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第七章 あなたのために
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「結界……」
珠葵にしてみれば、御史台更夜部以外の人間がそういった特殊な能力を持っているという認識がない。
だから半ば喧嘩を売る勢いで言ったのだ。
結界を張れるようになってから出直せ、と。
出来るものならやってみろ、くらいの勢いだった。
「……これでいいか?」
「は?」
けれど今度は珠葵の方が「は?」と言う番だった。
凌北斗が両の掌を上に向け、何かを呟いた瞬間、ふわりと空気が動いたのだ。
「はぁぁっっ⁉ なんで……っ」
浄化特化とはいえ、多少なりと〝力〟があるからこそ、珠葵には分かった。
彼は、結界が張れる――
「何故と聞かれてもな。養父に、覚えておいて損はないと言われたから覚えただけだ。実際に使ったことはほとんどなかった」
規格外と噂され、春宮・游皐瑛に対抗できる人材として狙われている。
その話自体、あながち間違いではないのかもしれなかった。
本人の意思や資質はともかくとして。
「お養父さん、薬師なんじゃ……」
育ての親は、一芸一能の薬師のはず。
なら、その〝力〟を行使する方法は、いったい誰が……?
珠葵にとっては素朴な疑問だったが、ピクリと北斗のこめかみが動いた。
何故知っているのかと表情には出ていたが、すぐに「鄭様か」と、何やら自分の中で納得をしたようだった。
「養父は調合特化の薬師だった。だが俺には、何も早くから職業選択の幅を狭めることはないと、有り余っていたらしい〝力〟の制御について教えてくれたんだ」
唖然とする珠葵に「で?」と、北斗が格子越しに顔を近づけてきた。
「何が見えた? 話してくれるんだろう?」
「……っ」
どうにも癪に障る。
普段から〝浄化〟や〝修復〟を頼まれ、引き換えに龍河と桜泉の糧となる〝珠〟を貰っているからこそ、雪娜や圭琪との関係が上手くいっているのだ。
丹劉帆は食事を持って来てくれたし、春宮・游皐瑛はいざという時に皇帝ではなく雪娜の側に立つことを明言して、珠葵にもその目こぼしをしてくれている。
会ったばかりの高冲鋒も、鄭圭琪との繋がりがそれなりにあるからか、珠葵を邪険に扱うことはしなかった。
じゃあ、凌北斗は?
と、言いたくもなる。
(けどなぁ……)
ここで「私の利点は?」なんて聞いたところで、もはや子どもの喧嘩だ。
いや、珠葵はまだギリギリ子どもと言っていい年齢だが、どう考えても凌北斗の精神年齢が実年齢以下だ。
同じ土俵で罵り合ってどうする、という話になってしまう。
それよりも、北斗が知る情報を聞き出して、鄭圭琪を経由して雪娜に伝えることが出来れば、そちらの方がよほど前向きじゃないだろうか。
「うーん……」
正直に迷いを覗かせた珠葵に、さすがの北斗も思うところがあったのかもしれない。
「ば……場合によってはここから出るのに手を貸すが……」
人差し指で頬をかきながら、ばつが悪そうに北斗がそう呟いた。
「え、そりゃ出たいけど、今出たら脱獄犯一直線じゃ? 刑部だか北衙禁軍だかの事情聴取振り切って逃げた人と同じ扱いされたくないかも」
「ぐ……」
「だいたい、あの日お饅頭と串焼き食べた後何があったの? こちらの話をする前に、情報共有を要求したいんだけど」
これ幸いと説明を要求する珠葵に、北斗が苦い表情を見せる。
「あれは……」
「すっとぼけも、前置きもいりません。今さらだけど、こんなところで『術』を展開したら、気が付く人は気が付くんじゃない? 大丈夫?」
そもそもは珠葵が〝浄化〟をしているので、もしかしたらその余波だと思ってくれる可能性もあるが、それを親切に教えるつもりはない。
「なっ……おまえが張れと……!」
「そりゃ言ったけど! 普通、鵜呑みにする? 周囲に気を配ったりしない? 大丈夫と思ってやったのかと思ったんだもの!」
猪突猛進の次は迂闊クンなのか。
この騒動がひと段落したら、ちょっと修業が必要なんじゃないのか。
呆れる珠葵に、北斗は身体をふるわせて拳を握りしめていた。
