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8 春の夜会へ

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デビュタントの翌日、少し疲れが残るエマはサロンで一人でいると欠伸をしながらオリーヴが隣に腰かけたので、メイドにお茶の用意をさせた。

「デビュタントはどうだった?」

「お兄様とサミュエル殿下と踊って楽しかったわ」

「ふーん、それにしてもユリウスとよく9年も続いたわね。ジョシュアとの夫婦生活は2年と少ししか続かなかったわ」

「お姉様はどうしてカミールお兄様ではダメだったの?」

「ん? キスが下手だったのよ」
「・・・なっ!」

「本当よ。石像とキスしているみたいだったわ。あら真っ赤よエマ? もしかしてユリウスとはキスして無いの?」

「頬には・・・」

「頬? それって挨拶じゃない」

きっとまた姉に揶揄われている──そう思っても顔が熱くなる。

「カミールと今なら結婚してもいいわね。浮気はしないだろうし、よーく働いて私を贅沢させてくれて自由も与えてくれそう、悪くないわ」

「そんな理由で? お兄様が可哀そうだわ」

「カミールはね侯爵家を守るためにお爺様が送り込んだ影、お爺様の影なのよ。所詮は政略結婚なのよ」

「影だなんて・・・ ジョシュア様には未練はないの?」

「ぜーんぜん。今頃は再婚相手を嬉しそうに選んでるでしょうね」

(お姉様はお兄様と再婚する気なのかしら)
政略とはいえ好きでもない相手と結婚生活を送るなんてエマには想像できない。

「エマが綺麗になったからユリウスもきっと戻って来るわよ」
「やめて、接近禁止の誓約を交わしたのよ」
昨夜はレイラとダンスをしていたのに、有り得ない。

「9年も尽くしたのに忘れられるの? まぁいいわ、さぁてと夜会の用意をしなきゃ・・・」
エマの心をかき乱して、嬉しそうにオリーヴはサロンを後にした。


その夜仕事で帰宅が遅くなったカミールに文句を言いながら、オリーヴは疲れた顔のカミールを伴って夜会へ向かった。

姉は最近、元カレと夜会に参加することもある。
昔から姉に執着していたクラーク ヤンデール伯爵。
熱烈な姉の心棒者だった。



     ***


デビュタントも済ませたので夜会の誘いがエマにも多数届けられた。
婚約解消の噂が流れ、話しの種にされるのが不快でエマはお茶会も夜会の誘いもお断りだ。

侯爵家には釣書が次々送られ侯爵は面白くない。
「舐められているな、借金を払ってくれればエマを貰ってやろうという家から多数来ている」

「いいじゃないですか。そんな家と分かれば一生付き合わなくて済みます」
怒る父と笑うカミール、そして憂鬱なエマ。

義兄は傷心のエマを何かと気にかけてくれている。
「今度王宮で開かれる夜会にエマをエスコートするよ。一緒に参加しよう」

「お姉様は良いのですか?」

「王家の手前、父上と行くそうだ。ドレスを送るから楽しみにしておいて」

デゼール王国のナダリア第一王子を招いて舞踏会が催される。
侯爵家にもその招待状は届いていた。


     ***


春になって入学式と進級式が済み、エマは学年最終試験を頑張ったのでAクラスに入った。
最後はユリウスと同じクラスになりたかったのが裏目に出て、最も顔を合わせたくない二人と同じクラスに。仲睦まじい様子が嫌でも目に入ってくる。


「エマ様、お話しするのは久しぶりですね」
気軽に声を掛けてきたのはスミス公爵令嬢シンシア様、サミュエル殿下の婚約者だ。
「シンシア様、どうぞ仲良くして下さいませ」

「こちらこそよろしくお願い致します」

シンシア様はAクラスの令嬢のまとめ役のようで、エマに小声で尋ねた。
「婚約を解消したとお聞きしましたが。その・・・レイラ様とはどのように・・・」

「ああ、お気になさらず。円満に解消しましたので大丈夫ですわ」
エマの返答にシンシアは可愛らしい顔で微笑んだ。


侍女達に薄く化粧をして貰ってエマは以前とのギャップもあり、たちまち噂になった。オリーヴのような華やかさはないがエマは十分美しく整った顔立ちをしている。タレ気味の目は可愛らしくて優しそうだ。

「エマ?」
離れた場所でユリウスの声がしたが近づかないと誓約済みだ。
それでも聞きなれた声に胸が少し疼く。

「なんだよ、詐欺じゃないか」
教室ですれ違いざまにユリウスが呟いた。先に裏切ったくせに何を言うか。

心変わりしないで『自分の為に綺麗になって欲しい』と言ってくれれば頑張ったのに、どうせブスだと思われていたのだ。

頑張ったところで浮気されただろう。浮気者なんて所詮は浮気する生き物だ。



     ***


春の末にデゼール王国のナダリア第一王子を招いて王宮で舞踏会が催された。

義兄から美しいドレスと靴、サファイアのアクセサリーも一式贈られ、エマは全身青色でコーディネートされていた。

「お嬢様と~~ってもお似合いですわ!」
侍女たちの賛辞が止まらない。

「ありがとう。お兄様と同じ色に纏われて、なんだか本当の兄妹みたいね」

「そ、そうですね。カミール様も喜ばれますわ」


父と姉はもう出かけて正装した義兄が一人で待っていた。

「エマ、とっても似合っているよ。綺麗だ」
満足そうな義兄が差し出した手を取ると、その手の甲に義兄はキスをした。

「お兄様もとっても素敵よ。夜会が楽しみだわ」
「エマは今夜、私から離れないようにね」

「大丈夫です。もう子ども扱いしないでください」

「していないから心配なんだよ」

義兄は苦笑いした。
今夜は少し大人の対応で仲を縮めたい────とカミールが思ってるなんてエマは気づかない。


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