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9 今日の父ちゃん (完)

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町内会の料理長ボランティアは、仕事の休日に参加していた

父の定年退職とほぼ同時に、甘酒・豚汁配布は無くなった

一気に料理の機会を失った父は
家庭での家事を食事を含めた全部請け負った

母はそれを機に、挑戦してみたかった介護の夜勤を始めた

味噌汁も炒め物も、妙にしょっぱかった

「プロ~? ブランクかい?」

なんて尋ねると

「ちっちゃい鍋で作るのは、苦手なんだよ」

そう笑っていた


何か物寂しそうな日々を過ごす父に声をかけたのは、父の兄だった

「魚釣ってきた! 捌いてくれ!」

また別の日には

「ネタは全部用意する! 寿司、握ってくれや」

父は、『不定期お魚屋さん』になったのだ


今日もまた、ご近所さんが家を訪れてこう言った

「孫が釣って来た魚……お願いできないかしら?」

でっかく手強そうな魚だった
前回、ふたまわりは小さかった魚でも根をあげてギブアップしたと言う

今日釣ったので新鮮だろうと

「お刺身で食べたいから頼めないか?」との事だったが

「それは出来ない」と、父は即答した

「やらせてもらう以上、
 この魚が直前までどんな状態だったかわからないから、
 生食での提供は許可出来ない」

その言葉に落ち込んだご近所さんだったが、父は続ける

「骨抜きして、3枚に下ろしてあげるから煮るか焼いて食べなよ」

そう言うと、承諾も得ずに台所に向かった


懲りずに釣って来たという犯人の正体は、ご近所さん家の可愛い孫君

父の飼ってるメダカと金魚の……1番のファンなのだ

「これまた大変そうだ!」

嬉しそうに台所に立つ父ちゃんからは、鼻歌がこぼれていた

謝礼は、お裾分け分け頂いたアラと切り身

父だけがこっそり刺身食べていたのは、ここだけの内緒だ


こんなかっこいい父ちゃんを

ご機嫌で可愛い父ちゃんを

自慢せずにはいられなかった、今日この頃だ


********* 完 *********
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