17 / 20
第17話 宴
しおりを挟む馬たちは私の言いつけ通り間隔を広く空けて魔物の包囲網の周囲を走り回る。
そして時々包囲網に近付き、突入を試みるようなそぶりを見せる。
魔物達はその動きに釣られて包囲網から少数の集団が飛び出し迎撃態勢をとる。
馬たちは再び包囲網から離れるように走り出すと、一部の魔物達が追撃を始めた。
馬たちはわざと速度を落とし、魔物達がもう少しで追いつけると勘違いするように仕向ける。
自分達が誘い出されているとは思いもしない魔物達は追撃を続け、やがて魔物の包囲網は徐々に薄くなっていった。
宿場町セフィロの入り口付近が手薄になったのを確認した私は、そこを目掛けて全力で走り出す。
鞍上のルトリア殿下も私が走り出すタイミングを図っていた事を理解しており、急な発進にも振り落とされる事なく私の動きについてきてくれていた。
「ギョヘギョヘ!」
「ウガオオオオオオ!」
ワンテンポ遅れて私の動きに気付いた魔物達が突入を食い止めようと雄叫びをあげながら襲いかかってきた。
その中で魔物の指揮官の一匹と思われる一際大きなオークの棍棒が私目掛けて振り下ろされた。
「邪魔はさせん、道を開けて貰おう!」
しかしその棍棒は私の身体には届かない。
ルトリア殿下が剣を横向きに一閃すると、オークの肉体は棍棒ごと二つに分かれて地面に転がった。
「リナ嬢、火の粉は私が払い除ける。君は思うがままに走り続けてくれ」
私は一心不乱に入り口に向けて走り続ける。
ルトリア殿下は迫り来る魔物の群れを次々と斬り捨てていく。
有言実行、魔物の攻撃が私の身体に届く事は無かった。
◇◇◇◇
「クリフォート公爵、魔物達に動きが!」
「く、いよいよ総攻撃か。王都からの援軍は間に合わなかったか」
「いえ、それがどうも様子が変です。町を包囲している魔物達の陣形が乱れています」
「何だと? 一体何が起きている! 誰か遠眼鏡を持ってこい!」
クリフォート公爵は臣下から遠眼鏡を受け取ると魔物の群れを切り裂いてこちらに向かってくる人馬の姿が目に映った。
「あれはまさか……ルトリア殿下とリナ嬢ではないのか? おい、弓兵を入り口に回せ! 殿下たちを援護するのだ! それからお前は殿下達を中へ案内しろ!」
「はっ!」
公爵配下の兵士達はルトリア殿下に近付こうとする魔物に対して矢の雨を降らせる。
「ぎょへへー!」
魔物は私たちは近付く事ができなくなり、私たちは無事にセフィロに入る事ができた。
「クリフォート公爵、無事だったか」
「ルトリア殿下、それにリナ嬢もよくぞここまで。あの包囲網を単騎で突破されたのですか?」
「他の馬たちが魔物を撹乱してくれているおかげだ。それよりも父上自らが兵を率いこちらへ向かっている。明朝には到着するだろう。それまで何としてもここを守り抜くのだ」
「おお、剣王様が!」
「これで俺達は助かるぞ!」
援軍近しの報告を耳にした兵士達の歓声が宿場町に響き渡った。
「リナ嬢、後は我々の仕事だ。君は休んでいてくれ」
ルトリア殿下は私に労いの言葉を掛けた後に下馬し、クリフォート公爵と共に防衛についての軍議を始めた。
私も長時間走り続けたのでもうクタクタだ。
お言葉に甘えてゆっくりと休ませて貰おう。
でも戦況次第では力を貸すよ。
一方、包囲網の外ではまだ仲間の人馬がヒットアンドウェイ戦法で魔物達を撹乱させ続けていた。
そのおかげで魔物達は宿場町セフィロに本格的な攻撃を仕掛けられずにいたのである。
彼らは戦後にこの戦闘の勝利の立役者とされ国王陛下から直々に褒美が与えられた。
◇◇◇◇
翌朝ホラント陛下率いる王国の主力部隊がセフィロに到着した。
自ら陣頭で剣を振るいながら軍を指揮する陛下の姿は勇ましく、国民から剣王と呼ばれ敬れているのも納得だ。
魔物の群れが壊滅したのは援軍が到着してから僅か二時間程後の事だった。
その夜、勝利に沸くセフィロでは勝利の宴が開かれた。
馬たちもその輪の中に加わって町の人から与えられたニンジンやリンゴを美味しそうに食べている。
人の姿に戻った私は生徒たちと共に宴を楽しんでいた。
「メイトウダイオーもメガロライオンもジェントルマドンナもチョウウンスゴイも……皆さん本当にお疲れ様でした」
私は馬たちの首を愛撫して労う。
馬は本来争いとは無縁な穏やかな性格の生き物だ。
王都に帰ったらまた安らかな日々を送らせてあげるからね。
「俺はこの自慢の斧でオークを五匹仕留めたぞ」
