婚約破棄から始まる私と義弟との戦い

ミカン♬

文字の大きさ
19 / 33

⑲ 敗北?

 私が義弟の――ユーリィの、伴侶になる?
 彼は当たり前みたいな顔で言った。

 だけど。
 私にだって矜持がある。

「……認められるわけがないでしょう」

 言葉が、口から滑り出すのを止められなかった。

「いつ、そんな話になったの。嘘を言わないで。貴方は、王女との婚約を嫌がって、王家と関わりたくなかっただけじゃない。男色家のヒューイ様が義兄になるのが嫌で、追い払いたかった。それで私を“伴侶にする”だなんて――私を、利用したのよ」

 そう言った瞬間、ユーリィの瞳から、熱がすっと消えた。

「……どうして、そんなふうに考えるんですか」

 私を憐れむような低い声。

「姉上の心が、ずっと傷つけられてきたから、ですね」

「っ……何、それ。私が捻くれてるって、言いたいの?」

「違います。僕は、守りたいだけです。これからは僕が、姉上を守ります。もう、誰にも傷つけさせない」

 ──ユーリィ。
 そんな顔をしないで。
 私は、そんなに弱くない。そんなふうに見ないで。

「……結構よ。私は、これまでも一人で耐えて来た。どんなに傷ついても、誰にも守ってもらえなかった。貴方はずっと知らんぷりしてきたのに。今さら、義弟に守られたいなんて思ってないわ」

「全くお前は……」
 父のいつもの口癖……。

「そうよ。可愛げがないの。貴方の娘だから、可愛くないのよ!」

 叫んでしまった。
 自分でも、驚くくらいの声で。

「姉上」
 義弟が私と父の会話を遮った。

「……僕は、知らんぷりなんてしていません」
「してたわ……学園でも、私を窮地に追い込んだわ」

「学園では、姉上を庇えば庇うほど、僕が脅されてるとか、操られてるとか、そんなふうに言われて……だから、黙るしかなかったんです。僕はいつも姉上だけを想っていました」

「ナタリア様……私が悪かったのです」

 そこへ、義母が割り込んでくる。

「ユーリィは、小さいころからずっと、ナタリア様に心を寄せていました。それが異常に思えて、私は……引き離そうとしたんです。ナタリア様が冷たいとか、あの子を叩くとか、嘘をついて、皆に……誤解を広めてしまったのです。申し訳ありません」


「……親子して、嘘をつくなんて」

 口をついて出たその言葉は、自分で思っていたよりも冷たかった。
 そのせいか、ユーリィはふいに立ち上がる。

 私の足元に膝を付いて、私の手を取った。

「……僕の気持ちに、嘘はありません」

 泣きそうな声だった。 
「姉上。……許して下さい。本当にごめんなさい」

「もういいわ」
 義弟の手を振り払った、そのとき。
 控えめなノックの音がして、皆がそっちに目をやった。

「入れ」

 父が短く命じると、扉が静かに開かれた。
 ポートマン卿だった。重苦しい空気に、眉をひそめながらも中へと足を踏み入れてくる。

「よ、よろしいでしょうか……?」

 彼はいつものように丁寧な所作で、書類を机に並べていった。

 それは――ヒューイ様との縁を完全に断ち切るための、同意書だった。
 ヒューイ様側からの署名はすでにある。あとは父と私が署名すれば、すべてが終わる。

「さすがポートマン卿だ。仕事が早いな」

 署名しながら父が褒める。

「本当に、我が家の婿に迎えたいくらいですわ」

 私がそう言うと、ポートマン卿は微笑んだ。

「それは光栄です」


「姉上、その冗談は過言です」

 すぐにユーリィが割り込み、それに対してポートマン卿は謝罪した。

「申し訳ございません。……もうナタリア様は、王家が認めた、ユーリィ様の婚約者でいらっしゃいました」

 ……そうだった。
 謁見の間で王太子殿下に認められたのだった。


「それと、こちらが、王家から出された正式な同意書。つまり誓約書です」

「王家も仕事が早いな……」

 そう言いながら署名する父。

 そこには、ユーリィが王女の婚約者候補から外されること、王家の血を引くことは極秘で、王位継承権も辞退すること。
 そして彼をガートナー侯爵家の婿養子として迎え、今後も王家を支えること――そう明記されていた。


 今日まで、義弟の秘密など、私には何一つ知らされなかった。
 今回も、私抜きでどんどん話は進んで、私の心だけ置いていかれる。

「本当に……納得いかないわ」

 ぽつりとこぼした私の言葉に、今度は強い口調でユーリィは返してきた。

「勝利すれば受け入れると、言ったではないですか」

 ……言った。

『勝てるなら、納得するわよ?』と。


「そ、それが、婚姻だなんて……一言も言ってないじゃないの!」

「そのときは、言いませんでした。でも、僕は謁見の間で、はっきり言いました」

「……だけど。貴方は隠し事が多くて、私を惑わせてばかり……本当に、信用できないわ」

 そう返すと、ユーリィはふっと笑った。まるで勝者のように。

「初めから姉上に、手の内を見せるつもりは、ありませんでしたよ?」

「はぁ? 姉弟で、仲良し同盟を結んだはずよ?」
 
「僕は、あなたと“勝負”していたんです」

「……勝負……」

 それは、今の私達の関係を表すのに、ピッタリな言葉だと思った。
 そして、ユーリィの周到な戦略に、もう私は詰んでしまっている。

「ヒューイなんて、最初から目じゃなかった」

 義弟が、知らない人のように……遠く見える。

「どんな手を使っても……僕は、あなたが欲しかった」

 その告白は、放たれた矢のように、まっすぐ私に向かって飛んできた。

 急に自分が小さなウサギになったような錯覚……

 眩暈がした……

 ああ、なんだろう。

 私、今――義弟に、敗北したの?



感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

聖女の魔力を失い国が崩壊。婚約破棄したら、彼と幼馴染が事故死した。

佐藤 美奈
恋愛
聖女のクロエ公爵令嬢はガブリエル王太子殿下と婚約していた。しかしガブリエルはマリアという幼馴染に夢中になり、隠れて密会していた。 二人が人目を避けて会っている事をクロエに知られてしまい、ガブリエルは謝罪して「マリアとは距離を置く」と約束してくれる。 クロエはその言葉を信じていましたが、実は二人はこっそり関係を続けていました。 その事をガブリエルに厳しく抗議するとあり得ない反論をされる。 「クロエとは婚約破棄して聖女の地位を剥奪する!そして僕は愛するマリアと結婚して彼女を聖女にする!」 「ガブリエル考え直してください。私が聖女を辞めればこの国は大変なことになります!」 「僕を騙すつもりか?」 「どういう事でしょう?」 「クロエには聖女の魔力なんて最初から無い。マリアが言っていた。それにマリアのことを随分といじめて嫌がらせをしているようだな」 「心から誓ってそんなことはしておりません!」 「黙れ!偽聖女が!」 クロエは婚約破棄されて聖女の地位を剥奪されました。ところが二人に天罰が下る。デート中にガブリエルとマリアは事故死したと知らせを受けます。 信頼していた婚約者に裏切られ、涙を流し悲痛な思いで身体を震わせるクロエは、急に頭痛がして倒れてしまう。 ――目覚めたら一年前に戻っていた――

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

「愛も信頼も消えた」妻を苦しめた夫一家の結末

佐藤 美奈
恋愛
マリアンナ・グランヴィル男爵令嬢は、ジョナス・バーネット子爵令息と結婚し、子爵家に嫁いだ。当初は歓迎されたものの、彼の家族はすぐに本性を現し、マリアンナに厳しく接した。そんな中、マリアンナは夫のジョナスが通信魔石で楽しそうに話しているのを耳にしてしまう。 ――夫は、私以外の人と関係を持っていたのだ。 私が辛い日々を送っているというのに、ジョナスは妻である私を守らず、義母ベアトリスの言いなりになり、愛情は失われていた。逃げ場のない牢獄に閉じ込められたような日々だったが、それでも私は決意した。 ――夫の家族に報いを受けてもらうつもりだと。少しファンタジー