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第7話:イケボ天国Vol.6

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 次の週。
 こないだよりさらにさらによくなったサワーPの楽曲が届き、久しぶりに徹夜するくらい、俺の集中力も冴え渡った。
 例の店でまた会おうとなったけれども、お互いちょっと予定が合わず、いったんお流れ。
 しかし気持ちは逸って、二曲目、三曲目の詞をざっと書いて送り、ちょっと引かれるかなと思ったけど、「早いっす!」と言いつつ沢君はこのペースについてきた。
 これまでの楽曲公開のペースから言うと、二人とも、かなり駆け足だ。
 それでも、この気持ちの盛り上がりやノリ具合を逃すまいと、別のことをいろいろ横にうっちゃって、この生々しく鮮やかで官能的、しかし冷たくて残酷な植物たちに没頭した。
 ペースから考えて、相手もかなり没頭していなければ、無理。
 つまり、沢君も、こうして一日中、ちょっとしたツイートやアプリのゲームや誰かの楽曲へのコメントをする暇も惜しんで、やっているのだろう。

 ・・・しかし。
 サワーPのツイッターはわりとまめに、更新されていた。
 それまでよりも、多いくらい。
 しかも、風景写真のつぶやきとか、曲を頑張っているというような内容でもなく、別のボカロPの新譜の宣伝やら、歌い手(註:いろいろなボカロ曲をカラオケ的に歌って発表している歌のうまい人たち)へのアピールやら。
 ・・・まあ、何となく、面白くない。
 そのTLが流れてくるのが嫌で、ついに、俺はサワーPのフォローを外してしまった。
 ちょっと極端、なのか。
 のめり込みすぎなのか。
 それでもサワーPのボタニカルな楽曲の良さは何物にも代えがたく、むしろ自分のツイッター自体見るのもやめて、全部を曲に集中した。

 とりあえずは歌詞という話だったけど、それだけで物足りず、ボーカロイドの調声も申し出た。(註:歌詞に合わせて、ボーカロイドの声の強弱や長さなどを調節する作業のこと)
 ここは同じ歌詞、同じボーカロイドでもPによって個性が出るところだから、いかにも246Pにならないよう、このコンセプトアルバム用のミクの色で調声した。俺の鋭さは消して、サワーPの甘さにも寄せず、なるべく淡白に無色で。まさに植物のような静けさで、しかし、サワーPの出してくる気迫に合わせて、時に獰猛に。何度も何度も何度も聴いて、ビブラートの長さや強さを本当にわずかな差で調節する。
 データを送ると、すぐ「なんもありません」とメッセージが一言。
 つまり、言うべきことはない、いい出来だという意味だろう。
 ふううと大きく息をつき、翌日はバイトもなく、久しぶりに半日眠った。