「何の、私はこの弓でガーゴイルを十匹射落とした」
自分の席に戻ると周りの兵士達は皆手柄話で持ちきりだった。
しかし今回の戦闘でもっとも多く魔物を仕留めたのは間違いなく剣王と呼ばれているホラント陛下だ。
そしてそれに次ぐのがルトリア殿下である。
手柄話が落ち着くと自然とその二人の話題になる。
「それにしても単騎で魔物の群れの中に突入したルトリア殿下の勇ましさときたらどうだ。まるで若き日のホラント陛下を見ているようだった」
まったくだ。
あんな姿を見せられたら誰だって惚れてしまうでしょう。
私は兵士達の話にうんうんと頷きながら出されたワインを喉に流し込む。
「これでアルティスタン王国の未来も安泰だな」
「いやいや、まだルトリア殿下はお独りの身だ。早くお相手となる女性に世継ぎを生んでもわらねば」
「そういえばルトリア殿下にはそういった浮ついた噂話は聞かないな」
ルトリア殿下はここのところ馬一筋だからね。
多分現時点でルトリア殿下に一番親しい女性は私だと思っているけど、私が馬の姿でいる時と人間の姿でいる時とでは殿下のテンションが目に見えて違う。
悔しいけど人間の私の魅力は馬である自分自身のそれに完敗していると言わざるを得ない。
事実この宴の最中でもルトリア殿下は私と一緒ではない。
そこで私はふとルトリア殿下の事が気になって辺りを見回すが、どこにもその姿が見えない事に気が付いた。
「どこへ行ったのかしら?」
私は席を立ってルトリア殿下を探しまわると、路地裏に向かって歩いていくルトリア殿下の姿が見えた。
「あ、ルトリア殿下どちらへ……」
私は声を掛けかけて口を噤んだ。
ルトリア殿下の隣に一人の女性の姿が見えたからだ。
ルトリア殿下はその女性に向けて今まで私が見た事もないような嬉しそうな笑みを見せている。
いや、正確には馬の私に乗っている時には見せていたかも。
少なくとも私が人間の姿をしている時は見せた事が無いのは間違いない。
彼女がルトリア殿下にとってどれだけ特別な人なのかが窺い知れる。
「そっか、あんまり考えてなかったけど、王子様なんだから周りが知らないだけで婚約者くらいいるよね」
私は誰にも聞こえないような小さな声でぽつりと呟いた。
女神様も意地悪だ。
王子様との出会いを演出して貰っても既に婚約者がいたのなら最初から私にチャンスなんてないじゃないか。
それとも婚約者から王子様を奪い取らせるつもりだったのだろうか。
そんな事をしたらそれこそ私が悪役ポジションじゃないの。
でも王子様の意中の人ってどんな人なんだろう。
私は物陰に隠れながら様子を伺った。
宴の会場から離れた場所にある路地裏は薄暗く、その女性の顔の部分に丁度影がかかっていてはっきりと見る事ができない。
もう少し近付けば顔が分かるかもしれない。
でもあまり近付き過ぎると気付かれてしまう。
私はまるで不審者のように暗闇の中をウロウロしている。
もし警備兵にこの姿を見られたら即座に職務質問をされた事だろう。
その時、雲間から現れた月明かりに照らされて女性の顔がはっきりと浮かび上がってきた。
「え? どうして彼女が……」
私は絶句した。
決して見間違うはずもない顔。
ルトリア殿下の横にいたのは私に散々嫌がらせをした罰でクリフォート公爵によって王宮から追い出され、故郷に帰る途中のあのケテラだった。
確かにケテラはクリフォート公爵と一緒に行動をしているのだからこの宿場町に滞在しているのは当たり前だけど、一体どうして彼女がルトリア殿下と一緒にいるの?
0
あなたにおすすめの小説
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます
咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。
そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。
しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。
アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。
一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。
これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる