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過ぎ去りし時はもういい
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奴隷達の物語もいよいよ終局だ。というより、早く終わって欲しいのに、今度は暗愚大帝とかいう昭和のネーミングセンス丸出しの新キャラまで登場しそうな雰囲気である。
やめて欲しいわ、こういうの。
本来なら、水運都市プランチャで依頼された盗賊討伐を見事に果たし、勇者凱旋の威光でもってたんまり報奨金と称賛を頂く筈だったが、どこでどう間違えたのか奴隷に身を窶し今日に至る訳である。
つまり、俺に暗愚大帝なる者の相手をしている時間的余裕は無い。
「いいかい、もしお前さん等が生きてここを出たかったら、もと来た道を行くのはオススメ出来んな。盗賊たちとグレイドック城との関係を考えれば、もう既に追っ手が差し向けられていると見るのが妥当だろうからのう。つまり、お前さんらがやる事は一つだ。この先の扉を抜けるとグレイドック城の地下一階に出る。城内は広いから、潜伏もしやすかろう。盗賊たちの追っ手がかかる前に、暗愚大帝を討つのだ」
それなのに、この奴隷兼剣闘士兼囚人の多彩な肩書を持つオヤジは、どうにも暗愚大帝や盗賊を巻き込んで一計案じ、混乱に乗じて脱出を目論んでいる節がある。
俺たちはオヤジを助ける為にこんなところまで来た訳ではない。
「ほれ、耳を澄ましてみろ。盗賊たちの足音が迫ってきておるぞ。時は金なり、悩んでいる暇はない。行くがよい、勇者たちよ!」
盗賊たちの足音なんか聴こえねーわ。幻聴でも聴いたんと違うか、コイツ。
「はよ行け!戦え!盗賊を、暗愚大帝を、悪を討て!」
どうあっても俺たちを台風の目にでもしたいようだが、先刻承知の通り俺たちは出来る限り波風立たせず、寧ろ無風で現状を切り抜けたい腹だから、戦う気などさらさらない。
「つべこべ言ってねえで、はよ問題起こしてこい!その後は俺が財宝の処分もしといてやるから!」
問うに落ちず語るに落ちるの典型みたいなオヤジであった。
別にオヤジの案に乗った訳ではないが、俺たちは扉の先へ更なる探索を続ける事にした。
というのも、暗愚と侮られてはいても王、その宝物庫には莫大な金銀財宝があろう。
幸い、俺たちが潜入している事は知られていないので、退却の判断を下すには時期尚早であろう。
唯一の不安は盗賊の追っ手がいつ現れるかだが、そればっかりは心配したところでどうなるものでも無し。作戦立案の時から、命は捨てている。
であれば、少しでも大きな夢を追うのが残された道というものだ。
ところで俺たちがやっている事、盗賊相手なら義賊も装えるが、暗愚とは言え相手は王。
普通に盗賊稼業に身を窶(やつ)している訳だが、もはやこの異世界転生に勇者も奴隷も盗賊も関係あるまい。
「ところでオヤジ、頼みたい事がある」
「……頼みたい事?ふうむ……いいだろう、何でも言ってくれよな!」
いつまで経っても行動を起こさない俺たちに業を煮やして、すっかり不貞腐れていたオヤジだったが、頼みという言葉にまだ僅かな利を感じたらしく、好々爺然とした殊勝な態度で顔色を窺ってくる。
「実はな、盗賊のアジトを脱出した際に、向こうの宝を丸ごと頂戴してきたんだが――実はその宝は地下奥のトロッコ場に置いたままなんだ。ここでの探索が余り長丁場になったりすると、盗賊の足がいつ追いついて来るかも解らん。という訳で、宝を隠すに丁度良い場所をなんか知らんか」
俺の頼みに、オヤジは事の重大さを解っているのか知らないが飄々として安請け合いした。
「なんだい、そんな事。木を隠すなら森の中ってな具合に物を隠すにゃ物の中だ。そっちの扉を開けてみろ」
言われる儘、城内に通じる扉とは別の扉を開けてみた。中は雑多な用具が収納された、見るからに汚い部屋だった。
「そこは螺旋牢の管理に必要な用具が詰まっているんだが、暗愚大帝に様変わりしてからこの有様でな。奴等、俺たちの命なんて微塵も関心がないから、そこの用具庫も今じゃ全く使われていねえ。どうだ?ずっと隠すのは無理でも、数時間の尺稼ぎには使えねえか?それともう一つ。中のレバーを引いてみろ」
消えずの松明と呼ばれる、現実世界の照明が部屋奥で揺ら揺ら篝火(かがりび)を燃していたのだが、その灯りの下で露骨な存在感を示すレバーがあった。
言われた通り引いて見ると、廊下の一部がエスカレーターのように階下へと進んで行くのである。
「お前さんらは知らないから、この長い螺旋牢を歩いてきたようだが、ここは城内へ盗賊達が献上品を運ぶ重要な運路。中には人の手じゃ難儀するような重たいものもあるから、ここは高等魔法の見せ場。動く床を造っちまった。どうだ、これなら10分とかからず荷物をそこの用具庫に搬入出来るだろ?」
なんとも便利なものが異世界にも存在していた。どことなく、異世界なんてものは中世に幻想をぶち込んだ、現実世界の劣等世界みたいな差別意識がこれまで拭えなかったのも事実だが、こうして数々の奇蹟に触れる度に、その強固な思い上がりも都度グラつきそうになる。
くそう、異世界人が極度のアホみたいな設定は、いったい誰が考えたんだ?
ナーリアともょもとを除き、だいたいが良識人だったぞ。
その世界への適応というのもあるだろうが、こいつ等、下手すると――いいや、下手しなくても現実世界の人間より私生活を謳歌している。
確かに魔物や盗賊、理不尽な災害など現実世界よりも死に対するリスクは高いのだが、その分考える人間――生きる哲学者みたいな奴も多い。
よくよく考えずとも、現実世界は俺みたいな無職無能でも生活保護を受給しながら呑気に過ごせるし、別段働いているからといって、実際には多くの人間が課された仕事を脳死同然に繰り返すだけなので、結果として現実世界よりも異世界の方が物事をよくよく考えスリリングかつ自身の望む人生を生きているように見える。
これも、隣の芝生は青く見えるみたいなものなのだろうか?
「おーい、荷物全部引き上げてきたぞ」
あれこれ考えている内に、もょもとと山男がトロッコの積み荷を例のエスカレーターに乗せてやって来た。なかなか従順な仕事振りである。
「それじゃ、お前さんらの健闘を祈るぞ」
オヤジに見送られながら、俺たちはグレイドック城内部へと潜入した。
地下一階の暗室は、僅かに漏れる光を頼りに動いてみたが、城内把握が出来ていないので頗る危ない。特に騒がしい様子もなし、夜目に慣れるのを待った。
「勇者よ、ワシはだいぶ見えるようになってきたが、どうだ?」
肩に軽く手をあて山男が訪ねて来る。幸いに、俺の視覚も暗がりに対して順応してきたようで、山男を先頭に押しやりながら芋虫行進を開始した。
地下暗室から一階に抜ける階段は数か所あったが、俺たちの目標は城内の宝物庫。
RPGの法則的には地下に牢と宝物庫が多いように感じるが、実際にはどうなのだろうか?
俺の少ない異世界知識は有象無象の異世界設定と、有名RPGを足して2で割ったような独断と偏見によって形成されているとはいえ、これまでの体験談から中らずと雖(いえど)も遠からずであろう。
よって、それらしい場所を虱潰しに探してみたが見つからない。
あまり一階には行きたくないが、時間的に考えても盗賊のアジトに今一度引き返して当初の脱出ルートから逃れる算段は、もうご破算であろう。
よって多少の覚悟は承知で一階の探索と脱出ルートの算定は必須である。
現状の優先順位は脱出方法の確立、次に宝物庫と言える。
「おい勇者、ちょっとこっちに来てみろよ。面白いものがあるぜ」
単独でウロウロしていたもょもとが、興奮気味に俺たちを呼んだ。なんか嫌な予感がするなぁ。
思い返してみれば、奴隷にまで落ちぶれたのだって、基を正せばもょもとが盗賊討伐の依頼を見つけてきたからだし。
とは言え、確証もなしにもょもとの見つけた何かを無碍にするのは愚か者のする事であろう。
俺は経験則を信じない。ダメダメな人生を過ごした俺の経験則なぞは反面教師にしかならないのだから、愚者は経験に学び賢者は歴史から学ぶを地で行く事としよう。
よって、いかに出自の怪しいもょもと情報とはいえ一考の価値はある筈である。
面白いものとはいったい何か?特別の興味を持たず促される儘に面白いものとやらを見に行った。
「……コイツは確かに面白い」
そこにはグレイドック王宮兵士の衣装一式が置いてあった。これを身に纏えば潜入は更に容易である。
「グッジョブ、グッジョブだ、もょもと!」
「ふん、当然だ。何せこの俺だからな」
おそらく、初めてもょもとに感謝したであろう瞬間だ。だが、あまり褒めると調子に乗るので、誉めそやすのも簡単にして早速俺たちは王宮兵士に変装した。
ううむ、自分で言うのも何だが、珍妙ないで立ちである。
何せこの王宮兵士の恰好、西洋のカッコいい鎧みたいなものではなくて、何かの硬質な葉を編んだような、いかにも火責めでやられそうな陳腐な作りなのである。
痩身のもょもとに至っては、独特な鎧が災いして落ち武者みたいになっている。
一方、山男はその巨体にマッチして南蛮の部族みたいだ。
どちらにせよ、怪しい事この上ない。だがまぁ、兵士一同がこうなのだから、俺たちが特別悪目立ちするという事もあるまい。
最初こそ心配だったが、意を決して一階に行き他の兵士の目に留まっても、特別警戒されるという事は無かった。一先ずは胸をなでおろして良かろう。
あまり一塊になって行動しているのも、他を見ているに違和感があったので、俺たちは三者に別れ軽く探索をしてくる方向で話は決まった。
だが、この慢心がいけなかった。
別れて早々、普段から挙動不審のもょもとが怪しまれ、審問の為に連れられてしまったのである。
山男も異変を察したようで、別の方角から駆けつけて来ていた。
言うまでもなく、俺たちの結束は叩けば割れるガラスより脆い。
もょもとが審問の圧力に早々屈し白状するのは目に見えていた。これは拙い。頗る拙い。
くそう、もょもとめ。褒めたと思ったらこの有様である。
ほんに貴様は役に立たん、無能は未来永劫に於いて無能を立証出来た訳だが、その立証は別に今でなくとも良かったではないか。
そんな悲痛の叫びも今となってはもう遅い。尋問部屋のような場所に連れ去られ、白状落日の如しまでカウントダウン秒読みという段になって、一人の女性兵士が大急ぎで尋問部屋に入ると、開口一番に危急を知らせた。
「失礼します!螺旋牢奥、盗賊アジトから謀反確認!大挙として城内に押し寄せています!至急兵の配備を!」
盗賊の謀反と聞いて、俺は首を傾げた。おそらく、俺たちの行動を察知した盗賊達の追っ手を謀反と勘違いしたのだろう。
だがその勘違い、まさに天から遣わされた助け船そのものであり、不審もょもとよりも遥かに一大事と踏んだ兵の上官は、早速兵を螺旋牢奥のトロッコ道に兵を緊急配備するよう指令を出し、報告に来た女兵士にもょもとを任せ、自身は王のもとへ急ぎ報告に行ってしまった。
さてこの女兵士をどうしてやるかだが、この理不尽な異世界転生は例え一兵卒の女とはいえ、勇者の俺より強い事は確実なのでどうしたものかと思案していると、女兵士は持っていた鍵でもょもとの手錠を外すと、それこそ自分の謀反すら意に介さず堂々たる振る舞いで尋問室から出てきた。
遅れ出て来るもょもとも現状を理解出来ておらず、助かった事に安堵するやら、この女兵士は一体なんなのやらで、困惑の表情をしていた。
だが、俺と一緒に事の成り行きを見守っていた山男だけは状況を察したらしく、得心した顔で女兵士に近づき言った。
「誰かと思えば、お前さんじゃったか。ナーリア」
まさか、そんな、嘘だ。その名はとっくの昔に――正確には7章の『失楽園の戦士たち』を最後に消えた筈ではなかったのか。
なぜ出しゃばる、なぜ消えぬ、なぜ再び俺の前に立ちはだかる!?忌まわしき毒婦ナーリアよ!