* * *


 そしてまた、渋谷。
 ようやく都合が合って、また同じ店。
「ざっと、四曲目まで、きたね」
 沢君は眠そうに、顔をこすりながら言った。
「いやー、きたきた。うん」
「まったくね、なかなか」
「うんうん」
 やや食べ飽きてきたメニューをまためくり、キクラゲのサラダとささみのシソ巻き揚げ、そしてハイボール。サワーPはぶどうサワー。
 食べ物をつつきながら、沢君のスマホがひっきりなしに鳴る。曲の話も、何となくおざなり。
 俺の中で合点がいかない。もう飽きたり、表現したいものが変わってしまうのは仕方がないことで、まだプロでもない俺たちは、本当に好きな音楽をやっているだけ。だからこそ気持ちが乗るかどうかだけに全てが左右されて、仲間同士であれやろう、これやろうと言ったまま気持ちが続かず放置なんてのは日常茶飯事。
 だから、沢君の方で気持ちが途切れてしまって、このアルバムも頓挫・・・となったとしてもそれは致し方がない。
 ・・・でも。
 目の前の沢君はこんなだが、サワーPのクオリティは相変わらず高い。
 そこが分からなかった。
 俺抜きで、自分的に、この楽曲に打ち込んでいるのならそれも分かる。でもそれなら、こんな半端な打ち合わせ兼飲み会なんてやらず、曲を書き続けていればいい。
 ・・・とうとう電話が来て、沢君は「すんません」とスマホを持って店の入り口の方へ。
 そして仕方なく俺もスマホを出し、何とはなしに、サワーPのツイートをチェックした。
 ・・・ああ。
 驚いた。
 そこに載っていたのは、わりと有名な、半分メジャーデビューもしている歌い手が「歌ってみた」サワーPの曲。何と、今度の「イケボ天国Vol.6」のCDに入るらしい。(註:イケボとはイケメンボイス、つまりイイ声の男性ボーカルのこと)
 「イケボ天国」はいろいろなイケボの男性歌い手がいろいろなボカロ曲を歌った詰め合わせのCDで、全国区で有名レーベルから販売されている。そこに入れば一気に知名度も上がるし、それにつられて他の歌い手も同じ曲を歌い、それらを合成してさせた動画なども拡散されて、うまくすれば他の楽曲もうなぎのぼりに有名になる。
 ボカロPと歌い手は持ちつ持たれつ。アイドル的存在のイケボな歌い手が様々な楽曲を掘り起こして「歌ってみた動画」として公開してくれるおかげで、オリジナル楽曲も注目され、急に再生数が伸びることもめずらしくない。俺も以前、数曲それで浮上しかけたが、特に何もなくそれっきり。まあ、俺がほとんど歌い手側にアピールしなかったのもあるだろうが。
 ・・・そうか、こんな話が持ち上がってるんじゃ、忙しいはずだ。
 でも、なら、どうしてわざわざ、会いに来た?
 ああ、繊細でビビりで義理堅いから?あくまでコラボを持ちかけたのは沢君だから、他の件でにわかに忙しくなっても、このアルバムまではさっさと仕上げたい?

 そして、沢君が何となく気まずそうに戻ってきて、席についた。
 そういえば、こっちも、勝手にフォローを外していて、おめでとうの一言も言ってなくて、それなりに気まずい。
「あ、えっと、あのー」
 沢君はひとまずやり取りを終えたのか、そう言ってスマホを鞄にしまった。
「・・・あ、もしかして何か、予定入った?」
 罪悪感もあって、努めて明るい声を出す。
「あ、いや、そうじゃない、けど・・・」
「あ、あの、こっちのことなら、気にしないで。あと実は、今ツイッター見たんだけど・・・」
 嫉妬の気持ちがないわけじゃない。
 でも、もともとサワーPの方がボカロPとしては一歩上の存在で、俺の方が、趣味に偏っている面もあって、自主アルバムこそ出しているものの存在としては日陰だ。
 サワーPは実力もあるし、浅く広く付き合いがあるようだから、いつかはこんな風に声がかかっていただろう。
「いや最近本当に全然見てなくて、今見て、え、何これすごいじゃん・・・」
「・・・あ、あの」
 立ち上がるサワーP。やっぱり用事か、あるいはコラボアルバム自体、いったん延期か、ナシって話か。
 しかしその差し迫った「ちょっともう、いいですか」は、アルバム休止ではなく、ホテルへの誘いだった。


* * *


「さ・・・さわ、くん・・・」
「あの、もう、すいません・・・!」
 入るなり、その場の床に倒されて、ビニールに入ったスリッパの上でコトが始まる。
 俺はもうされるに任せて、服を脱がされ、乳首を噛まれ、あれを舐められてしごかれて性急にイカされた。床の上、どうしようもないカーペットの上で。
 そうしてまた沢君は俺の出したものを自分のそそり立つそれになすりつけて、俺をうつ伏せにひっくり返すと、尻の谷間に押し当ててねちゅねちゅと往復した。そのうち声がどんどん大きくなって、喉から絞り出すような喘ぎに、こっちまでまたイキそうになった。
 当然そんなところで出されて、俺の背中に熱い液体が飛び散る。腹側は自分のでべたべたで、しばらくヒクヒクと動けない沢君を放って、シャワーを浴びた。
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