【第一幕・完】月下霊異記~真夜中の小道具店は、もふもふ店員と妓女と官吏で満員御礼~

渡邊 香梨

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第五章 龍と游皇家

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【ね、おせんちゃん、今ってお店?】
【そう。だけど葉華が姿を見せない方がいいっていうから隠れてる。お店は禿かむろの子たちが交代で見ててくれてるし】

 そうなのだ。

 小道具店は、今は恐らく妓楼の下働き、禿かむろと呼ばれる妓女見習いの子たちが日替わりで店番をしてくれている筈だ。昔から、珠葵が風邪で寝込んだ時なんかには、そのように采配されていたからだ。

 けれど彼女たちにも彼女たちの仕事があり、ずっと引き受けているわけにもいかない。
 多分少し日がたてば、葉華の強権発動でお店に戻して貰えそうな気はするけれど、中途半端な状態で戻されてしまえば、いつまた捕まってしまうか分からない。

 そのうえ小道具の〝浄化〟が滞れば、龍河や桜泉の体調にだって、いずれ支障をきたすかも知れない。
 今が悩ましい状況であるのもまた確かだった。

【ちなみにおせんちゃん、今王宮がどういう状況なのか分かる?】

 珠葵の問いかけに、一瞬だけ探るような沈黙があった。

【うーん……? さすがに南陽楼ここから王宮の様子を探るのはちょっと難しいかな】
【だよね……】
【あ、でも、郷で父龍ちちうえがちょっと調べてくれたよ?】
【⁉︎】

 聞き捨てならない心話こえに、珠葵がヒュッと声を呑み込む。

【お兄ちゃんと『珠葵ちゃんの危機なの! 何かあったら王宮潰していいよね⁉︎』って詰め寄ったら、いきなりはやめなさい、って様子を確認してくれたの】

【…………】

 桜泉の言う「ちちうえ」とは、この国を守護する龍である、龍泉のことだ。他にいるはずもない。

 いったい、どれほどの年月を生きているのか。この国に住まう誰も把握をしていない。
 長い年月を生きているからか、少しおっとりしたところがあるが、それだけに本気になれば、王宮どころか国が滅ぶ。
 いきなりはやめろ、と常識的なことを言ってくれているだけまだ有難いのだ。

【えっと……それで、龍泉様おとうさまは何て?】

 珠葵は盛大に顔を痙攣ひきつらせながらも、桜泉の無邪気な心話こえを聞いているしかなかった。

【確か特殊な結界があって、御史台に対して悪意のある者を弾いているって言ってたかな? 父龍ちちうえにはあんまりそういうの関係ないんだけど……迂闊に己の部署を離れるな、って皇太子権限を発動させてるんだって。雪娜としても自分が率先してそれを破って部下を危険に晒すわけにもいかないから、今は黙って受け入れている状態みたいだよ】

 その結界とやらが御史台周辺だけならばいいが、仮に王宮全体に張り巡らされでもしていたら、突き破って桜泉がこの牢に来てしまえば、大騒ぎになるのは必須。

 悪意のある気配を祓う程度の力しかない珠葵からすれば、結界の範囲すら読み取れない。龍泉も游皐瑛も、それぞれが想像もつかない力の使い方をしているとしか分からなかった。

【でもそこまでやっていても、皇帝は春宮を罰せられないだろうって。春宮はそれくらいには、力も頭もあるんだって。明確な罪を犯しているわけでもないから、さすがに皇帝も、ただ気に入らないだけでは罰せられない。そんなことをしていたら国が滅ぶ……というか父龍ちちうえが黙ってないから、双方が相手の失策を期待して睨みあっている状況――だったんだって。これまでは】

 どうやら守護龍たる龍泉は、当代皇帝よりも次代となる春宮を買っている。桜泉の言葉はそんな風に聞こえた。

 朱雪娜の楯となるかの如く、実の父親と対立していたと言う游皐瑛。

 南陽楼と街中が基本の行動範囲だった珠葵は知る由もなかったが、御史台更夜部に時々出入りをしていた桜泉は、何度か父子が睨みあっているのを目撃していたと言うし、龍河は桜泉を通してそのことを把握している。

【うーんと……それで多分、凌北斗《アレ》の存在が表に出たことで、皇帝と春宮の微妙な均衡が崩れたんだろうって、父龍ちちうえが】

 北衙禁軍が凌北斗を探すのは、皇帝に差し出すため。
 その皇帝が凌北斗を探すのは、自らの駒として取り込むため。
 刑部が凌北斗を探すのは、李明玉殺害事件の関係者とみているため。
 游皐瑛が凌北斗を探すのは、凌北斗が皇帝の駒となり、朱雪娜が書類上にしろ、夫にされるかも知れない可能性を潰すため。

 御史台更夜部は、人外の魔物、つまりはあやかしでもけしかけられない限りは動けない。権限がないため、動く理由がない。

 更夜部ではない御史台の「本店」の方は、李明玉のいる妓楼に通っていた「大店の若旦那」のいる店であれば監察名目で動けるかもしれない。ただし今は皐瑛が関係者を外に出さないようにしているため、動ける人材に限りがある

