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お盆旅行と、告白
第250話:夕飯は回らない寿司
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そしてお母さんが再びお茶を運んできて、しばらくはティータイムになった。並んだクッキーの、どれをいくと君が選ぶのかをみんなで見守り(黒井は興味がないようだったが)、これが小さい子のいる日常なんだなと思った。
しばらくして、ああ、このお姉さんは、黒井の連れてくる友達というものに慣れているのか、と思い至った。僕の名前も出自も関係なく、ただ、そういうくくりなんだ。つまり、弟の気まぐれに振り回される不幸な、あるいは物好きな友達の一人・・・。
・・・た、ただの友達じゃないぞ、とは思うけど、何だかこの場では、思い出すあれやこれやもまるで僕だけの妄想だったように感じられた。何ていうか、黒井だって人の子で、家族がいて、友達と遊んで、ふつうに育ってきたふつうの人間なんだ。
それから話は夕飯のことになり、黒井が開口一番「俺寿司が食べたい!」と手を挙げた。お姉さんがすかさず「え、お寿司?いくとが行けるところある?」、お母さんがどこそこだったら大丈夫じゃないの?と妥協案を出し、「うーん、いくと、お寿司食べたい?おすし」「~~!!」(聞き取り不能)。
「そう?・・・え、じゃあそうする?あ、でも車、乗り切れなくない?」
「二つに分ければいいじゃない。あなたたちはそっちで」
「うーん、まあ、いっか。どう?」
一応訊かれた旦那さんは無言で何度かうなずき、お姉さんは「あー、いいよ。なに、お寿司が食べたいわけ?」と黒井に向けて。
黒井は「うん」とだけ言い、好きなお菓子を食べ散らかした後は、また<ゲームブック>に戻った。はあ、人がいっぱいいるって、大変だな。
ゲームブックを見て、お姉さんが「あ、何、それ、やってんの?」と鼻で笑った。お母さんの知り合いが持ってきてくれたが、いくと君にはまだ早かったとのこと。まあ、あの言語能力ではまだ、問題文(「めいろをすすんで、ゴールまでたどりつこう」)の理解さえ難しいか。しかし、人間はあの状態からいかにしてここまで(黒井は迷路の障害物の隙間を無理矢理通り抜けている)認識能力を発達させるのだろう。子ども好きではないけど、言語能力の獲得、ならびに社会性の発達段階などに関しては大変興味があった。
つい、見つめていたのだろう。
それを察したお姉さんが、またいくと君に手を振らせようとした。
「はい、こんにちはーってね。こんにちは・・・って、あれ、誰だっけ。ね、あきひこおじさん、ほら、お友達紹介して」
「・・・だからやまねこだよ」
「え?山猫?」
僕はまた縮こまって、「あの、山根と申します」と頭を下げた。
「あ、山根君だからやまねこなの?へえ。じゃ、ほら、やまねこさんこんにちはー」
「・・・~~にゃーにゃ!」
「あっ、にゃんにゃんって分かったの?え、すごいねえ。・・・え、山猫が猫だってことちゃんとわかんのかな」
お姉さんは、後半は幼児語から一段トーンの下がった素の声でつぶやいた。さっきから黒井に対してもこの口調だけど、冷たくあしらっているというより、本来このくらい素っ気ない人なのかもしれない。
「ほら、やまねこさんだよー」
「・・・にゃんにゃ!」
いくと君ははにかんで笑いながら不器用に手を振った。手を振るというより、手のひらをぎこちなく回転させているだけだが、それでも僕に対し何かのアクションをとっている。
「・・・どうも、こんにちは」
僕は幼児に会釈し、幼児のニューロンを今一つ発火させ、何かの連想を促して連結させてしまったのかもと思い、申し訳なく感じた。観察者が影響を与えてはいけないし、それに、自分が余所様の子どもの発達に関わるなんて、いけないいけない。
それからしばらく、お姉さんといくと君、お姉さんとお母さんのやりとりを中心として、黒井と僕がたまに話を振られ、旦那さんは相変わらず無言でテレビという時間が続いた。
そこで僕はタイミングを計り、意を決して「あの」と話しかけ、お母さんに手土産を渡した。お母さんは「まあまあこんな、気を遣わなくてよろしいんですよ?うちはもう、ほら、いっぱい頂くから」と、社交辞令というより、本当に余って大変、という感じで、でもちらりと中を覗いて「おかきですわね?」と。お姉さんが「ちょうどいいじゃん、お茶請けに出したら」、「そうねえ」「あ、ほら、個包装だし」「あらそう?」「おかきならみんな好きでしょう」「でもちょっと、歯が悪い方もいるからねえ・・・ま、でも何とかなるでしょう」「あー、入れ歯の人いるんだっけ、どうかなこのおかきは・・・あ、いただきますね?」で、「どうぞどうぞ」と僕。
お姉さんは早速開けて、「あ、小さいし大丈夫そうじゃない?」と味見。お母さんは箱を持ってキッチンの方へ。みんなというのは先ほどの和服のお友達だろうか?
