黒犬と山猫!

あとみく

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まだ、恋人ではない僕たち

第307話:イケメンの先輩

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 金曜日。
 岩城君と都庁前で待ち合わせて同行。
「隣って言うから本当に隣かと思って五分前に出たんですけど、意外と遠くて、走ってきました」
「・・・そ、そう」
 ・・・分かった分かった、奥ゆかしいのか何なのか、自分からは自慢話を始めないのが美徳だけど、もうちょっと突っ込んでもいいですよって顔で見ないでって。
「・・・でも、あんまり息上がってないね。このくらいちょろい?」
「・・・あー、でも、前より全然だめっす。俺のピークは終わりました」
「そんな、まだ全然若いじゃん」
「短距離はだめで、長距離にシフトしたらいいなって、週末だけですけど、走ってます」
「え、そうなんだ。ジョギング?」
「はい。あと、腹筋・腕立てだけは毎日やってます」
「うわ、すごいね・・・あ、エレベーターこっちね」
「はい」
 会話に詰まらないのはありがたいけど、まあ、僕と接点はなさそうな感じ。適当に喋っててもらうのが一番のようだ。

 受付の電話で担当を呼び、いつもの事務の女性がやってくる。私服の、カジュアルとエレガントの、今日はまたカジュアルの方。
「どうもー、お世話になります・・・あら?」
「あ、すみません、今期入った新人で・・・ご一緒させていただいてよろしいでしょうか」
「は、はい。どうぞどうぞ、いくらでも」
「新卒の岩城悠人です。本日はよろしくお願いします!」
 カジュアルさんは「うわっ、すごい、フレッシュだ・・・」と横田みたいに飛びのいて、「うわわわ」とつぶやきながらパーテーションの奥へと僕たちを案内した。
 いつもの担当の愚痴っぽい男性は異動したとかで、しかし、今責任者をやっている女性は電話にかかりきりで、カジュアルさんとエレガントさんが「もうちょっとで終わると思うんですけどねー」と言いながら、結局四人で座っておしゃべりになった。本当、ここの会社、ゆるいんだよなあ。
「あ、あの、お二人、大丈夫ですか・・・?」
 前回は確かエレガントさんが話しにきて、カジュアルさんだけが仕事場に残っていて、ずるいとか何とか・・・。
「あ、あれから人の入れ替わりがあって、上司もそうなんですけど、新しくもう一人入ったんですよ。だからメインの作業は三人体制で。それで、クライアントもう一台増やしてほしいって、・・・ね?」
「そう、そう。二台を交代交代でもいいんだけど、ログインがいちいち面倒じゃないですか。でもそんな予算ないとか、でもどっかから一台もらってこれそうとか、そんな話で・・・」
「今その新しい人がですね、・・・といっても、そちらの・・・」
「あ、岩城です」
「岩城さんみたいに新人さんじゃなくて、でも男性なんですけど・・・、ま、正直<新人おじさん>なんですけどねえ、今、集中してるとこだもんね」
「あー、地獄中ね。増田さん・・・あ、今の上司ですけど、増田さんも電話つかまっちゃって長そうだし、地獄は一緒に出来ないから・・・作業的にね、一人でやってしまわないとあれだから」
 っていうか地獄って何なんだ。その新しい年齢を重ねた男性は何をやらされているんだ?
「この行程、分担で二台でやると順番おかしくなりますよね?一緒に同時にやれませんよね?」
 ふいに問われて慌てて考えるが・・・出来るか出来ないかで言えば、まあやり方によっては出来るけど、でも別に、どうしてもやりたいという話じゃないんだろう。何のかんのと言って、この二人は息抜きしたいだけなのだ。
「で、岩城さんは、えーと、まさか山根さんから担当変わるんですか?」
「あ、いえ、違います。自分はただの見習いというか、勉強中の身です」
「・・・」
 一拍おいて、女性二人は顔を見合わせ、「初々しいねー」「フレッシュだねー」「空気が違うねー」「清涼剤だねー」と。
 最初こそクライアントの増設がどうのと、仕事の話だったが、もうタガが外れてしまったようで、彼女たちの好奇の視線は岩城君に注がれた。それでタジタジしない岩城君もまあ、肝が据わっていていいんじゃないだろうか。


