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リシュタット伯爵家令嬢キャロル・リシュタットとライテール伯爵家の次男であるエメリー・ライテールの婚姻式は恙なく終わった。
この婚姻により、両領地の間にあるカイエン領はエメリー・カイエン子爵となったカイエン子爵夫妻が治めることとなったのである。
**************
「君を愛することはできない」
初夜の床を挟んで向き合った夫、エメリーの口から出たのは、そんな言葉でした。
拳を握りしめ、耐えきれないというかのように、わたくしから目を逸らし俯く夫は、まるで悲劇のヒーローのようです。
ヒーローのようというか、本人はそのつもりなのでしょう。
「どういうことでしょうか?」
冷めた目で見つめるわたくしの視線には、全く気が付かないようで、わたくしではない誰かを思い描いたのでしょう、僅かに頬を上気させています。
「私には心から愛する人がいるんだ。愛らしくて、可憐で、心の優しい愛する人だ。
彼女といると心が休まるし、いつでも私を労ってくれる、愛らしい女性なんだ。
それは君じゃない!」
いや、それはそうでしょう。
この流れでわたくしを愛してるというのであれば、 頭がおかしいとしか言いようがない。
いえ、頭がおかしいから初夜のこの時、こんなことを言い出したのでしょう。
政略結婚だからと言って、手紙と贈り物だけで直接交流してこなかったことを今更ながら後悔しました。
知ってたら…いえ、今更ですね。
「それで?」
「……それでとは?」
「いえ。ですから、愛する方がいるからなんだというのですか?」
なんで驚いた顔をしているのでしょうか?
この婚姻が、リシュタット家とライテール家が長年抱えてきた領土問題を解決するために王命で結ばれたことは、ご存知のはずですよね?
将来わたくしと夫の間にできた子どもが、カイエン子爵領を相続するということが両家の取り決めです。
「君は愛というのがわからないのか?」
急に夫が激昂して、愛について語り始めます。
いかに彼女が愛らしいか。
いかに彼女が可憐か。
いかに彼女を愛しているのか。
「僕はメリンダだけを愛すると誓ったんだ。だから、僕はメリンダを裏切るようなことはできないんだ。」
「愛する方がいるのは構いませんが、わたくし達の婚姻に子どもは必要ですので、初夜は行いますよ。」
「なんだと?!君は愛してない男に抱かれるというのか?」
……………乙女か?
いえ、わたくしだって愛する方に抱かれたいですわ。でも、貴族は家のため、領地のために生かされているのです。
たとえ初夜に愛人がいると言われても、義務を放棄するわけには参りません。
「なんてふしだらな女なんだ!愛してもいない男にだ、抱かれるつもりだなんて!!!」
このスカポンタンは本気なのでしょうか?
夫婦でするのがふしだらって…
僕のメリンダは違うとかなんとか喚いているけど、まさか童貞?
いえ、わたくしも処女ですよ。
一応閨の教育は受けておりますけどね。
仕方がないですね。
「エメリー様。こちらへお座り下さいな。」
ため息を吐きたくなるのを我慢しながら、わたくしがベットの上に正座をしたので、仕方無しに夫もわたくしの前に正座いたします。
「エメリー様は初めてでございますの?」
「な、な、な、なんで!そんなこ、事!!」
単刀直入に聞くと、顔を真っ赤にしてしまいましたわ。
この方、茶色の髪に緑色の眼でおだやかそうな整ったお顔をされていて、今日お会いしたお友達もなかなか遊んでいそうな方達でしたのに、初心なのですのね?
「わたくしも初めてでございます。」
「うん?まあ、しゅ、淑女は純潔が当たり前だからな。うん。」
「ですのでお互いに準備をいたしましょう。」
「うん?準備?」
わたくしはベットサイドのテーブルに置いた箱の中から、小さな瓶を取り出します。
これはお母様が、痛みを軽減するからいざという時に使いなさいと、持たせてくれたローションです。
「ひいっ!!」
ひいって何?
ベットの上で膝立ちになり、自分の下着の紐を解くと夫は悲鳴を上げた。
なんでわたくし、こんなに怯えられているの?
