深森の魔女セルリアの物語

端月小みち

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第二章 王女に恋した魔女の息子

第二十八話 魔女の息子と王女様

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 それからある日のこと、今日はいつものように日々の生活に必要な雑貨や食糧品を調達するため、月に一度王都の市場通りを訪れる日だった。

「今日は買うものが沢山あるから、王都まで買い出しに付き合って頂戴、ダニー?」

 セルリアがダニーを連れて、王都の市場通りに入ると周りはいつもとは違う張り詰めた空気が漂っていた。

 二人が街の広場の噴水前を通り掛かると、ドラゴン征伐に出ていた騎士や冒険者の一団が酷い傷を追って、そこここに横に寝かされて介抱されていた。



『今度の遠征は、明け方に焔竜ファイヤ・ドラゴン数頭の不意討ちを受けて、一団はほぼ壊滅したらしいよ──騎士団長も焼け死んだらしい……』
『──まぁ、何て悲惨な。それに生還してきた人達も酷い火傷負った人達ばかり……痛々しいこと……』


 そんな人だかりの光景を横目で見ながら、セルリアはダニーの脇を小突いた。

(──ね? あなたも剣や槍がいいからといって、簡単にそういう世界に飛び込んだら、こんなことにだってなり得るんだからね……)

「ちぇっ! そんな風に脅かさなくたって……」

「母さんは先に店で目ぼしいものを探しているから、あなたは怪我人の介抱を手伝って上げなさい。これもあなたにとっていい勉強だわ……」

 そう言ってセルリアは、手提げ籠にいつも忍ばせているセルリア特製の傷薬の小瓶を取り出すと、ダニーに手渡した。

「えっ、えっ! ちょっと、僕独りで?」

「あら、そうよ? 一瓶しかないから、特に酷い人の傷口に塗って上げなさい。いいわね?」


 セルリアが雑踏の中に消えていってしまうと、ダニーは仕方なく怪我人の介護を手伝って回った。

 そうして暫くすると、ダニーの背後から若い女性が声を掛けてきた。

「あの……こんにちは! 手伝ってもらって本当に感謝しますわ! すごくよく効くお薬をお持ちなんですね──」

「──あ、いえ、どういたしまし……」

 ダニーは言葉を返そうとして、声の主を振り返った。

 魔女の息子は、美しい金髪を後ろで結わえ、清楚なドレスを袖捲りしてニッコリ微笑む──自分と同い年くらいで澄んだ碧い瞳を持つ──若い娘と目が合って、心臓がドキンと激しく高鳴った。

「──ぼ、僕はダニー……普段は森で暮らしているんだ。今日は買い物で久しぶりに王都にやって来た。君は? 」

「わ、わたしはシェリーよ……よろしくね」

 娘も自分の父親に良く似て、目鼻立ちの整った美しい青年を一目見て思わず声が上擦った。

「──ディーン王の娘として国のために闘って傷ついた人達を放ってはおけなくて……だから、宮殿から出て看護のお手伝いしてるの──」

「え? 君……王女様なの? しかも自ら怪我人の看護を買って出るなんて……とっても偉いよ! 」

「うふふ……そうかな。あ! そうそう! そのあなたの薬すごい効き目ね。容態が気になってた患者さんの酷い火傷がたちどころに消えてしまってるんだもの……ねぇ、よかったらあっちの人も診て上げて下さらない? 」

「うん、王女様! よろこんで! 」

「よかった! じゃあ、こっちよ。それからわたしのことはシェリーでいいわ。あなたお年はお幾つなの? 」

「十八です、シェリー」

「あらっ! わたしも十八よ。じゃあ、わたしたちって同い年なんだね、よろしくね! 」



「……へぇぇっ! そうなんだぁ。ダニーは今は森の中で魔法見習い中なんだね……いいなぁ、すごく羨ましいわ……わたしも魔法なんて使えたらもっと世界が広がるのかもなぁ。ねぇ、ダニーのお母様の魔法の授業ってどんな感じなの? ……」

 二人は怪我人の看病の合間にお互いの生活を教え合った。

「え? う~ん、僕の母さんの授業かあ、……母さん、魔法は何でもすごい上手なんだけどさぁ……でもちょっとせっかちというか……もう分かったでしょ?! はいっ! じゃあ、やって見せなさい!? って直ぐに迫ってきてさぁ……そんなすぐ簡単にできるかぁっ! っていう呪文でも、実際上手くできないとコンコンとすぐ杖の柄で僕の頭を叩いてきて、あなたはいつも集中が足らないのっ! なんて言って怒り出すし……僕だってこれでも一生懸命やってるんだぜ? ……」

「──うふふっ! でも、とてもいいお母様じゃないの……そんなにしっかりと教えてくれるんだもの……ねぇ、聞いてぇ?! わたしの家庭教師のエリザベスなんてね……」

 そうして二人は、一時ひとときはあれこれと楽しく会話を交わしながら怪我人を介抱して回った。

「……お嬢様そろそろ宮殿にお戻りになるお時間です。後は他の者にお任せ下さい」

 後ろから付いてきていた王女付き侍女が、二人の背後からそっと耳打ちした。

「えっ! アンナ、もうそんな時間なの? ……そぉ、分かったわ……はぁぁっ……宮殿の中に籠っている方がホントは憂鬱なのよね……」

 ダニーはそれを聞いて思わずシェリーに尋ねた。

「でも、シェリー、宮殿って豪勢で身の回りのことも全部やってもらえてさ、すごい住みやすそうだけど何か嫌なことでもあるの? 」

 シェリーはダニーをじっと見詰めて、顔を横に振りながらニッコリと笑った。

「うぅん、周りは皆良くしてくれるし不満とかは全然無いんだけど、嫌な婚約者を押し付けられそうで……お父様だけはわたしの味方をしてくれるけど、王族の結婚は好きとか嫌いとかは関係ないんだ! って、レイラ母さんは何度もわたしをきつく叱ってくるんだもの……」

「嫌な婚約者と……? 」

「──えぇ……じゃあね、ダニー。あなたとのお話、すごく楽しかったわ。あなたの森の奥での魔法の授業のお話、もっと知りたいし、わたし、あなたともっとお話ししたかった……」

 二人は名残惜しそうに互いの顔を見詰めると、握手を交わして、それから手を振って二人は別れた。

 ダニーは宮殿へと去って行くシェリーの後ろ姿をいつまでも見送っていた。



※※※※※※※※※※

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