362 / 382
肉食系女子に狙われる草食系(?)男子
第361話:イチャついている、馬鹿な二人
しおりを挟む
「・・・ねえ、それじゃあ、教えてよ、ねこ」
少しバツが悪くなった二人は、再度相合傘をして、見えない川を眺めた。
一体何をしてるんだろうと思いつつ、それでも、黒井と並んで立っているのが嬉しかった。
「・・・なんだよ」
「だから、その・・・お前が、俺のこと、結局、いつから好きなのか」
「・・・」
「ずっと前からずっと好きだったって、言ってたじゃん」
・・・。
確かにそう言った。あのディズニーの、花火の後に。
「な、なんで知りたいわけ?」
「・・・知りたかったら悪い?」
「・・・別に、悪くはないけど」
「・・・ぷっ、俺たち本当、今日、馬鹿だよ」
「別に、ずっと馬鹿だ」
「まあね。それで、いつ?」
「・・・、・・・去年」
「去年の、いつ?」
「・・・冬」
「冬の、いつ?」
「・・・十二月」
「十二月の・・・」
「もういいっ!ぼ、忘年会だよ、忘年会の帰りだよ、お前をタクシーで送る時だ!」
何だかもうやけくそで、傘を下ろして黒井の顔をまともに見たら、鳩が豆鉄砲を食らったように驚いていて、その顔に驚いた。素っ頓狂できれいだな・・・と意味不明なことを思った。
「・・・ぼ、忘年会!?へっ、忘年会?タクシー?・・・た、タクシーで何があったんだよ!えっ?」
「べ、別に、タクシーの中では何もない!お、お前が俺の肩によだれ垂らして寝てただけ!」
「へえっ?そ、それで惚れたってわけ!?」
「そんな馬鹿なことあるか!」
ぷっと吹き出してしまったら、何だか神聖な思い出が汚されるような気になって、でも相手が本人だから仕方ないけど。それでも「何があったんだよ」「何だっていいだろ?」「何で好きになったんだよ!」「うるさい、そんなの知らなくていいんだよ!」であとは強引に退けた。
はあはあと息を切らして、悔し紛れに黒井が「ばーか」とつぶやく。
僕はお約束通り「馬鹿って言う方が馬鹿なんだ」と返した。確かにあの、タクシーに乗る直前から俺は馬鹿になったわけだけど、そんな馬鹿を好きになる方だって馬鹿なんだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・
もうしばらく川(というか、もや)を眺めて、少しだけ互いに寄りかかったり肩が触れ合ったりしてたけど、ふいに「ここでこれ以上イチャついてたら俺たち捕まる」と黒井が不穏なことを言い、歩き出した。
「そ、それほどイチャついてない」と後を追うけど、時計を見たらもう十時半を過ぎていて、僕たちは階段をのぼって川を後にした。
・・・。
い、イチャついてる、とか・・・。
そんなの、<デート>と同じく本人の前で簡単に口に出せる単語じゃなかったのに、わりと自然に言えてしまった・・・。
・・・って、いうか。
二人とも、自分たちがさっき「イチャついていた」ことを、認めている。
それって、つまりさっきのキスは、僕たちが今までしてきた<切羽詰まった一方的な、何かの感情のなれの果ての行為>ではなく、<恋愛関係にある二人のイチャつき的行為>だって、お互いそういう認識に至っているという・・・。
「おい、ねこ、早く!俺が濡れる」
「あ、はい、分かったって」
追いついて、黒井に傘を差しかけて、隣の体温がそれだけで嬉しい。
・・・でも、あえて、頑張って理屈を紡ぎ続けるのであれば。
・・・もしかして少しだけ、僕たちは今、互いに対する感覚が変わりつつあるのだろうか。
二人ともきっと、今は少々の気恥ずかしさと、いけない秘密を共有しているというような優越感および背徳感、その他、わだかまりが解けた安堵、まだ冷めやらない興奮、そして相手をもっと好きになった気持ち・・・等々を感じている、と、思った。
もちろん、黒井がそう感じているかは分からないことだけど。
でも、そうだと思った。そう思うことに違和感がない。
以前なら絶対思わなかったことだけど、今はなぜか、黒井は手の届かないどこかの概念の存在じゃなく、また僕と黒井は完全に独立した別の個体でもなく・・・二人は地続きの存在だと思えた。それでもう、僕の思考の一人称は今、<僕>というより<僕たち>とか<二人>(黒井なら<俺ら>だろう)ですらあり、そして二人は吸い寄せられるように近くのコンビニへと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
びしょ濡れの折り畳み傘で店内を濡らすのも悪く、僕だけ外で待っていたら、黒井がチューハイを二本買って出てきた。
うん、確かに、酒でも飲まないと、何となく落ち着かない。しらふじゃないということでバランスを取らないと、僕たちはきっとまだ、そんなに気軽にはイチャつけない・・・。
・・・そんなことも、やっぱり何となく、手に取るように分かった。
ああ、今まではただ「突然、この寒空の下でチューハイ!?」と振り回されるばかりだったけど、こうして見たら黒井だって何だか余裕がなくて、頑張っていて、その上僕のことが好きで、それってもはやかわいいとさえ思える。な、何だ、お前ってこんなにかわいい男だったの?
「ねこ、どっちがいい?レモンとグレープ」
「・・・え、どっちでもいいよ」
「じゃあお前レモンね、・・・って」
いや、渡されても、傘と鞄で持てないし、開けられない。
「い、いいよ、クロ、先飲めば」
「そう?んじゃ」
そうして歩き出し、黒井は時々立ち止まって僕にもそれを飲ませた。いやいや、さすがに恥ずかしくて傘で顔を隠したけど、・・・っていうかそもそも相合傘で歩いているというのは気にもかけてなくて、どうやら感覚が麻痺しているようだ。
・・・でももういいか、<俺たち>こんなだし。
・・・・・・・・・・・・・・・・
帰りはすぐそこの両国駅じゃなく、もう少し歩いて都営新宿線の森下駅へ向かう。そこからなら桜上水まで一本だ。
ほろ酔いも手伝って、二人して寒いだの、あったかいもんが食べたいだの、やっぱり俺たち馬鹿だの言って笑い、まるで、あの「みつのしずく」に行った時のよう。
「・・・げほっ、ちょっと、お前、飲ますの下手だよ」
「えー?おまえが飲むのヘタなんだろー?」
そう言って、僕が口をつけたところに何の躊躇もなく唇をつけ、ぐいぐいと飲む黒井。
「クロ、お前は飲み過ぎ・・んぐっ」
また強引に缶を口にあてがわれて、その角度が上がり、しかし僕がどんどん上を向いても、酒は一滴も来なかった。
「ん、んんっ(もう、ない!)」とうめくけど、缶を振るから最後の数滴がどっと出て、口の端からこぼれて垂れる。
黒井の顔が(それを舐めようと)近づくので、傘を持った手で慌てて拭った。
「何だよ、ちゃんとのめってばー」
「・・・い、今のはお前が悪いだろ!っていうかほとんど自分で飲んだんじゃないか、やっぱり酔ってる」
「んー、酔ってない、おれ酔ってないよ。あはは、ばーか!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
地下鉄駅はあたたかく、冷えた身体に酒を入れた僕たちはそのまま欲求に従って、一直線にトイレへと向かった。
・・・そんなことすらも、やっぱり馬鹿みたいに、楽しい。
今までだってこんなことはただ楽しくて、でも恋心や下心にはしっかり蓋をしてたわけで、でも今はその必要もないなんて。
・・・。
だって、堂々と、横並びで、その音を聞きながら・・・放尿している!
こんなの、さっきのイチャつきなんかよりずっと犯罪なのに、こうしてできてしまう!(・・・という男子トイレのシステムがどうなんだ!)
