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あれ、何かが、おかしい
第128話:何もない、何もない、何もない
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歩きながら、理屈という絆創膏、思考という包帯を傷口に巻くべきか、まずそこから足踏みをした。そもそもこれが傷なのかどうかという判断があり、そして、傷だろうがそうでなかろうが、僕がどうしたいのか、ということがある。嫌なら何とか軌道修正を試みるし、でもそうでないなら、何もする必要はなくなる。今のこの気持ちを、どうしたいんだろう。分からない。分からない・・・。
何もかも忘れて、寝てしまいたいような気もする。なかったことにして、土日、他のやりたいことをしたらいい。
でも、そうは、いかないんだろう、な。
仕事と違って、心は、気持ちは、ふせんを貼って置いてくるものじゃない。だってこれが、それ自体が僕なんだから。
僕は傷ついた左手と重たい僕自身を引きずって、何とか家までたどりついた。卵を落としたインスタントラーメンを五分ですすって、どんぶりを流しに置く。ゴム手袋をしてスポンジを取り、洗剤をかけた。いつものようにスポンジをくしゅくしゅ握って泡立てようとして、「っつ・・・!」と目を閉じる。そうだ、左手は握れないって、手袋しながら思ったばかりなのに。
右手で泡立てた洗剤がどんぶりに一滴、二滴落ちて、ラーメンスープの表面にすっと透明な円が広がった。それを見てなぜか、急に、力が抜けて、僕は何かまずいと感じ、ゴム手袋を外してその場にしゃがみこんだ。
はは、何だろう。
化学反応で広がった円は、浄化なのかそれともぽっかり開いた穴なのか。さっと広がったその速さについていけなくて、めまいがした。
・・・黒井の前で、気が抜けてあくびとか、しちゃったんだ。
たった二週間、残業が続いて磨り減ったからって、ねえ、あんな焦がれてた恋心まで、磨り減って、擦り切れたわけ?
・・・え、もう、・・・ないの?
まさか、ちょっと疲れてるだけだよ。大丈夫、すぐ戻る。・・・戻る、よね。
急に頭が冷えて、いてもたってもいられなくなった。脱ぎ散らかしたスーツのポケットを探り、財布を出す。中から、あの写真をもどかしく引っ張り出した。
・・・。
黒井の、親しげなウインク。相変わらずかっこいい。
・・・でも。
かっこいい、だけだ。
そんな・・・、まさか、そんな。
この人をオカズに、何回抜いたと思ってんだ!
おい、そんな、嘘だろ?ほら、思い出してみろ。キスしたり、抱き合ったり、<一緒に>いっちゃったり・・・したじゃ、ないか。その度に一喜一憂して戸惑ったり、舞い上がったり、真剣になったり。いいこともつらいことも、それでも、どこからわいてくるのか分からない無限のエネルギーで、乗り越えてきた。お前がいなきゃ生きてる意味がないって、疑いもせず、一分の迷いもなく、そう言えた。お前が死んだら俺も死ぬって、他の選択肢なんて、他の未来なんてなかった。
それなのに!
違う、きっと違うって!
今、風邪を引いてるだけだ。感覚が鈍くなってるんだ。ヒッグス場の対称性みたいに、本当は隠されているだけなのに、まるで破れているように見えてるだけだ。大丈夫、計算上は破綻していない。きっと、冷水で本当の痛みを覆ったように、そう、疲れてるだけなんだ。
・・・なくなってなんか、ない、だろ?
炎が、消えようとしてるの?それとももう、消えて・・・戻らないの?
歯も磨かずに布団にもぐりこんだ。秩序は守られず、なし崩し的にいろんなものが破綻していく予感。それでも起きあがれない。頑張れそうにない。
・・・振られた、わけじゃない。
振られたんなら泣けばいいけど、この、あてのない喪失感はどうしたらいいの?まだ信じられないけど、直視するのが怖いけど、手を突っ込んだらきっと、ないって、本当は分かっていた。信じない振りの次は傷ついた振り、その後は傷ついていない振りで、自己防衛を施すつもりでいる。僕が今どうあがいたって、結果はもう、封筒に入ってるんだ。でも、いったい、いつから?