 ――つらつらとそんな事を言う桜泉に、珠葵は唖然となる。

【……それも、龍泉様おとうさまが?】
【そう。お兄ちゃんと『何とかして』って叫んでたら『事情も分からんのに何が言える』って言われたから、色々と説明したの】
【……で、そこから状況を組み立てて推理してみた、と】
【多分?】

 げに恐ろしきは長命の龍、と言うことか。

 だけど朱雪娜の懐刀たる鄭圭琪も、そこまでは分かっていたから、游皐瑛に珠葵の下に行くよう願ったのかも知れない。
 身動きの取れなくなる自分の代わりに、柳珠葵を――と。

 珠葵には雪娜のため「動かない」「何もしない」と言う選択肢は存在しない。

【多分、珠葵ちゃんのことは、皇帝と春宮で捉え方が違うはずだって、父龍ちちうえが】
【あー……】

 珠葵が皇帝派に軽んじられているのは今更だ。龍河と桜泉が珠葵の傍を離れようとしないため、渋々その存在を容認しているだけで、隙あれば引き剥がさんとしていることは、かなりあからさまだ。
 龍たちの目の前で決定的な失態を犯していないだけなのだ。

 けれど春宮派、というか游皐瑛自身がかなり臨機応変な性格をしている。
 朱雪娜の秘蔵っ子は、雪娜の後宮入り阻止にあたって重要な駒になると認識しているのだ。

【だから凌北斗アレが行方知れずだっていうこの時に、珠葵ちゃんの存在をどう見たかにも差がでたんだろうって】
【匿ったとか、逃がしたとか、どこに行ったか知っていて黙ってる……とか?】
【とか】

 うんうん、と桜泉が頷く姿が目に見えるようだった。

【勘弁してよ……】

 養父が殺されたらしいことが確かなら、凌北斗は周囲の全てに疑心暗鬼になっていたはず。

 無理に引き込もうとしても上手くいかないだろうと察していた鄭圭琪が、恐らくは周囲も巻き込みながら、少しずつ距離を縮めようとしていて、游皐瑛はそれを黙認していたんじゃないだろうか。
 皐瑛や圭琪の態度からすると、そんな気がする。

 ただ、その「仕込み」の全てを、皇帝側が無に帰したのだろう。
 恐らく街中で珠葵と離れた後、禁軍兵の誰かとそこで出会ったのだ。

 そしてその禁軍兵らは、おそらくは無理に言うことを聞かせようとして――逃げられた。
 多分、それが今だ。

 そこから更に珠葵が拘束される羽目になったのは、あわよくば小龍の兄妹を取り込みたいとの皇帝側の意図と共に、凌北斗についての情報を少しでも掴みたかったからに違いない。

 外で串焼きと饅頭を食べているところを誰かが見て、親しいと勘違いされたのだろうことを思えば、迷惑と理不尽の二重奏だ。

【おせんちゃん……アレ、捕まえてきたら一発ずつぶん殴ろっか】
【当然! 多分、雪娜は珠葵ちゃんには動いて欲しくないかもだけど、それはそれこれはこれだしね!】
【そうそう】
【でも父龍ちちうえが、自分が動くのは簡単だけど、長い目で見たらそれは誰の為にもならないって言ってたから、これ以上は……】

 いよいよどうしようもなくなれば動くかも知れないが、人間ひとの手で何とか出来ることは、何とかすべき――それが守護龍としての基本的な立ち位置らしい。

 確かに、何でもかんでも頼られたり、龍の責任にされてしまうのは本意ではないだろう。
 長い生の間、そういった人間の身勝手に振り回されて来たことが一度や二度じゃなかったのかも知れない。

【だから、アタシとお兄ちゃんで頑張る! それは目を瞑ってくれるみたいだから!】

 ごめんね、とシュンとした桜泉の心話こえが聞こえる。
 珠葵は慌てて首を振った。

【ううん、充分協力してくれていると思うよ? やっぱりそれだけ、リュウ君とおせんちゃんが大事なんだよ!】
【そ、そっかな】

 それに。
 口数は少ないが本来の性格はとても優しい雪娜あのひとであれば、きっと思うだろう。
 ――危険な目にあうのなら、それは自分だけでいい、と。

 でも。
 だからこそ。

(雪娜様が狙われてる、なんて聞いちゃったら、聞かなかったことには出来ない)

 きっと、游皐瑛と鄭圭琪の二人は、珠葵にも動いて欲しいはずなのだ。
 朱雪娜のために――珠葵にも出来ることとは?
 考えないと。

【ねえ、おせんちゃん。凌北斗アレ探す前に、とりあえず鄭様に言って、明明さんが私のお店に持ち込んできた短剣と、他の小道具なんかを片っ端から〝浄化〟させて貰えないか頼めないかな】

【え? 今の状況で?】

 珠葵の言葉に、桜泉が驚いているのが分かる。
 けれど、意味のないことではないと思うのだ。
 
【うん。確かにただ〝浄化〟しても意味はないと思うから、誰か『気読み』の得意な人に来て貰って、私が〝浄化〟をする隣で、小道具にこめられた悪意を辿って貰おうかと思うの】

 気読みとは、行使された呪術ちからの元を辿ろうとする能力のことだ。
 御史台更夜部には、そういった対あやかしの特殊能力を持つ人間が何人も籍を置いている。

 それを一人呼びたい、と言った珠葵に【うん?】と、不思議そうな桜泉の心話こえが返ってきた。
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