い、いや、この変態具合はまだ隠すべきか。
「・・・ってクロ、まだ?」
「だって、お前よりずうっと前から俺、川辺で佇んでたもん」
「あ、そう・・・でも、<川>ってメール来たの結構直前だったけど」
「・・・直前?」
え、何の直前かって?それは僕が両国駅に着く直前・・・って、ああそうか、僕はあのメールに何も返事をしてないから、クロに分かるわけがない。・・・っていうか、黒井は、僕がメールに気づいたかどうか、そして両国に向かっているのかどうかすら分からなかったわけだ。ああ、サンマルクだのやっぱりやめるだの川にいるだの、勝手だなと思ったけど、本当に僕も十分、身勝手だな。
でも、いつもみたいに「返事を出さなくて済まなかった、迷惑をかけた」と謝る気持ちには、ならなかった。
そんなのお互い様で、お互い少し変態で、お互い好き合っている、と、思えた。
手を洗って、トイレを出て、ホームで電車を待つ。
待ちながら、レモンのチューハイを開けて二人で回し飲む。
やることなすこと、一挙手一投足、すべてがどきどきしていちいち楽しくて、そして黒井もそう思ってるのを感じたら、合わせ鏡みたいにそれは無限に増幅しそうだった。
「だからー、メールさー、もう、なんかめんどくない?俺ら」
「何だよ、メールがめんどい俺らって」
ベンチで黒井がややべたべた上戸になってきて、僕にもたれかかるように、ぐんにゃりだらしなく座る。前に飛び出した足をぐいっと曲げさせて最低限のマナーを守らせつつ、その緩めたネクタイからちょっと目が離せない。
「だからさ、メール、打つの、めんどいじゃん。俺は何かいまいち言葉にできないし、したくないし、しちゃうと何か違うし、お前は・・・何だか知んないけど、とにかく、もう、いいじゃん。わかってる」
「分かってるって、何が」
「言いたいこと。だから、もう、俺たち、空メールでいいじゃん。押すだけなんだから。あはは、朝起きたらおはようの空メールして、なんか思ったら空メールして、会いたいと思ったら空メールすんの。なんも書いてなくて、でも、相手が、なんか思ってるんだろうなって」
「・・・お、思ってる、内容が、わかるわけ?」
「わかんない」
「・・・どう返事すんの?」
「空メール」
「うはは、クロ、それ、意味わかんないだろ」
「わかんないよ」
黒井は少し苦笑いを含んだ、でも綺麗に口角が上がった笑みを返して、僕たちはしばし見つめ合った。それからやっと、ちゃんと明るい場所でクロの髪を見て、それは黒犬の黒髪ではないけど、山猫色の腕時計に合う綺麗な、何となく濃淡のついた濃い栗色だった。
「・・・似合う?」と、それに気づいた黒井が少し、照れた声を出す。
僕はうなずいて、その腕時計に手を伸ばし、ベルトに一瞬触れ、思ったことを示した。
手を引っ込める瞬間に、何となく、伝わったなと、感じた。
あとは「・・・ん」と缶を渡してひと口ずつ飲み、電車が来る合図。
・・・でも、黒井は立ち上がる気配を見せず、そのままのんびりと座って、「そういや、川のことだけどさあ」と。
それで僕は、ああ、一本見送ってもう少し話すんだなと、それを了承するように、再び缶に口をつけた。まだ木曜なのに、ホームでチューハイ飲んでるサラリーマンなんておっさんくさいなと思いつつ、クロと一緒ならおっさんだって何だって構わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
あの隅田川は下っていくと築地やら月島まで、断続的に遊歩道みたいなテラス(?)が続いているらしい。
千葉から帰ってきた初夏の頃、客先でその辺りを訪れ、黒井はクラゲを見たという。
隅田川を、ただ流れていく、大量のミズクラゲ。
川の上流から流れてきたはずはないから、海側から逆流してきて、また戻っていく(?)ところだったようだが、一匹や二匹ではなく、いつまでもいつまでも、たくさん流れていたらしい。
そんなとりとめのない隅田川の話で、僕は、その頃の黒井は、きっとあの流れ星を探す目をして半透明の無脊椎動物を眺めていたんだろうと、容易に想像がついた。
そして、それを話す今の黒井の横顔は、それとはほんの少し違う表情で。
どちらの黒井も、ただ、いとおしかった。
僕が缶を捨てて、電車に乗って、黒井が桜上水で降りる。
僕は人混みに紛れて一瞬その手を握り、すぐ離した。
耳元で囁かれた「じゃあね」がいつまでも残っていて、十五分後、たぶん「家に着いた」という意味の空メールが来て、「おかえり」の空メールを返す。
勝手に笑みがこぼれて、こんなの楽しすぎるけど、でも、もし一緒に住んだら、こんなのもいらなくなっちゃうな・・・なんて、早くも、一人暮らしの日々を大事にしようなんて思った。
少しバツが悪くなった二人は、再度相合傘をして、見えない川を眺めた。
一体何をしてるんだろうと思いつつ、それでも、黒井と並んで立っているのが嬉しかった。
「・・・なんだよ」
「だから、その・・・お前が、俺のこと、結局、いつから好きなのか」
「・・・」
「ずっと前からずっと好きだったって、言ってたじゃん」
・・・。
確かにそう言った。あのディズニーの、花火の後に。
「な、なんで知りたいわけ?」
「・・・知りたかったら悪い?」
「・・・別に、悪くはないけど」
「・・・ぷっ、俺たち本当、今日、馬鹿だよ」
「別に、ずっと馬鹿だ」
「まあね。それで、いつ?」
「・・・、・・・去年」
「去年の、いつ?」
「・・・冬」
「冬の、いつ?」
「・・・十二月」
「十二月の・・・」
「もういいっ!ぼ、忘年会だよ、忘年会の帰りだよ、お前をタクシーで送る時だ!」
何だかもうやけくそで、傘を下ろして黒井の顔をまともに見たら、鳩が豆鉄砲を食らったように驚いていて、その顔に驚いた。素っ頓狂できれいだな・・・と意味不明なことを思った。
「・・・ぼ、忘年会!?へっ、忘年会?タクシー?・・・た、タクシーで何があったんだよ!えっ?」
「べ、別に、タクシーの中では何もない!お、お前が俺の肩によだれ垂らして寝てただけ!」
「へえっ?そ、それで惚れたってわけ!?」
「そんな馬鹿なことあるか!」
ぷっと吹き出してしまったら、何だか神聖な思い出が汚されるような気になって、でも相手が本人だから仕方ないけど。それでも「何があったんだよ」「何だっていいだろ?」「何で好きになったんだよ!」「うるさい、そんなの知らなくていいんだよ!」であとは強引に退けた。
はあはあと息を切らして、悔し紛れに黒井が「ばーか」とつぶやく。
僕はお約束通り「馬鹿って言う方が馬鹿なんだ」と返した。確かにあの、タクシーに乗る直前から俺は馬鹿になったわけだけど、そんな馬鹿を好きになる方だって馬鹿なんだ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・
もうしばらく川(というか、もや)を眺めて、少しだけ互いに寄りかかったり肩が触れ合ったりしてたけど、ふいに「ここでこれ以上イチャついてたら俺たち捕まる」と黒井が不穏なことを言い、歩き出した。
「そ、それほどイチャついてない」と後を追うけど、時計を見たらもう十時半を過ぎていて、僕たちは階段をのぼって川を後にした。
・・・。
い、イチャついてる、とか・・・。
そんなの、<デート>と同じく本人の前で簡単に口に出せる単語じゃなかったのに、わりと自然に言えてしまった・・・。
・・・って、いうか。
二人とも、自分たちがさっき「イチャついていた」ことを、認めている。
それって、つまりさっきのキスは、僕たちが今までしてきた<切羽詰まった一方的な、何かの感情のなれの果ての行為>ではなく、<恋愛関係にある二人のイチャつき的行為>だって、お互いそういう認識に至っているという・・・。
「おい、ねこ、早く!俺が濡れる」
「あ、はい、分かったって」
追いついて、黒井に傘を差しかけて、隣の体温がそれだけで嬉しい。
・・・でも、あえて、頑張って理屈を紡ぎ続けるのであれば。
・・・もしかして少しだけ、僕たちは今、互いに対する感覚が変わりつつあるのだろうか。
二人ともきっと、今は少々の気恥ずかしさと、いけない秘密を共有しているというような優越感および背徳感、その他、わだかまりが解けた安堵、まだ冷めやらない興奮、そして相手をもっと好きになった気持ち・・・等々を感じている、と、思った。
もちろん、黒井がそう感じているかは分からないことだけど。
でも、そうだと思った。そう思うことに違和感がない。
以前なら絶対思わなかったことだけど、今はなぜか、黒井は手の届かないどこかの概念の存在じゃなく、また僕と黒井は完全に独立した別の個体でもなく・・・二人は地続きの存在だと思えた。それでもう、僕の思考の一人称は今、<僕>というより<僕たち>とか<二人>(黒井なら<俺ら>だろう)ですらあり、そして二人は吸い寄せられるように近くのコンビニへと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
びしょ濡れの折り畳み傘で店内を濡らすのも悪く、僕だけ外で待っていたら、黒井がチューハイを二本買って出てきた。
うん、確かに、酒でも飲まないと、何となく落ち着かない。しらふじゃないということでバランスを取らないと、僕たちはきっとまだ、そんなに気軽にはイチャつけない・・・。
・・・そんなことも、やっぱり何となく、手に取るように分かった。
ああ、今まではただ「突然、この寒空の下でチューハイ!?」と振り回されるばかりだったけど、こうして見たら黒井だって何だか余裕がなくて、頑張っていて、その上僕のことが好きで、それってもはやかわいいとさえ思える。な、何だ、お前ってこんなにかわいい男だったの?
「ねこ、どっちがいい?レモンとグレープ」
「・・・え、どっちでもいいよ」
「じゃあお前レモンね、・・・って」
いや、渡されても、傘と鞄で持てないし、開けられない。
「い、いいよ、クロ、先飲めば」
「そう?んじゃ」
そうして歩き出し、黒井は時々立ち止まって僕にもそれを飲ませた。いやいや、さすがに恥ずかしくて傘で顔を隠したけど、・・・っていうかそもそも相合傘で歩いているというのは気にもかけてなくて、どうやら感覚が麻痺しているようだ。
・・・でももういいか、<俺たち>こんなだし。
・・・・・・・・・・・・・・・・
帰りはすぐそこの両国駅じゃなく、もう少し歩いて都営新宿線の森下駅へ向かう。そこからなら桜上水まで一本だ。
ほろ酔いも手伝って、二人して寒いだの、あったかいもんが食べたいだの、やっぱり俺たち馬鹿だの言って笑い、まるで、あの「みつのしずく」に行った時のよう。
「・・・げほっ、ちょっと、お前、飲ますの下手だよ」
「えー?おまえが飲むのヘタなんだろー?」
そう言って、僕が口をつけたところに何の躊躇もなく唇をつけ、ぐいぐいと飲む黒井。
「クロ、お前は飲み過ぎ・・んぐっ」
また強引に缶を口にあてがわれて、その角度が上がり、しかし僕がどんどん上を向いても、酒は一滴も来なかった。
「ん、んんっ(もう、ない!)」とうめくけど、缶を振るから最後の数滴がどっと出て、口の端からこぼれて垂れる。
黒井の顔が(それを舐めようと)近づくので、傘を持った手で慌てて拭った。
「何だよ、ちゃんとのめってばー」
「・・・い、今のはお前が悪いだろ!っていうかほとんど自分で飲んだんじゃないか、やっぱり酔ってる」
「んー、酔ってない、おれ酔ってないよ。あはは、ばーか!」
・・・・・・・・・・・・・・・・
地下鉄駅はあたたかく、冷えた身体に酒を入れた僕たちはそのまま欲求に従って、一直線にトイレへと向かった。
・・・そんなことすらも、やっぱり馬鹿みたいに、楽しい。
今までだってこんなことはただ楽しくて、でも恋心や下心にはしっかり蓋をしてたわけで、でも今はその必要もないなんて。
・・・。
だって、堂々と、横並びで、その音を聞きながら・・・放尿している!
こんなの、さっきのイチャつきなんかよりずっと犯罪なのに、こうしてできてしまう!(・・・という男子トイレのシステムがどうなんだ!)
