【第一幕・完】月下霊異記~真夜中の小道具店は、もふもふ店員と妓女と官吏で満員御礼~

渡邊 香梨

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終章 覚醒

8-1

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「珠葵っ! 無事か……って、力がすっからかんじゃないか⁉ 何やってんだよ!」
「…………え?」

 珠葵の目の前。
 肩の辺りで切り揃えられた、白銀の髪がさらりと揺れる。
 白皙の面。桜泉に似ているようで、そうじゃない。声自体は少年の声だ。
 まさか。

「リュウ……君?」

「桜泉は雪娜たちの手助けに回った! でないと、春宮がいつまでも本気を出せないから事態が収束しないし、回りまわれば珠葵のためにもならないってな!」

「えと……」

 なるほど。桜泉がここに来なかった理由は、そういう――じゃ、なくて。

「リュウ君だよね⁉ その姿は⁉ それに、な……んでっ、二人とも戻って来てるの⁉」

 桜泉とは違い、今まで龍の姿でしかいられなかった龍河に何があったのか。
 あるいは、龍の郷に行ったことで何か変化があったのか。

 そもそも何のために、龍の郷に逃げろと言ったと思っているのだ、龍河も桜泉も‼

「桜泉が『力を貸して』と言ってきたから、父龍ちちうえにゴネてゴネてゴネたおした! ……って話は今はいいだろう⁉ ともかくここから――」

「よくはない! よくはないけど、でも待って! とりあえずアレ、放っていったらまずいんだって!」

 珠葵は、人の姿をしている龍河の両頬を自分の手で挟むと、黒くゆらゆらと揺れる「影」の方へと勢いよく傾けた。

「……気持ち悪いな」
「知ってる! 多分だけど、アレを何とか出来たら、雪娜さまたちの方も楽になる気がするの!」

 あくまで、珠葵の勘だ。
 だがアレが皇帝の振るう術の一部分であると言うなら。
 何かしらの影響は相手に与えるはずなのだ。

「……別に放っておいても、何とでもなると思うぞ?」
「リュウ君⁉︎」

 声を上げる珠葵に「や、やりたくないとかじゃなくて」と、慌てたように龍河が言う。

「桜泉もオレも、父龍ちちうえに少し力を分けて貰ったんだ。その上、春宮がいて、雪娜も自由になれば向こうは――」

 大丈夫だろう。
 両頬から珠葵の両手を外しながら、そう言おうとした龍河がそこで口を閉ざした。

 ふと見れば、珠葵が完全な半目になって自分の方を見ていたからだ。

「しゅ……珠葵?」
「リュウ君」
「……はい」
「そうかも知れないけど、アレがいなくなったら、もっと早く事態が収拾するよね?」
「……多分?」
「雪娜様もおせんちゃんも、早く楽になるよね⁉」
「…………多分?」
「手伝ってくれないの?」
「…………」

 手伝ってくれないのか、の一言に龍河が完全に黙り込んだ。

「だって! 力があれば自分でやりたいけど! でも! さっき色々と浄化して、ほとんど残ってないんだもの!」

 本当は、次代の守護龍となるはずの龍の力を、そう簡単に欲してはいけないのかも知れない。
 だけど。

 雪娜に加えて桜泉もそこにいるのなら。
 それは、力を貸して欲しいと願う理由にはならないか。

 口には出さなかったものの、真っ直ぐに龍河を見据えていたことで、その思いは恐らく伝わっていた。

「……ああっ、もう‼」

 やがてそう吐き出した龍河は、一度がしがしと白銀の髪をかき回してから、その手を前に向けた。

「オレは珠葵を助けたいからここに来たし、桜泉ともそれを約束して二手に分かれたんだよ⁉」
「……うん」
「まして、そこで尻もちついてる凌北斗アレなんてどうでもいいし!」
「…………うん」

 北斗の本来の血筋を思えば、そうも言っていられないかも知れないが、龍の一族にしてみれば、彼が皇帝にでもならない限りは、間違いなくどうでもいいのだろう。

 特に現・守護龍である龍泉は、必要以上に人と関わることをしていない。であれば、その子らである龍河にも桜泉にも、少なからずその気質は受け継がれているはずだった。

「だけど桜泉と雪娜が楽になるかもって、手を貸す‼ ちぃ……っ、人化したオレの初めての力は、もっと珠葵のために、有意義なコトに使いたかったのに……っ」

「ゆ、有意義! とっても有意義だよ、リュウ君! 私のため、みんなのため、とっても有意義だよ⁉」

 龍河の科白セリフがどうにも危なっかしく聞こえて、珠葵はあわあわと「有意義」を強調した。
 あまり納得をしているようには見えなかったが、そこはもう押し切るしかない。

 ほんの一瞬の――視線の交錯。
 折れたのは、龍河だった。

「あんま手加減出来ないかもだから、あとは何とかしろよ⁉」
「分かった!」
「上手くいったらご褒美な⁉」
「ご褒美⁉ うー……何がいいか分からないけど、何とかする!」
「よし、言ったな⁉ じゃあ、まぁ――吹っ飛ばしてやるよっ‼」

 散れ!
 そう、龍河の声がしたのと同時に、縄にも似た光の束が一筋、結界の向こうの「影」に勢いよく命中した。

『グァァァッ⁉ ナ、ナニガ……ッ⁉』
「影なら光で消えんだろ。珠葵が邪魔だって言うんなら、是非もない。――消えろ」

「「!」」

 目をみはる珠葵と北斗の眼前で、不気味な動きを見せていたその〝影〟が霧散した。
 珠葵と北斗との連携で投げた簪など、比較にもならない威力だった。

「うわ……っ⁉」

 しかも、つい今まで北斗が張っていた結界まで吹き飛ばすおまけ付きだ。

「あ……力が返ってきた……?」

 両の拳を閉じたり開いたりしながら唖然と呟く北斗に、龍河が「フン!」と、鼻で笑った。

オレたちの力のうちの一つだ。狙いを定めて、それを『無』にする。その周りで、対象としたもの以外は、影響を及ぼす先を失って本人に返る。それだけのことだ」

 だから〝影〟は消え失せ、北斗の結界は北斗自身の身に返った。理屈としては、そういうことらしい。

「へぇ……すごいね、リュウ君!」
「こんなことに使いたかったワケじゃないんだけどな……」

 純粋に褒めたつもりが、龍河は不本意そうだ。
 まあまあ、と珠葵は龍河の二の腕を軽く叩く。

「じゃあ、そこに寝転がってる北衙禁軍兵の人は、そのうち目が覚める?」
「さあな。乗っ取りと併せて命も奪われてる、とかじゃなければ、そのうち起きるだろう」
「え」

 必ずしも、意識「だけ」を乗っ取られるとは限らないと、龍河は言った。
 仕掛ける側に力があれば、命を奪うことも出来るはずだと。

「ただ今回は、が別の所で春宮と対峙しているわけだから、北衙禁軍兵このおとこの方は意識を奪うのがせいぜいだと思うけどな」
「そ、そっか、びっくりした」

 あの〝影〟を作り出した人間に、そこまでの力はないと龍河は断言し、珠葵は何となく胸を撫で下ろした。

 確かに珠葵をこんな牢に放り込んだことに関しては、腹立たしいことこの上ないが、だからと言って死んで欲しいとまでは思っていなかったからだ。

 丹劉帆じょうしに叱られるなり、しばらく寝込むなりでもしていてくれれば充分だ。

「じゃあ珠葵、もういいよな? 南陽楼に帰るだろう?」
「……帰るって……」

 何でもないことのように龍河は言うが、ここはまだ牢の中である。
 このままいなくなったら脱獄犯じゃないか。

 それより何より、この王宮内のどこかでまだ争っているらしい桜泉と雪娜をそのままにしておいていいのか。

 色々なことが頭の中を駆け巡って眉根を寄せる珠葵に、龍河が「大丈夫だって」と、ひらひらと片手を振り――牢の外を指さした。

「そのための凌北斗アレだろう?」


「「…………え?」」



 龍河の言っていることがとっさに理解出来なかった珠葵と北斗は、ほぼ同じタイミングで声を上げていた。
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