そのくらいは、考えたっていいような気がした。お願いだ、他にすがるものがない。それくらいは許してくれ。・・・誰に、言ってるんだか。
とにかく、電話で喧嘩して、それから次に会社で会ったとき、黒井が「俺もごめん」とささやいて、胸が痛くなった。その後・・・。
その後?
ああ、何も、ないのか。
メールも出せなくて、二週間、いや、十日ちょっと、何の接触も持たなかった。今までこんなに長く、あったかな。何だかんだで毎週のように何かしてきたような気もするけど、いったいどっちからどのようにして一緒にいたのか、もうよく分からなかった。
たった、十日・・・。
そんなんで、消えちゃうような、恋じゃ、なかったはずだろ?おかしいなあ、人生、かけてたのに。俺は、お前に、本気だったのに。
これなら、振られた方がマシじゃないか?はは、何か、いろんな振られ方があるっていつも感心してたけど、まさか振られてないのに恋が終わるなんて選択肢があったとはね。
・・・あんなことされて、違和感しか、感じなかったなんて。
そんなの、僕じゃない。そんな僕は、僕じゃないよ。トイレでキスされたときは、そうじゃない、伝わってない!って泣いたけど、今度は、伝わってないのは僕の方だ。
あの時は、こう思った。酔ってもないのにキスなんかされて、普通の友達だったら、気色わりいって突き飛ばしてるぞ、って。相手が僕だからそうなってないって、自覚してる?してるんなら、僕をどうするつもりでそれをしてるの?してないんなら、突き飛ばされてないことを、どう理解してるの・・・?
今回だって状況は同じだ。僕はまた同じ戸惑いを感じたってよかった。いや、感じてなかったわけじゃない。どんなつもりでそれをしてるんだって、思わなかったわけじゃない。
でもそれを、焦がれるような気持ちで、「俺のこと、好きで、やってるの?」って、その本音が、奥に、なかったんだ。
ああ、睨んだのは、それを知ってたからだ。そんなことされても届いてない、もう、届くあてがここにない、って、八つ当たり半分に、訴えてたんだ。
中身が、ないんだ!
ねえ、お前も、俺のこと好きなんだよね?もう言っちゃうよ。好きじゃなきゃこんなことするわけないよね?・・・それなのに、もう、今更だよ。「おかしいよ」って、確かに黒井に、「好きって言わないままこんなことするの、おかしい」って意味で言ってたんだけど、でも、もっと大きな意味で、この状況に対して言ってたんだ。戸惑いというより憤りに近い、だって、お前も好きなら両想いなのに、何で、今そうなってないんだ。おかしいよ、おかしいだろ!!
・・・。
中身が、なくて、スカスカって。
ああ、これ、電話で喧嘩した時にお前が言ってたことだ。
出来たことが、出来なくなって。いつの間にか、消えてしまって。取り戻そうとして、失くしてない振りなんかして。
え、これのことなの?魔法の石がもう光ってないって、僕は簡単に「そんなことない」って言っちゃったけど、え、これが、また戻るって、信じられる?
だめだよ、本当にスカスカだ!
胸を強く押さえたって、お前に抱きしめられたいって感覚が、引っ張り出そうとしたって、臨場感なんか皆無なんだ。まったく、上辺の、ハリボテだ。こんなんじゃ勃ちやしない。下手くそなAVより笑えない。出来ていたことが出来ない、それって、また頑張ればとか、そういう次元じゃない。
出てこないものは、出てこないよ。だって、無いんだから!!
未だに、未練がましく、疲れて勃たないだけだろって、苦笑いの僕がいる。やめとけよ、本当にそれを思い知ったとき、苦しみが増えるだけだから。精神的なまな板の鯉になって、切り刻まれるのを、いや、料理する価値もないって、真っ二つでゴミ箱に捨てられるのを、待つばかりなんだから・・・。
・・・・・・・・・・・・
それでも、疲れていたから、寝た。
寝て、起きてみても、魔法みたいに元の状態に戻っていることはなかった。あれだけ、あれだけ、もう黒井のいない人生には戻れないって、思ったくせに。この裏切り者、薄情者。嫉妬でいいから出てこいよ。・・・出てこないよ。
そういえば、朝、勃ってたんだろうか。もうよく分からない。もしかして、インポになった?あはは、ますます笑えない。黒井は普通の友達ってことにして藤井とつきあおうにも、これじゃだめだ。何だろう、病気かな。それならそれで構わない。名前と理由がついてれば、もう、何だって。
食欲もなくて、賞味期限切れのヨーグルトだけ食べた。どうしよう、俺、このままなのかな。もう一生男にも女にも勃たなくて、会社に行くだけの人生なら、・・・そんなの、いらない。別に人生、セックスしたいってだけじゃないけど、でもだってそんなの意味ないじゃん!
あの写真を見た方がいいのか、むしろ見ない方がいいのかよく分からなかった。いや、もう電話しちゃったらどうかな。・・・いやいや、無理だよ。ごく普通に仕事の愚痴を言って、だべって終わったら、もう泣きそう。いや?涙も出ないか。泣く必要もないんだ、ただの友達なんだから・・・。
・・・。
友達としてお前とつきあうなんて、はは、面倒くさいよ。おかしなことに付き合わされたり、自分勝手だったり、部屋が汚かったり、耐えられないよ。お前の言うとおりだ、どうして今まで付き合ってこれたのって話だ。そりゃ、好きだったからだよ。・・・もう過去形かい、俺。
でも、いったいどうしてなんだ。何があったんだ。せめてはっきりした理由でもあればいい。それが分かれば復帰できる、などとは思わないけど、せめて納得したい。
・・・喧嘩して、あいつが嫌になった?
近づきすぎて、相手の嫌なところが見えてきた?
嫉妬したのをまだ引きずってる?
会わない間に、飽きた?
別々に抜くだけじゃ満足できなくて、もう諦めた?
菅野の身体を想像して、やっぱり女の方が良くなった?
・・・。
一番それらしいのは喧嘩だけど、そうじゃないと思う。だって「俺もごめん」って言われて、「さみしくて」ってつぶやかれて、あのとき確かに胸が痛んだんだ。今だって、ほら、うっすらと。人にそんな風に思われるなんて今までなかったし、まるで捨てられた子犬に懐かれたみたいな気持ち。「ごめんな、飼えないんだよ」って、え、本当かな。あの時本当にそう思った?自分には応えられないって、たとえ求められても無理だって、そんな気持ちじゃなかったはずだけど。
・・・捏造、してる?
脳みそがもう、改竄に着手した?
僕の人生から、黒井への、焦がれるような純愛を、自分でも引いちゃうような変態性を、なくそうとしてる?過去に遡って、なかったことにしようとしてる?
おい、どうしてだよ。俺はあれで満足してた。別に、僕がどこかの国の王子で、どこかの姫と結婚するって話じゃないんだよ。諦めなきゃいけない恋じゃないんだよ。告白できなくたって、あのままで良かったんだ。強制的に締め出すほどの理由なんてないはずなのに、ねえ、何で!?
ノートを開くけど、焦って、手が震えて、何も書けなかったし、そもそも何を書いていいのかも浮かばなかった。物事を整理してきちんと対策を立てたいけど、頭は真っ白だ。こないだ書き込んだ、カレンダーと二人の時系列の羅列だけが僕の唯一の頼りだった。これがなければ、もう記憶はあてにならないから、そのまま濁った沼に沈んでしまうところだ。ノートを焼いてなくてよかったと心底思った。もう、これだけしか、ないんだ。
僕が、本当の本気で生きた、三ヶ月。
そしてその、相手。
・・・何で、腹が、透けないんだ。
ひゅうって、ならない。
焦りばかりが募って、胃が痛いけど、でもこれじゃない。
・・・まさか。
この腹が透ける感覚すら、忘れてしまうのか?
そして、もしかして。
黒井が僕の目を覆って、雪が降って、ああ、ここだって感じたあの寂寞も、分からなくなってしまうのか?雪が積もった屋上で、あいつと向かい合って、何度でも感じられた、あの感じ。3Dの立体視のイラストみたいに、いったん焦点が合えばくっきりと見えた、あの場所。僕がそこから来て、そこへ帰る場所。
思ったより、早いのか。
何かのプログラムが作動して、修正パッチが当てられたのか。
黒井がいない人生に、戻されるの?振られてもいないのに、拒否されてもいないのに?何だよ、それなら、いっそ玉砕してればよかったの?その後で身体が強制的に忘れようとするなら意味も分かるけど、何で、何で・・・。
いっそ告白していたら、と想像して、でもやっぱり「そ、そんなこと言っちゃうわけ!?」とドキドキすることも、なかった。頭の中で出てきたせりふは、僕:「俺お前のこと好きなんだけど」黒井:「まじで?」・・・それ以上続かない。
こんな茶番、やってられるか。禁断の、それ以上の想像・・・つまり、僕が告白されたら、というバージョンも全く同じだった。はは、僕が、僕の本気を、汚していく。あれこれ探りを入れて、メスを入れるほど汚染がひどくなって、神聖なものまで白々しい茶番に変えていく。何これ、すごいプログラム。僕は恋の余韻を楽しむことすら出来ず、座り込んで、黒井がくれたコンポを指でなでた。それも汚す気がして急いで離した。未練がましく、「これは、俺が熱出したとき、あいつがくれたものだ!触るな!」なんて必死な気持ちが出るかな、と思ったけど、出なかった。本当に思ったことは、処分するとき高値がつくよう綺麗な状態を保っておこう、という、最低な理屈だった。
何もかも忘れて、寝てしまいたいような気もする。なかったことにして、土日、他のやりたいことをしたらいい。
でも、そうは、いかないんだろう、な。
仕事と違って、心は、気持ちは、ふせんを貼って置いてくるものじゃない。だってこれが、それ自体が僕なんだから。
僕は傷ついた左手と重たい僕自身を引きずって、何とか家までたどりついた。卵を落としたインスタントラーメンを五分ですすって、どんぶりを流しに置く。ゴム手袋をしてスポンジを取り、洗剤をかけた。いつものようにスポンジをくしゅくしゅ握って泡立てようとして、「っつ・・・!」と目を閉じる。そうだ、左手は握れないって、手袋しながら思ったばかりなのに。
右手で泡立てた洗剤がどんぶりに一滴、二滴落ちて、ラーメンスープの表面にすっと透明な円が広がった。それを見てなぜか、急に、力が抜けて、僕は何かまずいと感じ、ゴム手袋を外してその場にしゃがみこんだ。
はは、何だろう。
化学反応で広がった円は、浄化なのかそれともぽっかり開いた穴なのか。さっと広がったその速さについていけなくて、めまいがした。
・・・黒井の前で、気が抜けてあくびとか、しちゃったんだ。
たった二週間、残業が続いて磨り減ったからって、ねえ、あんな焦がれてた恋心まで、磨り減って、擦り切れたわけ?
・・・え、もう、・・・ないの?
まさか、ちょっと疲れてるだけだよ。大丈夫、すぐ戻る。・・・戻る、よね。
急に頭が冷えて、いてもたってもいられなくなった。脱ぎ散らかしたスーツのポケットを探り、財布を出す。中から、あの写真をもどかしく引っ張り出した。
・・・。
黒井の、親しげなウインク。相変わらずかっこいい。
・・・でも。
かっこいい、だけだ。
そんな・・・、まさか、そんな。
この人をオカズに、何回抜いたと思ってんだ!
おい、そんな、嘘だろ?ほら、思い出してみろ。キスしたり、抱き合ったり、<一緒に>いっちゃったり・・・したじゃ、ないか。その度に一喜一憂して戸惑ったり、舞い上がったり、真剣になったり。いいこともつらいことも、それでも、どこからわいてくるのか分からない無限のエネルギーで、乗り越えてきた。お前がいなきゃ生きてる意味がないって、疑いもせず、一分の迷いもなく、そう言えた。お前が死んだら俺も死ぬって、他の選択肢なんて、他の未来なんてなかった。
それなのに!
違う、きっと違うって!
今、風邪を引いてるだけだ。感覚が鈍くなってるんだ。ヒッグス場の対称性みたいに、本当は隠されているだけなのに、まるで破れているように見えてるだけだ。大丈夫、計算上は破綻していない。きっと、冷水で本当の痛みを覆ったように、そう、疲れてるだけなんだ。
・・・なくなってなんか、ない、だろ?
炎が、消えようとしてるの?それとももう、消えて・・・戻らないの?
歯も磨かずに布団にもぐりこんだ。秩序は守られず、なし崩し的にいろんなものが破綻していく予感。それでも起きあがれない。頑張れそうにない。
・・・振られた、わけじゃない。
振られたんなら泣けばいいけど、この、あてのない喪失感はどうしたらいいの?まだ信じられないけど、直視するのが怖いけど、手を突っ込んだらきっと、ないって、本当は分かっていた。信じない振りの次は傷ついた振り、その後は傷ついていない振りで、自己防衛を施すつもりでいる。僕が今どうあがいたって、結果はもう、封筒に入ってるんだ。でも、いったい、いつから?
そのくらいは、考えたっていいような気がした。お願いだ、他にすがるものがない。それくらいは許してくれ。・・・誰に、言ってるんだか。
とにかく、電話で喧嘩して、それから次に会社で会ったとき、黒井が「俺もごめん」とささやいて、胸が痛くなった。その後・・・。
その後?
ああ、何も、ないのか。
メールも出せなくて、二週間、いや、十日ちょっと、何の接触も持たなかった。今までこんなに長く、あったかな。何だかんだで毎週のように何かしてきたような気もするけど、いったいどっちからどのようにして一緒にいたのか、もうよく分からなかった。
たった、十日・・・。
そんなんで、消えちゃうような、恋じゃ、なかったはずだろ?おかしいなあ、人生、かけてたのに。俺は、お前に、本気だったのに。
これなら、振られた方がマシじゃないか?はは、何か、いろんな振られ方があるっていつも感心してたけど、まさか振られてないのに恋が終わるなんて選択肢があったとはね。
・・・あんなことされて、違和感しか、感じなかったなんて。
そんなの、僕じゃない。そんな僕は、僕じゃないよ。トイレでキスされたときは、そうじゃない、伝わってない!って泣いたけど、今度は、伝わってないのは僕の方だ。
あの時は、こう思った。酔ってもないのにキスなんかされて、普通の友達だったら、気色わりいって突き飛ばしてるぞ、って。相手が僕だからそうなってないって、自覚してる?してるんなら、僕をどうするつもりでそれをしてるの?してないんなら、突き飛ばされてないことを、どう理解してるの・・・?
今回だって状況は同じだ。僕はまた同じ戸惑いを感じたってよかった。いや、感じてなかったわけじゃない。どんなつもりでそれをしてるんだって、思わなかったわけじゃない。
でもそれを、焦がれるような気持ちで、「俺のこと、好きで、やってるの?」って、その本音が、奥に、なかったんだ。
ああ、睨んだのは、それを知ってたからだ。そんなことされても届いてない、もう、届くあてがここにない、って、八つ当たり半分に、訴えてたんだ。
中身が、ないんだ!
ねえ、お前も、俺のこと好きなんだよね?もう言っちゃうよ。好きじゃなきゃこんなことするわけないよね?・・・それなのに、もう、今更だよ。「おかしいよ」って、確かに黒井に、「好きって言わないままこんなことするの、おかしい」って意味で言ってたんだけど、でも、もっと大きな意味で、この状況に対して言ってたんだ。戸惑いというより憤りに近い、だって、お前も好きなら両想いなのに、何で、今そうなってないんだ。おかしいよ、おかしいだろ!!
・・・。
中身が、なくて、スカスカって。
ああ、これ、電話で喧嘩した時にお前が言ってたことだ。
出来たことが、出来なくなって。いつの間にか、消えてしまって。取り戻そうとして、失くしてない振りなんかして。
え、これのことなの?魔法の石がもう光ってないって、僕は簡単に「そんなことない」って言っちゃったけど、え、これが、また戻るって、信じられる?
だめだよ、本当にスカスカだ!
胸を強く押さえたって、お前に抱きしめられたいって感覚が、引っ張り出そうとしたって、臨場感なんか皆無なんだ。まったく、上辺の、ハリボテだ。こんなんじゃ勃ちやしない。下手くそなAVより笑えない。出来ていたことが出来ない、それって、また頑張ればとか、そういう次元じゃない。
出てこないものは、出てこないよ。だって、無いんだから!!
未だに、未練がましく、疲れて勃たないだけだろって、苦笑いの僕がいる。やめとけよ、本当にそれを思い知ったとき、苦しみが増えるだけだから。精神的なまな板の鯉になって、切り刻まれるのを、いや、料理する価値もないって、真っ二つでゴミ箱に捨てられるのを、待つばかりなんだから・・・。
・・・・・・・・・・・・
それでも、疲れていたから、寝た。
寝て、起きてみても、魔法みたいに元の状態に戻っていることはなかった。あれだけ、あれだけ、もう黒井のいない人生には戻れないって、思ったくせに。この裏切り者、薄情者。嫉妬でいいから出てこいよ。・・・出てこないよ。
そういえば、朝、勃ってたんだろうか。もうよく分からない。もしかして、インポになった?あはは、ますます笑えない。黒井は普通の友達ってことにして藤井とつきあおうにも、これじゃだめだ。何だろう、病気かな。それならそれで構わない。名前と理由がついてれば、もう、何だって。
食欲もなくて、賞味期限切れのヨーグルトだけ食べた。どうしよう、俺、このままなのかな。もう一生男にも女にも勃たなくて、会社に行くだけの人生なら、・・・そんなの、いらない。別に人生、セックスしたいってだけじゃないけど、でもだってそんなの意味ないじゃん!
あの写真を見た方がいいのか、むしろ見ない方がいいのかよく分からなかった。いや、もう電話しちゃったらどうかな。・・・いやいや、無理だよ。ごく普通に仕事の愚痴を言って、だべって終わったら、もう泣きそう。いや?涙も出ないか。泣く必要もないんだ、ただの友達なんだから・・・。
・・・。
友達としてお前とつきあうなんて、はは、面倒くさいよ。おかしなことに付き合わされたり、自分勝手だったり、部屋が汚かったり、耐えられないよ。お前の言うとおりだ、どうして今まで付き合ってこれたのって話だ。そりゃ、好きだったからだよ。・・・もう過去形かい、俺。
でも、いったいどうしてなんだ。何があったんだ。せめてはっきりした理由でもあればいい。それが分かれば復帰できる、などとは思わないけど、せめて納得したい。
・・・喧嘩して、あいつが嫌になった?
近づきすぎて、相手の嫌なところが見えてきた?
嫉妬したのをまだ引きずってる?
