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最終章
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春蔵はテレビを観ていた。
「お爺ちゃん、僕の作務衣は?」
廊下を走り居間にやってきた冬児には見せまいと、手元にあるリモコンでテレビの電源を切った。
情報番組で例の事件が放送されて、冬児の目に事件現場の映像や評論家の意見を見聞きされるのを避けたかったのだ。
季節原家は凶悪な指名手配犯に襲われた事でメディアから執拗に取材を受けており疲弊していた。
以前に比べメディアの露出は少なくなったものの、意図しない事で有名人になってしまった後遺症がある。
普段の生活を取り戻そうと、ぎこちなく明るく振る舞っている姿が春蔵には心苦しかったのだ。
「ああ、用意はしたが。」
「どこにあるの?」
「そこの紙袋に入れてあるぞ。」
「これを着てお店に立つんだね。僕、冬休みは社会経験を積んで成長したい。」
「わかっている、わかっている。
もう何度も聞かされたからな。」
作務衣が入った紙袋を持った冬児は期待で胸を膨らませながら2階へかけて行った。
先ほどよりも更に足音に力がある。
「あいつ、さっきからバタバタうるせえな。」
外出していた夏子は玄関ドアを開けていて、サクラと遊んでいた秋奈と顔を合わせた。
「お母さん、お帰り!」
「ウフフ、ただいま秋ちゃん!
秋ちゃんが好きなドーナツ買ってきたわよ。」
マフラーから見える頬は冬の寒さで少し赤くなっていて、実年齢よりも夏子の顔はあどけなく見える。
「わぁありがとう!」
夏子が秋奈にドーナツの入ったビニールの手提げ袋を手渡した瞬間、2人は顔を見つめて気まずそうにした。
「お義父さん、すみません!
あの私達、お義父さんが作るお団子も大好きで、いつも楽しみにしているんですよ!」
「そ、そうだよ。お爺ちゃん。
でもさ、たまにはドーナツ食べたくなっちゃうんだ。
焼き肉が好きだからって、毎日焼き肉を食べられないじゃん?
そういう感じ…。」
「謝らんでくれ。
ドーナツでもクレープでもタピオカでも好きな物を食べるのが1番だぞ。」
「お爺ちゃーん!」
飛び跳ねるように冬児が走ってきた。
後を追ってサクラも駆け寄ってくる。
「おおっ、似合っているじゃないか。」
「あらっ!フユちゃん可愛いじゃない!」
「フユはオヤジみたい。」
ガラガラガラ。
少々玄関ドアの立て付けが悪い。
「わぁ!?びっくりした!」
夏子は身体をビクッとさせて声をあげた。
「まいったよ。」
「お父さん、どうかしたの?」
冬児が尋ねる。
「またウチらの話を聞きに取材班でもきたわけ?」
「あなた、そうなの?」
春蔵は辛そうな表情を浮かべながら春彦を見つめている。
「その…婦女子が。」
ガラガラガラ。
玄関ドアを開ける音がした。
「しまった!鍵をかけ忘れていた!」
年齢を問わず30名以上の女性が、季節原家の実家にやってきていた。
「あら、そういう事?
事件を解決して一躍アイドルになったわけね。
ふーん。」
白けた顔で夏子は言った。
「テレビ会社の人が言っていたけどね、今度再現ドラマをお正月にやるんだって。
僕ら家族が事件に巻き込まれたにもかかわらず、犯人をあっさり捕まえたお父さんを主役にした内容らしいよ。」
「豪華俳優人がウチらを演じるみたいだよね。
私を演じる役も気になるけどさ。
お父さんの役はきっとイケメンが演じるんじゃないかな?
だって主演なわけだよ?
あーん、誰になるんだろう!?」
秋奈はサラサラした髪を揺らした。
女性に囲まれた熱狂の渦のなか、春彦は大きな声だがどことなく頼りない声で言う。
「私は一般人ですよ。この通り、団子屋のオヤジです。
申し訳ありませんが、帰っていただけませんか?」
珍しく春彦が取り乱している。
「オヤジはオヤジでも、こんな若いオヤジはいないよ!
見た目が15歳くらいの男の子じゃん!」
春彦の遺伝子を受け継いだ低身長の冬児の頭をポンポン叩きながら、身体をくねらせて秋奈は笑った。
夏子を筆頭に春彦のファンを自宅から追い返した後、居間に家族が集まった。
「明日から"団子屋春夏秋冬"は生まれ変わるんだ。」
「そう、家族みんなでお店に立つものね。」
「私はちょっと…」
「お姉ちゃん!」
「冬児はまだ子供だし、秋奈も大学受験を控えておる。
店の事は気にせんでいい。
みんなの気持ちだけで充分だ。」
春蔵が言うとコタツで暖まる秋奈、冬児、夏子は優しく微笑んだ。
「ただ一つ問題があるよ。
でしょ?お母さん。」
「なに?秋ちゃん。
あっ、そうね。ウチには人気者がいるものね~。」
「勘弁してくれ。」
春彦は湯呑みを見つめた。
茶柱が立っていた。
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