「って言っても今さらだし。なら、ちゃっちゃと事情説明してくれる? 誰か来る前に」
この場合、情報をより欲している北斗の方が立場が弱い。それが分かっているから、北斗もそれ以上は声を荒げなかった。
そのままどっかりと、格子の向こうで地面に腰を下ろす。
「え……地面にそのまま座るんだ……?」
「俺の血はともかく、普通に市井で養父と育ってるんだ。気にしてない」
「…………最初から知ってたの?」
というか、皇帝の落とし胤というのは真実なのか。
目を丸くする珠葵に、北斗が胡乱げな視線を向けた。
「知る者は少ないと、養父は言っていたんだがな」
「えーっと……養父さまが亡くなったことで、隠蔽という名の『紗』が剝がれたんじゃないかって……」
誰が、とはここでは口にしない。
重要なのはそこじゃないし、気になるなら想像しておけばいいだけの話だ。
案の定、そこは北斗も突いてこなかった。
紗か……と、逆に感心したかのような呟きが聞こえたくらいだ。
「俺はかなり養父に護られていたらしい。実際、おまえらと別れて死体のあがった場所に駆け付けた時も、その加護を強く感じたんだ」
別れてというよりは、勝手に走り出して行った気はするが、そこは深く追求しないことにしておく。
「加護……?」
その後の言葉の方がよほど重要だった。
「俺は、その死体を間近で確かめることが出来なかった」
「え?」
「絵姿でしか李明玉を知らないというのもあったが、近付くにつれて凄まじい『悪意』を感じて、最終的には見えない壁に弾かれたような感覚に陥ってしまったんだ」
「見えない壁……」
具体的な想像が出来ず眉根を寄せる珠葵に――「そしてその途端」と、北斗は更に言葉をかぶせた。
「服装からすれば、北衙禁軍だろう。複数の人間に取り囲まれそうになり、俺はその場から逃げ出さざるを得なかったんだ」
「北衙禁軍……」
北衙禁軍。王族を守る、というよりは皇帝を護る近衛の組織。
果たしてそれは、皇帝の血を引く(かも知れない)北斗を保護したかったのか――あるいは。
「だから俺は、死体にすら触れていない」
捕まえられる謂れはないのだと、北斗自身はそう断言したのである。
珠葵にしてみれば、御史台更夜部以外の人間がそういった特殊な能力を持っているという認識がない。
だから半ば喧嘩を売る勢いで言ったのだ。
結界を張れるようになってから出直せ、と。
出来るものならやってみろ、くらいの勢いだった。
「……これでいいか?」
「は?」
けれど今度は珠葵の方が「は?」と言う番だった。
凌北斗が両の掌を上に向け、何かを呟いた瞬間、ふわりと空気が動いたのだ。
「はぁぁっっ⁉ なんで……っ」
浄化特化とはいえ、多少なりと〝力〟があるからこそ、珠葵には分かった。
彼は、結界が張れる――
「何故と聞かれてもな。養父に、覚えておいて損はないと言われたから覚えただけだ。実際に使ったことはほとんどなかった」
規格外と噂され、春宮・游皐瑛に対抗できる人材として狙われている。
その話自体、あながち間違いではないのかもしれなかった。
本人の意思や資質はともかくとして。
「お養父さん、薬師なんじゃ……」
育ての親は、一芸一能の薬師のはず。
なら、その〝力〟を行使する方法は、いったい誰が……?
珠葵にとっては素朴な疑問だったが、ピクリと北斗のこめかみが動いた。
何故知っているのかと表情には出ていたが、すぐに「鄭様か」と、何やら自分の中で納得をしたようだった。
「養父は調合特化の薬師だった。だが俺には、何も早くから職業選択の幅を狭めることはないと、有り余っていたらしい〝力〟の制御について教えてくれたんだ」
唖然とする珠葵に「で?」と、北斗が格子越しに顔を近づけてきた。
「何が見えた? 話してくれるんだろう?」
「……っ」
どうにも癪に障る。
普段から〝浄化〟や〝修復〟を頼まれ、引き換えに龍河と桜泉の糧となる〝珠〟を貰っているからこそ、雪娜や圭琪との関係が上手くいっているのだ。
丹劉帆は食事を持って来てくれたし、春宮・游皐瑛はいざという時に皇帝ではなく雪娜の側に立つことを明言して、珠葵にもその目こぼしをしてくれている。
会ったばかりの高冲鋒も、鄭圭琪との繋がりがそれなりにあるからか、珠葵を邪険に扱うことはしなかった。
じゃあ、凌北斗は?
と、言いたくもなる。
(けどなぁ……)
ここで「私の利点は?」なんて聞いたところで、もはや子どもの喧嘩だ。
いや、珠葵はまだギリギリ子どもと言っていい年齢だが、どう考えても凌北斗の精神年齢が実年齢以下だ。
同じ土俵で罵り合ってどうする、という話になってしまう。
それよりも、北斗が知る情報を聞き出して、鄭圭琪を経由して雪娜に伝えることが出来れば、そちらの方がよほど前向きじゃないだろうか。
「うーん……」
正直に迷いを覗かせた珠葵に、さすがの北斗も思うところがあったのかもしれない。
「ば……場合によってはここから出るのに手を貸すが……」
人差し指で頬をかきながら、ばつが悪そうに北斗がそう呟いた。
「え、そりゃ出たいけど、今出たら脱獄犯一直線じゃ? 刑部だか北衙禁軍だかの事情聴取振り切って逃げた人と同じ扱いされたくないかも」
「ぐ……」
「だいたい、あの日お饅頭と串焼き食べた後何があったの? こちらの話をする前に、情報共有を要求したいんだけど」
これ幸いと説明を要求する珠葵に、北斗が苦い表情を見せる。
「あれは……」
「すっとぼけも、前置きもいりません。今さらだけど、こんなところで『術』を展開したら、気が付く人は気が付くんじゃない? 大丈夫?」
そもそもは珠葵が〝浄化〟をしているので、もしかしたらその余波だと思ってくれる可能性もあるが、それを親切に教えるつもりはない。
「なっ……おまえが張れと……!」
「そりゃ言ったけど! 普通、鵜呑みにする? 周囲に気を配ったりしない? 大丈夫と思ってやったのかと思ったんだもの!」
猪突猛進の次は迂闊クンなのか。
この騒動がひと段落したら、ちょっと修業が必要なんじゃないのか。
呆れる珠葵に、北斗は身体をふるわせて拳を握りしめていた。
「って言っても今さらだし。なら、ちゃっちゃと事情説明してくれる? 誰か来る前に」
この場合、情報をより欲している北斗の方が立場が弱い。それが分かっているから、北斗もそれ以上は声を荒げなかった。
そのままどっかりと、格子の向こうで地面に腰を下ろす。
「え……地面にそのまま座るんだ……?」
「俺の血はともかく、普通に市井で養父と育ってるんだ。気にしてない」
「…………最初から知ってたの?」
というか、皇帝の落とし胤というのは真実なのか。
目を丸くする珠葵に、北斗が胡乱げな視線を向けた。
「知る者は少ないと、養父は言っていたんだがな」
「えーっと……養父さまが亡くなったことで、隠蔽という名の『紗』が剝がれたんじゃないかって……」
誰が、とはここでは口にしない。
重要なのはそこじゃないし、気になるなら想像しておけばいいだけの話だ。
案の定、そこは北斗も突いてこなかった。
紗か……と、逆に感心したかのような呟きが聞こえたくらいだ。
「俺はかなり養父に護られていたらしい。実際、おまえらと別れて死体のあがった場所に駆け付けた時も、その加護を強く感じたんだ」
別れてというよりは、勝手に走り出して行った気はするが、そこは深く追求しないことにしておく。
「加護……?」
その後の言葉の方がよほど重要だった。
「俺は、その死体を間近で確かめることが出来なかった」
「え?」
「絵姿でしか李明玉を知らないというのもあったが、近付くにつれて凄まじい『悪意』を感じて、最終的には見えない壁に弾かれたような感覚に陥ってしまったんだ」
「見えない壁……」
具体的な想像が出来ず眉根を寄せる珠葵に――「そしてその途端」と、北斗は更に言葉をかぶせた。
「服装からすれば、北衙禁軍だろう。複数の人間に取り囲まれそうになり、俺はその場から逃げ出さざるを得なかったんだ」
「北衙禁軍……」
北衙禁軍。王族を守る、というよりは皇帝を護る近衛の組織。
果たしてそれは、皇帝の血を引く(かも知れない)北斗を保護したかったのか――あるいは。
「だから俺は、死体にすら触れていない」
捕まえられる謂れはないのだと、北斗自身はそう断言したのである。
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