会わない間に、飽きた?
別々に抜くだけじゃ満足できなくて、もう諦めた?
菅野の身体を想像して、やっぱり女の方が良くなった?
・・・。
一番それらしいのは喧嘩だけど、そうじゃないと思う。だって「俺もごめん」って言われて、「さみしくて」ってつぶやかれて、あのとき確かに胸が痛んだんだ。今だって、ほら、うっすらと。人にそんな風に思われるなんて今までなかったし、まるで捨てられた子犬に懐かれたみたいな気持ち。「ごめんな、飼えないんだよ」って、え、本当かな。あの時本当にそう思った?自分には応えられないって、たとえ求められても無理だって、そんな気持ちじゃなかったはずだけど。
・・・捏造、してる?
脳みそがもう、改竄に着手した?
僕の人生から、黒井への、焦がれるような純愛を、自分でも引いちゃうような変態性を、なくそうとしてる?過去に遡って、なかったことにしようとしてる?
おい、どうしてだよ。俺はあれで満足してた。別に、僕がどこかの国の王子で、どこかの姫と結婚するって話じゃないんだよ。諦めなきゃいけない恋じゃないんだよ。告白できなくたって、あのままで良かったんだ。強制的に締め出すほどの理由なんてないはずなのに、ねえ、何で!?
ノートを開くけど、焦って、手が震えて、何も書けなかったし、そもそも何を書いていいのかも浮かばなかった。物事を整理してきちんと対策を立てたいけど、頭は真っ白だ。こないだ書き込んだ、カレンダーと二人の時系列の羅列だけが僕の唯一の頼りだった。これがなければ、もう記憶はあてにならないから、そのまま濁った沼に沈んでしまうところだ。ノートを焼いてなくてよかったと心底思った。もう、これだけしか、ないんだ。
僕が、本当の本気で生きた、三ヶ月。
そしてその、相手。
・・・何で、腹が、透けないんだ。
ひゅうって、ならない。
焦りばかりが募って、胃が痛いけど、でもこれじゃない。
・・・まさか。
この腹が透ける感覚すら、忘れてしまうのか?
そして、もしかして。
黒井が僕の目を覆って、雪が降って、ああ、ここだって感じたあの寂寞も、分からなくなってしまうのか?雪が積もった屋上で、あいつと向かい合って、何度でも感じられた、あの感じ。3Dの立体視のイラストみたいに、いったん焦点が合えばくっきりと見えた、あの場所。僕がそこから来て、そこへ帰る場所。
思ったより、早いのか。
何かのプログラムが作動して、修正パッチが当てられたのか。
黒井がいない人生に、戻されるの?振られてもいないのに、拒否されてもいないのに?何だよ、それなら、いっそ玉砕してればよかったの?その後で身体が強制的に忘れようとするなら意味も分かるけど、何で、何で・・・。
いっそ告白していたら、と想像して、でもやっぱり「そ、そんなこと言っちゃうわけ!?」とドキドキすることも、なかった。頭の中で出てきたせりふは、僕:「俺お前のこと好きなんだけど」黒井:「まじで?」・・・それ以上続かない。
こんな茶番、やってられるか。禁断の、それ以上の想像・・・つまり、僕が告白されたら、というバージョンも全く同じだった。はは、僕が、僕の本気を、汚していく。あれこれ探りを入れて、メスを入れるほど汚染がひどくなって、神聖なものまで白々しい茶番に変えていく。何これ、すごいプログラム。僕は恋の余韻を楽しむことすら出来ず、座り込んで、黒井がくれたコンポを指でなでた。それも汚す気がして急いで離した。未練がましく、「これは、俺が熱出したとき、あいつがくれたものだ!触るな!」なんて必死な気持ちが出るかな、と思ったけど、出なかった。本当に思ったことは、処分するとき高値がつくよう綺麗な状態を保っておこう、という、最低な理屈だった。
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建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
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