い、いや、この変態具合はまだ隠すべきか。
「・・・ってクロ、まだ?」
「だって、お前よりずうっと前から俺、川辺で佇んでたもん」
「あ、そう・・・でも、<川>ってメール来たの結構直前だったけど」
「・・・直前?」
え、何の直前かって?それは僕が両国駅に着く直前・・・って、ああそうか、僕はあのメールに何も返事をしてないから、クロに分かるわけがない。・・・っていうか、黒井は、僕がメールに気づいたかどうか、そして両国に向かっているのかどうかすら分からなかったわけだ。ああ、サンマルクだのやっぱりやめるだの川にいるだの、勝手だなと思ったけど、本当に僕も十分、身勝手だな。
でも、いつもみたいに「返事を出さなくて済まなかった、迷惑をかけた」と謝る気持ちには、ならなかった。
そんなのお互い様で、お互い少し変態で、お互い好き合っている、と、思えた。
手を洗って、トイレを出て、ホームで電車を待つ。
待ちながら、レモンのチューハイを開けて二人で回し飲む。
やることなすこと、一挙手一投足、すべてがどきどきしていちいち楽しくて、そして黒井もそう思ってるのを感じたら、合わせ鏡みたいにそれは無限に増幅しそうだった。
「だからー、メールさー、もう、なんかめんどくない?俺ら」
「何だよ、メールがめんどい俺らって」
ベンチで黒井がややべたべた上戸になってきて、僕にもたれかかるように、ぐんにゃりだらしなく座る。前に飛び出した足をぐいっと曲げさせて最低限のマナーを守らせつつ、その緩めたネクタイからちょっと目が離せない。
「だからさ、メール、打つの、めんどいじゃん。俺は何かいまいち言葉にできないし、したくないし、しちゃうと何か違うし、お前は・・・何だか知んないけど、とにかく、もう、いいじゃん。わかってる」
「分かってるって、何が」
「言いたいこと。だから、もう、俺たち、空メールでいいじゃん。押すだけなんだから。あはは、朝起きたらおはようの空メールして、なんか思ったら空メールして、会いたいと思ったら空メールすんの。なんも書いてなくて、でも、相手が、なんか思ってるんだろうなって」
「・・・お、思ってる、内容が、わかるわけ?」
「わかんない」
「・・・どう返事すんの?」
「空メール」
「うはは、クロ、それ、意味わかんないだろ」
「わかんないよ」
黒井は少し苦笑いを含んだ、でも綺麗に口角が上がった笑みを返して、僕たちはしばし見つめ合った。それからやっと、ちゃんと明るい場所でクロの髪を見て、それは黒犬の黒髪ではないけど、山猫色の腕時計に合う綺麗な、何となく濃淡のついた濃い栗色だった。
「・・・似合う?」と、それに気づいた黒井が少し、照れた声を出す。
僕はうなずいて、その腕時計に手を伸ばし、ベルトに一瞬触れ、思ったことを示した。
手を引っ込める瞬間に、何となく、伝わったなと、感じた。
あとは「・・・ん」と缶を渡してひと口ずつ飲み、電車が来る合図。
・・・でも、黒井は立ち上がる気配を見せず、そのままのんびりと座って、「そういや、川のことだけどさあ」と。
それで僕は、ああ、一本見送ってもう少し話すんだなと、それを了承するように、再び缶に口をつけた。まだ木曜なのに、ホームでチューハイ飲んでるサラリーマンなんておっさんくさいなと思いつつ、クロと一緒ならおっさんだって何だって構わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
あの隅田川は下っていくと築地やら月島まで、断続的に遊歩道みたいなテラス(?)が続いているらしい。
千葉から帰ってきた初夏の頃、客先でその辺りを訪れ、黒井はクラゲを見たという。
隅田川を、ただ流れていく、大量のミズクラゲ。
川の上流から流れてきたはずはないから、海側から逆流してきて、また戻っていく(?)ところだったようだが、一匹や二匹ではなく、いつまでもいつまでも、たくさん流れていたらしい。
そんなとりとめのない隅田川の話で、僕は、その頃の黒井は、きっとあの流れ星を探す目をして半透明の無脊椎動物を眺めていたんだろうと、容易に想像がついた。
そして、それを話す今の黒井の横顔は、それとはほんの少し違う表情で。
どちらの黒井も、ただ、いとおしかった。
僕が缶を捨てて、電車に乗って、黒井が桜上水で降りる。
僕は人混みに紛れて一瞬その手を握り、すぐ離した。
耳元で囁かれた「じゃあね」がいつまでも残っていて、十五分後、たぶん「家に着いた」という意味の空メールが来て、「おかえり」の空メールを返す。
勝手に笑みがこぼれて、こんなの楽しすぎるけど、でも、もし一緒に住んだら、こんなのもいらなくなっちゃうな・・・なんて、早くも、一人暮らしの日々を大事にしようなんて思った。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる