加型灯籠踊り』のアイデアは、鈴木君達の発案なのですが、きっと多くのお客様に喜んでいただけるでしょう。」

こうして商談は順調に行き、僕らは安堵の表情で綺麗な夕日を迎えた。
折角なので途中下車して海床路がある公園内を散歩した。そこは夕方になると満潮で舗装路が海に浸かり、街灯の電柱だけが立ち並ぶ不思議な景色となる。

「ふぅ…無事に決まってよかったわね、これも貴方のおかげよ。浴衣も悪くないわね、鈴木くん。いや、鈴木さん。なかなかよく似合っているじゃない」

「いえ、課長の交渉術があってこそです。僕も、とても勉強になりました」

「それと…昨日もありがとう」

少しずつ、課長の歩く速度がゆっくりになって僕に近づいて手を握り、見つめだした。

「はい?何がです?」

僕はドキっとしたが課長の聞いてほしい気持ちを感じ、課長を見つめ返した。

「貴方のおかげで、昔の自分に戻れた気がしたわ。昔は、大学の時も勉強で今もひたすら仕事の毎日で男と付き合う暇なんて…微塵もなかった。そのせいで、もう30代…」

「いえ、課長はまだまだ若いですよ!バッティングとか豪快だったし」

あの時の課長は、確かにその辺の若い人を上回る動きと活気があった。

「もし、貴方が…私と付き合っても良いのよ?なんて言ったら、どうするかしら…なんてね」

手を繋いだまま課長は止まり、僕も合わせて止まった。課長はハイヒールで僕は下駄。課長と目線は一緒で、少しずつローズの口紅を宿した唇が近づいてきた。

課長のうっとりとした表情は初めて見た。だけど、俺には…。

「課長、ありがとうございます。でも…僕には、高橋さんがいるので」

彼女の顔が脳裏をよぎり、僕は課長の唇を親指で抑え、つい課長の口紅を乱してしまったが、はっきりと純粋に答えた。

「そっか…高橋さんとね…」

課長は少し寂しそうな色が宿り、遠くを眺めていたら、すぐにいつもの課長の力強い表情に戻った。この海風や海床路の景色のおかげかもしれない。

「…そうね。貴方の隣には、いつも彼女がいたものね。…大丈夫よ、鈴木君。私も、自分の恋人を見つけるわ。貴方のおかげで、そういう気分になってきたもの」 

「応援してます!」

「けど鈴木君、女性の唇を汚すのはいかがなものかしら?」

課長の上下の唇を擦り合わせて何とか直そうとしながら、意地悪そうに睨みついてきた。

「あ、すみません…」

「けど、今日はよく頑張ったから、二人で少し、打ち上げでもしない?」

この後、二人で居酒屋で飲んで、次の日にはいつもの課長で姿となり僕らは会社へ戻った。上司と部下の繋がりが深まったのは初めてで、東京へ戻るのが考えられなくなった。
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