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第1話 Sランクの危険人物
しおりを挟む「皆さん静粛に。これより判決を言い渡す」
ここは大陸の中央に位置するアガントス王国の首都にある法廷。
そこで俺は横じま模様の囚人服を身に付け、両手を後ろに縛られた状態で立ち、裁判長が判決を下すのをただ静かに待っていた。
判決前に囚人服を着せられているのは明らかにおかしな話だが、今法廷内にいる傍聴者たちは誰ひとり疑問すら抱いていない。
俺に有罪判決が下ることを誰もが確信しているからだ。
傍聴者の興味は俺にどんな刑罰が与えられるかの一点に絞られている。
俺の両脇には槍を手にした屈強な兵士が控えている。
この場から脱走することなど不可能な状況だ。
法廷内が静寂に包まれたのを見計らって裁判長はおもむろに口を開いた。
「被告人ルシフェルト・アンゴルモア・エバートンをSランクの危険人物と認定し、国外追放とする」
「え……?」
「ルシフェルトが国外追放だって?」
俺に下された判決に対して傍聴席がざわつくが、裁判長は気にしないふりをして判決理由を続けた。
「【破壊の後の創造】などという神をも恐れぬ大それたスキルを所持して民衆を恐怖に陥れ惑わした罪は許し難いが、現時点ではまだそのスキルによる被害が確認されていない。よって被害が出る前に国外への追放が妥当だと結論する」
「どういう事だよ、納得できねえよ!」
傍聴席のざわつきはやがて怒号へと変わっていった。
それは傍聴者たちが判決に納得していないからに他ならない。
「生ぬるい! こいつは死刑にするべきだ! いや、今この場で殺してしまった方が早い!」
「この男を生かしておいたら近い将来世界に災いを招く事になるぞ!」
「裁判長! あんたエバートン侯爵家からいくら貰ったんだ?」
「ぐぬ……静粛に! 静粛に! 既に判決は下った。変更はない!」
判決が言い渡される直前とは打って変わり、どれだけ裁判長が呼びかけても傍聴者の声は収まらなかった。
今この場にいるほぼ全ての人間が俺を死刑にするべきだと考えている。
それに傍聴者が言うように俺の父であるエバートン侯爵が俺の助命の為に裁判官に大金を積んだのも事実だろう。
当然この裁判を傍聴している者たちもそれを察しており、彼らの怒りに拍車をかけた。
裁判長がどれだけ木製のハンマーを叩きながら「静粛に」の言葉を繰り返しても鎮まるはずはなかった。
しかし父上が俺の助命の為に根回しをしたのは決して息子である俺を愛しているからではない。
身内から死刑囚を出したとあれば建国以来の功臣の一族として現在まで続くエバートン侯爵家の歴史に永遠に消える事のない汚点を残す事になるからだ。
国外追放で済むのならまだましだと考えたのだろう。
仮にも実の父の事を悪く言うのは気が引けるがあの人はそういう人間だ。
エバートン侯爵家の嫡男である俺が裁判に掛けられているというのに、父上どころか身内の人間がひとりもこの場に姿を現さないのはこの展開を予想していたからだ。
理由はどうであれ俺は一命を取り留めた。
かくなる上はどこか遠い国で静かに暮らすとしようか。
あるいは冒険者にでもなってこの広い世界を見て回ろうか。
幸い俺は対象を破壊する所謂黒魔法が得意だ。
どこかのパーティーが拾ってくれるのかもしれない。
「さっさと首でも括って死ねよ悪魔の子め!」
「お前は生まれてきた事自体が罪なんだよ!」
そんな事を考えている間も傍聴席からは俺に向けて聞くに堪えない罵声が途切れることなく飛んでくる。
大半がまるで面識すら無い者たちだが、中には社交場で何度か顔を合わせ話に花を咲かせたことがある者もいる。
だが今や彼らは過去の親交などまるで忘れてしまったかのように皆一丸となって俺に対し憎悪の感情を剥き出しにしてぶつけてくる。
とても辛い。
何という理不尽な話なのだろう。
俺がお前達にいったい何をしたというんだ。
俺は今までお前たちに危害を加えた事なんて一度もないはずなのに。
俺が王国の危険人物として裁判に掛けられているのは、俺の持っているユニークスキル【破壊の後の創造】の名前が禍々しいというたった一つの馬鹿馬鹿しい理由によるものだ。
そもそも俺はこのスキルを自分の意思で手に入れた訳でもなく、そのスキル効果も碌に把握していない。
当然実際にスキルを使用した事は一度だってない。
俺が黒魔法を得意としている事もこの国の人間が俺を危険人物と見做す世論を後押しした。
このアガントス王国では破壊を生み出す黒魔法は邪悪なもの、魔道として忌み嫌われているからだ。
俺は黒魔法の練習などした事もなかったけど、生まれ持っての才能があったのかいつの頃からか自然と黒魔法を使いこなせるようになっていた。
「それでは本日は閉廷とする! 解散!」
このまま暴動に発展する事を恐れた裁判長は早々に裁判を切り上げ、兵士達に守られながらそそくさと法廷を後にした。
「ちっ、裁判長の野郎逃げやがった!」
「おいルシフェルト! 二度とこの国に戻ってくるんじゃねえぞ!」
「一歩でもこの国に足を踏み入れてみろ。ぶっ殺してやるからな!」
傍聴席からの罵声は俺が法廷を後にするまで絶え間なく続いていた。
俺はそのまま兵士たちに引っ張られて裏口から外に連れ出された。
そこで俺を出迎えたのは物々しい鉄格子がついた檻を乗せた護送の馬車だ。
この周到な準備も裁判が出来レースだった事の証左となる。
「ほらさっさと乗れ」
俺は兵士たちに槍を突き付けられ無理やり馬車の中に押し込まれた。
「さあ出発だ」
兵士長の指示で御者は馬車を出す。
どうやら俺は家族や親しき者たちに別れの挨拶をする事も許されずにこのまま国外へ追い出されるようだ。
いや、幼い頃から俺を出来そこないだと見下していた父上や弟の嫌な顔を見なくて済むのは逆に有り難い事か。
そんなことよりも長年慣れ親しんできた美しいこの街の景色がこれで見納めになってしまう事の方が俺にとっては重大な問題だ。
せめて最後にこの景色を瞳に焼き付けておこう。
俺は無言のまま鉄格子越しに街を眺めていた。
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