246 / 382
お盆旅行と、告白
第246話:水ぶくれに針を刺す
しおりを挟む
結局、何とかいうちょっとレトロでおしゃれな珈琲屋のモーニングにした。空調も効いているし、久しぶりのホットコーヒー。黒井はローストビーフサンドのセットで、僕はトーストとヨーグルトをつけ、しめて二千円でお釣りが来た。でもまあ、この旅でお金に糸目をつける気はない。この日のためにボーナスだって日々の生活費だって切り詰めてきたようなもんだ。お前と食べるのに何のためらうことがあろうか。
コーヒーでいったん落ち着いた気分も、またもや高揚してくる。黒井は空港のフロアガイドを熱心に読んでいて、何か見つける度に僕を呼んだ。
「ね、これ、美味しそうじゃない?」
「うん?」
僕は自分用の冊子の、言われたところに丸をつける。ひととおりピックアップが済んだら、それらを最短距離で、かつトイレやベンチやエレベーターなんかも考慮しつつ、出来る限り効率的に回るんだ。・・・ま、どうせ脱線しまくりになるだろうし、「やっぱりこっち!」となることは目に見えてるので、あくまで遊びと、確認用のメモだ。
「じゃ、行こっか!」
「うん」
これだけゆっくり食べても、まだ九時にもならない。ああ、でも、むしろ始発でよかったのか。だってこんなに楽しいし、黒井と一緒の時間が数時間だって増えた方が、うん、よかったです。
・・・途中採点と言われても、こういうことで自己肯定を積み上げないと自分が保てないんだから、しょうがないだろ!
それから、結局丸をつけたところなんかに関係なく、目に付いたところからショップをめぐった。空港で土産物を物色する、といえばそれまでだが、まあ、ウインドウショッピングだよね。つまり、まあ、デートだよね?
黒井はあれよあれよという間に、小さめのお菓子を次から次へと買っていった。何土産、というより、だいたいがチョコクランチやカスタード系、レアチーズ系のお菓子で、<旅のおやつ>をここでまかなっているみたいだった。いや、それなら甘いものばかりじゃなく、チー鱈だのするめだの、しょっぱい系も入れなくちゃ・・・。
「え、チー鱈?俺も好きだよ。そっか、忘れてた」
「うん、じゃあ、買わなきゃね」
「何だよ、買い過ぎとか言っといて、自分だってほしいんじゃん。大丈夫、ちゃんとあげるって」
「い、いいよ・・・ま、ありがと」
ふつうお土産なんて他人のために買うもので、こうして自分のためにいくつも紙袋を提げていくのは、ちょっと快感でもあった。・・・いや、僕が全部持ってるからさ。
チー鱈と大辛の柿ピーと浅草のせんべいが追加され、さすがにもう持ちきれない。いったん座って、全部の袋をきちんとまとめないと。甘いものと辛いものに分けて、先に食べたいものを上の方に配置して・・・。
「じゃ、これ俺が入れるから」
「あっ・・・」
黒井が、余裕のある自分のバッグにどさっと入るだけ入れて、あとは辛いもの三つに甘いの一つが残った。せ、せめてそれなら甘いものを全部入れてくれ!
「あとはさ、今食べるやつを買いに行こう」
「えっ、今?っていうかまだ買うの?」
「うん。・・・買っちゃだめ?」
「い、いいよ。買おう。このために給料もらってるんだ、こんな時くらい」
「はは、そうだそうだ!」
黒井によると、さっき買ったのは向こうの家でのおやつ用で、これから買うのは今と飛行機で食べる用とのこと。機内用は音とにおいが出ないのにしようと言うと、「おお、難しいな。それ探そう!」と。お前にかかれば何でも宝探しだ。
躁病みたいな黒犬に連れられて、ああ、この時のためのスクワットだったんだな。履き慣れた靴で来て本当によかった。
「・・・お前、足、痛くない?」
「うん、ちょっと擦れた」
ベンチに座って見てみると、かかとの横が水ぶくれのようになっている。完全に靴擦れだ、まったく。世間の女の子たちもこんなのを我慢しながらハイヒールを履いてるのか?
「ほら、水抜いたらバンドエイドやるから」
「え、抜くって?」
「針で刺して」
「ええっ、やだやだ、やめて!痛い!」
「やめてじゃない、自分でやるんだよ」
「え、やんないよ俺、そんなんするならこのままでいい」
「もう皮が離れてるんだし、べろっと剥けなければ痛くないって」
「・・・その喩えっていうか、効果音みたいのが痛いって、わかんない?」
「先に耳から痛くなって、そしたら実際の方が痛くないから。えっと、針は・・・ああ、お前のこの缶バッジ」
「ほ、ほんとにやるの!?」
「やるよ。っていうかこんなブランドものにこんなもの刺すなよ、なに、エッフェル塔?」
「知らないよ、親父が使ってたやつなんだから。え、フランスの何かってことは、何十年前のなんだこれ」
「・・・そ、そう。いちおう錆びてはない、みたい。ライターがあればあぶるんだけど」
「いいよ別に。分かった、それで刺して」
「え、・・・俺が?」
「自分でなんてやだ」
「・・・うん、分かった」
黒井はもうまったくそっぽを向いてしまって、何もする気はないという構え。こんなの人に任せる方が嫌だと思うけど、まあ、僕がしてもいいなら、しちゃうけど・・・。
ピンを外してティッシュでよく拭き、隣に座ったままやろうとするけど、体勢的にうまく見えなかった。仕方なく前にかがみこんで、かかとを持って足首をぐいとひねり(「いて」)、なるべく皮を突っ張らせて、ほんのひと刺し、穴を開ける・・・。
眼鏡をずり上げ、すっと、横から針を入れた。
足首をきつく持ったまま、そちらの痛みに気を取られているうちに。
すぐにティッシュでぎゅっと、採血の後みたいに押さえる。いったん離して液体が染みたことを確認し、ティッシュを折り返してもう一度あて、あとはバンドエイドと、反対の足だ。
「え、終わった?」
「うん」
「・・・あ、そう。ふうん」
バンドエイドを貼ってやると裸足の足をぶらぶらさせて、次の足も寄越した。今度は気になるのか、ちらちら見てくる。
「あっ、ああ」
「な、なに」
「・・・痛くないなら、ちょっと俺もやってみたかった」
「・・・もう遅いよ。まったく」
「お前は大丈夫なの?」
「え、足?・・・残念ながら」
「何だよ、何にもなくても刺してやる」
「いいよ。皮一枚くらいなら感じないし」
「・・・何で、お前、そ、そんな風な、あれなの?」
僕は恭しく黒井の足を持って、バンドエイドを貼りながら、「・・・ま、あるといろいろ、試してみるからね。針でも、カッターでも」と、何でもなさそうにさらっと言った。まあ、昔の話だし、リスカとかなんかじゃなく、せいぜい薄皮一枚の世界だ。
・・・そういえば、あのいつの間にか捨てられていたナイフも、鉛筆削りのために買って鉛筆その他の文具やガラクタを削ったけれども、確かに薄皮も切ってみたか。まあ今になって冷静に考えれば、年頃の息子が部屋でナイフを自分の身体に当てていたとして、それなら無言で処分するのも致し方ないのかもしれない。
「あ、あの・・・」
「えっ?」
「それ、そういうの・・・俺に、向けてとか、あるの?」
「・・・は?」
「その、俺でも、試したい?」
「・・・」
言ってる意味がよく分からなくて、両手で足を包んだまま黒井をしばし見つめた。ふと我に返り、えっと、公衆の面前で、シンデレラじゃあるまいし。
「な、何ていうか、そんなのないよ。自分の体で確かめてるだけだから、他人は対象外だ」
立ち上がって隣に座り、あ、何だかドン引きされたのかな?
しかし黒井は、裸足を床にペタペタさせながら「ふうん」と言っただけだった。いったいどう思ったんだろう、どう思われたんだろうと考えたが、「そういえば搭乗口だけどね」と振られ、「気持ちいいな、裸足で歩こうかな」なんて言われたら、それどころではなくなってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
土産の物色や空港探検も大体済んで、ようやく十一時前。
結局、出雲空港ではなく萩・石見空港行きに乗るとのこと。ということは、島根の中でも西の方か。
搭乗口近くの待合ベンチに座って、結局もう一つ買ったチー鱈を食べながら、ぼうっとした。
さっき通った外人カップルが、映画にでも出てきそうなスパイ風ファッションだった、とか。
女の子がお父さんに向かってダッシュして、次の瞬間お父さんが股間を押さえてうずくまるのを目の当たりにしたりだとか。
チー鱈の鱈を先に剥がして食べるのはどうなんだ、とか。
二人とも疲れて、単調な口調で「ま、それはそうだろうね」なんて、椅子にもたれたまま。
黒井はどうか知らないが、少なくとも僕は、テンションMAXの時はともかく、少しずつ下がっていく時もこうしてごくふつうに話していられるのが、手前味噌ながらやっぱり気が合ってる証拠なんじゃないか、なんて思っていたりして・・・。
だって、こういう時って無愛想になったりぶっきらぼうだったりで、本性が見えるといえば言い過ぎだけど、何かが露呈することってあったりする。
いや、まあ、さすがにそのくらいはお前のこと知ってるつもりだけど、やっぱり大丈夫だって思うのが、嬉しくて。
交代で荷物を見ながらトイレを済ませ(黒井はその度どこかへふらふら足を伸ばしたが)、小腹が空いたとサンドイッチを食べ、いよいよ荷物検査。黒井がどこかのタッチパネルで発券した搭乗券をもらい、ああ、ようやく飛行機に乗るんだという実感。
ぞろぞろと並んで、まるでアトラクションみたいにどこでもドアのようなゲートをくぐり、ピンポン、とは鳴らない。しかし荷物がなぜか引っかかって、冷や汗をかいたら、ああ、おかきのカンカンね。
「お前、結局うちに土産買って来たの?」
「そりゃ買うよ。手土産もなしに伺えるか」
「別に、気にしなくていいのにさあ。ま、うまそうだからいいけど」
あれだけ自分で買ったのに、まだ食う気なのか。花より団子の男だなあ。
それから、飛行機に乗るにあたって、バッグは上の棚に上げてしまうから、必要なものは手元に持っておく、ということで、何が必要かを考えた。
・・・。
特別、ないのか。
口寂しくなった時のおやつくらい?
一人なら、本だの暇つぶしの雑誌だの、いろいろな可能性を考慮してどんな場面にも対応できるよう準備するところだけど、・・・黒井がいれば、別に、暇だろうが何だろうが、構わないんだし。
荷物検査も終わってアナウンスが流れ、いよいよ乗るかと思われたが、乗る乗り物は飛行機でなく、シャトルバスだった。はあ、ここから更に移動して飛行機に直接乗るわけね。
「おい、もうすぐだよ」
「うん、分かってる」
「はは、俺たち、飛行機で浮かれすぎ?」
「お前なんか外国へ行ったこともあるくせにさ」
「お前は?」
「ないよ。ノーパスポート」
「あっそう。ま、でもさ、俺だってこんな、友達と二人で乗るとかないし」
「ふ、ふうん?」
「だいたい家族旅行か、親戚とかその知り合いとかも一緒か、あとは修学旅行くらいじゃん?まあ、一人で乗ったのも、あるけど」
「うん」
「やっぱ一人でもつまんないよね。全然、ただ乗り物に乗って運ばれたって感じ」
「そっか」
「何でこんなに違うんだろう・・・」
また灰色の曇り空を見上げる黒井の横顔を見ながら、ふと、こうして見られていることに、気づいては、いるんだよな、と思い目を逸らした。僕が針一本刺されたって大丈夫なように、黒井も、横顔を見つめられるくらい大丈夫なのかもしれない。
コーヒーでいったん落ち着いた気分も、またもや高揚してくる。黒井は空港のフロアガイドを熱心に読んでいて、何か見つける度に僕を呼んだ。
「ね、これ、美味しそうじゃない?」
「うん?」
僕は自分用の冊子の、言われたところに丸をつける。ひととおりピックアップが済んだら、それらを最短距離で、かつトイレやベンチやエレベーターなんかも考慮しつつ、出来る限り効率的に回るんだ。・・・ま、どうせ脱線しまくりになるだろうし、「やっぱりこっち!」となることは目に見えてるので、あくまで遊びと、確認用のメモだ。
「じゃ、行こっか!」
「うん」
これだけゆっくり食べても、まだ九時にもならない。ああ、でも、むしろ始発でよかったのか。だってこんなに楽しいし、黒井と一緒の時間が数時間だって増えた方が、うん、よかったです。
・・・途中採点と言われても、こういうことで自己肯定を積み上げないと自分が保てないんだから、しょうがないだろ!
それから、結局丸をつけたところなんかに関係なく、目に付いたところからショップをめぐった。空港で土産物を物色する、といえばそれまでだが、まあ、ウインドウショッピングだよね。つまり、まあ、デートだよね?
黒井はあれよあれよという間に、小さめのお菓子を次から次へと買っていった。何土産、というより、だいたいがチョコクランチやカスタード系、レアチーズ系のお菓子で、<旅のおやつ>をここでまかなっているみたいだった。いや、それなら甘いものばかりじゃなく、チー鱈だのするめだの、しょっぱい系も入れなくちゃ・・・。
「え、チー鱈?俺も好きだよ。そっか、忘れてた」
「うん、じゃあ、買わなきゃね」
「何だよ、買い過ぎとか言っといて、自分だってほしいんじゃん。大丈夫、ちゃんとあげるって」
「い、いいよ・・・ま、ありがと」
ふつうお土産なんて他人のために買うもので、こうして自分のためにいくつも紙袋を提げていくのは、ちょっと快感でもあった。・・・いや、僕が全部持ってるからさ。
チー鱈と大辛の柿ピーと浅草のせんべいが追加され、さすがにもう持ちきれない。いったん座って、全部の袋をきちんとまとめないと。甘いものと辛いものに分けて、先に食べたいものを上の方に配置して・・・。
「じゃ、これ俺が入れるから」
「あっ・・・」
黒井が、余裕のある自分のバッグにどさっと入るだけ入れて、あとは辛いもの三つに甘いの一つが残った。せ、せめてそれなら甘いものを全部入れてくれ!
「あとはさ、今食べるやつを買いに行こう」
「えっ、今?っていうかまだ買うの?」
「うん。・・・買っちゃだめ?」
「い、いいよ。買おう。このために給料もらってるんだ、こんな時くらい」
「はは、そうだそうだ!」
黒井によると、さっき買ったのは向こうの家でのおやつ用で、これから買うのは今と飛行機で食べる用とのこと。機内用は音とにおいが出ないのにしようと言うと、「おお、難しいな。それ探そう!」と。お前にかかれば何でも宝探しだ。
躁病みたいな黒犬に連れられて、ああ、この時のためのスクワットだったんだな。履き慣れた靴で来て本当によかった。
「・・・お前、足、痛くない?」
「うん、ちょっと擦れた」
ベンチに座って見てみると、かかとの横が水ぶくれのようになっている。完全に靴擦れだ、まったく。世間の女の子たちもこんなのを我慢しながらハイヒールを履いてるのか?
「ほら、水抜いたらバンドエイドやるから」
「え、抜くって?」
「針で刺して」
「ええっ、やだやだ、やめて!痛い!」
「やめてじゃない、自分でやるんだよ」
「え、やんないよ俺、そんなんするならこのままでいい」
「もう皮が離れてるんだし、べろっと剥けなければ痛くないって」
「・・・その喩えっていうか、効果音みたいのが痛いって、わかんない?」
「先に耳から痛くなって、そしたら実際の方が痛くないから。えっと、針は・・・ああ、お前のこの缶バッジ」
「ほ、ほんとにやるの!?」
「やるよ。っていうかこんなブランドものにこんなもの刺すなよ、なに、エッフェル塔?」
「知らないよ、親父が使ってたやつなんだから。え、フランスの何かってことは、何十年前のなんだこれ」
「・・・そ、そう。いちおう錆びてはない、みたい。ライターがあればあぶるんだけど」
「いいよ別に。分かった、それで刺して」
「え、・・・俺が?」
「自分でなんてやだ」
「・・・うん、分かった」
黒井はもうまったくそっぽを向いてしまって、何もする気はないという構え。こんなの人に任せる方が嫌だと思うけど、まあ、僕がしてもいいなら、しちゃうけど・・・。
ピンを外してティッシュでよく拭き、隣に座ったままやろうとするけど、体勢的にうまく見えなかった。仕方なく前にかがみこんで、かかとを持って足首をぐいとひねり(「いて」)、なるべく皮を突っ張らせて、ほんのひと刺し、穴を開ける・・・。
眼鏡をずり上げ、すっと、横から針を入れた。
足首をきつく持ったまま、そちらの痛みに気を取られているうちに。
すぐにティッシュでぎゅっと、採血の後みたいに押さえる。いったん離して液体が染みたことを確認し、ティッシュを折り返してもう一度あて、あとはバンドエイドと、反対の足だ。
「え、終わった?」
「うん」
「・・・あ、そう。ふうん」
バンドエイドを貼ってやると裸足の足をぶらぶらさせて、次の足も寄越した。今度は気になるのか、ちらちら見てくる。
「あっ、ああ」
「な、なに」
「・・・痛くないなら、ちょっと俺もやってみたかった」
「・・・もう遅いよ。まったく」
「お前は大丈夫なの?」
「え、足?・・・残念ながら」
「何だよ、何にもなくても刺してやる」
「いいよ。皮一枚くらいなら感じないし」
「・・・何で、お前、そ、そんな風な、あれなの?」
僕は恭しく黒井の足を持って、バンドエイドを貼りながら、「・・・ま、あるといろいろ、試してみるからね。針でも、カッターでも」と、何でもなさそうにさらっと言った。まあ、昔の話だし、リスカとかなんかじゃなく、せいぜい薄皮一枚の世界だ。
・・・そういえば、あのいつの間にか捨てられていたナイフも、鉛筆削りのために買って鉛筆その他の文具やガラクタを削ったけれども、確かに薄皮も切ってみたか。まあ今になって冷静に考えれば、年頃の息子が部屋でナイフを自分の身体に当てていたとして、それなら無言で処分するのも致し方ないのかもしれない。
「あ、あの・・・」
「えっ?」
「それ、そういうの・・・俺に、向けてとか、あるの?」
「・・・は?」
「その、俺でも、試したい?」
「・・・」
言ってる意味がよく分からなくて、両手で足を包んだまま黒井をしばし見つめた。ふと我に返り、えっと、公衆の面前で、シンデレラじゃあるまいし。
「な、何ていうか、そんなのないよ。自分の体で確かめてるだけだから、他人は対象外だ」
立ち上がって隣に座り、あ、何だかドン引きされたのかな?
しかし黒井は、裸足を床にペタペタさせながら「ふうん」と言っただけだった。いったいどう思ったんだろう、どう思われたんだろうと考えたが、「そういえば搭乗口だけどね」と振られ、「気持ちいいな、裸足で歩こうかな」なんて言われたら、それどころではなくなってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
土産の物色や空港探検も大体済んで、ようやく十一時前。
結局、出雲空港ではなく萩・石見空港行きに乗るとのこと。ということは、島根の中でも西の方か。
搭乗口近くの待合ベンチに座って、結局もう一つ買ったチー鱈を食べながら、ぼうっとした。
さっき通った外人カップルが、映画にでも出てきそうなスパイ風ファッションだった、とか。
女の子がお父さんに向かってダッシュして、次の瞬間お父さんが股間を押さえてうずくまるのを目の当たりにしたりだとか。
チー鱈の鱈を先に剥がして食べるのはどうなんだ、とか。
二人とも疲れて、単調な口調で「ま、それはそうだろうね」なんて、椅子にもたれたまま。
黒井はどうか知らないが、少なくとも僕は、テンションMAXの時はともかく、少しずつ下がっていく時もこうしてごくふつうに話していられるのが、手前味噌ながらやっぱり気が合ってる証拠なんじゃないか、なんて思っていたりして・・・。
だって、こういう時って無愛想になったりぶっきらぼうだったりで、本性が見えるといえば言い過ぎだけど、何かが露呈することってあったりする。
いや、まあ、さすがにそのくらいはお前のこと知ってるつもりだけど、やっぱり大丈夫だって思うのが、嬉しくて。
交代で荷物を見ながらトイレを済ませ(黒井はその度どこかへふらふら足を伸ばしたが)、小腹が空いたとサンドイッチを食べ、いよいよ荷物検査。黒井がどこかのタッチパネルで発券した搭乗券をもらい、ああ、ようやく飛行機に乗るんだという実感。
ぞろぞろと並んで、まるでアトラクションみたいにどこでもドアのようなゲートをくぐり、ピンポン、とは鳴らない。しかし荷物がなぜか引っかかって、冷や汗をかいたら、ああ、おかきのカンカンね。
「お前、結局うちに土産買って来たの?」
「そりゃ買うよ。手土産もなしに伺えるか」
「別に、気にしなくていいのにさあ。ま、うまそうだからいいけど」
あれだけ自分で買ったのに、まだ食う気なのか。花より団子の男だなあ。
それから、飛行機に乗るにあたって、バッグは上の棚に上げてしまうから、必要なものは手元に持っておく、ということで、何が必要かを考えた。
・・・。
特別、ないのか。
口寂しくなった時のおやつくらい?
一人なら、本だの暇つぶしの雑誌だの、いろいろな可能性を考慮してどんな場面にも対応できるよう準備するところだけど、・・・黒井がいれば、別に、暇だろうが何だろうが、構わないんだし。
荷物検査も終わってアナウンスが流れ、いよいよ乗るかと思われたが、乗る乗り物は飛行機でなく、シャトルバスだった。はあ、ここから更に移動して飛行機に直接乗るわけね。
「おい、もうすぐだよ」
「うん、分かってる」
「はは、俺たち、飛行機で浮かれすぎ?」
「お前なんか外国へ行ったこともあるくせにさ」
「お前は?」
「ないよ。ノーパスポート」
「あっそう。ま、でもさ、俺だってこんな、友達と二人で乗るとかないし」
「ふ、ふうん?」
「だいたい家族旅行か、親戚とかその知り合いとかも一緒か、あとは修学旅行くらいじゃん?まあ、一人で乗ったのも、あるけど」
「うん」
「やっぱ一人でもつまんないよね。全然、ただ乗り物に乗って運ばれたって感じ」
「そっか」
「何でこんなに違うんだろう・・・」
また灰色の曇り空を見上げる黒井の横顔を見ながら、ふと、こうして見られていることに、気づいては、いるんだよな、と思い目を逸らした。僕が針一本刺されたって大丈夫なように、黒井も、横顔を見つめられるくらい大丈夫なのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる