9 / 20
第9話 意外と有能かも
しおりを挟む王国内で乗馬クラブを作る為には王様を説得しなければいけない。
でも考えたら実際に乗馬をルトリア体験した殿下ならともかく、碌に馬の事を知らない王様に話が伝わるだろうか。
せめて乗馬の楽しさを視覚的に伝えられるパンフレットなどの資料でも作っておけば話がしやすかったんだけど、私はそんな準備をする暇もなくルトリア殿下に無理やり王様の前に連れてこられてしまった。
プレゼンは最初の印象が肝心だ。
どうやって切り出そうかと考えていた矢先にルトリア殿下が口を開いた。
「父上、私は乗馬の為の施設をこの王宮内に作る事を考えています」
「ふむ、それはどのような物だ」
ルトリア殿下は私が説明した乗馬クラブ設立の案を自分なりに噛み砕いて王様に説明をする。
私の説明だけで実際の乗馬クラブの様子を見た事はないはずだが、ルトリア殿下はまるで自分が実際に乗馬クラブを体験したかのように違和感なく説明をしている。
普段の天然な王子様の姿とは全く違う。
これが本来のルトリア殿下の姿なのだろうか。
私は思わず感心して見惚れてしまった。
「なるほど。だがそれだけ大掛かりな施設を運用するにはかなりの人員と資金が必要だろう。国営は遊びではない。それなりの成果は得られるのだろうな」
「はい、私もまだ乗馬については素人ですが、我々が馬を乗りこなせることができるようになれば王国にとっても大きなメリットがあります」
むむむ?
私は乗馬の楽しさを如何に伝えるのかしか考えていなかったけど、さすがそこは為政者だ。
私が全く想定していなかった話に持っていったよ。
「まず、馬という生き物は我々人間よりも遥かに速く走ることができます。馬を移動の手段として活用すれば遠く離れた場所へも今よりも短い時間で行けるようになります。私は斥候や伝令などにも馬術を会得させる事を考えています」
「ふむ。それはいい考えだな」
「また、馬は人間よりも遥かにパワーがあります。馬を飼い慣らすことができれば、荷物の運搬など様々な事にも活用できるでしょう」
「ふうむ」
ルトリア殿下は馬の有用性についてひとつひとつ具体的な例を挙げて説明を続ける。
その度に王様はうんうんと頷く。
反応は良さそうだ。
このルトリア殿下という人物、顔がいいだけの天然王子かと思っていたらなかなかどうして知恵が回るのではないだろうか。
「──そして何より乗馬はそのものが楽しく、一般の市民にも娯楽として普及させられましょう」
ルトリア殿下は乗馬の楽しさで話を締めくくった。
王様はしばらく目を閉じて思考を巡らせた後に立ち上がって言った。
「乗馬か……。あいわかった! ルトリアよこの件はお前に一任する。好きなようにやってみよ」
「ありがとうございます」
「だがやるからには結果を出さねばならんぞ。分かっておるな?」
「はい、必ずやご期待に沿ってみせます」
私が口を出すまでもなくとんとん拍子に話が纏まってしまった。
これ私が同席する必要無かったんじゃ……?
「さあリナ嬢、これで父上の許可が下りた。早速詳しい打ち合わせをしよう」
ルトリア殿下は私の手を握り、場所の移動を促す。
「え? 今からですか? もう遅いので明日また改めてという事では駄目ですか?」
「善は急げだ。一分一秒でも惜しい」
「ええ……」
乗馬クラブの設立を急ぎたいルトリア殿下と今夜は早く眠りたい私の希望は決して相いれる事ができない。
どちらも譲れないまま口論が続く。
そんな私とルトリア殿下のやり取りを眺めていた王様は豪快に笑いながら言った。
「ははは、ルトリアよ、お前は聡明だがせっかちなのが玉に瑕だ。これ以上リナ嬢に負担をかけるでない。明日の夜にでも改めて話をするがいい」
「うぐ……これは失礼しました」
ルトリア殿下は私の手を離すと恥ずかしそうに頭をかいた。
「それではリナ嬢よ、ルトリアの事を宜しく頼むぞ」
「あっはい、お任せ下さい陛下。それでは私はこれで……」
王様に一礼をして寝室を出た私たちは日を改めて打ち合わせを行う約束を交わし、お互いの寝室へと別れていった。
◇◇◇◇
翌朝私は日が昇る前に目を覚ましそのまま中庭へと足を運んだ。
結局昨夜は乗馬クラブの話ばかりでルトリア殿下に馬の乗り方について教えられなかった。
まだ日が昇るまでには少し時間がある。
私が馬の姿に戻る前に伝えられる事を伝えておこう。
駈歩はまだ無理だと思うけど、軽速歩のやり方くらいなら伝えられるだろう。
やり方さえ分かれば後は実地訓練あるのみだ。
今の私には鞍も鐙も手綱もないけど落ちないように馬上でバランスを取っていれば多分なんとかなる。
ルトリア殿下は運動神経は人並み以上にあるみたいだしね。
私も大学の馬術部にいた頃は鐙を上げた状態で一時間単位で軽速歩の練習をさせられたものだ。
でも翌日は足が筋肉痛になったなあ。
私はノスタルジックな感情に浸りつつルトリア殿下を待った。
「……来ない」
しかしどれだけ待ってもルトリア殿下は現れない。
昨夜は遅かったからルトリア殿下はまだ眠っているのだろうか?
このままでは日が昇ってしまう。
仕方ない、軽速歩のレクチャーは夜にしようか。
そう考え始めた頃、中庭にボンドール氏が一人で現れた。
「ボンドールさんおはようございます。ルトリア殿下はまだお休みですか?」
「ええ、私もその件で参りました。実はルトリア殿下はベッドがら起き上がる事ができずにおりまして……」
「え? まさかご病気ですか?」
「いえ、ルトリア殿下は酷い筋肉痛で立てないご様子です。私の治療魔法では筋肉痛は治せないので……」
「ああ……そうでしたか」
私はポンと膝を叩いた。
乗馬は内腿や脹脛などの普段の生活ではほとんど使う事が無い筋肉を使うものだ。
初めて乗馬を楽しんだ人や、久々に乗馬をした人は大抵翌日以降にその部分の筋肉が悲鳴を上げる。
こればっかりは場数を踏んで筋肉に慣れてもらうしかない。
乗馬を楽しむための試練だと思って我慢してね王子様。
0
あなたにおすすめの小説
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる