婚約破棄から始まる私と義弟との戦い

ミカン♬

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⑱ 決着

 
 心臓が止まりそうだった。

 真っ白な大広間で、誰もが声を殺していた。父と義母は目を伏せたままだ。
 唯一、ユーリィだけが真正面を、まっすぐに見つめていた。

 話題は、婚約破棄から始まって、いつの間にか彼が王族であるという事実へと移り変わっていた。

 そして――義弟が私との婚姻を望んでいる、と。

 そんな約束、した覚えはない。ユーリィ、また、嘘をついているの?

 相手は王族だというのに、怯えもせず、よくもまあ――。

 その図太さに、少し心が静まった。でも、やっぱり腹は立つ。

「ガートナー侯爵令嬢と婚約を果たし、いずれ婿入りする。そういう事でよろしいか?」

 王太子殿下の問いに、ユーリィはすぐに頷いた。

「はい、そうです。他は何も望みません」

 よどみのない声で、王太子殿下に返事をしてしまった!

 睨みつけても、義弟はこっちを見ようともしない。まったく、なんて子なのかしら。

「リゼッタ、お前はどうだ? 婚約者が変更となるが?」

 突然名前を呼ばれた王女様は、しばし沈黙。それからゆっくりと言った。

「婚約者を、大切にしない男性は……嫌いですわ」

 その言い方は、棘を含んでいた。リゼット王女はそのまま続ける。

「至極残念です。物語を書き直さなくては。男性主人公が、実は不誠実で、彼の恋人は、悪役令嬢を愛していた……。うーん、これは最初から筋を練り直さないと」

「……リゼッタ、お前は何を言っているんだ?」

 王太子殿下は戸惑っていた。きっと少年愛物語を読んでいない。

 場の空気が微妙に変わったそのとき、ヒューイ様が声をあげた。

「ナタリアは、まだ私の婚約者です。……これからは、ちゃんと、大切にします。だから……だからどうか、執り成しをお願いします」

 その姿は必死で、王妃と王太子殿下に向けられていた。

 けれど、王妃はそれをきっぱりと遮った。

「王家としても、両家の和解は望ましいと考えていたが……あなたの不誠実さは看過できない。婚約は解消とします。責任は、公爵家が取ること。本日の件は他言無用。王家としての判断は以上です」

 これ以上議論の余地はない、と王妃は宰相に顔を向ける。

「そんな……」と、ヒューイ様も肩を落とし、黙るしかなかった。

 ユーリィが王族であるということ、そして――ヒューイ様の出自が不明であること。それらは、全て王家の機密事項として封印される。

「不服があれば、この後、裁判所に訴えることも可能ですな」

 宰相のひと言で、話し合いは締めくくられた。

 けれど。裁判に訴えたところで、王家の決定を覆すのは、きっと難しい。

 破棄、ではなく、解消。

 けれど、責任はすべてヒューイ様の側に。

 ……このあたりが、落としどころかもしれない。


 *
 謁見の間をあとにした私たちガートナー家は、そのまま別室へと案内された。

 皆は緊張が解けて、ソファーに深く腰を下ろしている。

「……九割の勝利、ってところでしょうか」
 私の隣に座ったユーリィの声は、先ほどまでと違って、明るい。

 ポートマン卿が続けて言った。
「先方に異議がなければ、この場で正式に婚約解消の署名を交わします」

 そう説明すると、彼は一礼して部屋を出ていった。

「ヒューイ殿の様子を見る限り、まだ何か言ってきそうだな」
「公爵は……認めると思いますが」

 父とユーリィが交わす会話の後で、義母の声が、弱々しく漏れた。

「あの……本当に……だいじょうぶなのでしょうか」

「守ると約束した。案ずるな」

 父がきっぱりと答え、義母の表情が、すこし落ち着いたように見えた。

 そして、義母は私のほうを向く。

「アドニス様は、兄君である陛下からの寵愛に……ずっと心を痛めておられました。ご自分のせいで、王妃様との関係も……その、険悪になってしまって。それでも病弱なアドニス様は、陛下からの養護を拒むことができなかったのです」

「執着されて、迷惑だったのに、断れなかった……ってことね」

「……はい。私のお腹にいたユーリィにも、いつか陛下が執着するのではと恐れて……それで、アドニス様は、侯爵様に私を託されたのです」

 愛する弟が残した子。陛下の目に触れていたら……今頃は、どうなっていたか分からない。

 もしかしたら、陛下の寵愛を受けたユーリィと王太子殿下が、王位継承をめぐって、熾烈な争いに発展していたかもしれない。


「それにしても……王家に気づかれなかったのが不思議なくらいね。リゼッタ王女との婚約の話が出たときなんて、相当焦ったでしょう?」

「アドニス様と私の仲を知るのは、ほんの一部だけでした。多くは、私と侯爵様の仲を疑っていました」

「……ユーリィは、いずれ他国に出すつもりだった」

 私の問いに父と義母はそう答え、そしてユーリィは──

「……王女との婚約は、僕がずっと保留にしておくよう、お願いしていました。他の婚約話を避けたくて。それに、僕には――」

 ユーリィが、私を見る。その瞳に熱を帯びているのが、分かる。

「他国に行くつもりなんてなかった。……姉上と離れて生きていくなんて、僕には考えられない」

 義母が、困った顔で、義弟の名を呼ぶ。
「……ユーリィ」

「だってナタリアは、僕の人生の伴侶になるんだから」


 
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