まるで初夜に震える新妻のように初々しい反応の夫を少し上から見下ろす。
膝立ちのままジリジリ近づくと、同じように夫はジリジリと後ろに下がる。
婚姻式では、眉間にシワを寄せたまま、唸るような声で宣誓した夫。
お披露目の宴では一言も喋らず、わたくしと視線すら合わせなかった夫。
先程までわたくしを見下すように「愛することはない」と宣言した夫。
その夫がまるで追い詰められた獲物のように、怯える目でわたくしを見上げている。
それを見下ろし、わたくしの心は……
ドン引きした。
残念ながらわたくしには、男性を追い詰めて興奮を覚える性癖はなかったようです。
この婚姻により、両領地の間にあるカイエン領はエメリー・カイエン子爵となったカイエン子爵夫妻が治めることとなったのである。
**************
「君を愛することはできない」
初夜の床を挟んで向き合った夫、エメリーの口から出たのは、そんな言葉でした。
拳を握りしめ、耐えきれないというかのように、わたくしから目を逸らし俯く夫は、まるで悲劇のヒーローのようです。
ヒーローのようというか、本人はそのつもりなのでしょう。
「どういうことでしょうか?」
冷めた目で見つめるわたくしの視線には、全く気が付かないようで、わたくしではない誰かを思い描いたのでしょう、僅かに頬を上気させています。
「私には心から愛する人がいるんだ。愛らしくて、可憐で、心の優しい愛する人だ。
彼女といると心が休まるし、いつでも私を労ってくれる、愛らしい女性なんだ。
それは君じゃない!」
いや、それはそうでしょう。
この流れでわたくしを愛してるというのであれば、 頭がおかしいとしか言いようがない。
いえ、頭がおかしいから初夜のこの時、こんなことを言い出したのでしょう。
政略結婚だからと言って、手紙と贈り物だけで直接交流してこなかったことを今更ながら後悔しました。
知ってたら…いえ、今更ですね。
「それで?」
「……それでとは?」
「いえ。ですから、愛する方がいるからなんだというのですか?」
なんで驚いた顔をしているのでしょうか?
この婚姻が、リシュタット家とライテール家が長年抱えてきた領土問題を解決するために王命で結ばれたことは、ご存知のはずですよね?
将来わたくしと夫の間にできた子どもが、カイエン子爵領を相続するということが両家の取り決めです。
「君は愛というのがわからないのか?」
急に夫が激昂して、愛について語り始めます。
いかに彼女が愛らしいか。
いかに彼女が可憐か。
いかに彼女を愛しているのか。
「僕はメリンダだけを愛すると誓ったんだ。だから、僕はメリンダを裏切るようなことはできないんだ。」
「愛する方がいるのは構いませんが、わたくし達の婚姻に子どもは必要ですので、初夜は行いますよ。」
「なんだと?!君は愛してない男に抱かれるというのか?」
……………乙女か?
いえ、わたくしだって愛する方に抱かれたいですわ。でも、貴族は家のため、領地のために生かされているのです。
たとえ初夜に愛人がいると言われても、義務を放棄するわけには参りません。
「なんてふしだらな女なんだ!愛してもいない男にだ、抱かれるつもりだなんて!!!」
このスカポンタンは本気なのでしょうか?
夫婦でするのがふしだらって…
僕のメリンダは違うとかなんとか喚いているけど、まさか童貞?
いえ、わたくしも処女ですよ。
一応閨の教育は受けておりますけどね。
仕方がないですね。
「エメリー様。こちらへお座り下さいな。」
ため息を吐きたくなるのを我慢しながら、わたくしがベットの上に正座をしたので、仕方無しに夫もわたくしの前に正座いたします。
「エメリー様は初めてでございますの?」
「な、な、な、なんで!そんなこ、事!!」
単刀直入に聞くと、顔を真っ赤にしてしまいましたわ。
この方、茶色の髪に緑色の眼でおだやかそうな整ったお顔をされていて、今日お会いしたお友達もなかなか遊んでいそうな方達でしたのに、初心なのですのね?
「わたくしも初めてでございます。」
「うん?まあ、しゅ、淑女は純潔が当たり前だからな。うん。」
「ですのでお互いに準備をいたしましょう。」
「うん?準備?」
わたくしはベットサイドのテーブルに置いた箱の中から、小さな瓶を取り出します。
これはお母様が、痛みを軽減するからいざという時に使いなさいと、持たせてくれたローションです。
「ひいっ!!」
ひいって何?
ベットの上で膝立ちになり、自分の下着の紐を解くと夫は悲鳴を上げた。
なんでわたくし、こんなに怯えられているの?
まるで初夜に震える新妻のように初々しい反応の夫を少し上から見下ろす。
膝立ちのままジリジリ近づくと、同じように夫はジリジリと後ろに下がる。
婚姻式では、眉間にシワを寄せたまま、唸るような声で宣誓した夫。
お披露目の宴では一言も喋らず、わたくしと視線すら合わせなかった夫。
先程までわたくしを見下すように「愛することはない」と宣言した夫。
その夫がまるで追い詰められた獲物のように、怯える目でわたくしを見上げている。
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