もう何も信じられない

ミカン♬

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1恋人が他の令嬢に恋をしたようです

「ウェンディ、しばらく君とは距離を取りたい」

「……距離を取る、とはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だよ。すまない、互いに自由になろう。もう声もかけないでくれ」

 その言葉で、胸の奥が静かに崩れました。
 けれど私は何も言い返せません。
 だって彼は伯爵家のご令息。私はただの平民なのですから。

 ──あの日、王立学園の入学式。
 それが、すべての始まりでした。

 新入生たちが講堂へと向かう中、ひときわ輝くご令嬢がいました。
 ゲラック男爵家の娘、ソーニア様。
 ご両親の腕に可愛らしく絡み、金糸の髪を陽に揺らして笑う姿は、まるで祝福の天使。

 誰もが彼女に目を奪われました。
 ──そして、私の恋人エドアルト様も。

「エドアルト様?」
 袖をそっと引くと、彼は一瞬だけ私を見て、
「……ああ、ウェンディ。受付も終わったし、そろそろ式が始まるな」
 と、上の空で答えました。

 胸の奥に、言いようのない不安が広がっていきました。
 私たちは生徒会実行委員として入学式の手伝いをしていました。
 それが、三年生としての最後の仕事でもありました。

 *

 ──二年前。
 まだ入学したばかりの一年生の頃。図書室で課題をしていた私の前に、彼は現れました。

「同じクラスのウェンディだな。生徒会に入ってくれないか?」

「えっ、私に務まるわけありません!」

 当時の私は、彼が少し苦手でした。
 しなやかな金髪に、水色の瞳。どこか気だるげで、近寄りがたい人。
 けれどその人が、私に微笑んでこう言ったのです。

「大丈夫。二年生の先輩の手伝いだけだ。貴族だけじゃなく、平民の生徒にも入ってほしいそうだ」

 その言葉に押されて、私は頷きました。
 それからずっと、一緒に活動してきたのです。

 *

 進級した春。
 彼は、まっすぐな眼差しで私に言いました。
「ウェンディが好きだ。俺と付き合ってほしい」

「……私なんかでいいんですか? 平民ですし、何も取り柄がありません」

「そんなことない。君は可愛いし、優しいし。気づいてないの? 狙ってるやつ、多いんだぞ」

 冗談めかして笑いながら、黒髪を一房すくってキスを落としたその仕草。
 あの時の彼は、確かに私を見てくれていました。

 やがて二年の終わり、彼は私の両親に頭を下げて言いました。
『お嬢さんとお付き合いさせてください』
 あの真剣な眼差しを、今でも覚えています。

 ──けれど、それもすべて過去になってしまったのです。

 *

 新学期。
 新生徒会長が選ばれ、一年生の新役員としてソーニア様が加入しました。
 私は彼女に仕事を教えながら、少しずつ気づいていきました。
 エドアルト様が、いつも彼女を気にかけていることに。

 書類を渡すときも、視線を向けるときも、彼の目にはやさしさが宿っていました。
 ソーニア様もまた、その好意を嬉しそうに受け取っていたのです。

 やがて二人の仲は学園中の噂になりました。
 寄り添って歩く姿は、まるで絵画。
 私はただ、遠くから見ているしかありませんでした。
 ──ああ、私なんか、最初から釣り合っていなかったんだ。

 そして生徒会の引き継ぎが終わった日。
 彼は「距離を取りたい」と、私に告げたのです。

 *

 距離を置いたあとの彼の隣には、いつもソーニア様がいました。
 私は「きっと時間が経てば戻れる」と、愚かにも信じていました。
 その曖昧な言葉に、すがっていたのです。

 放課後、帰る生徒たちで賑わう門前広場。
 私は勇気を出して彼を待ちました。
 けれど、現れた彼はソーニア様と手を繋いでいて──。

「エドアルト様、お話が……!」

 駆け寄った私に、彼は立ち止まらず、すれ違いざまに小さく言いました。

「俺には、もう関係ない。……しつこいよ」

 その一言で、世界の音が消えました。

 彼の背中が遠ざかる。
 ソーニア様が振り返って、何か彼に囁く。
 でも彼は二度と、私を見ませんでした。

 そのあと、貴族の令嬢たちが笑いながら通り過ぎていきました。
「平民のくせに身の程知らずね」「やっと本物の恋に気づかれたのよ」
 そんな言葉なんて、どうでもよかった。

 ただ、あの冷たい一言だけが、胸に突き刺さって離れなかった。

 ──この日、私の恋は、静かに終わったのです。

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