・・・・・・・・・・・・・・


「はい、自分で作ってます」
「えー!うっそー、えらーい!」
「素晴らしい!親御さんの顔が見てみたい!」
 ヨイショしても「いえ、そんな・・・」とうつむかないのはやはり彼女たちにも新鮮だったようで、質問責めはとどまるところを知らない。
「実家暮らしなんで、せめて親に迷惑かけれないんで」
「え、それは、朝からお料理して?」
「いや、昨日の残りと、冷凍食品です」
「あはは、きりっと言い切るところが、何かいいね」
「はい、よく言われます」
「うわ!そこも言い切るんだ。いいね、それくらい前向きな方が。うちの誰かさんにも見習ってほしいよ」
「ほんとだよー。ねえ、上の人からかわいがられるでしょう。素直で、正直で、ハキハキして」
「そう・・・ですね。何か、研修中には、正直なのはいいけど、下ネタばっか言い過ぎって怒られました」
「ええー、こんな爽やかフレッシュなのに?下ネタ?・・・やっぱ若いねえ・・・なに、何歳?平成生まれ?」
「はい」
「あー、そうだよねー、私らとは違うよね。あれ、まさか山根さんも・・・?」
「あ、いえ、まったく、昭和です・・・」
「でもさ、まったくってことはないよね。・・・五十年代ですか?」
「いえ、六十・・・」
「ほらー!六十年代だよ。昭和といっても、全然、もうラストだよね、カウントダウンだよね。あれ、まさか電話終わってるかな。ちょっと見てくる」
 カジュアルさんが嵐のように立ち去り、しかし沈黙が訪れることはなく、エレガントさんが「でも、いい先輩で良かったですね。優しいでしょう、山根さん」とそれとなく僕を立ててくれた。カジュアルさんに比べると、エレガントさんの方がこういうことを気にかけてくれる。・・・いや、別に、僕にはそういうの要らないんだけどね。
「はい、いろいろ、丁寧に教えてくれます」
「ああ、そうですよね、教え上手っぽいですもんね。それにやっぱり、素直だから。だから先輩も、教えようって、なりますよね」
 何となく僕に振られるので、「ほんとですね」とうなずき、当の岩城君は誰に言ってるんだか、「ありがとうございます」と。彼から否定的なワードは出てこないのか。
 そして、何となくこのあたりでおしゃべり会もお開きの気配が流れ、「でも、素直すぎて、ね、また怒られないように気をつけて」とエレガントさんが腰を浮かせた。
「はい。・・・まあ、怒られたというか、笑われたというか」
「はは、良かったですね、優しい先生で」
「先生というか、先輩ですけど」
「え、・・・あ、先輩って山根さん?」
「あ、違います。別の先輩です。その人すごい、イケメンで」
「えー、イケメン!それはそれは・・・イケメン揃いの素敵な会社ですねえ」
 エレガントさんがすかさずフォローを入れてくれ(つまり、山根先輩はイケメンではない)、「いえいえ、そいつが特別ですから」と何となく取り繕ったが・・・、言った直後、口が滑ったと冷や汗。いや、まあ、研修中のイケメンの先輩というなら黒井以外にはいないだろうし、僕は同期だからすぐに思い当たって「そいつ」などと呼んでも不思議じゃないだろうし、きっと大丈夫なはず・・・。
 っていうか、きみたちにとってクロは<イケメンの先輩>なのか。そのイケメンは実は僕の交際相手なんだが・・・うっ、だめだ、僕とクロとのあれやこれやをここでぶちまけてしまうわけにはいかない。落ち着け、落ち着け・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・


 結局、クライアント増設の話は処理件数の様子を見ながら来月くらいに検討するとのこと。もしかしたらまた人も増やして数台入れるかもしれないから、ハードや周辺機器も、とのことだが、いかんせん直前にならないと件数が見えないらしく、ちょくちょく顔を出してもらうと助かる、と。
 それからエレガントさんがまたやってきて、何かのエラー画面の相談。「どうでしょう、勉強がてら、岩城さんにも見てもらって・・・」などと、こっちが気を遣われているようだ。
 僕で何とか出来ればいいけど、と思いながら見てみると、ごく一般的なエラーだったのでどうにか対処できた。岩城君が難しい顔をしているのでエレガントさんが声をかけると、「・・・完璧です」と。な、なんだ、新人から褒められたのかとどぎまぎしたが、「次回から自分で出来ます」とのこと。女性陣は目を丸くしながら「頼もしい!」「自信家!」「すごい言い切ったね・・・!」。もうどうでもいいよ、早く帰してくれ、疲れた・・・。

 それでもやはり岩城君は礼儀正しくて、駅前で別れ際、「今日はどうもありがとうございました。またよろしくお願いします。失礼します」と深くお辞儀をして僕を見送った。僕はどっと疲れていて、もうきみと一緒に帰社したいよと思ったが、次の客先に向かった。電車の中で一人になって、クロが恋しかった。
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