……とは言え、グッジョブである。好悪の情は別にしても、鶴の一声で危急を救われたのも事実であり、業腹ではあるがここは勇者として、男として、パーティーの長として、人間的徳の高さから見ても感謝の意を表しておくべきであろう。
「ご苦労だったな、ブス」
いかんいかん、つい本音が漏れてしまった。今はナーリアに喧嘩を吹っかけている場合では無い事は、俺が一番よく解っているではないか。
それに、俺の悪態に山男も険しい顔をしているから、忌々しいのは別として、寛容な精神で対峙せねばなるまい。
「よくやって、くれましたわよ」
怒りと気恥ずかしさで日本語が不自由にもなるが仕方あるまい。
それを受け、ナーリアは憎々し気な眦で、視界の端に俺を捉えると鬼面を歪め、こう宣った。
「うわっ、汚っな!なのその煤(すす)だらけの顔?勇者辞めて炭鉱夫か何かに転職したの?ばっちいからこっち来ないでくれます?うわー、臭い臭い、ほんと生理的に無理なんですけど」
うむ、実に憎たらしい。過ぎ去りし時はもういいから、どうか神様。ナーリアを異世界転生させて下さい。
やめて欲しいわ、こういうの。
本来なら、水運都市プランチャで依頼された盗賊討伐を見事に果たし、勇者凱旋の威光でもってたんまり報奨金と称賛を頂く筈だったが、どこでどう間違えたのか奴隷に身を窶し今日に至る訳である。
つまり、俺に暗愚大帝なる者の相手をしている時間的余裕は無い。
「いいかい、もしお前さん等が生きてここを出たかったら、もと来た道を行くのはオススメ出来んな。盗賊たちとグレイドック城との関係を考えれば、もう既に追っ手が差し向けられていると見るのが妥当だろうからのう。つまり、お前さんらがやる事は一つだ。この先の扉を抜けるとグレイドック城の地下一階に出る。城内は広いから、潜伏もしやすかろう。盗賊たちの追っ手がかかる前に、暗愚大帝を討つのだ」
それなのに、この奴隷兼剣闘士兼囚人の多彩な肩書を持つオヤジは、どうにも暗愚大帝や盗賊を巻き込んで一計案じ、混乱に乗じて脱出を目論んでいる節がある。
俺たちはオヤジを助ける為にこんなところまで来た訳ではない。
「ほれ、耳を澄ましてみろ。盗賊たちの足音が迫ってきておるぞ。時は金なり、悩んでいる暇はない。行くがよい、勇者たちよ!」
盗賊たちの足音なんか聴こえねーわ。幻聴でも聴いたんと違うか、コイツ。
「はよ行け!戦え!盗賊を、暗愚大帝を、悪を討て!」
どうあっても俺たちを台風の目にでもしたいようだが、先刻承知の通り俺たちは出来る限り波風立たせず、寧ろ無風で現状を切り抜けたい腹だから、戦う気などさらさらない。
「つべこべ言ってねえで、はよ問題起こしてこい!その後は俺が財宝の処分もしといてやるから!」
問うに落ちず語るに落ちるの典型みたいなオヤジであった。
別にオヤジの案に乗った訳ではないが、俺たちは扉の先へ更なる探索を続ける事にした。
というのも、暗愚と侮られてはいても王、その宝物庫には莫大な金銀財宝があろう。
幸い、俺たちが潜入している事は知られていないので、退却の判断を下すには時期尚早であろう。
唯一の不安は盗賊の追っ手がいつ現れるかだが、そればっかりは心配したところでどうなるものでも無し。作戦立案の時から、命は捨てている。
であれば、少しでも大きな夢を追うのが残された道というものだ。
ところで俺たちがやっている事、盗賊相手なら義賊も装えるが、暗愚とは言え相手は王。
普通に盗賊稼業に身を窶(やつ)している訳だが、もはやこの異世界転生に勇者も奴隷も盗賊も関係あるまい。
「ところでオヤジ、頼みたい事がある」
「……頼みたい事?ふうむ……いいだろう、何でも言ってくれよな!」
いつまで経っても行動を起こさない俺たちに業を煮やして、すっかり不貞腐れていたオヤジだったが、頼みという言葉にまだ僅かな利を感じたらしく、好々爺然とした殊勝な態度で顔色を窺ってくる。
「実はな、盗賊のアジトを脱出した際に、向こうの宝を丸ごと頂戴してきたんだが――実はその宝は地下奥のトロッコ場に置いたままなんだ。ここでの探索が余り長丁場になったりすると、盗賊の足がいつ追いついて来るかも解らん。という訳で、宝を隠すに丁度良い場所をなんか知らんか」
俺の頼みに、オヤジは事の重大さを解っているのか知らないが飄々として安請け合いした。
「なんだい、そんな事。木を隠すなら森の中ってな具合に物を隠すにゃ物の中だ。そっちの扉を開けてみろ」
言われる儘、城内に通じる扉とは別の扉を開けてみた。中は雑多な用具が収納された、見るからに汚い部屋だった。
「そこは螺旋牢の管理に必要な用具が詰まっているんだが、暗愚大帝に様変わりしてからこの有様でな。奴等、俺たちの命なんて微塵も関心がないから、そこの用具庫も今じゃ全く使われていねえ。どうだ?ずっと隠すのは無理でも、数時間の尺稼ぎには使えねえか?それともう一つ。中のレバーを引いてみろ」
消えずの松明と呼ばれる、現実世界の照明が部屋奥で揺ら揺ら篝火(かがりび)を燃していたのだが、その灯りの下で露骨な存在感を示すレバーがあった。
言われた通り引いて見ると、廊下の一部がエスカレーターのように階下へと進んで行くのである。
「お前さんらは知らないから、この長い螺旋牢を歩いてきたようだが、ここは城内へ盗賊達が献上品を運ぶ重要な運路。中には人の手じゃ難儀するような重たいものもあるから、ここは高等魔法の見せ場。動く床を造っちまった。どうだ、これなら10分とかからず荷物をそこの用具庫に搬入出来るだろ?」
なんとも便利なものが異世界にも存在していた。どことなく、異世界なんてものは中世に幻想をぶち込んだ、現実世界の劣等世界みたいな差別意識がこれまで拭えなかったのも事実だが、こうして数々の奇蹟に触れる度に、その強固な思い上がりも都度グラつきそうになる。
くそう、異世界人が極度のアホみたいな設定は、いったい誰が考えたんだ?
ナーリアともょもとを除き、だいたいが良識人だったぞ。
その世界への適応というのもあるだろうが、こいつ等、下手すると――いいや、下手しなくても現実世界の人間より私生活を謳歌している。
確かに魔物や盗賊、理不尽な災害など現実世界よりも死に対するリスクは高いのだが、その分考える人間――生きる哲学者みたいな奴も多い。
よくよく考えずとも、現実世界は俺みたいな無職無能でも生活保護を受給しながら呑気に過ごせるし、別段働いているからといって、実際には多くの人間が課された仕事を脳死同然に繰り返すだけなので、結果として現実世界よりも異世界の方が物事をよくよく考えスリリングかつ自身の望む人生を生きているように見える。
これも、隣の芝生は青く見えるみたいなものなのだろうか?