「ほらいくとも。いただきます、って。おかき、おせんべいだよ・・・ああママ、いくとが食べれるから大丈夫じゃない?」
そして僕はいくと君へのお土産も思い出し、この場でそれも渡してしまうことにした。
「あ、あの、これよかったら・・・」
「・・・え?あ、なに、いくとに?買ってきてくれたの?わーどうもありがとう。よく気のつく人だねえ。ねえ?」
話しかけられた黒井は本から目を離さず、「そういうやつなの」と。あ、もしかして僕だけ渡して、ちょっとむくれてる?二人からですとか言った方がよかった??
「あ、がようしだよ。クレヨンもついてるよ。よかったねえいくと。ありがとうしようね。ほら、やまねこさんありがとう」
しかしいくと君はあまり関心を示さず、っていうかたぶん、分かりやすいキャラクターがついてるわけでもなし、興味を惹くほどの要素もなかったんだろう。まあそりゃ仕方ない。
「あらだめよ、ちゃんと本人にどうぞしないと、分かんないわよ」とお母さん。
「あ、そっか。じゃ、もっかいちゃんと渡してもらおう。・・・あのね、悪いんだけど、どうぞして渡してあげてくれる?自分がもらったって、思ってないから」
袋を返され、え、何、僕がこの幼児と直接コンタクトを取らなきゃならないの?・・・でもまあ僕がこの甥っ子のために買ったものだというのは確かだし、僕が見ず知らずの彼のために購買行為を行ったという事実がある以上、接触の痕跡について最後まで責任を負うのも致し方ないものか。人に何かをあげるというのは、そういうことだ。自分が何となく嫌だったことを今こうして、下の世代にやってしまっているのかもしれない。せめて、彼の記憶に残らないことを祈る。
しかし、いくと君のところに行くには黒井をまたいで行かなきゃならず、かといって後ろのソファを踏んで乗り越えるわけにもいかないし、反対から回るかとか思っていると、黒井が「あ、俺が渡してあげる」と。
「え、やまねこさんからもらったんだから」
「いいじゃん誰からだって。こいつ、子ども嫌いなんだよ」
「え、あ、いや・・・」
き、嫌いだけど、拒否反応がでるほど嫌いかどうか分かるところまで近づいたこともなくて、実際のところ、この距離でこんなに長く観察したこともなく、正直、ちょっと興味はあるとか、思い始めてるんですが・・・。
「特に男の子はだめだもんね?」
「・・・え、えっと」
・・・ああ、それか。
なるほど確かに、ああ、忘れてたけど、夢で死んだ男の子もこのくらい・・・いや、もう少し大きいか。おっと、だめだめ、そんな死んだの殺されたの縁起でもない話、おくびにも出せない。
黒井は袋を取って、「はい、やまねこからプレゼント、どうぞ!」と突き出すけど、「やっぱだめだ、俺のこと見ないもん」とさっさと匙を投げた。傍目から見たら、ああ、それじゃだめだなあと思った。いや、もちろん自分がそれ以上出来たとは思えないし、じゃあどうすればいいのかも分からないけど、とにかく何も通じていないことは分かった。
お姉さんは「いや、もうちょっと何とかならない?ねえ」と笑い、お母さんは「彰彦さんは・・・まあ、でも頑張りましたね」と苦笑いで褒めた。黒井は「だって無理だよー」とむくれながらも笑う。黒井はこの家で、こういう存在なんだ。何というかとても、彼は、末っ子の<弟>だった。
・・・・・・・・・・・・・・
僕はいくと君がクレヨンで何を描いているのかについて、心理分析的な興味を持ったけど、お姉さんが言うには「これは・・・おかきだね」とのこと。黄色い丸がいくつも並び、その横には黒い丸。海苔のおかきを分解して図解しているのか?細長いおかきに長方形の海苔が巻いてあったわけだけど、彼の頭ではこういう理解なのか?
興味は尽きないけど、何だか外で馬鹿でかいチャイムが鳴り響き、この地域に17時を知らせた。そして、「いくちゃんが眠くなるから」と、いそいそと出かける支度が始まる。
・・・寿司を、食べに行くわけか。
・・・僕も?
・・・・・・・・・・・・・・
お姉さんのヴィッツを旦那さんが運転し、チャイルドシートにいくと君を乗せ、横にお姉さん。
お母さんのフィットに僕たちも乗ることになったが、運転をお母さんか黒井かで何のかんのと黒井家がやりあい(僕と旦那さんは見守るだけ。旦那さんは本当に無口な人だ)、結局ヴィッツについていくだけだから、と黒井が運転することになった。黒井は面倒だと言い、お母さんは自分がやると言ったが、お姉さんがたまには役に立ちなさい、みたいな感じで黒井を突っついていた。「もし何かあっても、お客さんの分、自分で責任取れるんだしいいじゃん」と。どうやらお母さんは最近免許を取ったばかりのようだ。お姉さんは母親思いで、何かとわがままな長男の黒井に対してやきもきしているようだった。
分乗して、助手席にお母さんが乗ってあれこれ指示を出した。僕は後部座席で、しばしの休息。
「ほら、そこ、右の、ね、後ろのところ。何回ももう擦ってますから、お気をつけ遊ばせ」
「あ、そうですか。じゃあまた擦っても構いませんね」
「あらあら、そういうことじゃ困りますわよ」
「だってもう擦ってるんでしょう」
「そうは言っても・・・あ、やまねこさんも、見ててくださいね」
「はっ、はい」
車庫から出すのに一苦労したがそこからはまあ順調で、たぶん前の旦那さんも気を遣ってくれているのだろう、ゆっくりめで、ウインカーも早めで、親切な運転だった。
黒井の運転は、まあ、何というか性格そのままだ。ノってる時はきゅるきゅると華麗にカーブするが、つまらなくなったり、母親の話でおかしいことがあると笑ってしまい、信号で急ブレーキになったりする。常に行き当たりばったりな感じで、しかしお母さんは「あらら、本当に大丈夫ですかぁ?」なんて、ぶらり途中下車みたいな物言い。
二、三十分で件の寿司屋に着いた。
近所の鮨屋って感じでもなく、チェーン店ぽくもないが、新しくてモダンな感じの店だった。
一瞬気を抜くと、いったい自分がどこで誰と何をしているのか、ぽっかり分からなくなってしまう。危ないときは頬をつねりながら、成り行きに任せて大人しく、とにかく目立たず出しゃばらず、と言い聞かせた。気の利く人の振りをして手を出して、皿をひっくり返したりお茶をこぼしたりしたら目も当てられない。
変なことをしない、無難に終える、うっかり高いものを頼まない・・・あ、一応自分の分は払うと申し出るのも忘れずに。
やはりお盆だからか結構混んでいて、しばらく待合の椅子で待った。なぜそこまでしたいのか、むやみに動き回るいくと君を見ながら、ああ、子どもがいると話題に詰まらなくて楽かもしれない、と思った。旦那さんは相変わらず、試合をベンチで見守る野球選手みたいに静観の構え。
黒井がどこからかおしながきを勝手に失敬してきて、無言で僕に見せてにやけた。僕も「おいおい、持って来ちゃったの?」とは言わず、びっくりした顔と、しょうがないなって顔と、でもどれどれ・・・って顔をしてみせる。僕はとにかく単価がどれくらいの店なのかそれが知りたくて、食い入るように見た。
しかし、まあすぐにバレて、お母さんが「あら?」ときょろきょろする。黒井は一瞬「見つかったか」って顔をして、ビニール張りのメニューを半分僕に持たせ、共犯を強調した。何だか、気まぐれで奔放な真ん中の弟のおかげで割を食っている末弟の気分。しかし、兄かと思うと一瞬恋心も消えるから何だか不思議だ。構ってほしい気持ちは消えなくても、身体がどうこうとかは、そんな・・・。
本当は、血が繋がってないから、出来ちゃうわけで。
いや、でも別に、男同士にそれは関係ないか?
え、えっと、いやいや、何か距離感がおかしくなるよやっぱり。
・・・・・・・・・・・・・・
テーブル席について、焼き肉屋みたいに頼むようなスタイルだった。生まれて初めての回転しない寿司。そういえば冬に、黒井が寿司が食いたいと言ってたっけ。こんなところで実現するなんてね。
しかし、さっき食い入るように見ていたせいで、すごく食べたいものがあるように思われてしまったらしい。みんなが最初何を頼むか「どう?」「これは?」と探り合っていると、お母さんに「やまねこさんは?選んでたでしょう」と言われ、お姉さんがすかさず「あ、何かあるならいいよ」と。い、いえいえ、僕などほんの玉子とかんぴょう巻きで十分です・・・。
「ねえ、俺鯛とイクラだってば」
「それは分かってるって。で、やまねこさんは?」
「え、えっと、じゃあこのサーモンを・・・」
「ふうん、あ、でもこっちの方がいいんじゃない?炙りサーモンの親子軍艦・・・」
「えっ?」
「あら、それ今のお薦めなの?いいじゃない。この、ええと、サーモンづくし三種?にしたら」
お母さんがメニューを手で遠ざけて持ち、目を細め、そしてバッグからピンクの縁の老眼鏡を出してかけた。
「あの、いや・・・」
「マヨネーズ嫌い?」
「いえ、大丈夫ですけど」
「ほら、イクラも乗ってるし、彰彦さんと一緒に取ったら?」
「じゃあやまねこさんはひとまずそれね」
「・・・」
あ、あの、そんな、三貫で七百円も八百円もするような、一皿でふだんのランチ一食分以上だなんて、えっと、もうそれでラストオーダーで!
しばらくして、ああ、このお姉さんは、黒井の連れてくる友達というものに慣れているのか、と思い至った。僕の名前も出自も関係なく、ただ、そういうくくりなんだ。つまり、弟の気まぐれに振り回される不幸な、あるいは物好きな友達の一人・・・。
・・・た、ただの友達じゃないぞ、とは思うけど、何だかこの場では、思い出すあれやこれやもまるで僕だけの妄想だったように感じられた。何ていうか、黒井だって人の子で、家族がいて、友達と遊んで、ふつうに育ってきたふつうの人間なんだ。
それから話は夕飯のことになり、黒井が開口一番「俺寿司が食べたい!」と手を挙げた。お姉さんがすかさず「え、お寿司?いくとが行けるところある?」、お母さんがどこそこだったら大丈夫じゃないの?と妥協案を出し、「うーん、いくと、お寿司食べたい?おすし」「~~!!」(聞き取り不能)。
「そう?・・・え、じゃあそうする?あ、でも車、乗り切れなくない?」
「二つに分ければいいじゃない。あなたたちはそっちで」
「うーん、まあ、いっか。どう?」
一応訊かれた旦那さんは無言で何度かうなずき、お姉さんは「あー、いいよ。なに、お寿司が食べたいわけ?」と黒井に向けて。
黒井は「うん」とだけ言い、好きなお菓子を食べ散らかした後は、また<ゲームブック>に戻った。はあ、人がいっぱいいるって、大変だな。
ゲームブックを見て、お姉さんが「あ、何、それ、やってんの?」と鼻で笑った。お母さんの知り合いが持ってきてくれたが、いくと君にはまだ早かったとのこと。まあ、あの言語能力ではまだ、問題文(「めいろをすすんで、ゴールまでたどりつこう」)の理解さえ難しいか。しかし、人間はあの状態からいかにしてここまで(黒井は迷路の障害物の隙間を無理矢理通り抜けている)認識能力を発達させるのだろう。子ども好きではないけど、言語能力の獲得、ならびに社会性の発達段階などに関しては大変興味があった。
つい、見つめていたのだろう。
それを察したお姉さんが、またいくと君に手を振らせようとした。
「はい、こんにちはーってね。こんにちは・・・って、あれ、誰だっけ。ね、あきひこおじさん、ほら、お友達紹介して」
「・・・だからやまねこだよ」
「え?山猫?」
僕はまた縮こまって、「あの、山根と申します」と頭を下げた。
「あ、山根君だからやまねこなの?へえ。じゃ、ほら、やまねこさんこんにちはー」
「・・・~~にゃーにゃ!」
「あっ、にゃんにゃんって分かったの?え、すごいねえ。・・・え、山猫が猫だってことちゃんとわかんのかな」
お姉さんは、後半は幼児語から一段トーンの下がった素の声でつぶやいた。さっきから黒井に対してもこの口調だけど、冷たくあしらっているというより、本来このくらい素っ気ない人なのかもしれない。
「ほら、やまねこさんだよー」
「・・・にゃんにゃ!」
いくと君ははにかんで笑いながら不器用に手を振った。手を振るというより、手のひらをぎこちなく回転させているだけだが、それでも僕に対し何かのアクションをとっている。
「・・・どうも、こんにちは」
僕は幼児に会釈し、幼児のニューロンを今一つ発火させ、何かの連想を促して連結させてしまったのかもと思い、申し訳なく感じた。観察者が影響を与えてはいけないし、それに、自分が余所様の子どもの発達に関わるなんて、いけないいけない。
それからしばらく、お姉さんといくと君、お姉さんとお母さんのやりとりを中心として、黒井と僕がたまに話を振られ、旦那さんは相変わらず無言でテレビという時間が続いた。
そこで僕はタイミングを計り、意を決して「あの」と話しかけ、お母さんに手土産を渡した。お母さんは「まあまあこんな、気を遣わなくてよろしいんですよ?うちはもう、ほら、いっぱい頂くから」と、社交辞令というより、本当に余って大変、という感じで、でもちらりと中を覗いて「おかきですわね?」と。お姉さんが「ちょうどいいじゃん、お茶請けに出したら」、「そうねえ」「あ、ほら、個包装だし」「あらそう?」「おかきならみんな好きでしょう」「でもちょっと、歯が悪い方もいるからねえ・・・ま、でも何とかなるでしょう」「あー、入れ歯の人いるんだっけ、どうかなこのおかきは・・・あ、いただきますね?」で、「どうぞどうぞ」と僕。
お姉さんは早速開けて、「あ、小さいし大丈夫そうじゃない?」と味見。お母さんは箱を持ってキッチンの方へ。みんなというのは先ほどの和服のお友達だろうか?
「ほらいくとも。いただきます、って。おかき、おせんべいだよ・・・ああママ、いくとが食べれるから大丈夫じゃない?」
そして僕はいくと君へのお土産も思い出し、この場でそれも渡してしまうことにした。
「あ、あの、これよかったら・・・」
「・・・え?あ、なに、いくとに?買ってきてくれたの?わーどうもありがとう。よく気のつく人だねえ。ねえ?」
話しかけられた黒井は本から目を離さず、「そういうやつなの」と。あ、もしかして僕だけ渡して、ちょっとむくれてる?二人からですとか言った方がよかった??
「あ、がようしだよ。クレヨンもついてるよ。よかったねえいくと。ありがとうしようね。ほら、やまねこさんありがとう」
しかしいくと君はあまり関心を示さず、っていうかたぶん、分かりやすいキャラクターがついてるわけでもなし、興味を惹くほどの要素もなかったんだろう。まあそりゃ仕方ない。
「あらだめよ、ちゃんと本人にどうぞしないと、分かんないわよ」とお母さん。
「あ、そっか。じゃ、もっかいちゃんと渡してもらおう。・・・あのね、悪いんだけど、どうぞして渡してあげてくれる?自分がもらったって、思ってないから」
袋を返され、え、何、僕がこの幼児と直接コンタクトを取らなきゃならないの?・・・でもまあ僕がこの甥っ子のために買ったものだというのは確かだし、僕が見ず知らずの彼のために購買行為を行ったという事実がある以上、接触の痕跡について最後まで責任を負うのも致し方ないものか。人に何かをあげるというのは、そういうことだ。自分が何となく嫌だったことを今こうして、下の世代にやってしまっているのかもしれない。せめて、彼の記憶に残らないことを祈る。
しかし、いくと君のところに行くには黒井をまたいで行かなきゃならず、かといって後ろのソファを踏んで乗り越えるわけにもいかないし、反対から回るかとか思っていると、黒井が「あ、俺が渡してあげる」と。
「え、やまねこさんからもらったんだから」
「いいじゃん誰からだって。こいつ、子ども嫌いなんだよ」
「え、あ、いや・・・」
き、嫌いだけど、拒否反応がでるほど嫌いかどうか分かるところまで近づいたこともなくて、実際のところ、この距離でこんなに長く観察したこともなく、正直、ちょっと興味はあるとか、思い始めてるんですが・・・。
「特に男の子はだめだもんね?」
「・・・え、えっと」
・・・ああ、それか。
なるほど確かに、ああ、忘れてたけど、夢で死んだ男の子もこのくらい・・・いや、もう少し大きいか。おっと、だめだめ、そんな死んだの殺されたの縁起でもない話、おくびにも出せない。
黒井は袋を取って、「はい、やまねこからプレゼント、どうぞ!」と突き出すけど、「やっぱだめだ、俺のこと見ないもん」とさっさと匙を投げた。傍目から見たら、ああ、それじゃだめだなあと思った。いや、もちろん自分がそれ以上出来たとは思えないし、じゃあどうすればいいのかも分からないけど、とにかく何も通じていないことは分かった。
お姉さんは「いや、もうちょっと何とかならない?ねえ」と笑い、お母さんは「彰彦さんは・・・まあ、でも頑張りましたね」と苦笑いで褒めた。黒井は「だって無理だよー」とむくれながらも笑う。黒井はこの家で、こういう存在なんだ。何というかとても、彼は、末っ子の<弟>だった。
・・・・・・・・・・・・・・
僕はいくと君がクレヨンで何を描いているのかについて、心理分析的な興味を持ったけど、お姉さんが言うには「これは・・・おかきだね」とのこと。黄色い丸がいくつも並び、その横には黒い丸。海苔のおかきを分解して図解しているのか?細長いおかきに長方形の海苔が巻いてあったわけだけど、彼の頭ではこういう理解なのか?
興味は尽きないけど、何だか外で馬鹿でかいチャイムが鳴り響き、この地域に17時を知らせた。そして、「いくちゃんが眠くなるから」と、いそいそと出かける支度が始まる。
・・・寿司を、食べに行くわけか。
・・・僕も?
・・・・・・・・・・・・・・
お姉さんのヴィッツを旦那さんが運転し、チャイルドシートにいくと君を乗せ、横にお姉さん。
お母さんのフィットに僕たちも乗ることになったが、運転をお母さんか黒井かで何のかんのと黒井家がやりあい(僕と旦那さんは見守るだけ。旦那さんは本当に無口な人だ)、結局ヴィッツについていくだけだから、と黒井が運転することになった。黒井は面倒だと言い、お母さんは自分がやると言ったが、お姉さんがたまには役に立ちなさい、みたいな感じで黒井を突っついていた。「もし何かあっても、お客さんの分、自分で責任取れるんだしいいじゃん」と。どうやらお母さんは最近免許を取ったばかりのようだ。お姉さんは母親思いで、何かとわがままな長男の黒井に対してやきもきしているようだった。
分乗して、助手席にお母さんが乗ってあれこれ指示を出した。僕は後部座席で、しばしの休息。
「ほら、そこ、右の、ね、後ろのところ。何回ももう擦ってますから、お気をつけ遊ばせ」
「あ、そうですか。じゃあまた擦っても構いませんね」
「あらあら、そういうことじゃ困りますわよ」
「だってもう擦ってるんでしょう」
「そうは言っても・・・あ、やまねこさんも、見ててくださいね」
「はっ、はい」
車庫から出すのに一苦労したがそこからはまあ順調で、たぶん前の旦那さんも気を遣ってくれているのだろう、ゆっくりめで、ウインカーも早めで、親切な運転だった。
黒井の運転は、まあ、何というか性格そのままだ。ノってる時はきゅるきゅると華麗にカーブするが、つまらなくなったり、母親の話でおかしいことがあると笑ってしまい、信号で急ブレーキになったりする。常に行き当たりばったりな感じで、しかしお母さんは「あらら、本当に大丈夫ですかぁ?」なんて、ぶらり途中下車みたいな物言い。
二、三十分で件の寿司屋に着いた。
近所の鮨屋って感じでもなく、チェーン店ぽくもないが、新しくてモダンな感じの店だった。
一瞬気を抜くと、いったい自分がどこで誰と何をしているのか、ぽっかり分からなくなってしまう。危ないときは頬をつねりながら、成り行きに任せて大人しく、とにかく目立たず出しゃばらず、と言い聞かせた。気の利く人の振りをして手を出して、皿をひっくり返したりお茶をこぼしたりしたら目も当てられない。
変なことをしない、無難に終える、うっかり高いものを頼まない・・・あ、一応自分の分は払うと申し出るのも忘れずに。
やはりお盆だからか結構混んでいて、しばらく待合の椅子で待った。なぜそこまでしたいのか、むやみに動き回るいくと君を見ながら、ああ、子どもがいると話題に詰まらなくて楽かもしれない、と思った。旦那さんは相変わらず、試合をベンチで見守る野球選手みたいに静観の構え。
黒井がどこからかおしながきを勝手に失敬してきて、無言で僕に見せてにやけた。僕も「おいおい、持って来ちゃったの?」とは言わず、びっくりした顔と、しょうがないなって顔と、でもどれどれ・・・って顔をしてみせる。僕はとにかく単価がどれくらいの店なのかそれが知りたくて、食い入るように見た。
しかし、まあすぐにバレて、お母さんが「あら?」ときょろきょろする。黒井は一瞬「見つかったか」って顔をして、ビニール張りのメニューを半分僕に持たせ、共犯を強調した。何だか、気まぐれで奔放な真ん中の弟のおかげで割を食っている末弟の気分。しかし、兄かと思うと一瞬恋心も消えるから何だか不思議だ。構ってほしい気持ちは消えなくても、身体がどうこうとかは、そんな・・・。
本当は、血が繋がってないから、出来ちゃうわけで。
いや、でも別に、男同士にそれは関係ないか?
え、えっと、いやいや、何か距離感がおかしくなるよやっぱり。
・・・・・・・・・・・・・・
テーブル席について、焼き肉屋みたいに頼むようなスタイルだった。生まれて初めての回転しない寿司。そういえば冬に、黒井が寿司が食いたいと言ってたっけ。こんなところで実現するなんてね。
しかし、さっき食い入るように見ていたせいで、すごく食べたいものがあるように思われてしまったらしい。みんなが最初何を頼むか「どう?」「これは?」と探り合っていると、お母さんに「やまねこさんは?選んでたでしょう」と言われ、お姉さんがすかさず「あ、何かあるならいいよ」と。い、いえいえ、僕などほんの玉子とかんぴょう巻きで十分です・・・。
「ねえ、俺鯛とイクラだってば」
「それは分かってるって。で、やまねこさんは?」
「え、えっと、じゃあこのサーモンを・・・」
「ふうん、あ、でもこっちの方がいいんじゃない?炙りサーモンの親子軍艦・・・」
「えっ?」
「あら、それ今のお薦めなの?いいじゃない。この、ええと、サーモンづくし三種?にしたら」
お母さんがメニューを手で遠ざけて持ち、目を細め、そしてバッグからピンクの縁の老眼鏡を出してかけた。
「あの、いや・・・」
「マヨネーズ嫌い?」
「いえ、大丈夫ですけど」
「ほら、イクラも乗ってるし、彰彦さんと一緒に取ったら?」
「じゃあやまねこさんはひとまずそれね」
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だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】君の穿ったインソムニア
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