終末少女のパラドックス

筋肉至上主義

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メイド・イン・ヘブン

 自己否定は神の介在をも許さぬ不断の意思である。例え悪魔が、自己否定の呪いをかけていたからと言って、否定の真実をも否定しうる論拠足り得ない。精神の確固たる始点を発見し得た喜びを表現する術を、あいにく語彙に乏しい私は持たない。
だが喜んでばかりはいられない。私はあくまで出発点に立ったに過ぎず、それはさながら大海原の航海に向けて羅針盤を入手したに過ぎず、挑むべき巨大に対して私が成し得たこれまでの功労とは、ただ最初の一足を踏み出したに過ぎない微々たるものである。
だが、稚拙であれども指針が定まると定まらずでは、後々の方向に大きな差異が生ずるのは自明であるから、この一歩は微々たるものではあるが――私にとって、さながら人類にとって大きな一足である。
だが疑う私の存在を確かなものとしたところで、次に向かうべき場所は、いったい何処に設定すべきであろうか。このままでは、神でさえ疑う事ない第一の公理を発見出来たとぬか喜びし、現状に満足し得るといった本末顛倒な結果に成り兼ねない。
新たなる発見も、一秒と待たずに過去となる。世界は私がやっとの思いで見つけたコロンブスの卵でさえ、さしたる興味も見せずに次の問いかけを提示してくる。世界と私の押し問答は常にこの調子であった。今までの私なら結果に対して満足しない両親に対して、拗ねる子供の癇癪を同様に世界に対して向けただろうが、世界のつれない態度にさしたる感慨も湧かなくなっていた。
それは熱量が失せたとか、興味を失したとかそういう訳では勿論無い。
寧ろ逆である。世界の無関心な冷淡さが、それでいて構う事を止めない母性の魔性が私の心を捉えて離さない。足掻こう、どこまでも。私の我儘を押し通し、いつの日か世界に対して参ったを言わしめたとしたら、それはどんなに爽快であろうか!
日進月歩の歩みを止める事は出来ない。だが私達人類の歴史は、まるでハムスターの滑車のように歩いていると錯覚させるだけで、実際にその場を一歩も進みもしなければ退きもしなかったという話は既に述べた通りである。
私の思惟は初めてこの錯覚の滑車から降りて、未知なる歩みを始めた脆弱なる最初の生物であろう。
この一足は明らかに今までのものとは違った。滑車の推力とも言うべきか、今までの私には、歩くと言えば何かしらの向き――時代の潮流とも呼ぶべき流れが存在するように感じ、その流れに対して時に抗い、時に流され、また時に溶け込むといったような対応を、賢明になったつもりで行っていたのだが、滑車の外には今までの『理』がまるで通用しなかった、と言えばその驚嘆がどれ程であったかは想像に難くない。
外界――今まで世界と勝手に認識していた仮象の外に降り立って、始めて体感する世界の真実。
思考の重力とも呼ぶのが最適なのか――垂直軸に引っ張られる不気味な未経験がそこには在った。
一方で、滑車の世界に在ったような、止まれば思わず前のめりに倒れてしまう水平軸の流れはない。無風故に肌を撫でつける清涼感も無く、白銀に輝いていた世界も、その純度を更に加速させ、私の両目で視認出来る限界をとうに超え、過ぎたる白さが凶悪な色魔となって、盲の眼を魅了してやまない。
潤う湿度とは程遠い、乾燥した世界の愛撫は舌の味覚さえ奪い去り、自身の匂いさえ世界の一部と化した私には感ずる事さえ許されず、一切の煩悩からも解き放たれた外界の無音の責め苦に、聴覚は早くも異常を来たしていた。
五感さえ役に立たない真実の世界の中で、私が持ちうる羅針盤は疑う自分の真実性だけであり、心許無い人類の結晶を胸に秘めながら、あろうことか私は心の片隅で、未だ無常の愛顧で以て私を裏切り続ける神に対して――哀れなる哉、神頼みをしていた。
神でさえ否定出来ない私の発見をした者が、神の御加護に縋ろうとする。あわよくば神託でも受けて、はたまた世界という神が私達に見せ続けてきた恐るべき虚構の中へと再び舞い戻ろうとでも言うのか。
私との、他者との、世界との、神との決別を以てして、私は私の意思で外界に降り立ったのだ。その選択を私は勇気と称する。だがその勇気を、自らの臆病さで翻し、反故にするなどあってはならない。
吐き捨てた唾は呑み込めない。それぐらいの覚悟なくして、勇気などと自らの蛮勇を偽ってはいけないのだ。
怯む足に喝を入れ再び続く行進の中に、久しく忘れていた子供の頃の我武者羅な無鉄砲さが宿り萌していた事に気付く。右も左も解らぬ、純粋な馬鹿であった私。懐かしき憧憬と重なる今の心境。
円環は再び、綺麗な丸を描いて戻って来たのだ。
そこでつと思い至る。私が過去に経験した体験と、既視感さえ覚える現状の結び付き。本来は全く結び付く筈の無い、全く異なる世界線の中で、私の脳は一体何に対して、このような強烈な既視感を感じているのだろうか。
私自身の知覚とは、もしかするとスライド写真のように断片的な経験の連続に過ぎないのではないか。そうでなければ、まるで切り抜いた写真を張り付けるかのように、全く異なる事象に対して関連性を認めるというのも不可解である。
ならば私自身を疑う事は出来ないという認識も、経験によって形作られているだけで、それが本当であるかどうか等とどうして言えるだろうか。
一方で、私自身の疑いさえ経験の連続でしかないのならば、同様の事がこれまで完璧と信奉していた世界や神そのものにも言えるのではないか。人間が不完全であるならば、経験そのものも不完全であり、本来完璧な神を認識するなどは出来ない。
不完全から、不自然にも完全だけを機械的に抽出した神の概念に、いったいどれ程の価値があろうか? それは馬と翼を組み合わせてペガサスを想像するような、現実には存在しないものを複合概念で認識し得るだけの話であり、同じく神も不完全から完全を切り離しただけの複合概念でしかなく、よって経験から得られた知覚の集合体そのものが絶対的なものだと認識するのが、そもそもの誤りである。
私自身を疑う私そのものは疑えない、という第一公理から再度出発し、自らの既視感を超えて新たに辿る次なる回答。だが得られた回答は、これまで世界や神に反逆し、抗戦を続けた者にとってはあまりにも拍子抜けな結末であった。
だが事実を事実として認識しなければならない。我々人類は希望という化けの皮を剥がし、絶望の淵に笑う無常な神々を見つけ、そして殺さなければならない。
霊験いやちこのまやかしに踊らされる阿保へと堕落したくないのであれば。求めて強く、我々は再度認識しなければならない。
神は死んだ、と。
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