「おーい、荷物全部引き上げてきたぞ」
あれこれ考えている内に、もょもとと山男がトロッコの積み荷を例のエスカレーターに乗せてやって来た。なかなか従順な仕事振りである。
「それじゃ、お前さんらの健闘を祈るぞ」
オヤジに見送られながら、俺たちはグレイドック城内部へと潜入した。
地下一階の暗室は、僅かに漏れる光を頼りに動いてみたが、城内把握が出来ていないので頗る危ない。特に騒がしい様子もなし、夜目に慣れるのを待った。
「勇者よ、ワシはだいぶ見えるようになってきたが、どうだ?」
肩に軽く手をあて山男が訪ねて来る。幸いに、俺の視覚も暗がりに対して順応してきたようで、山男を先頭に押しやりながら芋虫行進を開始した。
地下暗室から一階に抜ける階段は数か所あったが、俺たちの目標は城内の宝物庫。
RPGの法則的には地下に牢と宝物庫が多いように感じるが、実際にはどうなのだろうか?
俺の少ない異世界知識は有象無象の異世界設定と、有名RPGを足して2で割ったような独断と偏見によって形成されているとはいえ、これまでの体験談から中らずと雖(いえど)も遠からずであろう。
よって、それらしい場所を虱潰しに探してみたが見つからない。
あまり一階には行きたくないが、時間的に考えても盗賊のアジトに今一度引き返して当初の脱出ルートから逃れる算段は、もうご破算であろう。
よって多少の覚悟は承知で一階の探索と脱出ルートの算定は必須である。
現状の優先順位は脱出方法の確立、次に宝物庫と言える。
「おい勇者、ちょっとこっちに来てみろよ。面白いものがあるぜ」
単独でウロウロしていたもょもとが、興奮気味に俺たちを呼んだ。なんか嫌な予感がするなぁ。
思い返してみれば、奴隷にまで落ちぶれたのだって、基を正せばもょもとが盗賊討伐の依頼を見つけてきたからだし。
とは言え、確証もなしにもょもとの見つけた何かを無碍にするのは愚か者のする事であろう。
俺は経験則を信じない。ダメダメな人生を過ごした俺の経験則なぞは反面教師にしかならないのだから、愚者は経験に学び賢者は歴史から学ぶを地で行く事としよう。
よって、いかに出自の怪しいもょもと情報とはいえ一考の価値はある筈である。
面白いものとはいったい何か?特別の興味を持たず促される儘に面白いものとやらを見に行った。
「……コイツは確かに面白い」
そこにはグレイドック王宮兵士の衣装一式が置いてあった。これを身に纏えば潜入は更に容易である。
「グッジョブ、グッジョブだ、もょもと!」
「ふん、当然だ。何せこの俺だからな」
おそらく、初めてもょもとに感謝したであろう瞬間だ。だが、あまり褒めると調子に乗るので、誉めそやすのも簡単にして早速俺たちは王宮兵士に変装した。
ううむ、自分で言うのも何だが、珍妙ないで立ちである。
何せこの王宮兵士の恰好、西洋のカッコいい鎧みたいなものではなくて、何かの硬質な葉を編んだような、いかにも火責めでやられそうな陳腐な作りなのである。
痩身のもょもとに至っては、独特な鎧が災いして落ち武者みたいになっている。
一方、山男はその巨体にマッチして南蛮の部族みたいだ。
どちらにせよ、怪しい事この上ない。だがまぁ、兵士一同がこうなのだから、俺たちが特別悪目立ちするという事もあるまい。
最初こそ心配だったが、意を決して一階に行き他の兵士の目に留まっても、特別警戒されるという事は無かった。一先ずは胸をなでおろして良かろう。
あまり一塊になって行動しているのも、他を見ているに違和感があったので、俺たちは三者に別れ軽く探索をしてくる方向で話は決まった。
だが、この慢心がいけなかった。
別れて早々、普段から挙動不審のもょもとが怪しまれ、審問の為に連れられてしまったのである。
山男も異変を察したようで、別の方角から駆けつけて来ていた。
言うまでもなく、俺たちの結束は叩けば割れるガラスより脆い。
もょもとが審問の圧力に早々屈し白状するのは目に見えていた。これは拙い。頗る拙い。
くそう、もょもとめ。褒めたと思ったらこの有様である。
ほんに貴様は役に立たん、無能は未来永劫に於いて無能を立証出来た訳だが、その立証は別に今でなくとも良かったではないか。
そんな悲痛の叫びも今となってはもう遅い。尋問部屋のような場所に連れ去られ、白状落日の如しまでカウントダウン秒読みという段になって、一人の女性兵士が大急ぎで尋問部屋に入ると、開口一番に危急を知らせた。
「失礼します!螺旋牢奥、盗賊アジトから謀反確認!大挙として城内に押し寄せています!至急兵の配備を!」
盗賊の謀反と聞いて、俺は首を傾げた。おそらく、俺たちの行動を察知した盗賊達の追っ手を謀反と勘違いしたのだろう。
だがその勘違い、まさに天から遣わされた助け船そのものであり、不審もょもとよりも遥かに一大事と踏んだ兵の上官は、早速兵を螺旋牢奥のトロッコ道に兵を緊急配備するよう指令を出し、報告に来た女兵士にもょもとを任せ、自身は王のもとへ急ぎ報告に行ってしまった。
さてこの女兵士をどうしてやるかだが、この理不尽な異世界転生は例え一兵卒の女とはいえ、勇者の俺より強い事は確実なのでどうしたものかと思案していると、女兵士は持っていた鍵でもょもとの手錠を外すと、それこそ自分の謀反すら意に介さず堂々たる振る舞いで尋問室から出てきた。
遅れ出て来るもょもとも現状を理解出来ておらず、助かった事に安堵するやら、この女兵士は一体なんなのやらで、困惑の表情をしていた。
だが、俺と一緒に事の成り行きを見守っていた山男だけは状況を察したらしく、得心した顔で女兵士に近づき言った。
「誰かと思えば、お前さんじゃったか。ナーリア」
まさか、そんな、嘘だ。その名はとっくの昔に――正確には7章の『失楽園の戦士たち』を最後に消えた筈ではなかったのか。
なぜ出しゃばる、なぜ消えぬ、なぜ再び俺の前に立ちはだかる!?忌まわしき毒婦ナーリアよ!
……とは言え、グッジョブである。好悪の情は別にしても、鶴の一声で危急を救われたのも事実であり、業腹ではあるがここは勇者として、男として、パーティーの長として、人間的徳の高さから見ても感謝の意を表しておくべきであろう。
「ご苦労だったな、ブス」
いかんいかん、つい本音が漏れてしまった。今はナーリアに喧嘩を吹っかけている場合では無い事は、俺が一番よく解っているではないか。
それに、俺の悪態に山男も険しい顔をしているから、忌々しいのは別として、寛容な精神で対峙せねばなるまい。
「よくやって、くれましたわよ」
怒りと気恥ずかしさで日本語が不自由にもなるが仕方あるまい。
それを受け、ナーリアは憎々し気な眦で、視界の端に俺を捉えると鬼面を歪め、こう宣った。
「うわっ、汚っな!なのその煤(すす)だらけの顔?勇者辞めて炭鉱夫か何かに転職したの?ばっちいからこっち来ないでくれます?うわー、臭い臭い、ほんと生理的に無理なんですけど」
うむ、実に憎たらしい。過ぎ去りし時はもういいから、どうか神様。ナーリアを異世界転生させて下さい。
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領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
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※小説家になろう様にも掲載しています。
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